元軍人さん、ダンジョン探索者になる。   作:第616特別情報大隊

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10階層の獣

……………………

 

 ──10階層の獣

 

 

 エリアボス──。

 それはダンジョンに出没するクリーチャーの中でもとりわけ危険な存在のことだ。

 

 ダンジョンには様々なクリーチャーがいて、それらは常にダンジョンによって生み出されている。

 それがどういう原理なのかはダンジョンが生じた理由と同じで謎だが、エリアボスも何度か倒されてはそのたびにダンジョンによって生み出されて来た。

 

「10階層のエリアボスはミノタウロスじゃなかったか?」

 

 ミノタウロスはよく知られた牛頭のクリーチャーであり、探索者の中でも熟練の人間ならばそうそう問題になるクリーチャーではない。

 それに10階層は比較的浅い層だ。装備を整えて初心者を脱すればすぐ10階層ぐらいには到達する。

 そんな場所に手に負えない化け物が出るはずがない。

 

「それが違うやつが出現したらしい」

 

 俺のそんな疑問に皇がそう言う。

 

「どんなクリーチャーだ?」

 

「聞いて驚くなよ。ドラゴンだそうだ」

 

「ドラゴン……? 10階層にか?」

 

 ドラゴンは言わずもがなの最強候補のクリーチャーだ。

 熊本ダンジョンでもこれまで何体かのドラゴンが確認されているが、そのどれもが夥しい死者を出している。

 

「ああ。あたしも最初は疑ったがね。ここ最近、10階層から生きて帰ってきた人間が少ない。あんたはどこまで潜っていた?」

 

「7階層に用事があったからそこにいたが、確かにそれより下から戻ってくるやつは少なかったな……」

 

 俺は今回の探索のことを思い出してそう呟く。

 

「あたしたちは10階層のドラゴンについて正確に把握したい。というのも、だ。あたしたちの仲間の数名が10階層より下に取り残されていて戻れずにいる」

 

「それが頼みというやつか? 俺にドラゴンをどうにかしろと?」

 

「調べてくるだけでいい。本当にドラゴンがいるのか。いるとすれば、どれほどの脅威か。それが分かればあたしたちが自分で対処する」

 

「ふむ……」

 

 九条の面倒を皇たちに見てもらう以上は、俺は彼女たちに借りを作っている。

 こういうのはなるべく早く返しておいた方がいい。

 

「分かった。本当に調べてくるだけでいいならば引き受けよう」

 

「助かる、佐世保。よろしく頼む」

 

「ああ」

 

 10階層までいって本当にドラゴンがいるのか、そのドラゴンがどういう種類のドラゴンなのか、それを確かめるだけだ。

 俺はそのときまだそう思っていた。

 

 

 * * * *

 

 

 俺は銃弾と食料、水、医薬品の補給を手早く済ませて、10階層に向かった。

 準備を怠ればベテランの探索者でも死ぬのがダンジョンだ。

 しかしながら、荷物を抱えすぎていては満足に動けないのも事実。

 だから、多くはパーティを組み、荷物持ちを配置する。

 

 俺はずっとソロでやってきたし、これからもソロでやるつもりだが、パーティを組むメリットを理解していないわけではない。

 軍隊にいたときにだって一匹狼は早死にするということをちゃんと学習している。

 ただ今の俺は誰かを頼る気にはなれなかっただけだ。

 

 さて、目的は偵察なので可能な限り戦闘は回避して進む。

 1階層から10階層までにいるクリーチャーはゴブリンや人食いネズミ、ダイヤウルフと言ったところだ。

 群れていなければ大した脅威ではない。

 

 ダンジョンという閉所で死角の多い場所をクリアリングしながら素早く前進し、階段の位置に最短ルートで向かい、降りていく。

 ダンジョンは生き物のようにクリーチャーを何度でも沸かせるが、ダンジョンの構造が変化するわけではない。

 だから、地図は役に立つ。

 よほどのことがない限り地図通りに進めば、迷うことはないだろう。

 

 1階層から8階層と問題なく俺は進む。特筆する点のない単純作業みたいなものだ。

 しかし、次は9階層というところで俺は異変に気付いた。

 

 人間が焼けた臭いがするのだ。

 人の髪が焼けたときに発生する嫌な臭い。脂肪の焼ける甘い臭い。

 そういう臭いが階層の下から漂ってくる。

 

「クソ。マジかよ……」

 

 先ほど述べたように10階層前に炎を使うようなクリーチャーはいない。

 ということは、この臭いの原因はどこかの馬鹿が火炎放射器を持ち込んだか、あるいは噂のドラゴンによるものだということだ。

 

 さらに言うならば炎を吐くドラゴンは一番厄介なタイプである。

 

 俺は慎重に9階層に侵入し、それから周囲を素早く探った。

 臭いはこの9階層中に漂っている。9階層は比較的狭い階層で10階層にすぐ繋がっているので、10階層からも臭いがしているのかもしれない。

 

 確認するだけだからと言って引き受けたが、安請負しすぎたかもしれない。

 そういう後悔の念も浮かぶが、今さらここまで来て引き返すつもりもなかった。

 

「確認したら、すぐに離脱だ」

 

 自分に言い聞かせ、俺は10階層に続く階段を目指す。

 

 そこで臭いの原因を見つけた。

 黒焦げになった人間の死体だ。

 それを中型犬サイズの巨大なネズミ──人食いネズミが粘着質な音を立てながら貪っていた。

 

 俺は無言でその人食いネズミをサプレッサーが装着された口径9ミリの拳銃で撃ち殺し、死体の様子を調べる。

 逃げるところに炎を浴びたのだろう。背中には大火傷を負っているが、正面はまだ人間として判別が付くレベルだ。

 軍用のアサルトライフルや拳銃など整った装備からしてうっかり迷い込んだ素人というわけではなさそうだが……。

 

「ふむ……」

 

 実物を見る前に結論は出せないが、今回10階層に出没したのはかなり危険なドラゴンのようだ。

 

「覚悟を決めるか」

 

 俺は焼死体からほど近い距離にある階段を目指す。10階層に続く階段だ。

 

 足音を立てないように慎重に、慎重に階段を降りていく。

 焼死体の臭いはずっと濃ゆい。ここが臭いの源で間違いなさそうだ。

 

 10階層は開けた空間だ。

 これまでのような入り組んだ通路というものはほとんどなく、高校のグラウンドぐらいの大きな広間になっている。

 

 だから、ドラゴンがいるとすればすぐに見つけられるはずだった。

 

 しかし──。

 

「何もいない……?」

 

 10階層に巨体のドラゴンは見えない。

 一見して何もないようにすら見えた。

 

 いや、何かは確かに存在している。嫌な気配を感じる。

 その気配の正体を探るために俺は一歩、一歩と10階層に踏み出す。

 

 そこで俺は非現実的な光景を目にした。

 少女がいたのだ。九条より幼い10歳程度の少女だ。

 その少女は白いワンピース姿で、髪の色も、肌の色も白い。

 雪のように、いや現実味がないほどに白い。

 

 俺は幻でも見ているのだろうかと思った。

 こんな場所にこんなに幼い少女がいるはずがないのだから。

 そんなことを思っていたときに、少女の首がぐるりと俺の方を向いた。

 その瞳は縦の細い爬虫類のそれであり──。

 

「ああ。新しいお客様が来ましたね。ようこそ、そして──」

 

 ばさっと音が響いたと思うと少女の背中に白い翼が生え、それが卵の殻のように少女を包む。

 

「さようなら」

 

 翼が開いたとき、そこにいたのは白い鱗の巨大なドラゴンだった。

 

……………………




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