元軍人さん、ダンジョン探索者になる。   作:第616特別情報大隊

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グレードアップ

……………………

 

 ──グレードアップ

 

 

 その日は俺とサタナエルたちは、スーパーでまた買い物をしてから帰宅した。

 また大きな出費が予定されるので、倹約しておきたかったということもあるが、今の摩耗した身体を早く安全な自宅に移したかったこともある。

 

「今日は疲れたな……」

 

 俺はソファーにどかっと腰を落としてそう呟く。

 

「ははははーっ! あの程度で疲れるとは貴様も軟弱になったな!」

 

「お前は荷物持ちしてただけだろ」

 

 マルキダエルが俺を指さして笑うのに俺はやつを睨んでそう言う。

 

「いいや! 俺は見ていたのだ! あの皇とかいう女の術を!」

 

「ほおう?」

 

 サムライである皇の技術をマルキダエルが会得できたというならば、それは大したことだが実際には無理だろう。

 俺ですら皇の動きを見ても同じように刀を扱えるとは思えない。

 

「今度見せてやるから楽しみにしておけ!」

 

「ああ。せいぜい期待させてもらう」

 

 マルキダエルが胸を張るのに俺は嘲笑するように鼻で笑って返した。

 

「さて、夕食の支度をしますね」

 

 サタナエルの方はスーパーで買った食材を早速調理し始める。

 香ばしい匂いが漂い始める俺の狭い部屋の中で俺は口座の残高を確認。

 残高は五十嵐の依頼で大きく増えたが、この金はすぐに出て行ってしまう。

 また仕事を探さなければな。

 

 あるいは……ダンジョン最深部のお宝をゲットするか、だ。

 莫大な富を約束するというお宝を。

 

「しかし、だ。このまま本当にダンジョンの最深部に到達することなんてできるんだろうか……」

 

 俺は自分に問いかけるつもりでそう呟いた。

 

「旦那様ならばできますよ」

 

 そう言いながらサタナエルは今日の夕食である鶏肉のガーリックソテーをテーブルに並べていく。

 ニンニクの香りが香ばしく、食欲を誘う。

 口に運べばぱりぱりとした皮の食感と滲み出る肉の脂が美味い。

 こいつ、本当に料理上手いな……。

 

「そう思うか?」

 

「ええ。ボクが見込んだ人ですから……」

 

 サタナエルはそう言って赤い瞳でじっと俺の方を見つめてくる。

 

「見込んだ、か。俺といるのは何か目的があるのか?」

 

 俺はサタナエルの嫁になりたいという言葉を真剣には受け取っていなかった。

 俺なんかの嫁になってサタナエルに何のメリットがあるのか? 何もないだろう。

 俺には財産もなければ、とんでもないイケメンだというわけでもないのだ。

 

 何よりこいつは悪魔でありドラゴンだ。

 突き放せないからこうして受け入れているが、本来ならば信じられる相手ではない。

 

「旦那様とともに生きて……そして、いずれは子をなしたく思います」

 

「子供か……」

 

 先に五十嵐と話したときのことを思い出した。

 ダンジョンのクリーチャーは生物でありながら、生物としての法則に従っていないところがある。

 それは自然発生するようなところであり、生殖行為を行わなくとも生まれ、増えると言う点である。

 

 そんなダンジョンのクリーチャーであるサタナエルが子供という言葉を口にしたのに、俺は心底訝しむようにサタナエルを見た。

 

「ふふ。信じられませんか?」

 

「それはな。信じられる要素がないだろう?」

 

 本来ならこうしてお互い平和的に話していることすら、不思議なことなのだ。

 

 ダンジョンのクリーチャーどもはどれも人間を見れば殺しに来る。

 そこに理由などないだろう。俺たちもクリーチャーを殺すのに理由はない。

 相手が殺しに来るから殺す。それだけだ。

 

 それがこうして嫁になるなどと言って俺に夕食を作り、家に居座っているというのはおかしな話なのだ。

 

「では、まずは旦那様の信頼を勝ち取らなければなりませんね」

 

「そうしてくれ」

 

 にこにこと悪意の欠片も見せずにサタナエルが言い、俺は料理を口に運ぶ。

 マルキダエルの方も無心にサタナエルの料理をがっついていた。いつものことだが。

 

 

 * * * *

 

 

 それから手術日となり、俺は忍野の病院に向かった。

 

「やあ。佐世保さん、今日は頑張りましょう」

 

「ああ」

 

 人工筋肉の入れ替えと言うのは、外科手術であると同時に工業的な面がある。

 

 初期の人工筋肉は遺伝子組み換えした海洋哺乳類から取り出した筋肉を、工業的に加工して製造していたものだった。

 だが、それでは非効率だと分かり今ではタンパク質単位で設計された筋肉が、生物学的に、そして工業的に生産されている。

 超高度軍用グレードの人工筋肉とはそういうものだ。

 

「まずは商品の確認をお願いします」

 

 忍野はそう言うと大井重工のロゴが入った金属製の大きなケースを見せる。

 中身をすり替えられないように金属ケースには一度開錠すると元に戻せない電子的なサインが示されていた。

 

「オーケー。しかし、どこでこんなものを……?」

 

 超高度軍用グレードの品はどんなものであれ、そう簡単に手に入れられるものではないはずだ。

 軍用品の中でも横流しが行われることは滅多にないものだからだ。

 忍野にはどういうコネがあったのだろうか……?

 

「ある事件で大井重工の方にコネがありましてね。何か必要なものがあれば、1、2回は用立ててもいいと言われたのです。そこでこの前いらしゃった佐世保さんのことを思い出して、これを頼んでみたのですよ」

 

「俺のことを思い出して?」

 

「ええ。私の病院のお得意様ですから。これぐらいは!」

 

 そう言ってにぱっと笑う忍野。

 これまではただの患者のひとりだと思っていたが、意外にも向こうは俺のことを贔屓にしてくれている客だと思ってくれていたようだ。

 

「うちの病院、辺鄙な場所にあるでしょう? そのせいでお客さんは少なくてですね。なのに佐世保さんはよく来てくれているので、少しぐらいは還元させていただこうと思ったのですよ」

 

「そいつはありがたい。では、よろしく頼む」

 

「はい。では、手術室へ」

 

 それから手術室に入り、ベッドの上に横たわる。

 

 麻酔は必要ない。俺は痛覚マスキングを常に展開している。

 それは『痛み』を『痛い』と感じさせず、身体が『痛い』と感じたという『痛み』の情報だけを伝える技術だ。

 

「始めます」

 

 そして、人工筋肉の入れ替えが行われた。

 チタン合金の外殻を外し、中にあるパラアスリート用の人工筋肉が超高度軍用グレードのそれへと変えられていく。

 

 見た目はパラアスリート用の人工筋肉も、超高度軍用グレードの人工筋肉もさして変わらない。

 ピンク色に近い色をしたもので、培養液の中で生々しく脈打っている。

 

「行きますよ。痛みは?」

 

「ない」

 

 忍野の技術は確かなもので、手早く摩耗した人工筋肉を取り外し、新しい人工筋肉に入れ替えていく。

 

 俺はじっと四肢の人工筋肉が交換されるのを待った。

 

 

 * * * *

 

 

 それから手術は終わり、俺は手術室で不具合がないかを確認する。

 自己診断プログラムを走らせ、実際に手足を動かして違和感がないかを確かめる。

 

「どうです?」

 

「ばっちりだ。問題ない。違和感の欠片もない。いいぞ」

 

「それは何よりです」

 

 俺の答えに忍野は満足げに頷く。

 

「それでは決して死なないようにしてくださいね。まずは慣らし運転から始めるといいですよ。出力は段違いに上がっていますからね」

 

「了解だ。まずは9階層、10階層辺りで肩慣らしをする」

 

「ええ。そうしてください」

 

「では、今日の支払いだ」

 

 俺は忍野に代金の900万円を送金すると、病院を出た。

 

「どうでした、旦那様?」

 

「完璧だ。これから慣らし運転をするぞ。この身体でどこまでできるか確かめたい」

 

 わくわくする。新しい玩具を手に入れたように。

 それが物騒な人殺しのための玩具だとしても。

 

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