元軍人さん、ダンジョン探索者になる。   作:第616特別情報大隊

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殺戮と追跡

……………………

 

 ──殺戮と追跡

 

 

 扉の向こうから響いてきた悲鳴。

 

「クソ!」

 

 俺は少し躊躇ったものの、扉を蹴り破って店内に突入する。

 

「こいつは……!」

 

 死体。死体。死体。死体の山。

 

 従業員のものだろう。ダクトテープで縛られて、さらには拷問されたような形跡がある死体がいくつも店内のバックヤードに転がっていた。

 そして、全ての死体において、その右耳は切り取られている。

 

「まさか……」

 

 俺はすぐさま店の奥に踏み込む。

 先ほど聞こえた女の悲鳴はすでに聞こえなくなっているが、もしかしたらまだ間に合うかもしれない。

 

 まだ店は開いてなかったのか店内に客はおらず、1階には死体しかない。

 ならば問題は2階だ。

 風俗店の接客を行う2階に俺は駆け昇り、周囲を探る。

 微かだが物音がするのを俺の耳は聞き取った。

 

「ここかっ!」

 

 俺はその音がした部屋の扉を蹴り開ける。

 

 その部屋の中にはふたりの人間がいた。

 ひとりは全裸の若い女で口をダクトテープで塞がれ、手足を縛られて、右耳から血を流している。

 

 そして、もうひとりは大柄な男だ。

 探索者や軍人のような迷彩服にべっとりと血を纏い、その手には──俺と同じモデルの超高周波振動ナイフ。

 部屋の中が薄暗くて相手の顔は分からないが、間違いなくこいつが犯人だ。

 

「動くな!」

 

 俺がそう叫ぶのに男は素早くナイフを俺の方に向けて構える。

 その構え方は素人のそれではなく、軍用格闘を叩き込まれた兵士の動きだった。

 

 俺もホルスターからナイフを抜き、同様に構える。

 

「……お前、戦場帰りか」

 

 不意に男が俺に向けてそう言う。

 とても低く、掠れた声だ。

 

「だったらどうする?」

 

「同胞を殺すつもりはない」

 

「同胞だと……?」

 

 男の不可解な言葉に俺は眉を歪める。

 

「そうだ。同じ地獄を生き抜いた同胞だ。後方で安穏と平和を貪っていた連中とは違う。俺たちこそが生きるに値する真の同胞だ」

 

「……それが他の連中を殺している理由なのか?」

 

「そうだ。こいつらは敵だ。俺たちの敵だ。敵は倒さなければならない。だろう?」

 

 話が通じそうにない。完全に狂っている。

 

「分かった。話を聞くから武器を置け」

 

「断る。お前とは戦う気はないが、お前に殺されるつもりもない」

 

 次の瞬間、男は空中に何かを放り投げた。

 それがスタングレネードであると気付くのに1秒かかった。

 

「ぐっ!」

 

 スタングレネードが閃光と爆音とともに炸裂し、俺の視野が奪われる。

 それからすぐに窓ガラスが砕ける音が響いた。

 

「待て!」

 

 俺はやつが逃亡を図ったことを察して叫ぶ。

 だが、俺の視界が回復したときには、すでに男の姿はなかった。

 

「クソ。お前、大丈夫か?」

 

 俺は縛られていた女の声をかけ、口を塞いでいたダクトテープを外す。

 

「た、助けて! あの男、気が狂ってる!」

 

「もう大丈夫だ。あいつは去った。落ち着くんだ」

 

 俺は日本情報軍という軍隊に所属していた経験として、尋問の技術もある。

 この場合は尋問と言うより民間人から情報を得るための手段だが。

 まずはこいつを落ち着かせることだ。

 声を低くし、ジェスチャーでもう安全だと言うことを繰り返し示す。

 

 女は暫く荒く息をしていたが、やがて落ち着いた様子で俺の方を見る。

 

「本当にあの男は行ったの……?」

 

 女はそう改めて尋ねてきた。その声色にもう混乱の色はない。

 

「ああ。やつは去った。安心していい」

 

「そう……よかった……」

 

 そう言うと女が安堵から気を失いそうになったので、軽く身体を揺さぶる。

 

「待て。あの男はここの客だったのか?」

 

「客? いいえ。見たこともない顔だった。いきなり押し入ってきて、みんなを……」

 

 女が顔を青ざめさせて首を横に振った。

 

「そうか。何かあの男の身元が分かるようなものはないか?」

 

「ないと思う……。分からないの……。本当にいきなりだったから……」

 

「分かった。何か思い出したら連絡してくれ」

 

 俺はそう言い、連絡先を渡すと風俗店を出た。

 

 このダンジョンのある街にまともな警察機構はなく、事件を通報しようにも通報する相手がいない。

 店が民間軍事会社(PMSC)と契約していればそいつらが来るだろうが、やることは死体を片付ける程度だろう。

 ちゃんとした警察機構があれば、そもそも俺が殺人鬼を追いかけるようなことをせずともいいのである。

 

「あの男を探し出さなければならない」

 

 俺は店の外に出てそう言う。

 

「しかし、どのようにして探し出されるおつもりですか?」

 

「まだ分からないが、やつは一度犯行を犯した現場に戻ってきた。それがヒントになるような気がする」

 

「ふむふむ。なら、この場所に理由がありそうですね」

 

 俺が答えるのにサタナエルは風俗店の周囲を見渡す。

 しかし、これと言って特徴のあるような場所ではない。

 よくある不衛生で汚い街並みで、殺人鬼に繋がりそうな手がかりはなさそうだが。

 

「佐世保! 見ろ!」

 

 そこでマルキダエルが声を上げるので、そっちの方を向く。

 

「これは血の跡か……」

 

 まだ新しい血の痕跡がぽとぽとと風俗店の割れた窓から続いていた。

 恐らくはやつが残した痕跡だろう。

 

「追ってみよう」

 

 俺たちは血の跡を追跡して路地裏を進む。

 生ごみの臭いが漂う路地裏には人気はなく、血液はそんな細い路地裏に続いた。

 

「ん……?」

 

 だが、不意にそれが途切れてしまった。

 俺が周囲を見渡すと、血の途切れた場所の近くにあったのは──。

 

「マンホール。まさか……」

 

 俺はこれまで犯行が行われた場所の地図をARデバイス上に表示し、それに重ね合わせるようにかつて熊本市が整備していた地下水路のマップを照らす。

 すると、これまではばらばらに見えた犯行現場に規則性が見えた。

 犯行現場は地下水路の近くで行われているのだと言うことが見えたのだ。

 

「なるほど。地下水路なら見つからずに犯行を繰り返せるか……」

 

 まだ確信はないが、あの男は地下に潜伏しているようだ。

 

 熊本の地下はダンジョンの発生とそれによって生じた混乱から、地上同様に荒れた。

 中にはダンジョンから逃げたクリーチャーが逃げ込んだ場所もあり、そのせいで危険な場所となっている。

 

「闇雲に地下を探しても危険なだけだろう。やはり情報集めが必要か……」

 

 少なくともやつの狩場は絞り込めた。

 これからさらに包囲網を絞っていけば、やつを止められる。

 

「佐世保。乗り込まないのか?」

 

「今はまだだ。斎藤にもう一度接触するぞ。できれば犯人の人物像(プロファイル)も欲しい。やつが戦場帰りだということは確定したから、あとはどこの所属で戦っていたかを確かめておきたい」

 

「退屈そうだな!」

 

 マルキダエルが能天気なことを言っているが、相手が機械化した戦場帰りだと分かった以上、手は一切抜けない。

 下手に手出しすれば、今度はやつも俺を殺しに来るだろう。

 

 そう思ったときに俺のARデバイスにメッセージが着信した。

 

『仕事の依頼がある』

 

 そう提示してきたのは──メガコーポの代理人であるジョン・ドウだ。

 俺はそいつが送ってきた仕事の内容を見る。

 

「これは……」

 

 そこにあったのは殺人鬼に関する情報と、その生け捕りを求める仕事だった。

 

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