元軍人さん、ダンジョン探索者になる。 作:第616特別情報大隊
……………………
──容疑者
俺はメッセージを送ってきたジョン・ドウのアカウントに連絡を取る。
『ああ。君か』
ジョン・ドウはすぐに連絡に応じ、いつもの没個性的なスーツ姿の男がARデバイス上に現れる。
「ジョン・ドウ。この仕事の依頼と言うのは何だ?」
『内容が理解できないと言う意味かね? 簡単な仕事の内容だと思うが』
「ああ。理解できない。どうしてお前が噂になっている殺人鬼の情報を握っている?」
ジョン・ドウから送られてきた情報は以下のようなものだ。
高度に機械化された元日本情報軍の兵士が熊本ダンジョン周辺で連続した殺傷事件に関与している。
その元兵士の名は天塩海斗。
その人物を拘束し、大井に引き渡せと言うのが仕事の内容だった。
添付されている写真を見たが、俺が見た男の体格とほぼ同じだった。
間違いなくジョン・ドウが求めているのは、俺も探している殺人鬼だ。
『理由が気になるのかね?』
「ああ。俺はもうすでに仕事を受けている。そっちではこいつを殺せというのがオーダーだ。それと競合する。理由によってはこっちの仕事は受けない」
『ふむ。分かった。簡単に説明しよう』
ジョン・ドウは煩わしげにそういうと説明を始めた。
『彼はある試験段階のインプラントの被験者だった。もちろん彼は同意の上で我々に協力していたのだがね。ある日、突然研究所の職員を殺害して逃亡した。それ以降、我々はインプラントの回収と被験者の保護のために動いていたのだよ』
「そのインプラントというのはどういうものだ?」
『それについて君が知る必要はない。重要なのは被験者であり、インプラントをインストールしたままの彼を保護する必要があると言うことだ』
俺の問いにジョン・ドウは答えない。
『報酬は4000万円を約束しよう。ただし、被験者が死亡していたら報酬はなしだ』
「……受けるとは決めていないぞ」
『我々から君への評価と言う点でも受けた方がいいと思うがね』
最後に不満そうに鼻を鳴らしてジョン・ドウは通信を切った。
俺はジョン・ドウの最後の態度に舌打ちして、僅かに悪態をついた。
「クソ。4000万とはデカくでやがったな……。しかし、そこまでの金をかけてでも回収したいインプラントというのはなんだ……?」
よほどの価値があるインプラントらしいが、それでもこの天塩という男を生きたまま確保しなければならない理由が分からない。
またインプラントは死んだあとでも剥せるだろうし、その点でも意味が分からない。
「旦那様。どうなされるのですか?」
「……俺は皇から先に仕事を受けている。そっちを優先するさ」
サタナエルが尋ねてくるのに俺は肩を竦めてそう返す。
それから俺はジョン・ドウから得られた殺人鬼──天塩についての情報を読み込む。
「元日本情報軍大尉。大陸戦線に従軍し、上海上陸作戦にも参加、と」
授与された勲章は数多く、それが天塩が歴戦の猛者であることを物語っていた。
しかし、それも戦争が終わるまでの栄光だ。
戦争が終われば、俺たちは皆が無意味な存在になった。
「やはりただものではないか……」
上海への強襲上陸作戦は地獄の戦いだったと聞いている。
それを生き延びたということだけで、この天塩と言う元兵士の実力が窺えた。
そして、同時に地獄を経験して生き延びたのに、祖国に帰って疎外されたことへの憎悪も想像できた。
だが、これを理由にやつのやったことは正当化できない。
それでも俺には他人事のようには思えなかった。
俺も一歩間違っていれば……。
「余計な考えるな。今は犯人を仕留めるんだ」
俺は小さく自分に言い聞かし、予定通り斎藤の下へと向かう。
「なあ、佐世保。あいつの情報は手に入ったんじゃないのか? それなのになんで踏み込まないんだ?」
「ジョン・ドウが本当の情報を寄越したとは限らない。あいつは信頼できる相手とは言い難い」
「ふうん」
マルキダエルは始終退屈そうだった。
暴力沙汰にならない限り、この調子なのだろう。
俺たちは再び斎藤のいる半地下の酒場にやってきて、やつを探す。
「斎藤。例の殺人鬼だが」
「ああ。見つかったか? それについて新しい情報もあるんだが」
斎藤を見つけて声をかけるのに斎藤はそう切り返してくる。
「新しい情報と言うのは大井が懸賞金をかけたってところか?」
「もう知ってるのか? そう、生け捕りにした人間に金を出すとさ」
「じゃあ、犯人の情報も出回っているんだな?」
「いいや。大井はそこら辺は特に何も示していない」
大井としては例の被験者云々については秘匿しておきたい情報なのだろうか。
あるいはこれまで殺人鬼の正体を知っていて野放しにしていたということがばれることのリスクか。
「じゃあ、俺から情報を提供する。犯人は天塩海斗という元情報軍の兵士らしい。俺もそいつに対面したが、間違いなく戦場帰りだった」
「その情報はどこから?」
「そいつは明かせないが、事実かどうか調べてくれるか?」
「分かった。天塩って男について調べればいいんだな?」
「頼む」
俺はそう斎藤に依頼した。
天塩というのが本当に元情報軍の兵士であり、殺人鬼であるのか。
それを確かめておきたい。
「お前の言う天塩というのは確かに元情報軍の兵士のようだ。退役軍人庁のデータベースに登録されている。こいつから辿って行けば……」
斎藤はそう言いながらネット上でデータを集めていく。
「ふむ? こいつ、戦場から帰ってきてから大井医療技研の被験者になっている。何の被験者かは分からないが、気になることがあるぞ」
「何だ?」
「こいつが被験者として雇用されていた研究所で殺人事件が起きている。大井の人間が殺されている。そして、犯人は今も捕まっていない。犯人がこの天塩だとすれば、やつがここでも殺人を繰り返しているというのはマジかもな」
「そうか。助かった。情報料だが……」
「そいつは今回はいい。ただお前がこの危険な男をさっさと始末してくれることを祈るよ。あるいは大井に突き出すか。いずれにせよ、殺人鬼を野放しにはしないでくれ」
「これ以上犠牲者が出る前に対処するつもりだ」
俺は斎藤にそう約束し、酒場を出る。
「情報に間違いなかったか。ジョン・ドウが言っていた通りに……」
俺はそう言って考え込む。
「だが、結局やつが何のインプラントをインストールされているのかは不明なままだ。脅威になるようなものではないといいのだが」
「ふふ。旦那様が負けるような相手ではありませんよ」
「そうであることを願いたいね」
サタナエルが小さく笑って言うのに俺は肩を竦めてそう返した。
「さて、やつをどうやって追い込むか、だ。地下水路を利用しているなら、そこを捜索すればいいのかもしれないが……」
熊本ダンジョン周辺の地下水路は狭いものではない。
広大な面積を誇り、中にはダンジョンから漏れたクリーチャーが住み着いている。
そこを無闇に探すのは、命取りのように思えた。
そこで俺はAR上にこれまで起きた殺人現場と地下水路のマップを重ねて、じっくりと比較する。
地下水路にやつの拠点があるならば、何かしら中心となる場所があるはずだが、それらしき場所は見つけられない。
もしかすると地下水路は移動手段であって、拠点ではないのか?
「俺以外の人間も必要だな……」
ひとりで天塩を探し出すのは、サッカースタジアムいっぱいの藁の中から針を見つけるようなものだ。
ここは人の手を借りるべきかもしれないと思い、俺は皇に連絡を取った。
……………………