元軍人さん、ダンジョン探索者になる。 作:第616特別情報大隊
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──接敵
「すぐに向かおう」
「ああ。飛ばすぞ」
天塩の痕跡を見つけたという連絡を受けて俺たちはすぐに動き出す。
皇は痕跡を見つけたクランのメンバーに待機するように指示し、もし天塩を見つけても無理に交戦するなと指示した。
「やつがいたのは商業地区の地下か。幸い近いな」
「最寄りの地下水路の入り口までナビする。従ってくれ」
「あいよ」
俺が皇に道を示し、皇はその通りに道路を飛ばす。
警察機構が存在しないダンジョン付近では速度制限も交通ルールもない。
「うひょーう! これいいな!」
マルキダエルは後部座席で危険なほど加速する軍用四輪駆動車を楽しんでいた。
「そろそろだ。この先を右に回れ」
地下水路の入り口となるマンホールは雑居ビルの間にある路地にあった。
俺たちは車を降りて、マンホールに近づく。
路地の薄汚れたマンホールを開けば、暗い空間が眼前に広がる。
汚水の据えた臭いが漂うこの場所に、天塩は潜んでいる。
「ここから2キロの地点に痕跡を見つけたメンバーがいる。彼女たちと合流しよう」
「ああ。急ごう。下手をすると俺たちより先にやつと接触してしまう」
天塩の相手をするのは俺と皇、そしてサタナエルとマルキダエル。
リリスのメンバーに交戦させるつもりはなかった。
「潜るぞ」
「ああ」
俺が先に地下水路に降り、皇、サタナエル、マルキダエルの順で続く。
「連絡があったのはこっちだ」
皇が道を示し、俺はそれに従って警戒しながら進む。
この手の狭い通路はブービートラップを仕掛けるには絶好の場所だ。
その手のトラップや待ち伏せに警戒しながら、俺たちは連絡があった場所まで前進。
「皇さん」
暫く進むと迷彩服姿の2名の女が俺たちの前に現れた。
彼女たちが俺たちに連絡してきたクランのメンバーだろう。
さらに言えば彼女たちは犬を連れていた。ジャーマンシェパード。恐らく軍用犬だ。
「状況は?」
「これを。血痕です」
女たちは慣れた様子で地下水路に残されていた血痕を示す。
「人間の血か?」
「ルクスはそう言っている」
女のひとりはそう言って犬の方を見た。
ルクスと言うのは犬の名だろう。犬は無闇に吠えることはせず、ただ信頼してほしいというようにじっと俺たちの方を見つめている。
「分かった。この血痕を追おう。お前たちは下がっていいぞ」
「そんな。あたしたちも一緒に……」
「相手は戦場帰りだ。ダンジョンのクリーチャーより危険だ」
「……分かりました」
皇が説得し、ふたりの女は犬を連れて地下水路を去った。
「あれは軍用犬か?」
「ああ。ダンジョンで人探しをするときなんかに使う。あの子たちは軍用犬のハンドラーの資格を持っていてな。貴重な人材だ」
「なら、死なせるわけにはいかないな」
「ああ。あたしとあんたで片を付けよう」
俺たちはそう言葉を交わし、血痕を追って進む。
血痕はぽとぽとと続き、暗い地下水路の奥へ奥へと伸びていく。
俺はタクティカルライトで血痕を照らしながら進み、トラップにも引き続き警戒。
「佐世保」
そこでマルキダエルが不意に言葉を発する。
「近いぞ。血の臭いが濃い」
「分かった」
マルキダエルの鼻は当てになる。
俺は戦闘に備えてしっかりと身構え、タクティカルライトの明かりだけが照らす地下水路を進んでいった。
一歩、一歩慎重に俺は進んでいく。
辺りには汚水の臭いと血の臭いが混じって漂っている。
そこから人間の気配など感じようもなかったのだが──。
「下がれ!」
そこで俺は殺気としか言いようのないものを感じ取った。
そのすぐあとにサプレッサーで抑制された銃声が地下水路に反響する。
俺は汚水に塗れるのも構わず地面に伏せ、皇も屈みこむ。
「クソ。やつだ。間違いない」
「どうする?」
「追い詰めて殺す。それ以外を目的にしていない」
皇の問いに俺は短くそう答えて、銃撃に警戒しながら前進する。
狭い通路で遮蔽物もないのでは銃撃されたら並みの人間ならばひとたまりもないが、幸い機械化している俺と皇ならばどうにかなる。
「突っ切るぞ。肉薄しなければ地の利がある向こうの方が有利だ」
天塩はこの地下水路の構造を把握しているだろう。その点で俺たちは不利だ。
そして先ほどの銃声からやつはアサルトライフルかサブマシンガンで武装している。
こちらが持っているのはショットガンだけであり、向こうの火力には及ばない。
故に肉薄する必要があった。それも迅速に。
「行くぞ。3カウントで突っ込む」
「了解」
俺はスタングレネードをポーチから取り出して握り、それを投擲する準備を整える。
3────────タクティカルライトの明かりに天塩の姿はない。
2──────スタングレネードが炸裂したらすぐに突っ込む
1────そして天塩を、戦場帰りを殺すんだ。
0──今だ。
俺はスタングレネードを放り投げ、それがすぐに炸裂。
閃光と音による制圧ののちに俺と皇が駆けた。
「そうくると思っていたぞ」
しかし、不気味な掠れた声がそう応じる。
俺は声に反応して反射的に身をよじった。すrと頬をナイフが掠め、僅かに皮膚が切り裂かれる。
さらに鋭いもう一撃が即座に来て、ショットガンが超高周波振動ナイフによって切断された。
「スタングレネードを予知していたか……!」
「当たり前だ。この状況なら当然」
地下水路の暗がりにて、俺たちのすぐ前に現れたのは天塩だ。
タクティカルライトの明かりが天塩の顔を照らす。
そこにあったのはジョン・ドウが寄越してきた天塩の顔写真よりも、何十歳も老けたような顔をした男の姿であった。
それは精神的にやつが追い詰められていることを意味していた。
「お前はやはり俺を追っていたか。同じ戦場帰り同士で殺し合うのか?」
「お前は間違った。だから、殺さなければならない。俺たち戦場帰りがいくら社会から疎外されていたとしても、人を殺しまわっていい理由にはならない」
「やつらは敵だ。殺すべき敵だ。なぜ理解できない」
「敵なんかじゃない。俺たちが戦場で戦ったのは、後方で戦えない人間を守るためだっただろう?」
「違う! 俺たちは……!」
天塩は苦しげに唸り、それから殺気の籠った目で俺の方を見る。
「……やつらの味方をするならば、お前も俺の敵だ」
そして天塩はそう宣言し、訓練された構えでナイフを握った。
「ああ。俺は最初からお前を敵だと思っていたよ」
俺もそれに応じてナイフを構える。
「死ね」
短い殺意の宣言ののちに天塩が動く。
俺は強化脳インプラントをすぐさま起動。
天塩の動きは強化脳を起動していても、捉えきれなくなりそうなほどに速い。
「こいつ……30階層の人狼以上の動きだな……!」
あの人狼変異種という化け物以上の動き。
俺はそんなやつからの次々に繰り出される猛攻を受け、それを防ぐために防戦に追い込まれた。
「だが!」
俺はそれでもこいつを止めなければならない。
戦場で死に損ねたこいつを、ここで葬ってやらなければ。
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