元軍人さん、ダンジョン探索者になる。 作:第616特別情報大隊
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──戦死者
機械化された肺の出力を上げる。
機械化された全身の筋肉の出力を上げる。
強化脳を限界まで酷使する。
全てを200%まで引き上げる。
「ふん!」
俺は繰り出されたナイフによる攻撃を受け止め、カウンターとして斬撃を繰り出す。
俺の握るナイフは確かにやつの腕の筋肉を裂いたはずだった。
しかし──。
「無意味だ」
「なっ……!?」
やつの傷が見る見る塞がるのを見て、俺は驚愕した。
まるで逆再生でもしたかのように傷口はなくなり、驚く俺に天塩は強く蹴りを叩き込んで突き飛ばした。
「クソ。それが例の試作品のインプラントというわけか……!」
内臓が口から吐き出されそうなほどの打撃を受けたが、俺はまだ戦える。
それに例のインプラントとやらの正体が分かってきた。
「バイオマス転換炉を搭載した半生体兵器。それと同じ仕組みか」
「そうだ。俺は戦い続けられる。永遠に!」
突き飛ばされた俺を追撃すべく、天塩が突進してきた。
ナイフを構えた天塩がその刃を俺に振り下ろす。
「させん」
しかし、そこに割り込む人間が。
皇だ。やつが超高周波振動刀を振るい、それが天塩がナイフを振り下ろす前にやつを後ろに後退させた。
「佐世保。まだやれるな?」
「当たり前だ。これぐらいは大したことじゃない」
俺は皇の言葉に応じて立ち上がり、天塩と再び対峙する。
「1対2か……」
天塩は皇の実力を計りかねている様子だった。
皇の方に注意を向け、俺の方には普通の警戒をしている。
数で劣る状態でも撤退する気がないのは、それだけ自信があるのか。
あるいは……自棄になっているか、だ。
「行くぞ」
そこで皇が動いた。
超電磁抜刀。鋭い殺意が天塩を襲う。
「サムライの相手はしたことがある。そいつを受けるのは初めてじゃない」
しかし、やはり天塩も戦場帰りだ。
超電磁抜刀を見抜き、回避し、カウンターとしてナイフを繰り出そうとしてくる。
「ちっ!」
皇が舌打ちし、回避行動を取るのを天塩は逃がすまいと追う。
「バトンタッチだ」
そこで横合いから俺がナイフを繰り出し、やつの腕に突き刺して抉った。
深々と刻まれた傷から鮮血が漏れるが、天塩は表情を全く変えない。
「痛覚マスキング。やはりか……!」
こいつも痛覚マスキングをしている。
つまり感覚としての痛みは感じない。情報としての痛みを把握するのみ。
「お前の方がやはり危険だな」
天塩は素早く俺から距離を取り、やはりその傷口を回復させていく。
「おい、佐世保。あれは何だ……?」
「軍の装備に半生体兵器というものがある。生物の特徴と機械の特徴を併せ持つ兵器だ。それはバイオマス転換炉を使用することで、自己増殖や損傷の回復、弾薬の補充などを行う。恐らくはその半生体兵器と同じ機能があいつにはインストールされている」
「クソ。じゃあ、不死身の化け物と言うわけか?」
皇がそう険しい表情で尋ねる。
「いいや。無から有は生み出せない。やつの蓄えている有機物が尽きれば、機能は停止するはずだ」
「なるほど。それまで斬り刻むだけか」
「ああ。そういうことだ。あるいは首を斬り落とすか」
「やってやろう」
俺の隣に皇が立ち、ともに天塩と対峙する。
俺が左手で握るタクティカルライトの明かりで天塩を捉えながら、俺たちはじりじりとやつとの距離を詰めていく。
「はあっ!」
この場で先に動いたのは俺の方だった。
俺は地面を蹴って前に踏み込み、天塩を狙った。
「喰らわん」
天塩はそれに適切に反応した。
身を捻って俺の放った斬撃を回避し、回避すると同時にカウンターの斬を叩き込もうと試みる。
「今だ、皇!」
「ああ!」
やつが俺を狙っている瞬間に皇が超電磁抜刀。
銀色の輝きが舞い、天塩の左腕が半分ほど切断された。
鮮血が舞うのが見えたが、それと同時にその傷口が急速に癒えていく。
「そのまま叩き込み続けろ!」
俺は皇に向けてそう叫び、俺自身も天塩を追撃。
皇が斬撃を放ち、俺がナイフを繰り出し、天塩は防戦一方に追い込まれたかのように思われた。
「ふんっ!」
しかし、俺たちの連携の一瞬のスキを突いて天塩が皇を蹴り飛ばす。
「ぐっ……!」
皇は地面と汚水に何度もバウンドして転がっていき、連携は崩された。
「皇!」
「大丈夫だ……!」
皇はそう言うが機械化された人間の蹴りをまともに受けたのだ、すぐに戦闘復帰は難しいだろう。
「お前、名前は?」
そこで不意に天塩が俺にそう問いかける。
「……佐世保朔太郎」
「所属は日本情報軍だろう。どこで戦った?」
「それをお前に教える必要があるのか?」
やつの問いに俺は問いで返した。
「一緒に戦ったことがあるならば、皮肉だなと思ってな。戦場をともに生き延びた俺たちが殺し合っているとは」
「……そうだな。だが、俺にはお前を殺さなければならない理由がある」
「俺にもある。敵は殺せ。そうずっと言われて来ただろう?」
「そうだな……」
やはり天塩の心は戦場にいるままなのだ。
敵を殺せ。敵を殺せ。敵を殺せ。
戦場ではずっとそう言われて来た。人を殺すことこそが、俺たちの仕事だった。
天塩の心は戦場から戻れていない。
「だから、俺は敵を殺す。そしてお前は──敵だ」
天塩はそう宣言し、斬撃を放ってくる。
俺はその高度に訓練された兵士の攻撃を辛うじて回避し、反撃の刃を叩き込む。
俺の攻撃は命中しているが、幽霊でも攻撃しているかのように手応えがない。
斬っても斬っても、やつの傷はすぐに癒えてしまう。
痛みも感じず、傷も追わない天塩はまさに幽霊のようである。
だが、確実にダメージは累積しているはずだ。
「もうここは戦場じゃない! どうして理解できなかった!」
もう手遅れだが、俺は天塩に向けてそう言い放つ。
苛立ちを感じる。天塩はどうして戦争は終わったと理解できなかったのか、と。
「俺は戦うためにこの身体になった! 今も俺は戦うために存在する! 敵を殺すために! 殺し尽くすために!」
「違う! 生き延びるためだ!」
「黙れっ!」
天塩は激昂し、俺に攻撃を叩き込んでくる。
しかし、その怒りが逆に隙を生じさせた。
俺は空振りになった天塩の攻撃ののちに、カウンターとしてやつの喉にナイフを突き立てた。
ナイフを抉り、そして引き抜く。
どぼどぼと鮮血が噴き出し、天塩がよろめいた。
その傷は癒えていくが、天塩は完全には回復しきれていない。
何より──。
「お前、それは……」
天塩はもう80歳の老人のように老け込んでいた。
先ほどまでは確かに情報より老けている程度と感じていたが、今度は異常なまでにそれが明白だ。
「……インプラントの副作用だ。回復すればするほど、老化が進む」
天塩はしゃがれた声でそういう。
クソ。大井が天塩にインストールした試作インプラントというのは、そういうものだったのか……。
「これで……終われる……」
天塩が俺に向かった駆けた。
「そうか。お前は……」
これまでの攻撃と比べればはるかに遅く、隙だらけの攻撃を俺は弾き、そして心臓に刃を突き立てた。
俺のナイフは装甲化されている天塩の胸部を貫き、心臓をそのまま抉る。
「……ありがとう……」
やっと理解した。こいつは死にたかったのだ。
戦場で、兵士として。
天塩の友がそうやって去っていったように。
「安らかに眠れ」
俺は倒れ込んだ天塩にそう言ったのだった。
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