元軍人さん、ダンジョン探索者になる。 作:第616特別情報大隊
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──事後処理
天塩の最後の姿は100歳を超えた老人のようだった。
機械化された四肢だけがアンバランスにそのまま残っているが、顔は皺だらけで髪も真っ白になってしまっていた。
「やったのか……?」
皇が天塩に蹴られた腹を押さえながら俺に方にやってくる。
「ああ。やつは死んだ。これで終わりだ」
やつは最初から誰かに殺されたかったのだ。
この日本で疑似的な戦場を作り、そこで兵士として死にたかったのだ。
「はあ。一件落着だな。報酬を払う」
「報酬は貰うが、この件をどう処理するかも考える必要がある。忘れてないよな? 大井はこいつの生け捕りを要望していた」
「畜生。そうだったな」
大井は天塩を生け捕りを求めて懸賞金をかけていた。
恐らくは天塩が死ぬとインプラントの情報が引き出せなくなるのだろう。
半生体兵器と同様の性能を発揮させるインプラントというのは、身体に密接に関係していたはずだから。
「旦那様」
そこでサタナエルが不意に声を発する。
「どうした?」
「噂をすれば何とやらですよ。大井の人たちが近づいているようです」
「何だと」
どうやって俺たちを発見したのかは分からないが、サタナエルは大井の連中の接近を告げた。
耳をすませば機械化された人間特有の重々しい足音が聞こえる。
「どうする、皇? 大井の連中とやり合うのは不味いぞ」
「だが、この状況だと連中があたしたちを撃たない保証はないな」
「クソ」
足音はそれから確実にこっちに近づいてくる。
「ボクが対処しておきますよ」
「サタナエル。分かった。やってくれ」
「はい」
甘い声でサタナエルは応じ、そしてサタナエルがにこり笑うと──。
「悲鳴……」
遠くから悲鳴が聞こえてきた。
サタナエルが大井の連中に火を放ったのだろう。
遠くから汚水に混じって人の焼ける臭いが漂ってくる。
「今のうちに離脱だ。急げ」
「合点」
俺は皇にそう促し、皇を連れて地下水路から離脱する。
あとからサタナエルとマルキダエルたちも続き、俺たちは無事にマンホールから地下水路を出た。
「いずれにせよ、あとで天塩の死体は見つかる。大井はそのことにどう反応するか」
「責任はあたしが取る。あたしたちリリスがやったことにすればいい。だろう?」
「……いいのか?」
それはリリスと大井の関係が悪化することを意味する。
リリスと大井はこれまでそこまで悪い関係じゃなかったはずだ。
仕事だって大井から斡旋されていだろうに。
「やつを殺すことに拘ったのはあたしだ。なら、責任を取るのも筋というもの」
「……分かった。それならば任せる」
皇の決断に俺は経緯を示した。
「それに大井も本当に生け捕りできるとは思っていなかっただろう。あれだけの化け物を生け捕りにするなんて無理だ」
「そうだな。確かにそうとも言える」
天塩は手強い相手だった。
あれを生きたまま捕獲するというのは、無理難題だろう。
それはやつのことを被験者として扱っていた大井にも把握できたいたはずだ。
「じゃあ、報酬だ。改めて助かった、佐世保」
皇から報酬の2000万円が送金されてきて、俺はそれを確認した。
「ではな。また何かあれば頼む」
「ああ。お互いに、な」
俺たちはそれから路地裏で別れ、俺はふうと息を吐いた。
「サタナエル、マルキダエル。今回は助かった。お前たちも役に立つものだな」
「ふふ。たまにはお役に立ちませんと。それに人間を焼き殺すのは好きですから」
「ああ。そうだったな」
サタナエルがにこにこと笑って言うのに俺は肩を竦めた。
「さて、じゃあまずは風呂に入ろう。汚水塗れで酷い臭いだ」
俺はふたりにそう言ってそれから自宅への帰路に就いたのだった。
* * * *
自宅に帰り、汚れた衣類を脱ぐと早速風呂を沸かす。
風呂は以前の兵舎の部屋よりも遥かに広く、そして快適な造りになっている。
風呂が沸いたという知らせを聞き、俺は風呂へ向かう。
「ふう」
まずはシャワーを浴びる。
この家のいい点は最初から温かいお湯が出ることだ。冷水を浴びずに済む。
「旦那様」
そこで風呂場の扉が開く音がし、サタナエルの甘い声が。
「サタナエル……さらっと入ってくるんじゃない……」
俺は呆れた口調でサタナエルにそう言う。
サタナエルは以前のように一糸まとわぬ全裸で風呂場の中に入ってきた。
女性らしい膨らみと細さのある身体が晒されているのに俺はため息。
「ふふ。お背中をお流ししようと思いまして」
「間に合っている」
「そう仰らずに」
サタナエルは全裸でシャワーを浴びている俺の背中にぴたりとくっ付く。
サタナエルの柔らかさが背中に伝わってくる。
以前は何も感じなかったのだが、今回はどこか安心する気持ちを感じた。
クソ。今でもサタナエルは不発弾みたいな存在なのに、どうしてか俺は気を許しつつあった。
「旦那様はやはりお強い。あなたの強さを見れ見るほど惚れ直してしまいます」
「……俺は強くはない。今日だって勝てたのは皇がいたからだし、天塩自身が死にたがっていたからだ。俺自身は……普通の人間だ」
天塩を見て改めて思った。
もし、俺がダンジョンに居場所を見つけていなければ、あいつと同じようになったのではないかと。
俺はダンジョンに希望を見出した。天塩は何にも希望を見いだせなかった。
それだけの違いなのだ。
「そんなに自分を卑下なされず。旦那様はボクをひとりで倒したお方です。あなたは強い。そのことはボクが保証します。旦那様ならばこれからも戦い続けることも、そしてダンジョンの最深部に至ることもできる」
「そうだといいが……。俺もまだ最深部に到達するのを諦めたわけじゃないからな」
俺の目的は今でのダンジョン最深部の財宝だ。
それを手に入れて平穏な暮らしを手にする。
それだけが俺が天塩のようにならずに済んだ希望なのだから。
「明日からまたダンジョンに挑もう。次は……60階層を目指したい」
「ええ。今日は英気を養いましょう。さあ、お背中をお流ししますよ」
サタナエルはそう言って俺の背中をタオルで洗い始めた。
俺は拒絶するだけの元気もなかったので、それを受け入れたのだった。
そう、今日はいろいろと疲れることがあったからな……。
* * * *
風呂から上がり、ミネラルウォーターのボトルを開けて飲み干す。
そうやってソファーに座り一息ついていると、ARデバイスに着信が。
相手は……ジョン・ドウか……。
今一番、話したくない相手だが無視するわけにもいかない。
「どうした?」
『残念だよ。仕事は失敗したようだね』
「やつは死んだのか?」
俺はすっとぼけてそう返す。
『とぼけるのはやめたまえ。君がやったのだろう? 他にあの男を殺せる人間がいたとは思えない。リリスが犯行を主張しているが、彼女たちでも天塩を殺せたとは思えない』
「さてな。俺は知らない」
『君のその態度は大井との関係悪化を意味すると思いたまえ』
ジョン・ドウは苛立った様子でそういう。
『しかし、だ。君は有用な人材であることをこれまで示してきた。50階層の件も聞いたよ。ワームをソロで倒したのだろう? 私の上役もこのことでさらに君に興味を持っているようだ』
「だとしたら?」
『仕事を回したい。ある組織の調査だ』
そう言ってジョン・ドウは仕事の内容を俺に送ってきた。
そこにあったのは──。
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