原作を諦めた男、原作が終わった後に原作キャラに絡まれる 作:オワッター
「エリュシオン・サーガ」。
俺がかつて好きだった、名作RPGだ。
加護と呼ばれる神から授かった特別な力を操る者たちが、この世界の命運をかけて戦うゲームだ。
そのシナリオとゲーム性から、多くのファンを獲得している。
何と言っても、見せ場とされるシーンの熱さが尋常ではなく、美しいBGMも相まってファンの心を掴んで話さない。
ただ、熱血ゲーと言われる反面、鬱ゲーとしてトラウマになっているファンが多いのも特徴。
特にサブイベントは、中々後味が悪いものも多く、メインシナリオもタメの期間は辛い展開が続く。
中でも、リリシェラの物語はファンに強い衝撃を与えるだろう。
リリシェラは、ゲーム中盤に加入するプレイアブルキャラの一人だ。
女神ヘスティアの加護を受け継ぐ彼女は、ギリシャ神話でいうオリュンポス十二神の加護を持つことでメインキャラの一人と目されていた。
特にゲーム発売前はその秀逸なキャラデザから、発売前にもかかわらずファンアートがかなりの数見受けられたほどである。
しかし、死んだ。
最初のうちは他のキャラと同じように扱われ、特に怪しいところはなかった。
しかし段々とシナリオの中で死亡フラグを積み上げていき、更にはゲームの中でも工夫すれば手に入る上位の武器が装備できなかったりなど、「これ大丈夫か?」という雰囲気が漂い始める。
更によくよく考えたら、女神ヘスティアってオリュンポス十二神をデュオニュソスに譲ったりしたよね……そういうアレンジもなくはないよね……ということにプレイ中気付いたり。
そして、最終的には作中屈指の名シーンの末に死亡。
プレイヤーに多大なメンタルダメージを与えた。
俺もまた、それによって大きなダメージを受けたものの一人。
一日寝込みましたもんね。
当時は大学生だったけど、講義を全部自主休講して寝込んだ。
そして次の日にはまたプレイした。
講義は次の日も全部自主休講した。
何にしても、そんな「エリュシオン」を語る上で欠かせない名キャラクター。
それがリリシェラ。
なの、
だけど、
なぜか、生きて今眼の前にいる――
いや、普通に考えて喜ばしいことだ。
リリシェラが生きているってことは、メインキャラから死亡者が出なかったということ。
そしてリリシェラが生きていれば、終盤の展開が楽になるかもしれない。
世界が救われたことも相まって、いいことづくめだ。
しかし、わからないのはどうしてリリシェラが生きているのか。
なんで俺を「師匠」と呼んでいるのか。
どうしてこんなにも、俺を見つけて嬉しそうなのか。
つまり――何もわからない。
俺は一体、どうすればいいんだ……?
+
「ええっと……君は?」
「あ、そうですよね、わかりませんよね。私、髪色変わっちゃってますし……ごめんなさい、色々気持ちがはやっちゃって……えへへ」
俺は意を決して、リリシェラに問いかけた。
俺はリリシェラを知らない、だからその名を問わなくてはならないのだ。
たとえ、ゲームでよく知っている存在だとしても。
すると、思わぬ情報が飛び込んできた。
髪色が違う?
それはもしかして、設定資料集に小さく描いてあった「加護に目覚めた際、髪色が変わった」という話か?
この世界の人間は、加護に目覚めると容姿などに変化が現れることがある。
ゲームにおいてもこれは重要な設定で、複数のキャラの過去に関わってくるのだ。
リリシェラも容姿が変化した一人なのだが、シナリオに関わるほどの変化ではなかったので本編では触れられず、資料集に記されるに留まっている。
もしかして、それが原因で俺はリリシェラと過去に会ったことがあっても、わからなくなっている?
「私、リリです! む、昔スラムで、師匠に面倒を見てもらった!」
「リリ……え、リリ!?」
そして、その推測は案の定正解だった。
リリシェラと面識はないはずだけど、リリという少女の名前は覚えている。
俺はかつて、とあるスラムで孤児をしていた。
魔力欠乏症で、狼人族とのハーフ。
出自としては最悪クラスの出発である。
それでも何とか、原作知識を用いて他の人間は役に立たないと思っているけれど、意外と高く売れるアイテムを集めて売りさばくことで生計を立てていた。
買い叩かれることがほとんどだったし、中には金さえ貰えず奪われてしまったこともあるけれど。
それでもこうして今ここに俺が生きているのが、一つの成果と言えるだろう。
「はい。師匠のおかげで、ハーフの私でもこうして大人になるまで成長できました。えと。その……どう、ですか?」
「どう……って言われると、その、なんだ? ……見違えた、と思う。昔のリリは黒髪だったし……あまり自分から話をするタイプじゃなかったからな」
「……えへへ」
俺は偏見の目で見られる存在だったが、スラムの孤児なんて多かれ少なかれ似たような事情をもっているものだ。
そういった子どもたちをまとめて――見捨てられなかったともいう――俺は面倒をみていた。
色々と大変だったが、数が多かった分出来ることも多く、最終的に俺を含めて全員がスラムを脱して普通の人間として暮らせるようになったのだ。
孤児の中には、職人に弟子入りしたりして自分の将来を見つけた者も多く、スラムを脱出した時点でそれぞれの道を進むことになったわけだが――
――その中に、リリがいた。
昔のリリは、どちらかというと無口系の臆病な少女だ。
人見知りで、いっつも俺の後ろに隠れていた黒髪の少女。
それが――後にリリシェラとなった?
リリシェラは孤児だったところを、加護に目覚めたことで貴族の家に拾われ養子リリシェラになったという設定があった事はよく知っている。
そんな事を考えていると――
「……ありがとうございます、師匠」
「……リリ!?」
俺の手を、そっと包み込むように握ってきた。
そうして俺のことを見上げながら浮かべる笑みは、息を呑むほど美しく――
そして、
俺は思わず、かつての呼び名でリリを呼ぶ。
すると、更に笑みを深めて、今度はもっと幸せそうなかつてのリリが成長した姿を思わせる笑みになった。
間違いない――彼女はリリだ。
「師匠にまた、その名前で読んでもらえて……私、私……!」
「お、落ち着いてくれリリ。ここは人目があるから、な!?」
「……えっ?」
きっと、リリは全く周囲のことなど意識になかったのだろう。
自分がギルド中から視線を集めていることに、ようやく気付いたようだった。
すると、さっきまでの様子はどこへやら、顔を真っ赤にして俺の手を離し、その手で顔を覆う。
「あ、ひう……あう、ひうううう……! わ、私人前で、こんな……あううううう!」
「……恥ずかしがり屋なのは、昔と変わらないんだな」
俺がこんなにも注目をあつめると、後が怖いというのが正直なところ。
実際、視線を向ける連中の大半の感情は俺みたいなハーフが、こんな眉目秀麗な少女に声をかけられることに対する嫉妬だ。
さっき俺に絡んできた連中が、また俺に絡みたそうにしているし。
それでも、そんな状況であっても――恥ずかしがって今にも俺の後ろに隠れそうなリリは、かつてのリリを思わせた。
リリシェラとリリ、思い返せばこんなにも似ている部分があるのに、俺は全然気付かなかったんだな。
…………ん? リリシェラがリリだった?
俺はそう言われて――ふと、在ることに思い至ってしまった。
「……なあ、リリはどうして俺のことを師匠というんだ? 別れる前は普通に名前で呼んでたよな?」
「えっとそれは……師匠が私に人生の道を示してくれたから……です」
「道……」
「お話を、聞かせてくれましたよね? それは、遠い国のおとぎ話だって」
――やばい。
「そのおとぎ話はとても心躍る物語で……私、すっごく胸をときめかせたこと、今でも覚えています。そして師匠と別れて今のお父様とお母様に拾われた後……気付いたんです。その物語が、”私たち”の旅路にどこか似ている……って」
解ってしまった。
というか、今まさにリリが語ってくれたことがすべてだ。
俺は――リリたち孤児に、寝物語として原作の出来事を大幅に脚色して話した。
ゲームの設定に、千年くらい前にも同じような事件が起きたそうだから、千年前のことってことにして話したんだったかな……
当然、その中で――
「そして、私はその中で生命を落とす”神子様”に似ている……って、そう思ったんです」
……はい。
リリがリリシェラであるということに気付かず、リリシェラの”最期”を語ってしまっていた。
当然リリシェラはそれを避けようと思っただろう。
「私も、神子様と同じような悩みを抱えていて……でも、師匠が教えてくれたから覚悟ができました。悩まずに、前に進むことができました。そして――こうして、師匠のもとに帰ってこれたんです!」
結果、避けることができてしまった。
いや、できたことそのものは、喜ばしいことだ。
だけど、なんか、なんていうか――今俺の感情を一言で表すなら……
「……そんなことある?」
だろう。
ぽつりと、リリシェラに聞こえないよう本当に小さな声で、そう零した。
「……? 師匠?」
「ええと、ああ、なんだ。……とりあえず、まずはリリが生きててよかった。またあえて嬉しいよ」
「師匠……!」
とりあえず、概要は解った。
どうしてリリがここにいるのかも。
けど、なんだ?
まず大前提として――俺は師匠なんて器じゃない。
「でも……師匠っていうのは、分不相応だと思う。だって俺はしがない冒険者でしかないんだ。一人で生きていくので精一杯で、ランクもC。ギリギリ一人前ってくらい」
「あ、冒険者ランクなら、私はFで全然ですよ!」
――この世界の主人公パーティはギルドの依頼ガン無視だったんだなぁ。
なんて、関係ない感想がでた。
「それに、リリはこれから冒険者として暮らしていくつもりなのか?」
「あ、は、はい。これまでやっていた神儀……あ、えと、冒険……が終わりまして。自由に生きていいとお父様もお母様も言ってくださいまして……あうあう」
「まずは、おめでとう。でも、冒険者としてのランクが低いだけで、冒険自体は手慣れてるなら……俺を師匠と仰ぐ必要はないんじゃないか?」
「あうあうあうあう」
リリの目に、どんどん涙が溜まっていく。
ああ、まずい。
「あ、いや、違うんだ。まだ話は終わってない、聞いてくれ」
「ひぐっ、えう、はひっ」
「……俺は師匠なんて器じゃない。けど、リリが冒険者として活動するなら、歓迎するよ」
「……!」
ようするに、なんだ。
「――同じ冒険者仲間として、これからよろしくしてくれないか?」
こんなことを、これほど大勢の人間が視線を向けている中で言うのは死ぬほど気恥ずかしいけれど。
それでも俺は――リリが冒険者として活動してくれて、嬉しいんだ。
生きていてくれて……嬉しかったんだ。
だから、俺が差し出した手を――
「はいっ!」
リリは笑顔で掴む。
こうして、リリの冒険者人生と、俺の新しい生活が始まった。
そしてこの時は――リリに、まさかあんな大きな問題が根付いているなんて、俺は想像もしていなかったのである。