原作を諦めた男、原作が終わった後に原作キャラに絡まれる 作:オワッター
ギルド受付嬢レシタは、比較的出勤が早い。
それはギルドの受付が開始する時間からレシタがシフトに入っているからで、ある人物を待っているからでもある。
セオド、という人間族と狼人族のハーフがいる。
黒い髪に、ハーフ特有の少し短い耳と尾。
それを除けば、ごくごく普通の青年と言った感じの、特徴の薄い男だ。
だが同時に、このハーフという立場が彼をずっと苦しめているのを、レシタは知っていた。
聞いた話によれば、元は治安最悪の犯罪都市のスラムで生まれた孤児だったという。
そんな、いつ死んでもおかしくない存在が、こうして今は普通の冒険者をしている。
これはとんでもないことだ。
ただ、レシタがセオドを知ったのは、それが理由ではない。
この街の冒険者ギルドで、決まって最初にやってくるのがセオドだったからだ。
レシタは受付嬢になった直後、今のシフトが大嫌いだった。
朝が早いからだ。
そんな時、ふとギルドの受付が始まったあと、最初にギルドにやってくるのがセオドだと気付いた。
時刻はまだ七の時を回った頃。
ギルドは食堂を併設しているが、この時間帯は準備中で運営していない。
加えて冒険者というのは夜遅くまで飲み歩いている者が多いから、自然とギルドにやってくるのが遅くなるのだ。
だからこそ、ハーフのセオドは朝早くにギルドへやってくるのだろう。
そんなセオドの様子を見ているうちに、レシタは気になってしまった。
「セオドさんって、こんなに朝早くからギルドに来て、辛くないんですか?」
「夜安心して、ぐっすり眠れてるからな。今は安全に眠れるし、ほんと快適だよ」
その返答は、衝撃だった。
冒険者はチンピラが多いから、安心して夜眠れない日常を送ってきた人間もいることは普通だ。
けど、セオドはそれをなんでもないことのように話す。
ハーフであり、魔力欠乏症でもあるという不利な現実を、何も気にしていないようだった。
そんなセオドを、レシタが強く意識したのは、レシタがオフで街を歩いていた時のこと。
運悪く、粗野な冒険者に絡まれてしまったのだ。
レシタにとって冒険者は、仕事だから付き合いをしているだけの相手にすぎない。
だというのに、向こうは時折こちらが営業として振る舞った愛想に、変な勘違いをする。
「なぁおい、暇してんなら俺と遊ぼうぜレシタちゃん」
そんな風に声をかけられて、レシタが断ろうとしても全然聞く耳をもたなかったのだ。
周囲の人たちは、冒険者に睨まれたくなくて見て見ぬふりをする。
同業の冒険者すら、その男が乱暴で執着心が強いと知っているから、助けようとしない。
本当に最悪だ。
誰も信じられなくなりそうだと、そう思った時――
「そこまでにしておけよ」
なんと、セオドが割って入ってくれたのだ。
普段のセオドは、あまり面倒事に関わりたくなさそうな気配を滲みませている。
良くも悪くも無気力気味な青年。
けれど、困っている人を見捨てるような人ではない。
それからセオドは、幾つかチンピラ冒険者とやり取りをして、チンピラ冒険者がセオドのことを罵ったタイミングですかさず拳を叩き込んだ。
一撃で男は吹き飛び、地面に転がった。
驚くべきことだ。
セオドには、魔力がほとんどない。
まったくないとは言わないが、戦闘に使えるほどではないはずだ。
なのに、ただ殴っただけでこの威力。
後に理由は、手にはめたグローブだと教えてくれた。
そこに魔力を貯めることで、相手を殴りつけた時に強い衝撃が発生する。
衝撃の威力が、人を殺さないちょうどいい威力であるということから、対人の制圧用にセオドは重宝しているらしい。
「あの……どうして助けてくれたんですか」
「まぁ、レシタが困ってたから……っていうのもあるんだけど、別に何の見返りも求めずやったわけじゃないぞ?」
そして倒れた男を放ってその場を離れた時、レシタはセオドに聞いていた。
曰く、あの男はここ最近、セオドを挑発していたらしい。
というより、ここ最近ギルドでセオドに対する周囲の侮蔑が強まっているのだ。
だからどこかしらで向こうから襲ってきた冒険者を撃退することで、それを弱めようとしていたのだという。
「ギルドだとこっちの評価まで微妙にマイナスになるからな、町中でレシタに声をかけてくれてて助かったんだよ、俺としても。……ほら、随分と利己的な理由だろ?」
「……なんですか、それ」
少しだけ、おかしくて笑ってしまった。
おどけて見せているけれど、結局自分を助けてくれたことに変わりはないじゃないか。
というか、あくまで自分の都合も介入する理由にあっただけで、助けたことそのものにセオドは見返りなんて求めてない。
そういう人なんだろう、この人は。
――そして、意識するとふと、レシタは在ることに気がつく。
セオドは自身の過去に負けることなく生きている。
魔力が欠乏していても、あのグローブのように他では中々見られない魔道具をどこからか見つけてきて、うまく立ち回る。
セオドが扱う拳銃だったり、彼の”切り札”だったり。
何をとっても、セオドはとても生き方が巧いのだ。
そんなセオドだが、ふと時折どこか遠い目をすることがある。
それは、本当に何気ない時、世間話の最中がほとんど。
普段は気にしていないようなことを、たまたま思い出してしまったかのような、そんな時に。
彼は、普段見せない顔を覗かせる。
レシタのように、長く彼を見ていないと気付けないような”後悔”の感情だ。
一体どうしてセオドが後悔しているのか、レシタにはさっぱりわからない。
彼は決してその事を語ろうとはしないし、レシタも踏み込めないから。
そしてその後悔は、ハーフや魔力欠乏症のような、単純でわかりやすい側面から生まれたものではないのだろう。
もっともっと深く、レシタのような凡人には想像もつかない部分にセオドは後悔を抱えたまま生きている。
――その表情から目を離せなくなっていたのは、一体いつの頃からだっただろう。
この街における、セオドの評価は極端だ。
冒険者からは蛇蝎のごとく嫌われている。
あんな雑魚が、生意気に冒険者をしていることが気に食わない。
街の住人からは、嫌われてもいるし好かれてもいる。
ハーフだから偏見の目で見る人はいるが、クエストで彼と関わった人で彼を悪くいう人間はいない。
そしてギルドの職員は、レシタが布教しまくった。
普段の品行方正な仕事ぶりもあり、ギルドでの評価はとても高いのだ。
そしてだからこそ、レシタに「早くセオドに告白しなよ」なんて言ってくる人も多い。
でも、レシタはただその横顔を見ているだけで満足していた。
勇気がなかったというのもあるが、何よりも自分ではその”後悔”に踏み込めないと思っていたからだ。
というよりも、彼の後悔はここではないどこかにあって、それはもう彼自身にすら取り戻せないものに見えたのである。
リリシェラという少女が、彼の前に現れるまでは。
セオドの過去を知る少女。
セオドを師匠と呼ぶ少女。
――セオドを明らかに好いている少女。
それだけなら、決してレシタと彼女に違いはない。
しかし、どういうわけかレシタは直感してしまったのだ。
あの少女は――セオドの後悔にふれることの出来る少女だ。
何故かは解らない。
セオド本人に聞いても、明確な答えは帰ってこなかった。
同僚たちは、今直ぐ告白しろとうるさい。
けど、レシタは思ってしまったのだ。
ああ、よかった――
きっと、セオドはこれからその”後悔”を少しずつ拭い去っていくのだろう。
リリシェラという少女とともに。
そのことは、とても喜ばしく思う。
自分がそうなれなかったことは悲しいけれど、彼を諦めることができるかといえば、全くもって否だけれど、それでも――
レシタは、セオドの幸福を第一に願ってしまうのだ――