直葉「お兄ちゃーん、あの人に手を出されたー。」キリト「お前を〇す」   作:狩宮 深紅

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ラストスパートです!
この話を含めた後2話で終わらせる予定なので最後までお付き合い頂けると嬉しいです!


親睦を深めるなら飲みの席だよ、お兄ちゃん。

 

あの日、深夜のアルヴヘイムで繰り広げられた、あの泥臭くて無様な、けれど俺にとっては一生忘れられない『二十一連敗の決闘』から数日。

 俺の日常は、劇的な変化を遂げていた。

 

 何が変わったかと言えば、それはもう、桐ヶ谷直葉という一人の少女が俺の人生に食い込んでくる『角度』と『深さ』が、物理的にも社会的にも次元の違うものになったということだ。

 

「××さん、準備できましたか? 皆さん、もう集まってるみたいですよ!」

 

 鏡の前で、俺は不慣れなボタンダウンのシャツの襟を整えていた。

 今日は、あのキリトさん……いや、和人さんから「改めて、俺の友人たちに紹介したい」という、ある意味で最終試験よりも緊張するお披露目会の招待を受けていた。

 

 場所は、御徒町にある『ダイシー・カフェ』。和人さんたちの行きつけの店であり、店主のエギルさんは、あの決闘の場にも立ち会ってくれた、俺の恩人の一人だ。

 

「よし。失礼のない格好にはなってるはず……。」

 

「ふふっ。大丈夫ですよ、××さんは何を着てても素敵ですから。……あ、でも、あんまり格好良すぎて、リズベットさんたちに見惚れられたら困っちゃうな」

 

 直葉ちゃんが後ろから俺の腰に腕を回し、ギュッと抱きついてくる。

 公認の仲になって以来、彼女の甘え方はより大胆に、そしてより独占欲を隠さないものになっていた。俺は少し照れながらも、その温もりを背中に感じて深呼吸をした。

 

「……今日は、俺の『接客スマイル』の集大成を見せる時だからな。」

 

「ふふっ、 ファミレス仕込みの好青年ムーブですね。期待してます!」

 

 ダイシー・カフェの重厚な扉を開けると、カウベルの乾いた音が響いた。

 店内は貸し切りになっており、カウンターの奥からは、あの屈強なエギル――アンドリュー・ギルバートさんが、白いシャツの袖を捲り上げて豪快に笑っていた。

 

「いらっしゃい。待ちかねたぜ、命知らず殿。」

 

「あはは…。エギルさん、以前はどうも。今日はよろしくお願いします。」

 

 俺は、長年のアルバイトで叩き込まれた、完璧な角度のお辞儀と爽やかな笑顔を繰り出した。

 一階のテーブル席には、すでに数人の男女が集まっていた。

 和人さんとアスナさんはもちろん、その横には、どこかで見たようなバンダナ姿の男がいた。

 

「おお!、君が××か! 俺はクライン!久しぶりだな!」

 

 バンダナの男――クラインさんが、椅子から立ち上がって右手を差し出してきた。

 俺は一瞬、身構えた。この人には、あの最悪の初対面……ALOの酒場でキリトさんに追い回された際、隣で殺気を向けられていた様な記憶があったからだ。

 

「あ、クラインさん。その、あの時はお騒がせして……。」

 

「はははっ! 気にすんなって! あの時のキリトは完全にバーサーカーだったからな、逃げ出したくなるお前の気持ちは痛いほどわかるぜ。俺としても大人として、脅かしちまったのは謝る。悪かったな!」

 

 ガシッと力強く握手を交わされる。

 その竹を割ったような気さくさと、包容力のある笑顔。

 

(……なんだ、この人たち。ゲームの中じゃあんなに怖かったのに、リアルじゃめちゃくちゃ良い人たちじゃないか)

 

 俺は内心でホッと胸を撫で下ろし、用意していた好青年ムーブを継続した。

 だが、その安堵は、続く自己紹介の数分間で、文字通り粉々に砕け散ることになる。

「リアルじゃ壺井っていうんだ。まぁ、SAOの時には『風林火山』ってギルドのリーダーやってたんだぜ!」

 

クライン、もとい壷井さんの自己紹介から堰を切ったように様に、周りにいた人達が次々に現れた。

 

「あ、私はリズベット! リアルは篠崎里香。ALOでも鍛冶屋をやってるわ。私もあの時はごめん!事情を知らなかったとはいえ酷いこと言っちゃった。」

 

「いえいえ!こちらこそ、あの場から1度でも逃げたのは事実ですし、直葉ちゃんのことを思ってのことだと思うので!」

 

「次は私ですね!シリカです。綾野珪子っていいます。よろしくお願いします。私とは初めまして、ですよね?」

 

「シリカさん……?ん?あぁ、いえ!××です!こちらこそよろしくお願いします!」

 

んん?

 ……風林火山?

 ……リズベット?

 ……シリカ?

 

 ゲーマーとして、その名を知らないはずがなかった。

 あの伝説のデスゲーム、SAO(ソードアート・オンライン)。

 その最前線で戦い続け、生還した『攻略組』と呼ばれる、文字通りこの国のVR史にその名を刻む生きた伝説たち。

 

 和人さんとアスナさんがその筆頭であることは知っていた。だが、今ここで俺と気さくに酒を飲もうとしている面々全員が、その『怪物たち』の集まりであることに、俺は今さらながら気づいてしまったのだ。

 

そういうこと???????

 

 俺の脳内で、点と線が音を立てて繋がっていく。

 目の前で「マスター!もう一杯!」と叫んでいるバンダナ男は、あの伝説のギルドリーダー。

 ニコニコと可愛い笑顔を振り撒いている女子高生は、ビーストテイマーの先駆け。

 そしてカウンターでグラスを磨く巨漢は、最前線で商売を牛耳っていた商人。

(ヤバい。これはヤバすぎる。歴史上の偉人のパーティーじゃん!)

 

 急激に冷や汗が噴き出し、俺の完璧だったはずの接客スマイルが、ピキピキと音を立てて引き攣り始める。

 

「……あれ? ××さん、顔色が青いですよ?」

 

「す、直葉ちゃん……。君、なんでこんな『アベンジャーズ』みたいな人たちと、普通にタメ口で話してるの……?」

 

「あははっ! 今さら何を言ってるんですか。だってみんな、お兄ちゃんの昔からの仲間ですよ?」

 

 感覚が麻痺している直葉ちゃんに、俺は心の中で「それが一番恐ろしいんだよ!」と叫びを上げた。

 

「ま、そう固くなるな。今日は無礼講だ。」

 

 エギルさんの計らいで、自然と席が二つに分かれた。

 俺と和人さん、クラインさん、エギルさんが座る、男たちの野郎卓。

 そして直葉ちゃん、アスナさん、リズベットさん、シリカさんが集まる、華やかな女子卓だ。

 

「とりあえず、乾杯といこうじゃないか。直葉ちゃんに彼氏ができたのと……何より、キリトの猛攻を二十回受けても折れなかった、この根性ある青年に!」

 

 エギルさんの音頭で、ジョッキとグラスが重なり合う。

 最初こそ、歴史上の英雄たちを前にして蛇に睨まれた蛙のようになっていた俺だったが、クラインさんとエギルさんの『大人の気配り』は、流石の一言だった。

 

「で、聞いたぜ××。お前、あのキリトをシステム硬直の隙を突いて殴ったんだってな! 痛快だぜ、あいつにあそこまで粘るエンジョイ勢がいるなんてよ!」

 

「いや……もう、必死だっただけで……」

 

「いいんだよ、それが最高にロックなんだよ! あのキリトだぜ? 攻略組の奴らだって、面と向かって一撃入れるのは至難の業なんだからな。」

 

「タイミングが何とか合っただけですよ、それこそダメージなんてほとんどなかったですし……。」

 

 クラインさんが豪快に背中を叩いてくる。

 さらに、話題は自然と和人さんの『シスコン暴走』のイジりへとシフトしていった。

 

「それにしてもキリトよぉ。お前、あんな可愛い妹の彼氏のバイト先までバイクで乗り込むとか、それなんてストーカーだよ? 通報されるぞ?」

 

「……わかってるよ。俺はただ、状況を確認しに行っただけだ。」

 

「張り込みって言うんだよ、それを! アスナからも聞いたぞ、『もう殺すことしか考えてないような顔だった』ってな!」

 

 クラインさんとエギルさんに容赦なくイジり倒され、あの最強の剣士が、耳まで真っ赤にして俯いている。

 その光景を見て、俺の緊張はスッと解けていった。

 あぁ、この人たちも、ゲームの中では無敵の英雄かもしれないけれど。

 こうして集まれば、くだらないことで笑い合い、仲間をイジって酒を飲む、最高に気の良いゲーマー仲間なんだ。

 

「××さん。……あなたが大変な思いをしたのは、俺からも謝る。……すまなかった。」

 

 和人さんが、照れ臭そうに、けれど真っ直ぐに俺を見て、頭を下げた。

 

「ただ……俺は今でも、あなたが直葉の隣に立つのに、一番ふさわしい男だと思ってる。……あいつの笑顔を見てれば、わかるからな。」

 

「……和人さん。ありがとうございます」

 

 俺は、今度は嘘のスマイルではなく、心からの感謝を込めて、その英雄とグラスを合わせた。

 一方。少し離れた女子卓では、それとは全く違うベクトルで、熱い戦いが繰り広げられていた。

 

 

「で、で! 直葉ちゃん! 実際のところどうなのよ! あの彼、どこまで進んだの!?」

 

 身を乗り出しているのは、好奇心の塊のようなリズベットさんだ。

 

「ちょっと、リズさん! 声が大きいですって!」

 

「いいじゃない、身内だけなんだし! 手は繋いだでしょ? キスは? まさかそれ以上……!?」

 

「ええっ!? ちょっとリズ、シリカちゃんの前で何を聞いてるのよ!」

 

「アスナさん!?流石に私もそれくらいは理解できてますからね!?」

 

 アスナさんが苦笑いしながら窘めるが、隣のシリカさんも、口では訂正しながら顔を真っ赤にしながらも興味津々で直葉ちゃんを見つめている。

 

 直葉ちゃんは、最初はタジタジになっていたが。

 ふと、男卓で和気あいあいと笑い始めた俺の姿を盗み見て、どこか誇らしげに、そして甘くとろけるような笑みを浮かべた。

 

「……××さんは、ゲームは下手ですけど。すごく優しくて、私のことを一人の女の子として、ちゃんと見てくれるんです。」

 

 直葉ちゃんは、ストローを指先でいじりながら、独占欲の滲む声で続けた。

 

「お兄ちゃんやALOの人達みたいに私に『強さ』を求めない。……私が泣いても、ダメなところを見せても、全部笑って受け止めてくれるんです。……だから、もう、私にはあの人しかいないんです。絶対に、離すつもりはありませんから♡」

 

 その、あまりにも重くて深い愛の告白に、リズベットさんとシリカさんは一瞬だけ圧倒されて言葉を失った。

 

「……うわぁ。直葉ちゃん、これは本気ね。……あの彼、逃げ切れるかしら」

 

「リズベットさん、××さんは逃げたりしませんよ。……だって、逃げられないくらい私が骨抜きにしてますから♡」

 

 小悪魔のように微笑む直葉ちゃんを見て、アスナさんは「ふふっ。本当に、いいカップルになったわね(思考停止)」と、相変わらずの直葉の様子に妹の幸せを心から祝福する姉を敢えて疑問を封じ込めて演じていた。

 

 

 

 

 

 

 

パーティーがお開きになり、俺たちは夜の東京の街へと出た。

エギルさんの店から駅に向かう道すがら、クラインさんから「今度また酒飲もうぜ! 大学の話とか面白かったし、お前の話ならいつでも聞くからよ!」と力強く肩を叩かれた。

 

「ふぅ……。正直、最初は生きた心地がしなかったよ。」

 

「あははっ。でも、最後の方はエギルさんたちと盛り上がってましたね。お兄ちゃんも、あんなに楽しそうにしてるの、久しぶりに見ました。」

 

 直葉ちゃんが、俺の腕にギュッと抱きつき、その細い指を俺の指の間に絡ませてきた。

 見上げた夜空には、都会の明かりに負けないくらい、澄んだ月が浮かんでいた。

 

「××さん。……私の世界、嫌いになりませんでしたか?」

 

「まさか。……むしろ、好きになったよ。あんなに素敵な仲間たちがいる君の世界を、もっともっと、知りたいと思った。」

 

 俺の言葉に、直葉ちゃんは嬉しそうに目を細め、俺の腕に頬を寄せた。

それに応える様に俺も彼女の手を握り返して最寄りの駅に着くまで離さなかった。

俺は、隣で笑う少女の体温を感じながら。

これから始まる、新しくて騒がしくて、最高に甘い日常の予感に、心躍らせていた。

 

 

 

 




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