直葉「お兄ちゃーん、あの人に手を出されたー。」キリト「お前を〇す」   作:狩宮 深紅

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書き溜めがあるので連続投稿です。




オフ会は情報収集戦だよ、お兄ちゃん。

「今度の週末。リアルで、会いましょう。」

 

 ALOの夕暮れの丘。

 

 リーファから放たれたその言葉を聞いた瞬間、俺――××のゲーマーとしての生存本能が、ビンビンとけたたましい警鐘を鳴らした。

 

ネットゲームでの出会いからリアルでのオフ会に発展するケースは珍しくないが、それはあくまでお互いの素性をある程度知った上でのことだ。俺たちのように、顔も年齢も知らない『お試しカレシ』なんていう不純(?)な関係のまま会うのは、リスクが高すぎる。

 

「い、いや待ってリーファちゃん!? ネットの出会いって危険だし! それに俺たち、住んでる場所めっちゃ遠いかもしれないじゃん!?」

 

「遠い、ですか?」

 

「そう! 俺、一応関東住みだけど、リーファちゃんが北海道とか沖縄だったら交通費ヤバいし! 飛行機乗ってまで会いに行くのは流石に大学生の財布じゃ厳しいって言うか! だからリアルで会うのは――」

 

「奇遇ですね。私も関東です。」

 

「えっ」

 

「都内ならどこでも行けますよ。……それとも、私と会うのがそんなに嫌ですか?」

 

アバター越しでもわかる、今にも泣き出しそうな――ように意図的に作られた、か弱く震える声。

上目遣いで、少しだけ肩を落としてみせるその仕草。この圧倒的に弱い声色を出されてしまっては、ただのお人好しである俺に断れるはずがなかった。

 

「い、嫌じゃない! 嫌じゃないけど!」

 

「じゃあ、今度の土曜、都内のカフェで。逃げたら地の果てまで追いますからね?♡」

 

有無を言わさぬ熱量と、背筋が凍るような謎の凄み。

俺は完全に押し切られる形で、両手を上げて白旗を揚げるしかなかった。

 

ーーーそして迎えた週末。都内某所の駅前広場。

 

休日の喧騒の中、俺は『適当な大学生』らしくない、少しばかり気合いを入れた格好で待ち合わせ場所に立っていた。

 

出かける前、クローゼットの前で小一時間ほど悩んだ結果、選んだのは白のバンドカラーシャツに、細身の黒スラックスという出で立ちだ。装飾を極力抑えた、いわゆる綺麗めのシンプルコーデである。俺の顔立ちは全体的にパーツが薄い『塩顔』なため、ゴチャゴチャした服を着るよりは、こういう無難で清潔感のある服装の方がマシに見えるという自覚はあった。

 

(……どんな子が来るんだろ。ネトゲ女子っていうか、下手したらネカマのおっさんってオチも十分にあり得るんだよな……)

 

もしおっさんが来たら、適当にコーヒーだけ奢って「急用ができた」と逃げ帰ろう(クズ)。

 

そんな一抹の不安を抱えながらスマホの時計をチラチラと見ていると、不意に背後から、澄んだ声がかかった。

 

「あの、××さん、ですか?」

 

「あ、はい……って、え?」

 

振り返った俺は、絶句した。

 

そこに立っていたのは、スポーツで引き締まった健康的なスタイルに、少し幼さを残しつつも圧倒的に可愛らしい顔立ちをした、ショートヘアの美少女だったのだ。

 

白のブラウスに淡いブルーのカーディガン、膝丈のスカートという清楚で年相応な私服。ALOのリーファの面影をしっかりと残した彼女は、俺の顔を見るなり、ボフッと音を立てるように顔を赤く染めた。

 

「……っ」

 

 桐ヶ谷直葉の胸中は、驚愕と歓喜で満たされていた。

(うそ……っ。あのペラッペラで適当なおふざけアバターの中身が、こんな、清潔感がちゃんとある塩顔イケメンだなんて……!)

 

ギャップ萌え、という言葉の破壊力を、直葉は全身で浴びていた。

ALOの中ではあんなに軽薄で親しみやすく、お調子者なキャラクターだったのに、現実(リアル)の彼はスッと背筋が伸びた大人の男性の空気を纏っている。薄めの顔立ちだが、それが逆に優しげで、白いシャツがよく似合っていた。

 

絶対に、絶対に私のものにする。

直葉の中で、その決意はコンクリートよりも硬く固まった。

一方の俺はといえば、猛烈な焦りに支配されていた。

 

「えっと……リーファ、ちゃん?」

 

「はい! 現実(リアル)では、桐ヶ谷直葉っていいます。直葉って呼んでください!」

 

「桐ヶ谷さん……いや、直葉ちゃん。あのさ、ぶっちゃけ聞くけど、いくつ?」

 

「高校一年生です!」

 

高校生!?

俺の頭の中で、緊急を知らせるレッドアラートがけたたましく鳴り響いた。俺は大学二年生、つまり二十歳だ。相手は未成年、しかも高校に入りたての十六歳。もし間違って手を出そうものなら、社会的な死、いや下手したらリアル事案(タイホ)である。

 

ALOの中での『お試しカレシ』なんて軽いノリ、現実で持ち出せるわけがない。

 

「あ、あはは! そっかー、高校生かー! 若いなー!」

 

 俺は咄嗟に、これ以上踏み込まれないための『絶対防壁(ATフィールド)』を展開した。

 

「いやー、実は俺、大学二年生なんだよね。まさかこんな可愛い女子高生だとは思ってなかったわ。こりゃうかうか彼氏のフリなんてしてられないな。これからは、頼れる『お兄さん』として直葉ちゃんの相談に乗るよ!」

 

大人としての余裕を見せつけ、あくまで保護者枠、健全なお兄さん枠に収まろうとする完璧な作戦だ。俺ってば機転が利く大人!

 

ーーーしかし。

 

(……お兄さん?)

 その単語を聞いた瞬間、直葉の瞳の奥で、スッと温度が下がる音がした。

 直葉にとって『お兄さん』という枠は、すでに兄である桐ヶ谷和人という、世界で一番巨大な存在が鎮座している。彼女が××に求めているのは、絶対に兄などというお茶を濁したポジションではない。

 

(私を一人の女として見ず、綺麗事を並べて逃げようとするなんて。……許されないんですよ、××さん)

 

直葉の頭の中では彼をどのようにして自分のものにすればよいか、その1点だけがぐるぐると光速で駆け回いた。

 

駅近くの落ち着いたカフェに入り、向かい合って座る。

俺はあくまで『頼れる大学生のお兄さん』を演じようと、なるべく落ち着いた所作でアイスティーを啜った。

 

「そういえば、直葉ちゃんは部活とかやってるの?」

 

「はい、剣道を少し。それより、××さんのお話が聞きたいです!」

 

直葉はテーブルから身を乗り出し、キラキラと輝く純真な女子高生の瞳を俺に向けてきた。

「私、大学生ってすごく大人で憧れるんです! 毎日大変じゃないですか? ××さんは、どこの大学に行ってるんですか?」

 

「え? あー、俺は〇〇大学。まあ、単位はそれなりに取れてるから、そんなに大変じゃないかな」

 

「〇〇大学! すごい、頭いいんですね! さすが頼れるお兄さんです!」

 

「いやいや、そんなことないって。」

 

 美少女に目を輝かせておだてられ、悪い気がしない俺は、つい口元を緩めてしまう。男とは悲しい生き物だ。

 

「大学二年生ってことは、一人暮らしですか? アルバイトとかもしてるんですか?」

 

「うん、大学の近くで一人暮らし。バイトはね、大学の駅前にあるチェーンのファミレス。まかないが出るから食費浮いて助かってるんだよね(笑)」

 

「へぇー! ファミレスの店員さん! 絶対似合いますね! 何曜日に働いてるんですか?」

 

「基本は火曜と木曜の夕方からかな。土日はALOやりたいから休んでることが多いかも。」

 

「そうなんですね! 頑張っててえらいです!(雑)」

 

 ――よし。

 直葉は、心の中でガッツポーズをした。

『〇〇大学の二年生』『一人暮らし』『大学駅前のファミレスで火・木の夕方勤務』。

 獲物を完全に捕捉するための、完璧な座標(個人情報)を手に入れた瞬間だった。最後ちょっと雑になってしまったが浮かれていのか彼は気にしていない様だった。

 目の前で「いやー、大学生って暇なもんよ」と笑っている平和な塩顔イケメンは、自分が今、どれほど恐ろしい外堀工事の基礎データを無防備に渡してしまったのか全く気づいていない。

 

楽しい(そして恐ろしい)時間はあっという間に過ぎ、俺たちはカフェを出て駅へと向かっていた。

 

休日の駅前広場は、凄まじい人混みだった。

華奢な女子高生である直葉ちゃんが、行き交う人々の波に飲まれそうになっているのを見て、俺の『頼れる大学生のお兄さん』としての庇護欲が入る。

 

「うわ、すごい人だな。直葉ちゃん、はぐれないように。……ほら」

 

俺は立ち止まり、直葉ちゃんに向かってポンと『手を差し出した』。

俺としては、迷子にならないように引率してやるという、純度100%の善意と年上アピールだった。

 

「え……?」

 

直葉ちゃんは、俺の差し出した手を大きく見開いた目で見つめ、そして、俺の顔をバッと見上げた。少しびっくりさせてしまったかな?とも思ったがそうでは無さそうだ。

 

手を差し出された彼女からすればこの状況は、塩顔(好みの顔)の彼が、夕日を背にしながら少しだけ大人ぶって微笑みかけている。

こんなの我慢できるだろうか、いや、できない。

 

「……っ」

 

 直葉の胸の奥で、ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 

(――手、出された)

 

彼は純粋な親切心のつもりだろう。

けれど、ただでさえギャップ萌えで完全にノックアウトされている直葉にとって、この無防備で男らしいエスコートは致命傷だった。

 

そして同時に、彼女の『策士』としての脳細胞が、恐るべき速度で回転を始める。

 

(……これ、使える。彼が私に『手を出した』っていう、最高の既成事実)

 

直葉は、頬を真っ赤に染めながら、俺の手に自分の小さな手を重ねた。

ギュッ、と。絶対に逃がさないと言わんばかりの強い力で、俺の指に指を絡ませる。いわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。

 

「わ……直葉ちゃん、結構握力強いな?」

 

「ふふっ。剣道やってますから。……絶対に、離さないでくださいね? ××さん。」

 

「お、おう。駅までな。」

 

 俺は少しドギマギしながらも、頼れるお兄さんとしての責務を果たすべく、彼女の温かい手を引いて駅の改札まで送り届けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーそして、その日の夜。

 

 

埼玉県川越市にある桐ヶ谷家のリビング。

桐ヶ谷和人は、夕食後の平和なひとときを過ごしていた。

ソファに深く腰掛け、VRマシンの最新号の雑誌をパラパラと捲りながら、恋人であるアスナとの他愛ないメッセージのやり取りを終え、テーブルに置かれた麦茶に手を伸ばす。平和な現実世界(リアル)の日常風景だ。

 

そこへ、鼻歌交じりのひどく上機嫌な直葉が、スキップでもしそうな足取りでリビングに入ってきた。

 

「ただいまー。お兄ちゃん。まだ起きてたんだ」

 

「お、おう。おかえりスグ。随分ご機嫌だな。なんか良いことでもあったのか?」

 

 和人が何気なく尋ねると、直葉は和人の隣にちょこんと座り、ふふっと蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「あのね。実はお兄ちゃんに、報告があるの。」

 

「報告? 部活の大会のことか?」

 

「ううん。あのね……。」

 

直葉は、コップの麦茶を口に含んだ兄に向かって。

特大の爆弾のピンを、一切の躊躇なく引き抜いた。

 

「お兄ちゃーん。私ね、今日……ネットで知り合った男の人に、手を出されちゃったー♡」

 

「――ブフォォォォッ!?」

 

和人の口から、見事な勢いで麦茶が噴射された。

雑誌が茶色く染まることなど気にも留めず、和人は信じられないものを見るような目で、大きく咳き込みながら妹を凝視した。

ここがGGOならばキリトは今頃、ありもしないグレネードでHPバーが現象していただろう。それだけの衝撃が桐々谷和人の全身を襲った。

 

「げほっ、ゴホッ! おま、直葉!? 今、なんて……!?」

 

「だからぁ。ずっとALOで遊んでた男の人と今日初めてリアルで会ってね。すごく大人でカッコいい大学生の男の人に……手、出されちゃったの」

 

「て、手を、出された……?」

 

「うん。優しくギュッてされて、リードしてくれたんだー。私、もうあの人なしじゃ生きていけないかも。」

 

直葉の言葉は、嘘は一言も言っていない。

『手を出された(迷子防止で手を差し伸べられた)』

『優しくギュッてされた(恋人繋ぎをした)』

『リードしてくれた(駅の改札まで)』

 

 しかし、文脈を完全に意図的に歪めたその報告は、世界を救った英雄の脳髄を破壊するには十分すぎる威力だった。

 

「…………」

 

桐々谷和人の目から、一切の光が消え失せた。

SAOのデスゲーム、ALOの死闘、GGOの死銃事件、そしてアンダーワールドでの終わらない地獄。数々の死線を潜り抜けてきた黒の剣士の理性が、音を立てて崩壊していく。

漆黒の星雲のような、底知れぬ暗黒の瞳。愛する妹が、どこの馬の骨とも知れない男の毒牙にかけられたという絶望。そして、アンダーワールドの悪魔すら震え上がるほどの、絶対的な『殺意』がリビングの室温を急激に下げていく。

 

「……どこの、どいつだ。そいつのアバター名と、現実の名前は。」

 

「えー? それは秘密。でも、今度の週末にALOで『身内への挨拶』としてお兄ちゃんやアスナさんたちに紹介する約束したから(まだしてない)、その時に会えるよ」

 

直葉は、あえて火に油を注ぐようにニコリと笑い、自室へと戻っていった。

リビングに取り残された和人は、カタカタと震える手でスマートフォンを取り出し、アスナやクライン、エギルたちのグループチャットに短いメッセージを打ち込んだ。

 

『週末、ALOのいつも酒場に全員集合してくれ。ーーー妹をたぶらかした害虫を、俺が殺す。』

 

 

 

こうして。

何も知らない平和な大学生の退路は完全に断たれ、地獄へのカウントダウンが静かに幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 




直葉ちゃん色々と報われないところが好きなんですよね(歪み)

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