直葉「お兄ちゃーん、あの人に手を出されたー。」キリト「お前を〇す」 作:狩宮 深紅
それでも着いて来て下さる方がいらっしゃれば嬉しいです!
――ALO、貸し切り酒場。
「――っ、命が惜しい!! システム、ログアウトォォォ!!」
俺こと『××』のアバターが、断末魔のような叫びと共に光の粒子となって消滅した直後。
酒場は、水を打ったような静寂に包まれた。
「…………逃がしたか」
キリトが、低く冷たい声で呟き、構えていた大剣をゆっくりと下ろす。
その瞳に宿っていた殺意がスッと消え、代わりに、ひどく沈痛で、妹を心の底から心配する『兄』としての顔が浮かび上がった。
「直葉。……怖かったよな。もう大丈夫だ」
「直葉ちゃん、本当に怪我はない? 痛いところはない!?」
キリトが優しく頭を撫で、アスナが泣きそうな顔で抱きしめてくる。
その二人の、あまりにも深刻で、真に迫った様子を見て。直葉の背筋に、サァァッ……と冷たい汗が流れた。
(あ、あれ……? もしかして……)
直葉は、自分の放った言葉の重大さに、ここに至ってようやく気がついた。
『甘やかして彼氏になってあげるって言って、指を絡めてギュッてされた』。
嘘は言っていない。けれど、この場にいた全員が、それを「現実世界で未成年の直葉がいかがわしい行為(事案)をされた」と。
確かに想定していたものではあった、しかし、彼女の恋愛で麻痺した思考ではここまでの惨事になるとは想像できていなかった。
私はただ、ちょっとからかって、嫉妬させたかっただけなのに。
あんな風に、××さんが本気で殺されそうになるなんて、思っていなかった。
「お、お兄ちゃん! 違うの、今のは誤解で!」
直葉は慌ててキリトの服の袖を掴んだ。これ以上彼を悪者にしたら、本当に現実世界(リアル)で取り返しのつかないことになってしまう。
「あの人、私が人混みではぐれないように、手を繋いで引っ張ってくれただけで! だから、変なことなんて何もされてな――」
「直葉。もういいんだ。」
しかし、キリトは直葉の言葉を遮り、痛ましそうに目を伏せた。
「無理して、あいつを庇わなくていい。お前は昔から優しすぎるからな……。俺がついていながら、あんな得体の知れない男に近づかせて、本当に悪かった。」
「ち、違うのお兄ちゃん! 本当にただの親切で……!」
「その話は、もう終わりだ。直葉の口から、あいつの話は聞きたくない」
キリトは静かに、けれど絶対に反論を許さない響きで突っぱねた。
過保護すぎる兄のフィルターによって、直葉の弁明は「惚れた弱みで無理をして加害者を庇っている可哀想な妹」という、さらに最悪な解釈へと変換されてしまったのだ。
「そんな……」
完全に、取り返しがつかなくなった。
自分の小さな悪戯心が、あの平和で優しい人を、お兄ちゃんたちの中で『許されざる大罪人』に仕立て上げてしまった。
激しい罪悪感と後悔に苛まれながら、直葉はログアウトして消えた空間を、呆然と見つめることしかできなかった。
――それから、数日後
俺は、大学の最寄り駅前にあるチェーンのファミレスで、夕方のシフトに入っていた。
「いらっしゃいませー、一名様ですか? こちらのお席へどうぞー」
接客スマイルを浮かべながらも、俺の心臓は常に嫌な音を立てていた。
あの日、ALOから命からがらログアウトして以来、俺は一度もゲームにログインしていない。当然である、友人からは誘われているがほとぼりが冷めるまではいつあのブラッキー先生に命を狙われるか分かったものでは無い。
あのブラッキー先生の目は、ゲームの枠を超えたガチの殺意だった。オフ会の時、自分の大学名とバイト先の最寄り駅くらいは言ってしまったため、いつここに怒り狂った兄貴が乗り込んでくるかと、気が気じゃなかったのだ。
「……はぁ。やっぱり、俺みたいな適当なヤツが、リーファちゃんみたいな可愛い子と恋愛みたいなことをしたい、と思うのは間違いだったんだ。」
お冷のグラスを拭きながら、俺は自嘲気味にため息をついた。
直葉ちゃんのことは、すごく可愛いし、一緒にいて楽しかった。でも、彼女のあの発言は、完全に俺を社会的に抹殺しにきていた。きっと、俺みたいなチャラチャラした大学生が近づいてきたのが、本当は迷惑だったのだろう。
カランコロン、と。
ファミレスの入店チャイムが鳴った。
「いらっしゃいまーーー」
入り口に顔を向けた俺は、物理的にピキッと凍りついた。
そこに立っていたのは、見覚えのあるショートヘアの美少女。清楚な高校の制服姿で、背中に剣道の竹刀袋を背負った、桐ヶ谷直葉だったからだ。
「う"ぇっ……!?」
俺は咄嗟に身を隠そうとしたが、直葉ちゃんとバッチリ目が合ってしまった。
しかし、彼女は「逃がさない」というような恐ろしい表情ではなく。どこか泣きそうな、ひどく申し訳なさそうな顔で、ちょこんとお辞儀をした。
「……あの。××さん、少しだけ、お話しできませんか」
休憩時間をもらい、俺は店の隅にある従業員用の目立たないボックス席で、直葉ちゃんと向かい合って座った。
直葉ちゃんは、出されたメロンソーダには一切手をつけず、膝の上でギュッと両手を握りしめていた。
「××さん。……この間は、本当に、ごめんなさいっ!」
彼女は、勢いよく頭を下げた。
「私、××さんが大人の余裕ぶってるのが少し悔しくて……ちょっとからかって、お兄ちゃん達に××さんを認知してもらおうって思っただったんです。あんなに本気で、××さんが攻撃されるなんて思わなくて……っ。私の言葉に無理があるなんてことはわかってます、嫌いになっても仕方ないと思います。でも一言謝りたくて……。」
「え……あ、そうだったの?」
「はい……。私、すぐにお兄ちゃんに『手をつないだだけだ』って誤解を解こうとしたんです。でも、お兄ちゃん、『無理して庇わなくていい。もうその話はしたくない』って、全然聞いてくれなくて……。」
直葉ちゃんは、本当に反省しているらしく、目尻に涙を浮かべていた。
なるほど。すべてが腑に落ちた。
つまり彼女はヤンデレでもなんでもなく、特段俺のことを嫌ってる訳ではない。あのシスコン兄貴の過保護フィルターを通した結果、大爆発してしまったということか。
「……そっか。ブラッ...キリトさんは、そういうとこ頑固そうだしな……。」
「本当にごめんなさい。自分勝手だとはわかってます。でも私、××さんに嫌われたくなくて……。ALOにもログインされてなかったから連絡も取れなくなっちゃって、どうしても謝りたくて、今日ここに来たんです。」
心底申し訳なそうに身を縮める彼女を見て。
俺の中にあった恐怖や警戒心は、あっさりと霧散していった。
「なんだ、そういうことか。……まあ、ぶっちゃけ死ぬほどビビったけど、直葉ちゃんがわざと俺を社会的に殺そうとしたわけじゃないなら、別にいいよ。」
「えっ……怒って、ないんですか?」
「怒ってない怒ってない。直葉ちゃんが俺に迷惑だったわけじゃないなら、それで十分。……ただ、キリトさんには絶対に俺の居場所教えないでね。マジで消されるから。笑」
俺がいつものようにおどけて笑うと。
直葉ちゃんは、パァッと顔を輝かせ、安堵の息を吐き出した。
「よかった……! 私、××さんに絶対嫌われたと思って……」
「最初はなんでこんなことするんだろーって思ってたけど、嫌いになるわけないじゃん。むしろ、わざわざ謝りに来てくれて嬉しかったよ。」
俺の言葉に、直葉ちゃんは少しだけ頬を染め、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。
そして、何かを決意したように、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「××さん。私、どうしてもこのままじゃ気が済まないんです。」
「気が済まないって?」
「今回のこと、しっかりお詫びさせてください。……この前、一人暮らしのご飯作るの大変だからここで賄い食べてるって言ってましたよね?」
直葉ちゃんは、上目遣いで、少しだけ小悪魔っぽく首を傾げた。
「今度の休みの日、××さんのアパートに行ってもいいですか? 私、お詫びに、すっごく美味しい手料理を作りますから!」
「えっ!?」
「お兄ちゃんにはこのこと絶対に言わないですし、私にできることできちんと形としてお詫びしたいんです!」
「うーん、そう、言われても……。」
「だめ、ですか……?」
上目遣いで俺の顔を伺うように見つめてくる直葉ちゃん。
改めて男というのは単純なもので、あんな目にあっておきながら彼女の魅力には逆らえなかった……。
年下とは思えない強引な提案に、俺はタジタジになりながらも、その魅力的な申し出を断ることなんてできるはずがなかった。
「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「はいっ! 楽しみにしててくださいね!」
さっきまでのシュンとした態度はどこへやら。
俺たちは、再びゲームの中の時のような、くだらなくて平和な笑い声を交わした。
最悪の勘違いから始まった、恐怖の逃亡劇。
しかしそれは、彼女の不器用な謝罪によって終わりを告げ――代わりに、リアルでの、少しだけ甘くて危険な関係の始まりを告げていた。
(……これだけじゃ足りない、違う布石を打たないと。まずはアスナさんかな。)
少しだけ晴れた罪悪感を抱えながらも、次の手を桐ヶ谷直葉は考えていた。
ちょっと短いですが、いかがでしょうか?
読者の皆様に安心していてただく為にお伝えしますが、前回のような描写はこれ以降は考えてないです。
まだついて行きて頂ける方々に感謝を……。
今回の感想と評価をよろしくお願いいたします!