序章
「おお偉大にしてその身を王に捧げる村人たちよ」
白装束を観たのは巡察中のときであった。
当時の私は、国家の監視官としての任と同時に宣教の任も帯びていた。忠誠は王に、信仰は神にと聞こえはいいもののどちらにも就くことのない下らない役職だった。
「ああ、泥だらけの君らよ、どうか耳だけでも傾けていただけないものか」
貴人の声色を真似る白装束の男だった。
「さあさあ、農地の守り人たちよ。我が声を聞いて損はないぞ」
村の者たちは見世物でも観るように男を一瞥するも、誰も彼とまともに取り合おうとはしなかったようで、それに腹をたてた白装束は小汚い鍋を叩いて挑発する。
「農奴風情が我が声を無視するとはどういうことか!!我は、諸君らのような哀れな者たちを救いに来たのだぞ!!」
これには農民たちも気分が悪かったのだろう。各々が白装束を取り囲むように集まってきていた。白装束はそれに満足したような笑みを浮かべると、ハキハキとした声で話し始めた。
「……諸君らの献身は主によって下賜された身分であり、また、その誉れは王により与えられる」
なんという世迷い事か。なんと愚かであるか。白装束は聖職者であるかのようにまた言葉を続ける。
「しかし、同時に諸君らは、土地と畑に縛られており草と泥に塗れたその誉れを疑うことすらできない」
「おれにゃ、土地なしのヒガミに聞こえるわ」
若い農民が村を代表するように軽口を言う。しかし、その反応は否定ではなく挑発に近かった。
考えて見れば、村人からすればこのような放浪者は数少ない村以外での出会いであり、変わらぬ単調な畑仕事の休息でもあるのだろう。
「諸君らの物言いは確かに理解できるものだ。しかし、まさに我が言ったようにやはり諸君らは土地に支配されているのだ」
白装束は挑発に対し、馬鹿の一つ覚えである。
「私は神託や預言など決して受けられぬ身分だが、鍋を掻き乱し、物を作り出すことはできる。どれ、どなたか小石でもよこしてみなさい」
さらには論理から逃げて、荒唐無稽な戯言を宣言するのだ。しかし、ここで農民らは白装束が道化師であると認識を改めたようで農具を地面につきたてワラワラと白装束に視線を移した。
「ほう。大口を叩くだけの放浪者が、石を金貨にでも替えてくれると?」
私は、みなを代表してこの男に恥をかかせてやろうと帽子に刺した羽を男の前に投げる。羽はひらひらと宙を舞い、男は必死に掴もうと喉仏を見せ手を伸ばす。男がその羽根に触れたときである。羽は白く濁った何かへと変貌し、無惨に床へと墜落したのである。
「……貴様。何をした。なぜ羽根が泥となる。貴様もしや魔の類か?」
男はなぜだが笑みを浮かべていた。農民たちはこの変化に拍手を送った。彼らは私の驚愕の反応をすらも仕込みだと勘違いしたようだった。そんな混乱も気にせず白装束はなにかを発する。
「僧にも官使にもなれぬ哀れで高貴な者よ。私は貴公の矛盾や悩み、しがらみから貴公を解放してやろう。」
男の身体中から貴金属の触れ合う音が鳴り始める。
何故か私は後悔が心を満たした。我が家は父も父の父も父の父の父も、代々王家に仕えていた。父らはそれが誇りある歴史であると豪語していたが、私にはそれが欺瞞にしか聞こえなかった。そのため、私は教会に出家し、主の教えのままその身を捧げた。
しかし、父はそれが小童の悪戯に他ならないと、一喝し、気づけば私は一族の運命に導かれるよう監視官へと就いてしまっていた。
「お前たちに大義を与えてやろう。
大義を胸に我らの敵を、世界の敵を一掃するのだ。
恨みを正当に。焦りを勇気に。妬みを力に。悪意を正義に。卑下を知恵に。そして、虚飾を栄光へと押し上げよう。」
彼の演説に熱が加わる度にガチャガチャと鎖が擦れ合った鈍い音を上げる。
私が彼を異端であると断定する頃には私の身体は白濁に包まれ始めていた。
第一章
自分で言うのもアレだが私は賢い商人だった。
白装束とは酒場で出会った。
彼は自分を預言者であると吹聴しながらも酒を飲む酔狂な破戒僧だった。しかし、そんな耳煩い聖言の真似事に誰もが嘲笑っていたが、彼の薬師としての腕は優れたものだった。そして、ある日、私は彼が小麦から黄金を創り出したのを見たのだ。私が彼のツケを支払ったのはそんな時だった。
彼は人間に変わる新たな労働力や新人類をも作れると私に言ったのだ。
予定通り、身寄りのない者どもを用意し、白装束の男の村を訪れた。その時ちょうど彼は白いまばやきを手から発しながら難しい言葉を並び立てた。
白装束の言葉に従うように、あの官使の背から銀色の霧が集まる。官使の容貌の上半分を覆い尽くし、そして消えた。
官使は悲鳴一つあげない。その姿勢すら僅かも変わらず、その表情だけが僅かな驚愕に歪んでいた。
まるで重大な事を忘れていたかのように。官使はその光に包まれると、何も言わず茫然自失とした表情で固まる。
「預言者殿⋯⋯どうか我らをお導きください。」
村人たちは白く濁った液体を体中の穴という穴から零し、その濁りはやがて身体中を覆い隠した。
「⋯⋯お前たちは原罪から解放され新人類へと至るのだ。」
村人たちは溶けた蝋人形のような姿となり彼の下僕となっていく。
「救済。それは階級や年齢、性すらも障壁とはならぬ。みな平等に進化する権利がある。」
「やめろ!」
私は叫んだ。
彼の聖光は、子どもたちにも向いた。
子どもたちは自身に触れる蝋に焼かれながら、また、その形を変えていく。悲鳴が聖言に、絶叫が讃美へ、そして、恐怖の形相が微笑みへと進化する。一人一人とまた彼らも自己を融解させ新人類の一員となる。
「何が救済だ。平等だ。進化だ。貴様は神官でも宣教師でもない。ただの人殺しの錬金術師だ。貴様の行いが奇跡であるならなぜ対価を必要とする。この偽善者め。」
まるで意思や知能を感じさせない魔物どもを横目に悪魔と黄金に心を奪われた虜囚が吠える。
「誰がこんなことを望んだ!」
白装束は静かに答える。
「頼まれなければ救わぬのか?」
「……」
「黄金の気配に誘われ私に頭を垂れたお前が何を今更怖気づいているのだ。」
「五月蝿い。黙れ。人殺し。貴様の御託にはもう飽き飽きだ。」
「その袋、重そうだな。何が入っている?」
「関係ない。」
虜囚は己の背丈よりも大きなバックを抱えながらも白装束を睨む。
「関係ある。お前は逃げる時もそれを抱える。つまり命より重いのだろう。お前は己自身にすら支配されている。」
「こんなことになるならば貴様の戯言に乗らなければよかった。貴様を憲兵に突き出してやるべきだった。くそ。くそ。俺の商人人生は終わりだ。」
「⋯⋯富に溺れる進化阻害因子よ。お前を金銭という病理から救ってやろう。ただし、お前は悔い改めねばならない。」
そう言い放つと白装束は商人を穀物倉庫に蹴り落とした。
第2章
その村が白く包まれてから、村周辺で事件が起きるのは必然だった。この事件を機に国家は、近衛兵らを二、三回派遣したようだったが、三度目の斥候を除いて討伐に出かけたきり帰ってくることはなかった。
そして、国家がギルドを使ったのは短期的な情勢維持のためだった。具体的な依頼は、村人たちの制圧と首謀者の捕縛、あるいは殺害。そして魔物の討伐だった。
首謀者狩りについて、ギルドの政治屋どもはお抱えの名誉が欲しくてたまらない連中を事件現場に送り込んだが、皮肉なことにパパに買って貰った小綺麗な鎧は役に立たなかったようで、奴らも近衛どものように帰還しなかった。
もう一つの依頼、魔物駆除は俺たち傭兵にとって実に旨い話だった。
国家が討伐数に応じて報酬を保証した。
それだけで十分に魅力的だったが、魔物に変えられた化け物たちは動きは緩慢で一人一人の戦闘力は低く、彼らの身体を真っ二つに割いてやるだけで彼らは土塊となる。
当然、同業者どもは群がった。
その地区の閉鎖や護衛任務も、高給の短期依頼として扱われた。
中には商いに目端の利く奴もいた。
奴隷商や人攫いから身元の分からない連中を買うんだ。そいつらを魔物に変えて檻に入れておく。依頼が来たら一匹ずつ殺す。それで討伐数を作る。
しまいな、胸糞悪い連中は、新米を隊に誘い、そいつらを魔物化し、仲間が死んだ。魔物に殺された。と言って、その亡骸と魔物化した新米の2つの物品で金を得た。
こんな調子で依頼も討伐数も、そして傭兵の数も雪だるま式に増えていった。
だが国家は満足しなかった。首謀者は見つからない。事件も終わらない。
それもそのはず、同業者たちは魔物の討伐はするものの、本拠地へ踏み入る者はほとんどいなかった。踏み入れた者も偵察や斥候の報告はしたが、どれも国家が求めた内容ではなかったようで、魔物の死体が土塊になることもあり、国家は俺たちが虚偽の報告や討伐数の水増ししていると疑い始めたようだった。
第3章
そんな状況である。やっと国家も傭兵などという私利私益の蛮族を正しく認識したのだ。しかし国家は地方有力者によってもたらされる国益の正しい在り方や使い方を無視し、治安維持のための流出を控え始めたのである。これには不忠な傭兵も低い報酬には応じなくなっていった。そして、その事件の解決を本格的に乗り始めたのは、真に農民の生活と国家の危機を憂いた我々、騎士と志願兵らだった。
我々は、領地の志願兵を集い、首謀者の村へと進軍するも、野心に塗れた新参貴族や既得利権に縛られた古参貴族どもは、我々の大義を「不忠」と一言、批難したが、国家は書簡にて我々の義勇と勇気を称賛した。
結果的には、我々は辛勝を得ることになったが、それは必然であったと言えよう。
なぜならば、徴収兵、いや義勇兵と呼ばれていた農民たちは、理念も大義も分からぬただの農民であり、強制的に集められた者どもであり、彼らは月に何枚のパンを食べられるかしか考えていない烏合の衆であったのだ。
他にも、我々の大義に少しばかりの金銭のために情報や武具の協力を渋った悪辣な商人どものせいで準備に手間取った。
そのために、現場に送り出した机上ばかりの現場指揮官は指導力がなく、徴収兵を使い槍で魔物を突くも、逆に魔物から出る液体を浴び、徐々に同じ魔物へと変貌していった。そんな様子を見た徴収兵たちが臆病風に吹かれて勝手に撤退する始末であった。
私は何度も彼らに核心的な命令や作戦を伝えたが、現場指揮の無能と泥臭い農民上がりの無理解、さらには腐敗貴族どもが流した虚偽の醜聞によって、私の大義は利権行為にすぎぬという噂へと貶められたのだ。
第4章
時はたち、国家は教皇に少なくない寄付金と頭を垂れて聖騎士を出して貰うことになった。
聖騎士たちは、順調に制圧を続けて行った。
堕落させられた哀れな蝋人形らを出会うたびに救済し、魔物の体液で堕落した聖騎士を浄化し祈り、村々の献身と協力を基に食糧や寝床を確保し、また、本事件以外の異端も簡易調査ののち審問を行い、解放していった。
聖騎士たちは、首謀者と思わしき白装束と対峙する。
「神に仇なす者め。我が剣で成敗してくれよう。」
と聖騎士は邪神の使いに吠える。
「私は、飢えや労働に支配された農奴たちをその貧しさと不運から救い、老いや病から解放し不老不死を与えたのだ。ここは理想の郷であろう。そして、わたしこそが救世主である。その剣を収め少し話し合わないか……」
白装束の男はなおも救い難き言葉を述べたが、彼は審問されることなく当然、異端として首を跳ねられ死んだ。
「救済者という驕り。万死に値する。」
白装束を討伐するも、魔物たちは元に戻ることも、消えることも無かった。
虜囚だった商人は聖騎士たちに感謝した。そして、彼が解放されるだろうという希望は牢にぶち込まれた際に崩れ去った。
第5章
「貴様がこの事件を起こしたのだろう。」
と異端審問官が虜囚に声をかけた。それが事実であった。騎士団は黒幕の責任を虜囚に押し付けたのだ。異端審問官は、問い続けた。
「貴様はなぜ生きている。貴様はなぜそのような財を檻の中でも保持していた。なぜ聖騎士団の到着後も彼らに協力しなかった。なぜ地下室で一人私腹を肥やしていた。」と。
虜囚は何度も説明したが、異端審問官は彼が黒幕であるように話し続けた。
虜囚は結局、事件の首謀者として処刑された。血なまぐさい聖騎士団の尻拭い。正義の執行のために。