モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ Beginning 作:佐藤 磊童
書きたいと思いました。
「……ねぇ、怖いよ、ザド」
――古い記憶だ。
僕はザドの足にしがみつきながら、
大社跡で一番高い場所で怯えていた事を、今でも覚えている。
隣では姉のミイが平気な顔で下をのぞき込んでおり、
ザドは大きな手で僕の頭を撫でてくれていた。
「ユウって本当に臆病だよね。そんなんでハンターになれるの?」
「なるもん! 絶対になるもん!」
そう喚き、僕は震えながらザドの足を一層強く掴む。
どこからか、翔蟲がやってきて、キチキチと羽音を鳴らす。
「ほら、翔蟲にも笑われてさ。無理しないでお姉ちゃんと、うさ団子屋さんをやろうよ」
僕はその言葉に一層強く否定した。
目すら開けられないくせに言葉だけは一人前以上。
まぶたの奥で、ミイが深く溜息を付いたのが聞こえた。
「ユウはきっと凄いハンターになるぞ」
「本当!?」
「えー、無理だよ。だって今も目すら開けられないじゃん」
悔しいが何も言い返せなかった。
羽音から翔蟲が心配そうに僕の周囲を回っているが理解できた。
「良いハンターは自然を利用する。だがユウの場合は逆に自然が味方をしてくれる。そんなハンター、他には知らん」
ザドの豪快な声は、聞いているだけで不思議と勇気が沸いてくるようだった。
「だが、ユウ。そろそろだぞ。ゆっくりでいい。ゆっくりと目を開けろ」
ザドが僕の髪を優しく撫で、首、背中へと大きくゴツゴツとした手で軽く叩く。
恐る恐る開ける目。
ザドが安心できる声で「下は見なくていい」と言ってくれて、
僕は上を見上げる事にした。
そこには、
満天の星空。
幾重もの星々により、夜だというのにやけに明るく感じた。
その時の言葉は何だったか。
「わあ!」とも「はぁ!」とも言い表せない感情が、
星々を通して僕に降り注いだ気がした。
「ここは一番空に近い場所だ。だから星たちの光が明るく照らしてくれる」
誰も知らない、ザドの秘密の場所なのだという。
「……ザドも悩む事あるの?」
何かを察したのだろう。
ミイの不躾な質問にザド大きな口を開けて大笑いする。
「俺だって人の子だ。お前たちと同じように悩みもすれば泣きもする」
ミイは「ふーん」と言い、僕は確か「信じられない」と言ったと思う。
「泣け、悩め。そして笑え。全てが学びで糧としろ。俺も里長からそう言われて育ったんだ」
ミイは何も言わずに、口をつんとしながら、
耳に掛かった髪を軽くかき上げ、その場に座る。
僕はザドの足にすがりながらミイの隣に座ると、翔蟲が僕の頭にすとんと止まる。
最後にザドがどっしりと座ると僅かに朝日が顔を出した。
夜の終わりを告げる太陽はまだ弱弱しく。
黒が次第に力を失い、まるで夕刻のような強い赤が闇を押し返す。
ゆっくりと、確実に。
昇ってくる太陽を眺めていると、ザドが太い腕を動かし
終わりかけの夜空を指さす。
「見えるか。あの星を」
そう言い指を指す方向を見ると暗闇の中に一際大きな星。
そしてもう一つ、朝日を背に輝く星。
「あれは、イブシとナルハタ。この時期の、この時間帯にしか見る事が出来ない星だ」
ザドの言葉にミイがいぶかし気に口を開く。
イブシマキヒコとナルハタヒメ。
数十年前に里を襲った百竜夜行の原因とされるモンスターのつがい。
その時は里のみんなと、カムラの猛き炎と呼ばれる
英雄の力で狩猟成功したと言うのは、里の誰もが知るところだ。
それを星として名前を付けるなんて。
ミイの言葉に、僕も同じ気持ちだった。
翔蟲は僕の頭から離れ、僕らの周囲で円を描く。
「確かにあの二匹は厄災だ。だが、それでも自然の営み、つまり輪の中にある流れの一つにすぎん」
「輪の中?」
ミイよりも先に僕が疑問を口にした。
ザドは星を見上げながら、僕とミイの赤い髪を優しく撫でる。
「そうだ。俺もお前たちも。そしてモンスターも。この大きな自然の中の一粒にすぎん」
――それを、忘れるな。
ザドの言葉に、僕たちはどう答えただろうか。
翔蟲の羽音。
蛍のような白い光が、丸い残像を作っていた。
夜の終わりのイブシ。
明けの明星ナルハタ。
気持ちよさそうに飛ぶ、翔蟲による白い円の中。
風が吹き、竹林の音が耳を触る。
岩や草の匂い。
どこかに潜む生き物やモンスターたちの息遣い。
身体が溶け、自分と自然の境界が揺らいでいく、感覚。
「これを、円環というんだ。ユウ」
ザドの言葉。
僕は薄れゆく夜空に、手を伸ばした。
僕もミイも、目に映る全ては自然の一粒。
それが、理解できる気がした。
■■
「……う! ユウ! 起きて、ユウ!」
ミイが僕を揺さぶる。
何だよ、せっかく懐かしい夢を見ていたのに。
あれからザドは里長になった。
僕たち姉弟に気を掛けてくれてはいるものの、
あの頃みたいに話せる時間も無い。
僕も、ミイも念願のハンターになったのだ。
もっとも、何でもできるミイは僕よりも二年も前にハンターとなり、
既に上位へとランクを上げた。
対して僕は同じハンターとはいえ、下位。
カムラの猛き炎の再来と言われるミイに引率されないと何もできない、
出来の悪い弟といった評価。
今に見ていろ、僕だって。
――頬に衝撃が走った。
「痛ったぁ!?」
「何気絶してるの! しっかりしなさい!」
「んぁ? あぁ、ミイおはよう。……この臭い、何?」
珍しく朝ごはんを失敗したのだろうか。
ぼんやりとする頭でミイを見ると、珍しく険しい表情だった。
次第に意識がはっきりしてくる。
そうだ、今はクエストの最中だった。
特産キノコの採集中に、この強烈な臭いを感じ、
辿ってみた先で見た光景に、僕の意識は途絶えたのだった。
小竜の死骸ならたくさん見てきた。
自分でも情けないと思うけど、
ここまで大きな死骸は初めてだったのだから仕方ないと思いたい。
思い出したのは二発目のビンタをぎりぎりで避けた後。
僕は足元のスラッシュアックスを担ぎ直し、その光景を再び目に焼き付ける。
リオレウスの死骸。
それだけなら、自然の円環の中の出来事だ。
だが、その背中には誰の物とも知れぬランスが突き刺さっており、
表皮は所々焦げ付いていた。
先ほどは不覚をとったけど、もう大丈夫。
僕はしゃがんで死骸を観察する。
「たぶん、ジンオウガの雷撃を喰らったのね。でも、このランスは――」
そう言いながら、ランスを引き抜き、登録番号を控える。
これで、どこのギルドの誰も物かが特定できる。
腐臭に混じり、何か得体の知れない雰囲気が森全体を包み込んでいるようだった。
翔蟲も心無しか怯えている。
「……何か、嫌な感じだね。森が静かすぎるし、黒く感じる」
「うん。番号は控えたわ。特産キノコも必要数を採取したし、もう帰りましょう」
ふと雷光虫が空気を焼いた後の臭いが鼻腔に届く。
空も明るいはずが、なぜか淀んでいると思えた。
ミイは手にしたランスをそっと置き、数枚の鱗をはぎ取る。
「素材にするの?」
「バカ。痕跡を採集しているの」
なるほど、さすがミイ。
ミイは翔蟲の糸を使い、大きく跳躍しこの場を後にする。
僕も怯える翔蟲に声をかけ、吐き出す糸につかまり、大きく跳ねる。
二本目の糸を手繰る時、大きな殺意を感じた。
その方向に振り返っても何もなく、
ただ森のざわめきだけが耳の奥に残っていた。
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