モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ Beginning 作:佐藤 磊童
――翌日。
大社跡。
遥か昔に自然へと帰した、カムラの神域。
「……無い」
風が竹林を通り抜ける先。
リオレウスの死骸の場所に、僕たちはいた。
「でも、ここに在ったという証拠はあるわ」
「こ、これが、レポートにあった、ランス……ですか」
ルルカさんがしゃがみ込み、
ランスの切っ先についた血痕や肉片を採集し始めた。
僕たちは武器を構えながら、周囲を警戒する。
「……ユウ」
ミイの言葉に、僕は頭を僅かに向けて反応をする。
「そのスラッシュアックス、今は剣モードの方がいいんじゃない?」
「……あ、う、うん」
そう言って、僕は再び竹林の暗がりへと視線を戻す。
ミイの言いたい事は分かる。
警護対象であるルルカさんの近くに張り付きやすく
手数の多い剣モードの方が確かに適任だ。
「ま……、無理にとは言わないけど」
その言葉に僕は小さく「ごめん」とつぶやいた。
僕は以前、里長のザドに憧れて太刀使い目指していた時期があった。
でも臆病な性格から、踏み込みが弱いと言われ、結局挫折。
色々な武器種を勧められたけど、
最終的にザドのお古のスラッシュアックスを使う事になった。
ただどうしても、剣モードにおいても踏み込みが弱い事は解決できなかった。
■■
「――狂竜ウイルス」
昨日の夜、集会の場でルルカさんが言った一言に、
場が騒然となった。
とある古竜が放つ病原体によって、モンスターは狂暴化する。
筋肉が異様に肥大し、肉質まで変わる。
だが、一番厄介なのは他にある。
他の生物に感染してしまう事だ。
例は多くない。だが――。
数十年前は、一頭のマガラ種が原因で大量に汚染体が報告されたらしい。
原因は分からない。
だけど事実としてルルカさんが調査していたアオアシラも、
この大社跡で見つかった。
そして僕たちは、里長――ザドからの依頼を受けて
大社跡の調査クエストに来ていた、という事になる。
■■
「で、でも、……変、ですね」
ランスの痕跡を調べ終えたルルカさんが、
死骸があった場所を見て考え込む。
曰く、
リオレウスを捕食したのは、ジンオウガ。
周囲の雷光虫の雷撃痕。岩に刻まれた爪痕。
それらが雷狼竜の存在を示していた。
「リ、リオレウスの一個体としては、異様に、……大きい」
やっぱりヌシ化かな。
でも、昨日みたいな辛辣な返しがきたら嫌だから黙っておこうかな。
「ヌ、ヌシ化……です、か?」
あれれー。ルルカさんも同じ結論になっちゃった?
「と、ともあれ、……本クエストは、完了とし、しましょう」
ルルカさんが手早く帰り支度をする。
「何か焦っていますか?」
「……ハ、ハンターミイ」
ルルカさんは真剣な表情でミイを見る。
どうやら、リオレウスの死骸を持ち去ったのはジンオウガでほぼ決定。
まずい事に。
ミイはリオレウスの死骸に触れている。
それが何を意味するのか。
ジンオウガは鼻が利き、縄張り意識が強い。
そして、獲物の位置や形を正確に覚えている。
つまり、ランスを引き抜き、鱗をはぎ取ったミイの事を
覚えている可能性が非常に高い。
まだ僕たちのランクではジンオウガは狩る事はできない。
つまり今出くわしたら、上位ハンターのミイはともかく、
僕やルルカさんは、間違いなく腹の中だ。
遠くで雷鳴が聞こえた。
僕たちは早々にこの場を退散したのだった。
■■
数日かけてカムラに戻ると、
ミノトさんが僕たちを待ってくれていた。
「ミイさん、ユウさん。そしてルルカさん。長旅、お疲れ様でした」
事務的なイメージが強いミノトさん。
彼女もヒノエさんと同様、昔は髪が長ったらしいが、今は短くなっている。
見分け方は簡単で、内巻き太陽のヒノエさん。
外はね月のミノトさん。
二人とも美人な竜人族の女性だ。
ルルカさんも美人だけどちょっと変。
道中ずっと本を読んでばかりで結局何も会話できなかったなぁ。
「皆さんが、クエストに行っている間に、例のランスの所有者が判明したので、この後、集会所へお越しください」
僕たちが頷くと、一礼してすぐに踵を返す。
この冷たさがたまらなく良い。
そんな僕を、ミイが不審者を見るような目で見ている事に
気付くことはなかった。
武器を担いだまま、集会所へと足を運ぶ。
そこには既にミノトさんが。
そしてザドとヒノエさんが僕らを迎えてくれた。
「よし、それじゃ、二階へいくぞ」
ザドの言葉に僕たちは自然と付き従う。
「ミイ」
ふとザドが僕の後ろでミイを呼び止める。
「……ハンターは、楽しいか?」
「――」
その時のミイの答えを、僕は聞き逃してしまった。
それが、後々ひどく後悔する事になるが、
この時の僕はそんな事を微塵と思っていなかった。
集会所の二階、その奥の一室で、
僕たちは今朝届いたばかりだという、ギルド本部からの調査結果を聞いた。
ランスのハンターは、エルガドよりも先の国の、
元ギルド所属の上位ハンターの所持品だった。
元というのは、ギルド内で問題行動を起こして
パーティごと追放。
その後の足取りはギルド本部が調べた結果、
エルガド隣国の研究所に警備としての職に就いたのだという。
「でも、そんなハンターが何でリオレウスとやりあったんですか?」
僕は思った疑問をそのまま投げかけた。
「そ、……それについては、私、からお伝え、します」
意外にもルルカさんが手を上げ、のっそりと立ち上がった。
ハンターたちが警護していた場所はエルガド隣国の中でも
山間の奥まった場所。
防衛網は敷かれているとはいえ、
当然モンスターの襲撃は日常茶飯事だ。
研究の性質上、正規のハンターを雇う事が出来ない事情があった。
「そ、その研究、とは」
――狂竜ウイルス。
「ここでつながるのか……」
僕の隣でミイがつぶやく。
周囲を見ると、みんな理解して頷いていた。
だから僕も、とりあえず頷く事にした。
「つまり、けん……」
ルルカさんの言葉が詰まる。
それを察したミノトさんが、代わりに立ち上がり、
少し青い顔となったルルカさんは壁に手をついて座り込んだ。
ミノトさんはルルカさんに目配せをし、
その頷きを確認すると、俯いてしまった。
「以前、ルルカさんがドンドルマで狂竜ウイルスを研究していたのは、既に知るところと思います」
その話なら知っている。
確か、エルガドのバハリさんという竜人族の人に師事して、
フィールドワークの一環としてカムラに来たとか何とか。
「その中でウイルスを特殊な方法で人へ応用できないかという研究が立ち上がりました」
狂竜ウイルス。
それを人に感染させる事で局地的な環境でも
人の生活圏を確保しようとする研究。
僕たちのクエスト圏内では必要ないけれど、地方のハンターたちは
極寒や火山帯でのクエストを行う際には必ず、
ホットドリンクやクーラードリンクを携帯するらしい。
前にユクモのハンターが言っていたのを思い出した。
でも僕たちも似たような場所に行くけど、平気なんだよなぁ。
つまり、そんな環境でも
普通に暮らせるようにする研究だという事は理解できた。
「でも、それの何がいけないんですか?」
「はい。それらは表向きの研究で、実際には――」
モンスターの兵器化を目的としていた。
僕は言葉を失った。
例えば、ティガレックスのような狂暴なモンスターが
人の手で操れるとしたら。
操竜で乗りこなすのとはわけが違う。
「と、当時の私は、ウイルスに、可能性を、見出して、いました」
でも。
と、ルルカさんは続ける。
「バ、バハリ師匠と、で、出会って、その考えを、捨てました……」
ザドが頷く。
ふと、あの時見た夜空を思い出した。
――全ては自然の一粒に過ぎない。
「うむ。その研究は円環を乱す」
あ、そっちか。
「――はい」
今度はミイが手を上げ、ミノトさんが頷く。
「人への感染の研究と言われましたが、私たちハンターは現に狂竜ウイルスに感染し、それをクエストの中で克服をしています。それがなぜ?」
「……そうですね。実際に過去の事例を見ても、狂竜ウイルスに侵されたハンターが、克服するか、あるいは極端に力を落とす。という報告は数多くあります」
ミノトさんの話では、それは人間にではなく、
ハンターが装備している防具。
つまり、武器や防具に使われているモンスター素材が、
マガラ種のウイルス効果により活性しているのだという。
克服した時は素材が生き返ったような状態になり、
逆に狂竜症を発症してしまった場合は、装備が一時的にマガラ化してしまう。
どちらも狂竜ウイルスの影響によるもの。
ふと不安がよぎる。
もし、それが本当に人間に感染してしまったら……。
どんな環境にでも適応できて、モンスターも操れる。
身体はマガラ化して、たぶん人の姿ではないのかもしれない。
それらがまるで列を成して里へと向かう光景を。
想像してしまった。
「……百竜夜行」
ふと僕の口から出た言葉にみんなが注目する。
その不穏な言霊が、僕だけではない。
誰かの息を呑む音。
下の集会所の喧騒が嘘のように消えた。
この場の全員を深く締め付けたような。
そんな気がした。
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