モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~ Beginning   作:佐藤 磊童

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―明け、光る星二つ― ④

 血が、止まらない。

 

 止めどなく。

 溢れるように。

 

 ――濁流のように。

 

「ミイ! ミイ!? しっかりして! お願いだから!」

 

 冷たい雨が、僕たちの体温を奪う。

 苦痛に顔を歪め、次第に青ざめていくミイ。

 その右腕は、大きく抉れていた。

 

 雷鳴が轟く。

 大きな爪と共に。

 

 呼吸の仕方を忘れてしまったように、荒い息は白く。

 

 自分の弱さをここまで呪った事は、無かった。

 

 低く唸り声を響かせながら、

 僕たちの周りをゆっくりと回る、死。

 

 右を見て、すぐに左を向く。

 武器。武器、武器、武器……。

 ミイの血で濡れたスラッシュアックスが、重たく感じた。

 

「……あ」

 

 雨のせい、だったのだろうか。

 ガランと地面に落としてしまった。

 

 雨が強くなっていく。

 ガチガチという震えた顎が、嫌になる程耳をつんざく。

 

 雷光虫の青い輝きが強さを増し、金色の光がほとばしる。

 

 大きな巨体が突然反転。

 距離を取り、大きな口を開く。

 

 まるで、僕たちの愚かさを嗤っているようにすら思えた。

 

 雷狼の名を冠した竜。

 ジンオウガ。

 森を統べる、絶対的な死神が僕たちへと迫る。

 

 一際太く発達した左前脚に雷撃を纏わせ。

 

 僕たちの身体を、引き裂いた――。

 

■■

 

 ――数日前。

 

「アケノシルム……?」

 

 僕のすっとぼけた声に、ミイが溜息をついた。

 村が発行しているクエストの中で、

ミイが僕の為に取ってきてくれたらしい。

 

 僕は家の畳で寝そべりながら、ミイお手製の

うさ団子をちまちまと食べていた。

 

「あんたねぇ。いつまでもキノコ狩りだけだと、一生上位になんかなれないよ」

「そんな事ないさ。この前だってオサイヅチを狩ったじゃないか」

「私がメインで戦っていたでしょ?」

 

 もう、と言いながら、うさ団子を皿ごと没収する。

 確かに寝そべりながら団子を食べるものではないと反省する。

 

「でも、僕たちは大社跡へは行かない方が良いってザドが」

 

 起き上がり、ちゃぶ台の上のお茶を啜る。

 

「……確かにそうなんだけどね」

 

 ミイにしては、何となく歯切れが悪い。

 後で知った事だけど、他のハンター達が僕の陰口を叩いていたらしい。

 

――優秀な姉の影に隠れた、情けない弟。

 

 事実だったから反論のしようもないけど、

身内からしたら、反発したくもなる。

 

 リオレウスの死骸跡付近には近寄らない事を条件に

ミイはこのクエストを受注した。

 

 思えば、キャンプに着いた時から、

いや、もっと前からミイの様子はおかしかった。

 

 焦っているような。

 思い込むような。

 

 でも、当時の僕は呑気に、初めていく

アケノシルム討伐に心を躍らせていた。

 

 始めは順調だった。

 

 ミイも僕もギルドが定めた、ジンオウガの縄張りと

思われる場所を避けながら探索を進めていた。

 

 地図を見ながら慎重にアケノシルムの痕跡を辿る。

 

「……あ」

 

 ミイが小声で僕の裾を引き、視線を誘導する。

 そこには特徴的な足跡が、くっきりと地面に刻まれていた。

 

「まだ新しい。近いね。……でも」

 

 まずい事に痕跡は奥にある浅い川辺へと続いている。

 

 生き物には水が必要だ。

 その為、地図には記されていないが、

ジンオウガも奥の水辺を縄張りの範囲としている。

 

 雲の流れがいつもより早い。

 湿り気を帯びた風が間もなく訪れる雨の予感を告げていた。

 

 ミイは少し考えた後、僕の目を見た。

 

「行こう」

 

 そう言ってミイは白い粉が入った小さな小瓶を手に取った。

 

 エンエンクと呼ばれる小さなイタチ科が分泌するフェロモンに

白粉を混ぜた狩猟具。

 

 この粉にはモンスターを誘導する効果がある為、

水辺に居るであろうアケノシルムを、ジンオウガの

縄張り範囲外へとおびき寄せる作戦だ。

 

 だが、一つ問題がある。

 誰が、その粉を纏ってアケノシルムを誘導するのか。

 

 単に水辺から引き離すだけなら、その辺のジャギイに纏わせればいい。

 でもその後、落とし穴へと誘導して一気に叩くという作戦だ。

 

「……僕がやるよ」

 

 ミイはジンオウガに臭いを覚えられている可能性がある。

 僕の考えが伝わったのか、再びミイが考え込む。

 こういう時、双子って便利だよね。

 

「分かった。でも気を付けてね」

 

 ミイが眉間に皺を寄せながら決断する。

 

「大丈夫だよ」

 

 そういうと、僕の周りに三匹の翔蟲が寄ってきた。

 なぜか知らないけど、僕は翔蟲に懐かれやすい。

 同族のフェロモンでも出ているのかな。

 

 キチキチと僕の周囲を二匹が旋回し、一匹は僕の頭に

ドスンと乗っかる。

 

 以前操虫棍に適正があるかもと言われた事がある。

 でも僕は、ザドに憧れてハンターを志した。

 太刀は駄目だったけど……。

 

 僕は担いでいるスラッシュアックスに触れる。

 使い古された鉄の冷たさが、僕の決意を後押しした。

 

 翔蟲の糸を引いて、川辺全体が見える小高い岩へと跳躍。

 

 子供の時のように高い場所が怖い、という感覚は薄れている。

 僕は、息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出す。

 

 雲行きがどんどん怪しくなってくる。

 雨が降るとモンスターたちの活動は鈍くなり、

狩り自体の成功率も低くなる。

 

 

 川辺の奥の獲物がゆっくりとこっちに近づいてくる。

 

 まだ僕には気づいていない。

 僕は身を屈め、息を殺すように、静かに吐く。

 

 まだ。

 もう少し。

 

 アケノシルムは周囲を警戒しながら、

 こちら側に近づいてくる。

 

 僕は片目を閉じ、指先を使って得物との距離を試算する。

 何度も何度もミイに怒られながらも

 やっとの思いで習得した技術。

 

 距離はばっちり。

 

 あとは……。

 

 一陣の風が水面を揺らす。

 アケノシルムは唐傘のような片脚立ちで、羽をつくろう。

 

 その視線が、自らの内羽に向いた瞬間。

 

 翔蟲の糸を引き、岩から跳ぶ。

 風が耳元で裂けた。

 

 ――刹那。

 

 スラッシュアックスを引き抜き、全体重を乗せて振り下ろす。

 

鈍い音が武器を通して身骨に響く。

 

 鉄がとさかを叩き割り、アケノシルムの首が大きく揺れた。

 目玉のような文様のとさかに刃が食い込み、抜けない。

 僕の身体は軽々しく振られ、川辺へと叩きつけられた。

 

 直後、刃のような翼が鼻先を薙ぐ。

 

 僕は翔蟲の糸を手繰り、水にまみれながら距離を取った。

 

 血走った目が僕を睨み、嘴の奥で炎が揺れた。

 

 奇襲は失敗。

 でも、獲物が僕に意識を向けた。

 

 僕は武器を折りたたみ、アケノシルムに背を向けて走り出す。

 

 背後で叫び声。

 

 翼の羽ばたきが迫る。

 僕はわき目も逸らさず、

 死に物狂いで落とし穴を設置したポイントを目指す。

 

 翔蟲がキチキチと鳴いた。

 嫌な予感がして咄嗟に右手を伸ばすと、翔蟲は僕を引っ張り上げた。

 直後、僕の足先を大きな火球が掠めた。

 

 岸辺に着地し、再び走り出す。

 悔しそうな傘鳥の鳴き声が辺りに響いた。

 

 重い装備。

 重い武器。

 

 全身が今すぐに止まって休めと悲鳴を上げる。

 

 石につまづき、盛大に転ぶ。

 今度は傘鳥の巨大な嘴が、僕が走っていたであろう場所を貫く。

 

 目が、合う。

 モンスターも、僕も。

 生き抜く事に必死なのだ。

 

「ユウ!」

 

 ミイの声がして、その方向に翔蟲の糸を引っ張り、

再び大きく跳躍。

 

 更にもう一匹の翔蟲の糸を手繰りミイの下へとたどり着く。

 

「おつかれ!」

 

 ミイの手を取り、怒り狂ったアケノシルムを迎え撃つ。

 

 僕を完全に敵と認識した傘鳥は、鋭い切っ先のとさかを

僕に向けながら、頭突きのような恰好で走ってくる。

 

 ――その巨体が、地面へと沈み込んだ。

 

 ミイが仕掛けた落とし穴が正常に機能した。

 

 アケノシルムは予想外の一手に困惑しながら、

罠の中で暴れのたまう。

 

 ミイは双剣を引き抜き、大きく息を吸い込んだ。

 無呼吸による爆発的な身体能力の向上。

 

 鬼人化。

 

 目にも止まらない連続攻撃。

 舞う血しぶきが傘鳥の白い羽を赤く染上げていく。

 

 僕も斧モードのスラッシュアックスを

力の限り振り回す。

 

 今なら。

 そう思い、剣モードへと切り替え、構えを取る。

 

 再びアケノシルムと目が合う。

 

 先ほどまでの怒りに染まった目ではなく、

殺される恐怖を宿した悲痛な瞳だった。

 

 ミイの鬼人化が解けるのと同時に、

アケノシルムが罠から這い出てきた。

 僕とミイは少し距離を取り、武器を構え直す。

 

 ――踏み込みが弱い。

 その言葉がよぎり、再び斧モードへと移行。

 

 迷いの中、渾身の力で

スラッシュアックスを振り下ろした。

 

 その迷いが、僕とミイの。

 

 運命を、隔てた。

 

 アケノシルムは後方へ身体をずらし、

僕の一撃を避ける。

 

 完全に振り切ってしまった、棒立ちの身体に

傘鳥の鋭い嘴が僕を襲う。

 

 ミイが咄嗟に僕の襟元を引き、双剣で嘴の一撃を食い止める。

 

 その瞬間だった。

 

 青い雷撃が、アケノシルムの身体を斬り裂いた。

 

 ジンオウガ。

 雷狼の名を冠する森の支配者。

 

 その強靭で大きな爪は傘鳥を一撃で仕留め、

その先のミイへと襲い掛かった。

 

 完全な死角からの一撃。

 

 その鋭い牙は、

 ミイの。

 ハンターの装備を容易く食い破り、

 右腕を深く抉り取った。

 

 たった数秒の出来事。

 

 舞う血しぶきは、ミイの。

 それが理解できるまで、数秒を要した。

 

 雨が、雷鳴を連れてきた。




読んでいただきありがとうございます。

次でビギニングのラストとなります。
よろしくお願いします。
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