モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ Beginning 作:佐藤 磊童
――幼い頃の話だ。
今よりも活発だったミイに連れられ、
僕たちはカムラの森の奥へと行った事がある。
小さな勇気と、胸いっぱいの好奇心で訪れた未踏の地。
里には無い、見たことのない大きな草木。
そこから覗く雲。風。花の匂い。
僕たちは無邪気に、深く深くと歩みを進めていった。
次第に夕刻が迫る頃、僕とミイはモンスターに襲われた。
一匹のイズチが執拗に幼い僕たちを追い立てた。
僕の右目の少し上には二本の傷痕がある。
イズチの鋭い爪に引っ掛かれた痕だ。
顔に走る激痛。
後悔と恐怖で泣いているミイ。
僕はミイを庇うように、イズチの前に立ちふさがったのを覚えている。
獰猛な牙が、爪が。
僕たちに斬り裂こうとした瞬間。
真っ白い光が周囲を包み、鈍い音と共に、イズチの首は跳ね飛ばされていた。
ーーザドが。
ザドか助けてくれた、と理解できるまで少しだけ時間を要した。
真っ白い光は閃光玉が爆ぜた光だったという事も。
でもそれ以上に、ザドの。
怒っているのか、喜んでいるのか、分からない表情にとても安心したのを覚えている。
それ以来。
僕は、ザドみたいな強くて逞しいハンターを目指したんだ。
それを、思い出した。
――走馬灯。
今、見えた昔の光景がそうだと、認識できた頃には僕たちの身体はジンオウガから大きく離れていた。
ミイがクナイの持ち手に翔蟲の糸を巻き付けて、後方への跳躍を促していた。
「うぐぅ……!」
ミイの悲痛なうめき声。
着地、などという状況ではない。
無様に放り出されたような状態で、僕たちの身体はぬかるみへと落ちた。
爪の一撃を躱され、苛立つような唸り声を上げる。
肩で息をしていたミイが、気を失う。
ゆっくりと近づいてくる雷狼竜。
僕たちを完全に仕留めたとでも思っているのだろう。
武器も僕の手からだいぶ離れてしまった。
死への恐怖が、いつかの閃光玉の光のように
頭を真っ白にする。
一歩。
ジンオウガが歩みを進めると青白い雷光が空気を裂く。
それは次第に色を変えていき、金色へと至っていく。
ふと、先ほどの走馬灯を思い出した。
走馬灯とは、絶体絶命の状況下において
脳が生きる道を探して見せる幻覚。
イズチの時は、僕がミイを庇った。
でもその後は?
ずっとミイに守られ続け、
いつしかそれが当たり前になっていた。
そのミイは、死に掛けている。
他ならぬ、僕のせいで。
僕の一瞬の躊躇が、ミイをこんな目に合わせてしまった。
……自分の呼吸が荒い事に、気付いた。
いや、気付けたのだ。
冷たい雨。
口から洩れる息は白く。
風が僅かに、後方から吹き流れる。
――生きている。
僕たちは、まだ、生きているんだ。
ミイを担ぎ、雷光を纏うジンオウガの目を見る。
息を吸い。
軋む歯の隙間からゆっくりと吐き出す。
ザドならこんな時、何というだろう。
決まっている。
いつもの言葉だ。
再び息を吸い、肺で止める。
「――気焔……万丈!」
そばに、ザドが居てくれるような安心感。
いや、腹の底が熱くなるような。
狩猟本能が僕に宿るようだった。
刹那、雷鳴が轟く。
僕とジンオウガは同時に動き出し――。
巨大な爪を振りかざした瞬間、
僕は閃光玉を投げつけた。
攻撃は中断され、その隙に翔蟲を飛ばし、
糸を握りしめてジンオウガに向かって跳躍。
雷光荒ぶる躯体を通り過ぎ、武器を回収する。
そしてすぐにもう一匹の翔蟲を飛ばし、この場を後にする。
翔蟲も状況を理解しているのか
普段よりも長い距離を飛び、竹林の向こうへと跳んでいった。
やっとの思いで、キャンプ地へと戻ってきた。
僕は急いでミイを降ろし、傷の具合を確認する。
やはりジンオウガの牙の形をなぞるように抉れている。
僕は回復薬を取り出し、携帯していた脂と混ぜて
調合した軟膏を、消毒した傷口に塗りたくった。
テントを雨が強く打つ。
僕はミイの名を呼びながら必死に頭を回転させ、応急処置を施した。
「ごめん、ミイ」
僕は謝りながら、装備を脱がし、雨水をふき取り
冷えた身体に、温めておいた毛布を巻き付けた。
流れるような汗は引き、呼吸もわずかに落ち着いてきた。
僕は少しだけ安堵した。
これで、後は救援要請をするだけか。
その直後、大きな獣の唸り声がテントまで轟いた。
「――そんな!?」
思わず漏れた困惑の声。
ここはギルドが確認し、安全と定めたキャンプ地だ。
モンスターが来るはずのない場所だ。
だが、そんな思いを雷鳴が断ち切る。
ずしゃりと雷狼の足音が聞こえた。
どうしても僕たちを。
縄張りを侵した愚か者を仕留めたいのだろう。
静かに眠るミイの寝顔を見る。
これもザドの言う、円環の流れなのだとしても。
僕がこれに逆らう事すら、流れのうちだと思いたい。
「……ミイ。行ってきます」
僕は短く告げて、テントの外に出る。
いつの間にか夜になっており、周囲には蛍が舞っていた。
獣の気配。
やはりと言うべきか。
この森の王者は、既に目の前に迫っていた。
まるで、森の隅々に至るまで自らの縄張りだと言うように。
――ユウは踏み込みが弱いから。
そうだね、ミイ。
だから僕は、弱いんだ。
でも、それは――。
大切な家族を傷つけられて黙っていい理由じゃない。
スラッシュアックスを剣モードへと移行する。
一匹の翔蟲が剣の衝撃吸収の機工を開放し、
もう一匹が武器自体をガチガチに固定する。
「……ふぅう」
白い息が口から漏れ出る。
狙うは、属性充填カウンター。
本来ならば遥か上、マスターランクのスペシャリストが行う技。
対して僕は下位。
でも、このスラッシュアックスは、ザドが僕にくれた武器だ。
太刀使いのザドが、カウンターを練習する為に使用していた武器。
この武器にはザドの練習の跡がくっきりと刻まれている。
死を前にした極限状態からだろうか。
思考が異様な速さで巡る。
持ち手にはザドが握った後が。
どこをどう握って、どう扱っていたのかが
イメージとして理解できた。
ジンオウガの金色の光が闇夜を斬り裂く。
テントを、木を、葉を雨が穿つようにバタバタと音を立てている。
やれるのか。
僕に、マスターランクの技が。
――いや。
やれなければ、死ぬだけだ。
僕も。そしてミイも。
肺にため込んだ息を、ゆっくりと吐き出す。
怒りに満ちたジンオウガを睨む。
駆り立てろ、狩猟本能。
「――来い!」
雷狼竜が大きく吠え猛る。
森全体がそれに呼応するかのように。
巨体があり得ない程の速度で僕に迫る。
地揺らす足音が。
森に響く雨の音が。
僕自身の、心臓の音が。
世界、その一切が白く――。
金色の光が巨腕へと集中。
そのまま振り下ろされる。
――ユウは踏み込みが。
分かっているよ、ミイ。
僕は言われた通り、左足を踏み込み、
迫りくる死へと刃を振るった。
直後、武器を通して強大な圧が、僕のちっぽけな身体を押しつぶそうとする。
全身が軋み、食いしばった奥歯が欠けた気がした。
空間ごと圧壊させられるとすら思えた瞬間。
雨が。
雨粒が、見えた気がした。
ここだ!
僕は更に足を踏み込み、身体を捻じ切るように回転する。
圧に流れを作り、余分な力を受け流す。
スラッシュアックスのビンに、属性エネルギーが充填され、
青い光が迸る。
一撃をいなした事で、僕と雷狼竜の位置が入れ替わる。
ジンオウガはすぐさま、僕へと向き直そうとする。
でも、今は。
僕の方が、速い。
「気焔――」
ジンオウガは後ろ足で立ち上がり、今度は巨躯で押しつぶそうとする。
僕は翔蟲の糸引き、その頭上へと飛び上がる。
「万丈!」
ビンから発せられる青い放電が闇を斬り裂く。
骨を砕く鈍い音が響き渡った。
僕の一撃が、ジンオウガの左角を砕いていた。
悲鳴にも似た叫び声を上げ、帯電状態が解除される。
霧散する雷光虫が闇夜に溶けて消えていく。
僕は剣モードのスラッシュアックスを構え直し、
ジンオウガを睨む。
武器を挟んで雷狼竜と視線が交錯する。
ジンオウガは忌々しい物を見る目で僕を数秒睨みつけ――。
踵を、返したのだった。
地響きのような足音が遠のく頃、
僕は、ようやくその場にへたり込んだ。
武器を持つことが出来ず、泥の中に倒れる。
全身に激痛が走った。
おそらく指や他の骨にヒビが入っているのだろう。
……眠い。
でも、ここで寝たら風邪を引いてしまうな。
布団で寝ろって、ミイが怒るんだよな。
ごめん、ミイ。
あとで、布団に入るからさ。
それまで、ちょっと。
ここで、休ませて。
そんな事を、思っていた。
■■
目が覚めたら、布団の中だった。
「……おお、目が覚めたか、ユウ!」
ザドの声がして、その方向を見ると
やっぱりザドが居た。
「おはよう、ザド」
よく見ると、里の病院のようだった。
ザドが頭を抱えて、その暑苦しい顔を隠す。
僕は手を伸ばそうとして、腕に激痛が走る。
そこでようやく全身包帯まみれである事に気付いた。
聞けばあの後、僕たちを助けてくれたのはザドだったらしい。
ミイが思いつめた表情で里のクエストを受注したと聞いた時から
何となく嫌な予感がしていた。
夕刻まで戻ってこなければ探しに行くと決めていたらしい。
忙しいのに、わざわざと思ったけど、
何となく、家族の温かみを感じた。
僕たちの両親が他界して以降、何かと面倒を見てくれたのがザドだ。
兄であり、父親であり。先輩ハンター。
そんな、頼もしい存在だった。
「……そうだ、ミイは?」
何を僕は寝ぼけていたんだ。
僕なんかより、ミイの方が重症じゃないか。
無理やり起き上がろうとするが、全身の痛みがそれを拒む。
「無理をするな。お前も重症なんだ」
も?
という事は、まだミイの意識は戻っていないのか。
「容態は安定しているが、……まだ、な」
「そんな……」
「事の顛末は、後でヒノエを寄越すからに口答で報告してくれ」
僕は、眉間に皺をよせながら、分かったと呟いた。
「……ユウ」
暑苦しいザドには珍しく、弱々しい声に僕は目線で応える。
「よく、生き残ったな」
それは不器用な、ハンターからの。
最大限の賛辞に思えた。
「いや、生き残れたのは、……ザドのおかげだよ」
「ん?」
ザドの言葉が。
ザドから貰った武器が。
ザドから受け継いだ全てが無ければ。
僕は、生き残る事は出来なかっただろう。
窓から見える、吹き抜けるような青空。
風が僕の赤い髪を優しく揺らす。
未だ意識を取り戻さないミイ。
通常の青ではなく、金色に光っていたジンオウガ。
狂竜ウイルスの謎。
生き残りはしたが、終わりではない。
むしろ、これからが始まりなのだ。
どこか、耳の奥で聞こえた雷鳴が、
この先の不穏を告げているようだった。
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