桜吹雪が吹き荒れる訳でもない。青葉が豊かにつけられた木々が少しあるだけの道。ただ私にとって、それは新しい人生のスタートラインと言っても過言ではなかった。私こと矢ノ中 静。私は今ここから大きく変わる!!...多分きっと。
何事も中途半端で無気力な中学時代とはもうさよならだ。私はこの自楽高校で青春と自分を手にする!
(えぇっと私の教室は北棟か...)
広い中庭、テラス席まである食堂。綺麗な校舎に手入れの届いたグラウンド。
オープンスクールや入試で何度か訪れたことがあったが、私にとってはまだまだ新天地のように思える景色だった。
「いやさぁ!!昨日の恋リアまじ面白かったんよ!タカキがすんげぇ頑張って勇気の1歩を踏み出した!神回よこりゃ」
(うわ...すんげぇギャルだ...)
恐らく在校生であろう生徒を見かけた。その姿は今では珍しいほどに黒く焼いたであろう肌に、キラッキラのネイルをつけていた。ガングロギャルか?
(ほんとに自由なんだな...そういう校風なんだってことを分かってて選んだんだけど)
自楽高校は「自由」を謳う校風をしている。そのため校則といえるほどのルールはなく、犯罪はするな、自分たちで統制しろ〜というスタイルだ。まぁギリギリ成り立っているだけで他の学校なら学級崩壊へ一直線みたいな校風だ。
「わっ!」
「んわっ!」
気付けば目の前に人がいて、ぶつかってしまった。ガングロギャルに目を奪われていたせいでもあるのだろう。
「すみません!大丈夫です...か...」
改めてぶつかってしまった人を確認すると、銀髪に金のメッシュが入っており、白衣を着こなしていた少女だった。そして何より私と比べて遥かに小さかった。目測でも160もないんじゃないか?
「ああ、私なら大丈夫だよ。それより、制服をきちんと着こなしているとは珍しいね...あっそっか!もしかして新入生かい?」
「あっはい。矢ノ中 静です。よろしくお願いします」
「おーまともー。まともちゃんにはちゃんと挨拶を返さないとね。私は希來小鳥だ。君たちとしては私は先輩にあたるんじゃないかな?」
「そうですね。この学校について色々分からないこともあるので、先輩と会えて嬉しいです」
「ふふん、もっと言ってくれてもいいんだよ...と言いたいところだが、私も君も時間だろ?あんまり先輩と話すより同級生と話す方が新入生にとっては有意義でもあるだろうしの。ではまたどこかで会った時にだ、まともちゃん」
「...あっはい!」
随分と愉快な先輩だ。髪色も恐らく染めているのだろうし、白衣も着ていた。改めてこの学校の自由度を体感した。
(私も1年くらいいればあんな風になっているのだろうか...)
そんな事を考えながら私は教室へ歩いていく。幸いあまり迷うこともなく、すぐ場所もわかったから集合時刻に遅れることはなさそうだ。
教室のドア。上の札には1年2組と書いてある。もしかしたらこの中には既にたくさんの人がいるかもしれない。一斉にその人たちから視線を浴びるかもしれない。そう思うと少し怖くなってくるが、どちらにせよ問題を後回しにしてるだけな気がしたため、思い切って開けることにした。
「え...?」
爆弾を解除するかのような覚悟でガラガラと開けたドアの先には椅子で囲んだ即興の舞台で、大柄な男子の胸ぐらを掴むドレスに身を包んだ少女がいた。
「あら、ごきげんよう。汚いところを見せてしまいましたわね。」
綺麗な栗毛を持った彼女は、掴んでいた男子を乱雑に地面に置き、手をパッパッと払いこちらに近付いてくる。
「ごめんなさいね。この汚らしいヤンキーがわたくしの事を舐め腐っていたので少しお灸を据えていたんですの」
「は...はい」
「今すぐ排除しますから、安心してくださいまし」
「ちょ、ちょっと待て!そもそも俺はその格好がおかしいと言っただけだろ!?なんでそんな事をしてくるんだ!」
「喚くのは見苦しいですわ、ショウマ殿。それに、この格好におかしいところなど...一つたりともなくってよ!!」
そう言いながら彼女はドレスには似合わないような豪快なかかと落としをした。
「うぅ...あぁ...え?」
彼女の一撃は教室中に響き渡るほどの轟音を鳴らした、だがそれはショウマという男子の顔すれすれを掠めただけだった。
「今回は許しましょう、せっかくの入学式ですもの。ただし!1.この事を口外しない 2.先程のような失礼な発言はこの先一生しない この2つは守ってもらいますわ。口外しないというのはショウマ殿だけではなく、ここにいる人全員にも守ってもらわないといけませんわ。...してくださるわよね?」
その顔は身体中を震わせるほどの圧を感じさせ、私は未だドアの前から動けそうになかった。
それからは意外と何も無くすんなりと入学式が始まった。
(入学式でもドレス着てるんだあの人...)
ただ1つだけ意外だったのが、在校生の方だ。制服を着ている方が少ないんじゃないか?というくらい、皆服装がバラバラであった。私服で来ている人や、かなり露出度の高い服。あと多分...さっきの希來さん?であろう白衣を着ている人もいた。
(一応、名目上は服装自由ではなかったはずだし、オープンスクールでも全員制服を着ていたはずなのに...)
私が思っていたより、この学校は混沌に満ちていたのかもしれないと思う入学式だった。
入学式の後。最初の大きなイベントが終わったあとだが、すぐにまた同じくらいに大きなイベントが来る。
「では改めて、入学おめでとうございます。私は担任の大山コトネです。では皆さん顔を合わせて仲良くなるためにも、自己紹介をしましょう!」
──自己紹介。人によっては全く覚えになかったり、気にすることはないのかもしれない。だが私は自己紹介にかなり重きをおいている。人の印象の大半は第一印象から決まる。例えばどんなに可憐なお姫様でも、初対面があんな物騒では、覚える感情は畏怖だけだろう。
「何か視線を感じたような気がしますわ」
その格好だったらずっと視線浴びてるだろ、というツッコミはさておき。この話になんの関係があるのかというと、自己紹介は第一印象を受ける最初のタイミングであり、この学校生活における一つのターニングポイントだということだ。
(つまりココで強烈な印象を残せば、とっても人気なバリ陽キャになれて青春が送れるかもしれない...!かなり希望論だが)
だが、強烈な印象を残そうと思えばそれ相応のリスクもある。例えば...
「佐藤ユウヤです!一発芸します!飲み会でイキってる先輩って、ウイスキーをロックで飲んだりして顔を青くしつつもロックに飲み干そうとするよな。ブルーロック」
こんなふうに大コケして無事室内を冷凍庫ばりに冷やしてしまえば、全てにおいて「この人自己紹介でスベった人だ...」「この人確か自己紹介でスベった人だよな...」と今後一生それが付き纏うことになる。今目の前でそうなった人が居たのだが...
とにかく、こうならないために私は作戦を考えてきた。それは...
「次の人、お願いできるかしら」
私の番が来た。覚悟を決め、息を小さく吸う。
「矢ノ中 静です。好きなことは読書で、特にこの『りんごの魅力を100文字で伝えてください』が好きです。よろしくお願いします」
…ヨシ。上手くいった。
(今回私が考えた作戦は本だ。本と言っても簡単なものではなく...ん?)
少しの違和感。辺りを見回してようやく気付いた。誰も私の方見てねぇ!!
(え?うそ、なんで?ちゃんと狙いすました計画を完璧に成功させたのに....誰も興味ありげな雰囲気がしない!!)
せっかくの計画、まさかの空振り。もしかして、地味だったのか?
「じゃあ次はわたくしですわね?わたくしは、西屋敷 白葉。呼んでもらう分にはシロハで構いませんわ。そうですね...先程の、静さん?に倣っていくなら...好きな本はこの前見つけた集団心理学の本ですわ。以後、お見知り置きを」
盛大な拍手が鳴る。今朝の圧を受けたから皆拍手しているだけなのかもしれないが、どちらにせよ直前の私のそれとの差を感じてしまう。
(てか、自己紹介に集中しすぎて知らなかったけど、こいつ私の隣かよ!!)
席ガチャ大外れだ。まぁまだ1番左の後ろらへんだから良いんだけど。もし真ん前の席でこいつと隣だったら、私はとても苦労を強いられていた事だろう。
それから、自己紹介の時間が終わり、教材が配布され、1時間目は終わったが...誰も、私の元へは来なかった。というより来ていると思ったら大体隣のお嬢様だ...衣装の差だろ!衣装の差!
「邪魔ですわ!今はあなた達には興味などないの、どいてくれる?」
ひーん、周りに群がっている人達に言ってるんだろうけど関係ない私にも飛んでくる圧だ...!!
「それより私が話したいのは...あなたよ!矢ノ中静!」
そう言って、白葉は群衆を押しのけ私を指さす。
「ぐっ...ん、?え!?えっと私ですか...?」
「さっきそう名乗っていなかったかしら?」
「そ...うですけど」
「合ってるじゃない。なら、今日の放課後、この教室に残っておきなさい。話があるわ!」
(わ、私に!?なんで!?ほんとになんで私に!?てか話って何!?もしかして...)
思い出すのは今朝の事。無礼を働き、犠牲となったショウマくん。あのかかと落としは当たらずじまいだったが...
(私、殺される!?)
彼女は今、満面の笑みでこちらの返答を待っている。ただどれだけ可憐な顔でそう言われても、人は第一印象で人を判断する。私の中では、白葉は暴力沙汰姫なのだ。
(拒否したら拒否したで帰り道に殺されてしまうかもしれない...でも了承しても...!)
周りがゆっくりに見えるほど考えた末、私は
「ワカリマシタ...」
「ありがとうございますわ!」
了承した。