(ついに来てしまった...自楽高校初めての部活動の時間が...)
入学から3日目というかなりのスピードで始まった、部活動”仮入部”期間。ホントなら仮入部の期間なはずだったが、皆さんご存知の通り、私はお嬢様部という部活に強制入部となってしまったのだ。そんなこんなで私は今部室(?)の前に立っているのだが...
「お嬢様部の部室が...和室...?」
『そうはならんやろ!!』と心の中で唱えながら私は和室の前で立ち尽くしていた。今日の朝いきなり『そういえば言ってませんでしたが、部室はここですわ。私は先に待っておりますから、どのタイミングで来ても構いませんよ』と手に持った学校マップを指差しながら伝えてきた時から思っていた。が、本当にここなのだろうか?
(例えばもう1階下の多目的教室とかと間違えたとか...)
そう考えていると、和室の中からドタドタと足音が聞こえてくる。やけに急いでいるその足音はこちらへと徐々に近付いているように聞こえた。
やがてその足音が聞こえなくなったかと思うと、ドアが勢いよく開いた。
「静!来てくれたのですね!」
「部員なのでそりゃ来ますよ...」
「いえ、私から逃げることも出来たはずですわ。そこを初日から来てくれるなんて、静を勧誘して良かったのですわ!」
(...しくった!!選択ミスった!!)
白葉の発言的に逃げても何も起きなかったかもしれない。むしろ『逃げられて当たり前なのですわ...』みたいな感じだったろうに、逆に好感度を上げてしまった...!
「では早速やりましょう!もう準備は整えていますの」
「あの、その前に一つだけ......ほんとにここなんですか...?」
「静、言いたいことは分かります。わたくしも穏やかな薄い黄色の壁の洋室を想像していましたわ。ですが!部室として運用できる場所がこことボロ部屋しかなかったのです。ボロ部屋は少なくともわたくしの考えるお嬢様には似つかわしくない...ということで、渋々和室になったというわけなんですよ...」
「大変なんだな...お嬢様も...」
「大変ですわ...お嬢様...」
本人的にも背に腹はかえられないということだろう。なんだか少し可哀想だと思ってしまう。
「立っていてもなんですから、入りましょう。初日は大事なんですから」
中に入ると真っ先に見えたのはめちゃくちゃ洋を感じるテーブルだった。銀色の脚に白地の板。とても大きな存在感を放ちながら畳の上に鎮座しているそれは、なんとも目を引くものだった。
「すごいでしょう?やっぱり和室には合いませんが、私のイメージするモノをいっぱい集めましたの!裏にもまだまだドレスやティーポットまであって...」
白葉の熱弁は留まるところを知らない。私から見れば、リカちゃん人形の部屋みたいにしか見えない訳だが。
「あ、あぁ!ごめんなさい...少し熱くなりすぎてしまいましたわ...どうぞ、座って?」
そうやって奥から取り出された椅子は教室で使われてるのと同じ、木の板にグレーの金属管で作られた椅子だった。椅子までは用意出来なかったのだろうか?
「じゃあ...遠慮なく」
断ったら断ったで何かしら一悶着しそうだし、こういうのは相手に従うが吉。
「えっと...結局この部活って何をするんですか?」
「言ってませんでしたか?まぁいいですわ。もう一度言えばいいだけですから」
「ズバリ、わたくしのお嬢様ライフに付き合って欲しいんですの!」
「それって......」
「それって?」
「聞こえは悪いかもだけど白葉さんの自己満なんじゃ?」
「「............」」
「静...意外とぶっ込むんですのね」
「いや!そんなつもりは...!」
「もし何か良くない方向に捉えられたのなら良くないですわ。わたくしは、静のそういうところも好きですのに」
「なっ...!」
平然と、調子の狂う事ばかりを言う。大胆で、まるで脳から口が直結しているかのようだ。
「さぁ!準備しましょう。そこにいくつかティーパックを用意してありますの。わたくしがお湯を沸かしている間に選んでおいてくださいまし」
「分かりました...?」
そう言って、いつの間にか用意されていたティーバックを見る。正直どれがどれとか何も分からない。いくつか置かれた箱を舐めるように見回し、そこにアールグレイという文字を見つけた。
(アールグレイ!流石の私でも聞いたことがあるし、これが安牌か)
「静〜お湯が〜湧きましたの〜」
そう言って白葉は颯爽と電気ポットを持って現れた。
(電気ポット...!お嬢様にしては随分庶民的だがそれは自分のソレに反しないのか!)
まぁ一つヤカンを持って現れるよりかはだが、にしたってどうにも似合わない組み合わせで少し含み笑いをしていたかもしれない。
「なるほど、静はアールグレイを選びましたか」
「?」
「ああ、大丈夫ですの。特に深い意味はありませんわ」
今の光景を誰かに見られたらきっとそっとドアを閉じるか大声で笑うだろう。和室の真ん中に2人。それもただの制服女子高生と、優雅なドレスを着たお嬢様がぼーっとただ紅茶が出来るのを待っているのだから。私自身何かのコンカフェにしか思えないほどだ。
「そろそろですかね」
そう言うと、白葉は立ち上がり私のカップに茶を注ぎ入れる。なんだったか、一つの絵画を思い出した。フェルメールの何かというのまでは思い出したが、名前を思い出すことはついぞ出来なかった。いや、見惚れていたのだろう。その姿に、白葉に。
(っていやいや待て待て。私は半強制的に巻き込まれてるだけだから!うんうん)
「さっ、どうぞ。静が選んでくれた物ですもの。きっと美味しいはずです」
言われるがままカップを持ち、口につける。最初に感じたのは熱さだった。猫舌の私には深く突き刺さるほどの熱さで火傷をしてしまうのではないかと思った。でも、なんだか今なら飲める気がした。再び口にする。やっぱり熱いが、今度は美味しいという気持ちが勝った。
スっと通る香りは、カップから立ち上る湯気を感じさせない、春風よりも涼しい風を受けているようだ。
「どうですか、静。この味は」
「...美味しいよ、嘘とかじゃなく」
途端、ぱぁっと明るくなる白葉の顔。存在しない犬耳がぴょこぴょこしているようだ。白葉もカップを手に取り、茶を口にする。少し驚いた様子を見せながら再び口をつけ、1口飲んだ。
「わたくしの目は、正しかったようですわ。この紅茶も、そして貴方も」
「んえっ、私!?」
「そうですわ。定番すぎる言い回しかもしれませんが、この美味しさは静無しでは感じづらかった。そう思ったのですから」
1つの陰りもなく、夕焼けを浴びながら彼女は言う。初対面のあのバイオレンスさも今は忘れられるようだ。このあまりに正統派なお嬢様を見ては。
「さっ、わたくしは片付けますから静はゆっくりしておいてください」
「いや、私も手伝うよ。これでも部員なんだし」
「嬉しいことを言ってくれますね、静」
その時だった。
「うわっ!?」
そう声をあげながら白葉は今まさに前に転びそうになっていた。
反射的だった。助けたいというのもあったが、反射的だったというのが最もそれらしいだろう。私は白葉の体を掴み、引き寄せた。
「大丈夫ですか!!」
「あっ......いえ、わたくしは全然平気ですわ!少し足がもつれてしまっただけですから、お気になさらず!」
「良かった...」
「恥ずかしいところを見せてしまいましたわね...」
「気をつけてくださいよ...あんまり目の前で怪我するの見たくないですから」
「...分かりましたわ」
少しの間を空け、白葉はそう返事をした。どこか先程までとは違うような声だった気がした。
* * *
「ここで解散としましょう。家の方向も違いますし」
「静!」
「わっ、はい!」
「明日も、来てくれますか?」
夕日が、後光のように勇ましく立つ白葉の背中を照らす。その立ち姿の優雅さを表に、その声は母の帰りを待つ子供のようだ。
「...明日なら、全然行けますよ」
「本当ですか!?静は、本当に本当に優しいお方ですわ...!」
「そ、そんな言うほどじゃないよ」
「それでは、静!また明日っ!」
「また明日」
私は、私に嘘をついていた。仕方ないみたいな、やれやれみたいな、ほっとけないみたいな、そう嘘をついていた。違った。
(思ってたより、楽しかった)
本心は乗せれずにいた。