「と、いうことで」
「完成した!某メン・〇〇・ブラックの記憶を消すペン!」
「隠すのそこなんだ」
あれから2日。今日はもともと小鳥先輩に呼び出し(?)を食らっていたので、と白葉に報告しようとしていたのだが、和室に行っても白葉の姿が見えなかったため、JINEを1つ入れて研究室を訪れている。
私を見るやいなや、小走りで私の方に近付いてくる小鳥先輩。どうやら例の記憶消去ペンが上手くいったらしい。
「静のアイデアを取り入れて、ようっっっやく完成した!」
「完成したんですか」
「おうよ、バッチリ。これがそのペンだ」
そう言って突き出した手に握られていたのは、なんてことないペンだ。百貨店の品物に混ざっていてもひとつとして気付かないほどのなんてことなさだ。
「でもこれ、誰に使うんです?」
「え?...あぁ〜...えぇっと、えぇっと...」
小鳥先輩は急にもごもごと言葉を濁らせる。
「いやぁ〜その、いないとは思ってたんだ。これを試用させてくれる人...」
「まぁ、記憶が消えるなんてかなり物騒ですし」
「だから...!この通りっ!!1度静に使わせてくれないだろうか!!」
「えっ?わた、私にですか!?」
「あぁ、大丈夫。数分の記憶を消すだけだから、何も後遺症などは残らない...はずだよ」
「はず!はずじゃないですか!!確証はないんですよね!?」
「イイヤ!!確証ハ、アルヨ!!」
「そんなカタコトで言われて信じれますか!!」
「はぁ...いやまぁ、仕方ないことだ。ダメ元だからな、それでいいんだ」
「仕方ないけど、いつも通りにするか」
そう独り言のように呟くと、小鳥先輩はペンをおもむろに私の手に預けた。
「静、それを私に使ってくれ」
「え?」
「あぁ、そうだな...そこのダイヤルで、おおよそ何分の記憶を消すか調節出来る。それとこのサングラスを...」
「いや!そうじゃ...なくて...」
「なんだ?」
「小鳥先輩は、いいんですか?」
「何がだい?」
「その、デメリットというか後遺症というか...何か悪いことが起こる可能性は0じゃないんですよね」
「あぁ、まだ1度も使ったことがないからな」
「それなのに、その実験に自分を使うんですか!?」
「まぁね」
「いいんですか!?自分をそんなにずさんに扱って!」
「んっ...いや、その...」
一瞬、そこには静寂が満ちた。外の廊下の足音まで聞こえるほど、静かだった。
「大丈夫だ、静。私は私の発明品に絶大な自信を持っている。失敗などしないと思っているし、もし失敗してもそれをカバーできると思ってるんだ」
「だから、使ってくれないか? そんなシリアスな顔をしてないで...」
「小鳥先輩...」
「いや違うな...早く!早く使ってくれ!」
「...小鳥先輩?」
「私はそれがちゃんと動作するかが知りたいんだ!私がどうなるかなんて微塵も関係ないな!!さぁ早く!」
「...どうなっても知りませんよ!?」
「あぁ!それで大丈夫だ!」
さっきの言葉に嘘はないのだろう。自分の発明に、頭脳に。誰よりも自信を持っているのは小鳥先輩自身なのだ。
「さっきも言った通り、何かキーワードというか、覚えていたら絶対に話題にするような事でも言ってくれればいいぞ」
(キーワード...印象に残ること...)
すぐには思いつかない。なんでもいいのかもしれないが、ここで何を言うかによって性格が出そうなものだから。
「思いつかないか?」
小鳥先輩は、思い悩んでいる私の顔を覗き込んできた。
「まぁ、はい。そうですね」
「別に何言ってくれたって構わないのになぁ...ふふっ、じゃあこれならどうだい?」
そう言って先輩は私に耳打ちをした。
「 、 。なんてね」
「それでいいんですか?」
「思いつかないようなら、ちょっと言ってみてほしいだけだよ。面白いだろう?」
「あぁ、ちょっと。あとちょっと待ってくれ。心の準備みたいなものだ」
「じゃあ、始めてくれ」
サングラスをかけ、小鳥先輩に光を浴びせる。設定した時間は、5分。光を浴びせる直前、私は言った。
「大好きです、私と付き合ってください。」
* * *
「1人というのも、悪くはないですわね」
空が赤みがかってきた頃、わたくしは1人で和室にいた。今日はどうやら誰かに呼び出されていたらしく部活に来ることができない、と書き置きが置いてあった。
カップを置く音、外のソフトテニス部の声、ドレスが擦れる音。いつもより音が大きく聞こえた気がした。
痛々しいほどに現状が見えてくる。わたくしは今、1人なのだ、と
「...片付けますか」
最終下校の時間が近付く。私は、もうしばらくコップを片付けられずにいた。
* * *
光が眩しく、私と小鳥先輩を包み込んだ。それはすぐに収まり、目の前にはぽかんと口を開けた先輩がいた。
「先輩!?大丈夫ですか!!?」
「.........」
言葉を発しない。動かない。瞬きはするものの、逆にそれだけだ。
「先輩!!小鳥先輩!」
「...おおっ!なるほど、なるほど...こんな感覚なのか...」
肩を揺すっているとすぐにそんな言葉が返ってきた。
「キミは...静だね。ちゃんと記憶は残っているよ」
「よ、よかった...」
「そして、この5分何を話していたか、キミが何を言っていたかはひとつとして覚えていない...と」
「ほんとに何も覚えていないんですか?」
「あぁ、嘘をついては実験の意味が無いだろう?」
「まぁ、確かに」
「すまないな、心配させてしまったな。私としてはこの感覚を味わっていただけなのだが...」
「もう、自分を無下に扱わないでください...」
その時だった。
「...え?」
自分でも驚いた。目が潤んでいくのを感じた。今、泣きそうになっているのだ。
「静!すま、すまない。私の無茶のせいか...」
「いや、ちがいます、そんなんじゃなくて」
「安心してるだけですから、ほんとにっ」
「その、今回はすまなかった。自分自身なら誰にも迷惑をかけないだろうと思って...」
「それはそうですけど、あまり危険な真似はしないでほしいんです」
「次からは、せめて私にも手伝わせてください」
「......いいのかい!?」
「多分、大丈夫だなって。そう思ったんで」
* * *
「じゃあ、帰ります」
「あぁ、今日はありがとう。良かったらまた来てよ」
「言われなくても、また来ますよ」
そう言い残すと彼女は姿を消した。1人研究室に残った私は、1つ先程までのことを思い出してみた。
「 」
その瞬間、何かを言っていた。というのは知らされている。その時何を言っていたかは知らされていない。
だが、私は確かに覚えている。設定した、5分より外で。
───────「思いつかないか?」
───────「ふふっ、じゃあこれならどうだい?」
───────「大好きです、私と付き合ってください。ってさ」
「ふふっ、ふふふ」
全く、私というのは実にくどい。後輩をからかって遊ぶなんて良くないことだというのに。
「本当、素直で可愛い子だ」
しばらく、含み笑いが止まることはなかった。