貞操逆転世界でクールな先輩にオスガキムーブかましてたら普通に押し倒された 作:しゃふ
部室に近づくにつれて、廊下の喧騒はなくなっていく。
文芸部は部員が少ないこともあり、部室も遠い。
なので毎日、旧校舎の四階とかいうこの世の終わりみたいな立地へと歩く必要がある。
だけど、今日に関しては、その時間が随分と短く感じた。
きっとセンパイとの一件があったからだろう。
部室に辿り着いた僕は、ドアノブに手をかけようとして、やめる。
「……センパイ、いるのかな」
いるにしても、いないにしても、結局ドアを開けた方が話は早い。
ただ、そうは言えど、いきなり顔を合わせるのは怖いのだ。
僕は、部屋の中へと聞き耳を立てる。
……すると、中から足音が聞こえた。
いる。間違いなく、センパイが。
彼女の存在を知った僕はゆっくりと扉をノックする。
こんなこと、いつもはしない。
ドーンと扉を蹴飛ばして、センパイに飛びつくのが僕の日課だったはずだ。
「セ、センパイ。あの、いるなら返事してください。
……昨日のことは、ごめんなさい。
ちょっと、無神経だったかもしれません」
でも、そんなことをする勇気は、今日の僕にはなかった。
……センパイからの返事はこない。
だけど、聞こえてはいるはずだ。
部屋の音は僕の声と共にピタリと止まっている。
「逃げちゃったのも、ごめんなさい。
でも、センパイのことが嫌いになったとか、そういうんじゃないんです。
だから、開けてくれると、嬉しいです」
別に鍵がかかっているわけではない。
だが、自分からドアノブを回す気になれなかった。
センパイが今、どういう気持ちでいるのかが分からない以上、彼女の方から僕を受け入れて貰わないと、駄目だろう。
――そう、思っていたとき。
目の前のドアがゆっくりと後ろへ開かれる。
「……なに」
「――センパイっ!」
ドアを開けたのは、紛れもないセンパイだ。
……良かった。ちゃんと会うことができた。
「だ、だいじょうぶですか?
センパイ?」
センパイの顔は、少しやつれているように見える。
目の辺りが黒く染まっていて、寝不足なんだろうと、容易に想像できた。
目だけじゃない。
足もふらふらしてるし、手もプルプルと震えている。
「……よく、来れるね。
あんなことがあったのに」
「い、いえ。べつに、僕はその。
気にして、ないので」
「そっか。……まぁ、そうだよね。
どうでもいいもんね、私のこととか」
「そんなこと言ってませんっ!
ど、どうしちゃったんですか? センパイ?」
僕の言葉にセンパイは何も言わず、ただじっとしている。
相変わらずの無表情のせいで彼女が何を考えているのかは分からない。
でも、声色はどんよりと暗く感じる。
昨日よりも、ずっと。
「も、もうっ!
センパイっ、ちゃんと答えてくださいっ!
その、心配、したんですよ」
黙ってばかりのセンパイに不安を感じた僕は彼女に近づこうと歩き出す。
……それに、廊下でするような話じゃない。
ここら辺は人通りが少ないとはいえ、全く人がいないというわけではないのだ。
そう思って、部室へと足を踏み入れた、瞬間。
「へっ?」
僕の身体が強引に引き寄せられる。
……覚えている、この感触は。
背中を掴んでいるのは、センパイの手。
そして、ゆっくりと、彼女の顔が近づいてくる。
「――ら、らめ」
「喋ると危ないでしょ」
抵抗は意味を為さなかった。
一瞬のうちに、僕の口腔は彼女によって、犯される。
……それは、昨日味わった、あの悦楽。
何度も身体に染み込まれた、愛欲の行為。
ま、また、キ、キス、されてる。
「……な、ななな、なにするんですか!?
センパイっ!」
肩に当たる空気の冷たさに慄いた僕は、思わずセンパイを跳ね除ける。
ド、ドア、開いてるし。
こんなとこ、誰かに見られたらどうするのだ。
「――嫌なら、帰りなよ。
また、昨日みたいに」
「――っ、別に昨日も、嫌だったわげじゃ……んっ、ちゃ、らめでふっ、せんは」
センパイは、止まらない。
でも、昨日とは、少し違う。
僕が身体を押すと、センパイは抵抗せず、離れてくれる。
またすぐにくっついてくるけど、でも、力は強くないし、痛くもない。
まるで、わざと僕を帰らせようとしてるみたいだ。
「……センパイ。僕に怒ってるのは分かってます。
でも、これは、さすがに」
「……べつに、怒ってるわけじゃ、ない」
わからない。
センパイのことがわからない。
「なにしたら、許してくれますか。
センパイ」
……話は出来てる。
大丈夫。少し行き違いがあるだけで、ちゃんと話せばいつもの関係に戻れるはずだ。
僕は彼女の言葉を待つ。
何秒も、何分もずっと長く感じる時間を待ち続ける。
「――じゃあ、別れてよ。
彼女と、今すぐに」
「……へ?」
センパイが発した小さな言葉。
その本意を僕が理解する前に。
彼女の手が僕のポケットへと突っ込まれる。
瞬間、くすぐったい感触が太ももを襲い、僕は思わず変な声を喉から出してしまう。
「ひゃ、な、なに?」
僕が間抜けの姿を晒している間、センパイの動きは早かった。
一瞬のうちにスマホを抜き取られたと思えば、彼女はポチポチと画面を開いている。
「ロック。どうやって解除するの。
暗証番号は? 天音の誕生日でいいの?
……違う。電話番号も、住所も違う。なんで?」
番号は、センパイの誕生日だ。
この前、聞き出してから、こっそり変えた。
でも、バレたら怒られそうだから、センパイには言っていない。
「――なんだ、顔認証あるじゃん。
……ほら、笑って、天音。
いつもの可愛い顔、見せてよ」
センパイの手が僕の頬に触れる。
相変わらず、冷たい手だ。だけど、嫌いではない。
可愛い顔って。
普通、そんなこと言われたら反発したくなるけど、センパイに言われるなら、嫌じゃない。
「……いけた。
天音。その子の名前は?
大丈夫、私が、なんとかするから。
どうせ、馬鹿な子に、騙されてるだけなんでしょ」
センパイの顔は、暗い。
よくよく見れば、目の端が赤く腫れている。
……彼女のこういう顔は、見たくない。
センパイは綺麗な人なのだ。僕が今まで出会ってきた、誰よりも。
「そう、そうなんでしょ。
天音は、だって、私の――」
だから、僕はセンパイと話さないといけない。
きちんと、真実を。
「話を聞いてくださいっ! センパイっ!」
僕は喉奥から声を震わす。
こんなに大きな声、初めてだした。
「……なに、天音。
いいから、さっさと名前を教えて。
連絡先くらい、あるでしょ」
「――嘘なんですっ!」
そうだ。全ての原因は僕の嘘だ。
だから、ちゃんと説明しないといけない。
「か、彼女の話は嘘なんです。
センパイをからかうための冗談で、キスマークも、ほんとは自分で口紅塗ってつけたやつなんです」
「――は?」
「ら、らいんとかで連絡しようとも思ったんですが、怒らせちゃったみたいなので、直接言った方が、いい、かなって」
僕の声を聞いたセンパイは、驚きで固まっている。
スマホが机へと落ちて、コツンという音が聞こえた。
だけど、僕を離してくれるわけではない。
現に今も僕の身体は彼女にピッタリとくっついている。
……まだだ。まだ完全に信じられていない。
「……じゃあ、彼女は、いないの?」
「は、はい、いません。
というか、いつも言ってるじゃないですか。
そういうのには、興味がないって」
僕はできるだけ平坦な声で彼女に伝える。
本当のことなのだ。下手に言い方を工夫するよりも、普通に、当たり前のように言うべきだろう。
……そのとき、背中のセンパイの手が落ちる。
まるで力が抜けたかのように、パタンと振れる。
な、納得、してくれたのか?
僕はそう思って、胸を撫で下ろす。
だが、そのとき。
「――なら、証明して」
センパイが僕の肩へと手を置いた。
それはまるで、一本の道を作るように。
前へ進んでこいと、言うかのように。
「……その話がほんとなら、天音の方から、できるでしょ」
「え?」
何を言ってるのだろうか。センパイは?
僕の方から? なにを?
……え、キスを?
「――む、むりっ、ぜったいむりですっ!
僕はセンパイと違ってそんな破廉恥なことはできませんっ」
「そう、じゃあやっぱほんとなんだね。
彼女がいるから、できないんだ」
「……そ、それは、違います、けど」
な、なんでこんなことになったんだ。
というか、納得してくれたんじゃないのかっ!?
僕は逃げ出そうと身体を動かすも、センパイの手がグッとホールドして動かない。後ろも、右も、左も動かない。
動くのが許されるのは、前にだけ。
センパイに、近づく方に、だけ。
……にげられないっ!?
「ほ、本気で言ってるんですか?」
「本気じゃないように見える?」
あぁ、駄目だ、これ。
ぜったい、逃してくれない。
で、でも、ここで、僕がしてしまったら、駄目な気がする。
僕たちの関係に、致命的なズレが起こってしまう。そんな気がする。
じゃあ、どうすればいいのか。
「……なら、センパイ」
僕は、どうすればいいのか。
「恥ずかしいので、目だけ、瞑ってください」
胸に、手を当てる。
すると、教えてくれる。何をすればいいのか。
僕の心に住む、幼き影だけが答えを知っている。
――忘れちゃいけないよ。僕。
君はオスガキなんだろう?
……そうだ。色んなことがあり過ぎて、忘れてたけど。
本来の僕は、センパイに翻弄されるようなザコではないのだ。
だから、やってやろう。
心に正直に。僕らしく、彼女に答えを示してやるのだ。
僕はゆっくりと、前へと進む。
センパイは僕の言うことを聞いて、目を瞑っている。
その顔は、少し赤く染まっていた。
彼女のこんな顔は、初めてみる。
……可愛いと、素直に思った。
「じゃあ、やりますね。
……センパイ」
そう言った僕は、腕を伸ばす。
彼女の肩に伸ばすような、そんな素振りを一瞬だけ、見せた後。
僕は机に置かれたスマホを手に取った。
「――は?」
瞬間。間髪入れずに僕は彼女の顔へとスマホを向けて、
そのままパシャリと、一枚の写真を撮った。
「ふ、ふふ、ふふふふっ」
「……え?」
センパイが困惑するように、僕に視線を向ける。
だけど、もう無駄だ。
僕は手に入れた。
いつものセンパイなら、ぜったいに見せてくれないものを。
――センパイのキス顔を。
「ど、どーですっ!
これでセンパイの情けない顔は僕のものですっ!
ほらっ、見てください。この表情っ!
真っ赤に頬なんて染めちゃって、処女丸出しって感じですね?」
僕は煽る。
ひたすらにセンパイを煽り出す。
「いやーっ、こんな顔、誰かに見られたら恥ずかしさで死んじゃいますよ。
あ、待ち受けにしていいですかっ?
ふふっ、あーっ、どうしちゃおっかなぁ?」
「……ちょっと、なんのつもり」
「いえ、単純な話ですよ。
――脅しです。
この写真をバラされたくないなら、僕の言うことを聞いてください」
そう言うと、僕は高らかにスマホを持ち上げ、宣言する。
……冷静に考えると、何も解決してない気もするが気にしない。
だって、仕方ないだろう。
無理だし。センパイに、自分からあんなことするなんて。
僕はセンパイみたいなヘンタイさんじゃないのだ。
それに、大事なことを忘れてはいけない。
――オスガキというものは、どんなことがあってもオスガキの心を捨ててはいけないのだっ!
「ふ、ふーんっ!
僕がセンパイに屈するわけないじゃないですかっ!
やーい、センパイのヘンタイっ! えっち! ど淫乱女!
あんな下手っくそなキスで僕を堕とせると思ったら大間違いですっ!」
「……天音」
「――だからっ!
センパイは、いつも通り。
僕にからかわれてたらいいんですっ!」
そうだ。僕たちはそれでいいんだ。
喧嘩なんて、僕とセンパイには似合わない。
「それが僕の要求ですっ。
分かりましたか、センパイっ!」
僕は彼女に向かって、人差し指を突き出す。
まるで滅茶苦茶な言いようだが、良いのだ。
僕らの関係はこれくらい滅茶苦茶な方が。
「……なにそれ」
そんな、僕の声を聞いたセンパイは。
「……もう、やっぱり、君はおかしいよっ、ふふっ」
――笑っていた。
見たことがない、あまりにも下手くそな笑顔だったけど、でも。
どんな人よりも、綺麗な笑みを浮かべていた。
「ふふっ、ふふふ。
今更ですかっ? 僕は相当おかしなやつですよ。
センパイに負けないくらいに」
そう言って、僕はセンパイに笑みをぶつける。
その、瞬間。
「……だけど、駄目」
僕の頬が彼女の手に包まれ、顔が上へと向けられる。
「――脅すなら、もっと恥ずかしい写真を撮らないとね」
「ほえっ!?」
瞬間、パシャリというシャッター音とともに、僕の唇は激しく貪られるのだった。
……センパイのヘンタイっ!
ちなみにセンパイの要求を受け入れてたらどちゃシコ文芸部にタイトルが変わってました。危ない。