どうやろ真依ちゃんに聞いてみよか   作:人の心とかない。AIだから

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【第10話】

 

 兵庫県で特級案件が出た。

 

 最初に京都校へ回ってきた報告は、等級のわりに妙に要領を得なかった。山あいの廃寺周辺で行方不明が続き、発見された被害者には著しい衰弱が見られる。外傷は少ない。だが、筋力の低下、皮膚の乾燥、急激な老化に似た症状が共通している。窓の文面は慎重だったが、逆にそれが不気味だった。何が起きているのかをきちんと説明できていない時の報告書の書き方だった。

 

 派遣されたのは、東堂葵、加茂憲紀、三輪霞、西宮桃、メカ丸、そして真依の六人だった。

 

「兵庫の山? しかも廃寺? 嫌な条件しかないんだけど」

 

 西宮が資料をぱたんと閉じた。

 

「見通し悪いし、飛んでも木が邪魔だし、窓の報告も曖昧。なにより可愛くない。最悪」

 

「症状が症状だ。単純な殴り合いで済む相手ではない可能性がある」

 

 加茂が淡々と言う。

 

「索敵、俯瞰、遠隔支援が要る。編成自体は妥当だろう」

 

「いや、でも老化って何ですか」

 

 三輪が紙を持ったまま眉を下げる。

 

「呪霊でそんな……あるんですか、そういうの」

 

「あるかどうかを確認しに行くのよ」

 

 真依が短く返す。

 

「そういうことだ」

 

 東堂が腕を組む。

 

「特級である以上、結局は祓う。それだけだ」

 

「話が早すぎるのよ、あんたは」

 

 西宮が呆れたように言う。

 

 その時、机の上の通信機からメカ丸の声が入った。

 

『現場の残穢記録を見た。少し変だ』

 

 全員がそちらを見る。

 

『特級相当の濃度はある。だが、核の座りが悪い。普通なら中心がもっとはっきり出るはずなんだが、今回は強い反応が少し散っている』

 

「散ってる?」

 

 三輪が首を傾げる。

 

『ああ。ひとつの大きな塊というより、濃い場所がいくつかある感じだ。まだ断定はしないが、嫌なタイプだと思う』

 

 そこで真依が資料から目を上げた。

 

「……ひとつじゃないかも」

 

 加茂が視線を向ける。

 

「何がだ」

 

「呪霊の核」

 

 真依は言う。

 

「強いのは強いけど、漏れ方が多い。まとまりが悪い」

 

「資料だけでそこまで分かるわけ?」

 

 西宮が怪訝そうに言う。

 

「分からない。でもそう見える」

 

 真依はあっさり答えた。

 

『俺の見てる記録とは一致してる』

 

 メカ丸が低く言った。

 

『気にしておいて損はないと思う』

 

 それ以上は机上で話しても進まなかった。

 

 兵庫の山へ入る頃には、空気そのものが妙に乾いていた。冬の冷え込みとは違う。山ならもっと湿り気があるはずなのに、肌に触れる空気から生っぽさが抜けている。車を降りて少し歩くだけで、足元の土が不自然に軽いことが分かった。踏みしめても、山の土らしい弾力がない。

 

「何これ……」

 

 三輪が周囲を見回す。

 

「山なのに、空気がからからしてません?」

 

「してる」

 

 真依が短く答える。

 

「上から見ても変よ」

 

 西宮は箒にまたがってふわりと浮き上がった。

 

「寺の周りだけ色が抜けてる。枯れてるっていうより、古くなってる感じ」

 

 目的地は山中に取り残されたような廃寺だった。石段は途中で欠け、山門は片側へ傾き、本堂の屋根も半ば崩れている。だが、それだけならただの廃墟だ。妙なのは傷み方だった。まだ原形を保っている柱の隣で、別の柱だけが何十年も風雨に晒されたように白く痩せている。石灯籠も、片方は普通に苔むしているのに、もう片方は表面が粉を吹いたみたいに崩れかけていた。

 

『観測用の傀儡を前に出す』

 

 メカ丸の声とともに、小型の傀儡が二体、寺の脇へ回った。

 

『先行して呪力の流れを見――』

 

 そこで通信が一瞬だけ乱れた。

 

『……待て』

 

「どうしたの」

 

 西宮が上空から聞く。

 

『いや、まだ何とも――』

 

 ざり、と音がした。

 

 砂を引きずるような、乾いた骨を擦るような、耳障りな音だった。本堂の暗がりから、それはゆっくりと姿を現した。

 

 人型だった。

 

 だが近づくほど、それが人間の延長ではないことが分かる。全身は乾いた皮膚に覆われている。覆われているというより、肉の落ちた骨格へ皮を無理やり貼りつけたような、薄い残り方だった。顔の左側は干からびた皮膚が残り、右側は頬が落ちて歯列と顎骨が露出している。眼窩は深く、奥に濁った灰色の呪力が燻っていた。胸郭は外から数えられるほど浮き、指先はほとんど骨で、動くたびに全身から乾いた粉がこぼれ落ちる。

 

「……うわ」

 

 三輪が思わず声を漏らした。

 

「最悪、ミイラじゃん」

 

 西宮が露骨に顔をしかめる。

 

「気持ち悪」

 

 だが見た目以上に異様だったのは、呪力の在り方だった。特級相当の圧は確かにある。あるのに、その圧がきれいにひとつへまとまっていない。胸からも、腹からも、肩からも、関節からも、細い流れがばらばらに漏れている。強い呪霊なのに、どこか座りが悪い。

 

 真依はそこに引っかかった。

 

「……やっぱり変」

 

「後にしろ」

 

 加茂が前へ出る。

 

「来るぞ」

 

 呪霊は見た目に反して速かった。

 

 地を蹴るというより、崩れながら滑るように距離を詰める。先頭にいた東堂が躊躇なく迎え撃った。拳が正面から顔面を捉え、乾いた頭部の半分が砕ける。骨と粉が飛び散り、石畳へばらばらと落ちた。

 

「脆いな」

 

 東堂が言う。

 

 だが呪霊は倒れない。砕けた頭部の断面から濁った呪力が漏れ、形を無理やり繋ぎ止めるように揺れる。そのまま右腕が東堂の肩口をかすめた。

 

「東堂先輩!」

 

 三輪が叫ぶ。

 

 東堂は一歩引き、肩を回した。顔色は変わらない。だが右肩から腕にかけて、ほんのわずかに動きが重くなっている。

 

「……なるほど」

 

 東堂が低く言う。

 

「そういう類か」

 

「何が起きたんですか!?」

 

 三輪が焦った声を上げる。

 

「少し鈍い」

 

 東堂は短く答えた。

 

「劣化だな」

 

 その時だった。

 

 寺の脇に回していたメカ丸の小型傀儡が、何の前触れもなく膝をついた。脚部の関節が急に軋み、支えを失ったように沈み込む。続いて腕部の外装が白く乾き、表面からぽろぽろと削れて落ちた。

 

『……劣化してる』

 

 与幸吉の声がはっきり低くなる。

 

「は?」

 

 西宮が振り返る。

 

『傀儡のフレームだ。装甲だけじゃない、駆動部まで一気に摩耗してる。接触してないのにだ』

 

 次の瞬間、別の観測傀儡の右腕が肘から先だけ不自然に垂れた。内部の固定が保たなくなったみたいに、だらりとぶら下がる。

 

『まずいな』

 

 与幸吉が続ける。

 

『生命のないものには、定着が早い』

 

 加茂の目がわずかに細くなった。

 

「生身より相性が悪いのか」

 

『たぶんそうだ。生きている相手なら呪力で押し返せる余地がある。だが傀儡は違う。構造材が傷めば、そのまま性能が落ちる』

 

 呪霊の体表から剥がれ落ちた灰色の粉が、風に乗って散る。粉を浴びた石畳は白く乾き、寺の欄干は目に見えて表面が荒れた。与幸吉の傀儡も同じだった。装甲の継ぎ目が痩せ、関節部の噛み合わせが緩み、呪力伝達の精度まで少しずつ狂っていく。

 

『近接用の傀儡は下げる。これ以上前に出すと死ぬ』

 

 与幸吉が言った。

 

「死ぬって言い方しないでくださいよ……」

 

 三輪が引きつった声を出す。

 

『冗談じゃない。本当にそういう減り方だ』

 

 真依は一瞬だけそちらを見た。

 

「先輩のやつ、戻る?」

 

『戻らないと思った方がいい。少なくとも戦闘中に自然回復はしないだろう。生き物みたいに“解ける”感じじゃないんだ』

 

 東堂が呪霊を殴り飛ばしながら鼻を鳴らした。

 

「つまり、お前の手駒から先に腐るわけか」

 

『端的に言えばそうだ。俺と相性が悪すぎる』

 

「それ、かなり最悪じゃない!?」

 

 西宮が叫ぶ。

 

『最悪だよ。だから前は任せる』

 

 切り捨てる判断が早かった。それ自体が、この呪霊の厄介さを際立たせていた。

 

 加茂が指先を切り、赤い血を細く伸ばす。

 

「三輪、前へ出すぎるな」

 

「はい!」

 

 赤血操術で作られた血の弾が呪霊の膝と肘を撃ち抜いた。動きを崩した瞬間を逃さず、三輪が踏み込む。シン・陰流の抜刀が胴を斜めに断つ。手応えはあった。だが刃を戻す瞬間、刀身に嫌な曇りが走る。

 

「っ」

 

 三輪が息を呑む。

 

「これ、刀にも……!」

 

「離れろ」

 

 加茂がすぐに言う。

 

「長引かせるほど不利だ」

 

 真依は横へ回り込み、銃を抜く。一発、二発。呪力を込めた弾丸が胸郭を穿ち、肩口を砕き、呪霊を本堂の柱へ叩きつける。乾いた肉と骨が砕ける音はする。だが止まらない。砕けたところから濁った呪力が滲み、無理やり形を繋ぐ。

 

「硬くはない」

 

 真依が言う。

 

「でも、やっぱり変ね」

 

「さっきからそればっかり!」

 

 西宮が言う。

 

「何が変なのよ!」

 

「漏れ方」

 

 真依は視線を逸らさない。

 

「多すぎる」

 

 東堂がにやりと笑った。

 

「なら話は簡単だ。まとまらんものは、まとめて壊す」

 

 拍手。

 

 次の瞬間、東堂と真依の位置が入れ替わる。呪霊の意識が一瞬ずれた。その隙に東堂が背後から渾身の拳を叩き込み、呪霊の背骨を砕く。大きく前のめりになったところへ、加茂の血の刃が脚を払った。

 

「今です!」

 

 三輪が踏み込み、足元を断つ。

 

 西宮は上から風を起こして灰色の粉の流れをずらした。与幸吉は壊れかけた観測傀儡を下げる一方で、まだ生きている一体の視界をぎりぎりまで使い、本堂裏の死角を洗う。

 

『後ろは気にするな。正面だけ見ろ』

 

 珍しく強い言い方だった。

 

 真依は一瞬だけ本堂の裏手へ視線をやった。濃い呪力の溜まりがある。だが核心と呼ぶには分からない。ただ、本体の漏れ方と少し似ていた。

 

「……後で見る」

 

 小さく言う。

 

 今は先だ。

 

 真依はもう一度銃を構え、胸の中心へ続けて撃ち込んだ。呪霊の胸郭が大きく割れる。奥に見えたのは心臓ではなく、黒ずんだ呪力の塊だった。ひとつの核というより、濁ったものが無理やり寄せ集められて脈打っているように見える。

 

 東堂はそれを見逃さなかった。

 

「そこか」

 

 踏み込みは一瞬だった。拍手と同時に呪霊の重心がずれる。そこへ正面から拳を叩き込む。胸が砕け、呪いの塊がひび割れる。次の瞬間、呪霊全体が一斉に崩れた。

 

 皮膚が紙みたいに裂け、骨が軋み、積み上げられた古さそのものが限界を迎えたように形を保てなくなる。最後に灰色の粉だけが空中へ舞い、その中央に残っていた濁った呪力も、風に散るように薄れていった。

 

 静かになった。

 

 先に大きく息を吐いたのは三輪だった。

 

「……終わった、んですよね」

 

「ああ」

 加茂が周囲を見回す。

 

「少なくとも、目の前のこれはな」

 

 東堂は右腕を回した。さっきの動きの重さはまだ少し残っている。だが、少しずつ元に戻っている感じはある

 

「面倒な相手だったが、祓えんわけではなかったな」

 

「面倒で済ませるの、だいぶおかしいわよ」

 

 西宮が言う。

 

「こっちは箒の先まで変な感じなんだけど」

 

『こっちも傀儡が二体駄目になった』

 

 与幸吉が淡々と言う。

 

『回収はするが、修理じゃなくて作り直しに近いな』

 

 寺の裏手と鐘楼の近くを確認すると、黒ずんだ小さな呪物の欠片がいくつか見つかった。どれも低級のものだ。単体なら大した脅威ではない。だが、こんな場所にまとまっているのは不自然だった。

 

「呪物、ですよね」

 

 三輪が屈み込む。

 

「低級だ」

 

 加茂が答える。

 

「だが、現場にこれだけ散っているのは妙だな」

 

「本体が持ってたのかしら」

 

 西宮が眉を寄せる。

 

「分からない」

 

 加茂は慎重だった。

 

「関連がある可能性はあるが、今は断定できない」

 

 真依はその欠片を見下ろしたまま、少しだけ眉を寄せた。

 

「……少し似てる」

 

「何が?」

 

 三輪が聞く。

 

「さっきのやつ」

 

 真依は短く答える。

 

「呪力の漏れ方」

 

 加茂はその言葉に反応したが、すぐに踏み込まなかった。

 

「持ち帰って調べるべきだろう」

 

『同意する』

 

 与幸吉が言う。

 

『現場で決め打ちするには材料が足りない。だが、普通ではない』

 

 東堂は崩れた本堂を見上げた。

 

「つまり、まだすっきりしていないということか」

 

「そうね」

 

 西宮が肩をすくめる。

 

「特級一体祓って終わり、って感じじゃない」

 

 三輪はまだ少し震える手で刀を納めた。任務は終わった。終わったはずなのに、入口に立っただけみたいな感じが残っている。

 

 真依は、灰になった呪霊の残りと、地面に散った低級呪物の欠片を交互に見た。

 

 あの呪霊は強かった。

 でも、普通の強さじゃなかった。

 

 呪力の流れが多すぎるのに、ひとつの形を保っていた。

 まとまりが悪いのに、崩れきっていなかった。

 そこが、ずっと気持ち悪かった。

 

「……帰ったら、ちゃんと見た方がいい」

 

 真依が言う。

 

「当然だ」

 

 加茂が欠片を回収しながら頷いた。

 

「これは呪霊一体の話だけで終わらないかもしれない」

 

 風が吹く。

 

 寺の奥から、灰になった呪いの残り香がわずかに舞い上がった。その匂いはまだ古かった。

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