どうやろ真依ちゃんに聞いてみよか   作:人の心とかない。AIだから

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【第7話】

 

 湿った空気だった。

 

 地下。

 人の気配を遠ざけた空間に、呪霊たちが集まっている。

 

 薄暗い室内の中央で、真人が床に座り込み、頬杖をついていた。

 いかにも退屈そうな顔だが、その目だけは落ち着きがない。

 何か面白い玩具でも探している子どものように、絶えずどこかを見ている。

 

「ねえ、あの子さあ」

 

 最初に口を開いたのは真人だった。

 

「やっぱ変じゃない?」

 

 言い方は軽い。

 だがその軽さの裏で、視線だけが妙に細い。

 

 少し離れたところで漏瑚が鼻を鳴らした。

 

「今さら何を言う。前にも似たようなことを言っておっただろう」

 

「言ったよ。でもさ、改めて考えてもやっぱ変なんだって。だって術式っぽくないじゃん」

 

「術式でないなら何だと言う」

 

「それが分かんないから気持ち悪いんでしょ」

 

 真人はにいっと笑う。

 笑ってはいるが、純粋に面白がっている時の笑いとは少し違う。

 得体の知れないものへ近づく時の、あの妙に慎重な好奇心だ。

 

 花御は黙っていた。

 もともと多くを喋る方ではない。

 だが話を聞いていないわけではなく、静かに気配だけを向けている。

 

 そして、その場の最後の一人――夏油傑の顔をした男は、いつものように穏やかな顔で三体のやり取りを眺めていた。

 

「禪院真依、だっけ」

 

 真人が続ける。

 

「弱いんだよね、あの子。少なくとも見た感じは。呪力量も別に大したことないし、いかにもすごい術師って感じじゃない」

 

「そこまで珍しい話ではあるまい」

 

 漏瑚が言う。

 

「御三家とやらにも出来損ないは出るのだろう」

 

「そういう話じゃなくてさあ」

 

 真人はそこで寝転がるみたいに後ろへ手をついた。

 

「弱いくせに、変なとこだけ触ってくる感じ。あれが嫌なんだよね」

 

「……触る?」

 

 羂索が静かに問い返す。

 わざと続きを促すような調子だった。

 

「うん。核心っていうの? そういうやつ」

 

 真人は軽く指を振る。

 

「べつに殴ってくるわけじゃないし、術式でどうこうしてくるわけでもない。でも、こっちが隠してるものとか、見せてないつもりのものとか、そういうのの輪郭だけ妙に撫でてくる感じ」

 

 漏瑚は不愉快そうに眉を寄せた。

 

「曖昧な物言いだな」

 

「曖昧にしか言えないんだって。俺もまだちゃんと分かってないし。なんなら、直接会った訳でもないし」

 

 真人は肩をすくめる。

 

「でもさ、夏油の顔見て『これ本人じゃない』ってなるの、普通じゃなくない?」

 

 その場の空気がほんの少しだけ静かになった。

 

 羂索は否定も肯定もしない。

 ただ、真人の言葉をそのまま受け止めるように目を細める。

 

 花御がそこで初めて口を開いた。

 

「……人の子にしては、濁りが薄い」

 

 低く、静かな声だった。

 

 真人が顔だけそちらへ向ける。

 

「濁り?」

 

「恐れ、怒り、欲、執着……そういうものを辿れば、多くの人間は分かる。だがあの娘は、それが薄い」

 

「へえ」

 

 真人は少しだけ目を丸くした。

 

「花御がそう言うの珍しいね」

 

「薄いというより、静かすぎる」

 

 花御は続ける。

 

「静かだから空ではない。何もないのではない。ただ、騒がない。だから見失う」

 

「はあん……なるほどねえ」

 

 真人は感心したように頷く。

 

「確かに。あの子、知っててもあんまり嬉しそうじゃないもんね。『知ってやった』って感じでもないし、優位に立ちたい感じも薄い。そこが余計に気持ち悪いんだ」

 

 漏瑚が腕を組んだ。

 

「ならばなおさら、脅威ではあるまい。力として振るえぬものに大した意味はない」

 

「そうかなあ」

 

 真人は笑う。

 今度の笑みは少し悪い。

 

「自分で振るえなくても、勝手に当てられるだけで十分邪魔なことってあるよ。だって隠し事って、隠れてるから意味があるんじゃん。それこそ夏油みたいに」

 

「…………」

 

 漏瑚はすぐには返さなかった。

 理屈としては理解できるのだろう。

 だが、理解した上で気に食わないという顔だ。

 

「例えばさ」

 

 真人は指先を遊ばせるみたいに宙をなぞる。

 

「計画があるとして、それを誰にも話してないのに、なんか妙に嫌なところだけ察してくるやつがいたら嫌でしょ?」

 

「嫌、というより殺す」

 

 漏瑚は即答した。

 

「だよねえ」

 

 真人はくすくす笑った。

 

「だから気になるんだよ。強い弱いの話じゃなくて、相性の話として」

 

 羂索はそこでようやく口を開いた。

 

「正しい見方だ」

 

 穏やかにそう言う。

 

「呪術師として優秀かどうか、戦闘で脅威かどうか、それと別に厄介な性質というものはある」

 

「でしょ?」

 

 真人は少し得意そうに笑う。

 

「俺、そういうの分かるんだよね」

 

「貴様は単に面白がっておるだけだろう」

 

 漏瑚が吐き捨てる。

 

「面白いのも本当だよ。でもそれだけじゃない」

 

 真人はそう言って、ころりと表情を変えた。

 

「俺、あの子あんまり好きじゃないかも」

 

 軽い口調のまま、言葉だけが少し重くなる。

 

「好き嫌いで語るな」

 

 漏瑚が苛立たしげに言う。

 

「だってそうでしょ。普通の人間は、もっと分かりやすいんだよ。歪んでたり、濁ってたり、叫んでたり、隠してるつもりでも結局どっかに出る。でもあの子、そういうのをすっ飛ばしてくる感じがする」

 

「すっ飛ばす、か」

 

 羂索が繰り返した。

 

「うん。途中を踏まない」

 

 真人は膝を抱え、顎を乗せる。

 

「観察したとか、推理したとか、そういう人間らしい手順が見えないんだよね。なのに結果だけ当たる。ああいうの、なんか嫌」

 

 花御が静かに言った。

 

「人ではある。だが、人の流れから少し外れている」

 

「花御、それ結構ひどくない?」

 

 真人が笑う。

 

「事実だ」

 

 花御の声に揺れはない。

 

「外れているものは、時に森でも先に風を知る」

 

「詩的だねえ」

 

 真人は面白そうに言ったが、意味はちゃんと拾ったらしい。

 

「要するに、流れの先をちょっと先に踏む感じ?」

 

「近い」

 

 漏瑚は不機嫌そうに舌打ちした。

 

「どいつもこいつも回りくどい。要は危険か、危険でないかだ」

 

「すぐそれ言う」

 

 真人が呆れたみたいに言う。

 

「でも、その分け方だと今はまだ半端じゃない? 強くはない。けど邪魔かもしれない。使えるかもしれない。放っておいたら面倒かもしれない。そういうやつ」

 

「ならば早めに潰すべきだ」

 

 漏瑚は低く言い切る。

 

「芽のうちに摘めるなら摘む。それだけだ」

 

「でもさあ」

 

 真人はわざとらしく首を傾げる。

 

「使えるかもしれないんでしょ?」

 

 その言葉に、漏瑚の目がわずかに細くなる。

 

「使う?」

 

「だって、何か知れるんなら便利じゃん」

 

 真人は無邪気な声で言う。

 

「隠れてるものとか、騙してるものとか、そういうのを勝手に拾うなら。こっちで上手く向けられたら楽しそう」

 

「楽しそう、で決めるな」

 

 漏瑚は露骨に嫌そうだった。

 

 真人は笑うだけで答えない。

 

 羂索はそのやり取りをしばらく眺めていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「今のところ、接触は急がない」

 

 結論だけを置くような口調だった。

 

「まだ情報が足りない。あれが本人の資質によるものか、偶発的なものか、あるいは別の条件があるのかも見えていない」

 

「へえ。慎重」

 

 真人が言う。

 

「慎重というより当然だよ」

 

 羂索は微笑む。

 

「理解していないものに、早い段階で触れすぎるのは得策ではない」

 

「でも、気になってはいるんでしょ?」

 

 真人は覗き込むように訊いた。

 

「もちろん」

 

 羂索はあっさり認めた。

 

「私自身との相性があまり良くなさそうだからね」

 

 漏瑚がそこで低く唸るように言った。

 

「やはり、正体を見抜かれる恐れがあるか」

 

「恐れ、というほどではない」

 

 羂索は穏やかなままだ。

 

「ただ、ああいう手合いは偽装と相性が悪い。理屈を辿らずに違和感へ届くなら、整えた表面ごと剥がされる可能性がある」

 

「やっぱ嫌じゃん」

 

 真人がすぐ言う。

 

「嫌だとも」

 

 羂索は笑った。

 

「だが嫌なものと価値があるものは、両立する」

 

 花御が小さく頷いた。

 

「脅威と種は、似た顔をすることがある」

 

「また詩的」

 

 真人が言う。

 

「でも分かるかも」

 

 漏瑚はまだ納得していない顔だった。

 

「結局どうする」

 

「見る」

 

 羂索は言った。

 

「もう少しだけ。あの娘がどこまで触れるのか、何に反応し、何には反応しないのか。そこを確かめる」

 

「放置か」

 

 漏瑚は不満そうだ。

 

「監視と言ってほしいな」

 

 羂索は穏やかに訂正した。

 

「変わらん」

 

 漏瑚は切って捨てる。

 

「では、それを察知されたらどうするというのだ」

 

「それを含めて監視だよ。心配しなくても、私が接触することはもうない」

 

 真人はそこでくすっと笑った。

 

「でもさ、ちょっと分かる。消すには惜しいよね、ああいうの」

 

「本当に玩具を見る目だな」

 

 漏瑚が吐き捨てる。

 

「だって面白そうじゃん」

 

 真人は悪びれない。

 

「弱いのに、弱いだけじゃ済まない感じ。壊したらどうなるかも、近づいたら何が見えるかも、ちょっと気になる」

 

「勝手に動くなと言っている」

 

「はいはい」

 

 返事は軽い。

 どうせ半分も本気で聞いていない。

 漏瑚は明らかにそう思っていたし、実際その通りでもある。

 

 だが羂索はそこで真人を咎めなかった。

 ただ静かに視線を向けるだけだった。

 

「まあ、君が興味を持つのも分かるよ」

 

 羂索は言う。

 

「人間らしくない人間、というのは案外珍しい」

 

「でしょ?」

 

 真人はにっと笑う。

 

「呪霊っぽくもないのがまた変なんだよね。人間なのに、人間の嫌なとこが妙に静かでさ」

 

「静かだからといって無害ではない」

 

 花御が言う。

 

「うん、それ」

 

 真人はすぐ同意した。

 

「たぶんそこ。静かなのに、たまに刃物みたい」

 

 漏瑚が鼻を鳴らす。

 

「結局、貴様も危険だと思っているではないか」

 

「思ってるよ」

 

 真人は笑ったまま答える。

 

「ただ、危険だから面白いんじゃん」

 

 その言葉に、漏瑚は露骨に顔をしかめた。

 花御は何も言わない。

 羂索だけが、わずかに目を細める。

 

「……では、しばらくは保留だ」

 

 羂索が最後にそう告げた。

 

「禪院真依。今はまだ、盤面の端にいる小さな駒に過ぎない。だが、端の駒が時に思わぬ形で盤を乱すこともある」

 

「それ、将棋の話?」

 

 真人が首を傾げる。

 

「さあ、どうかな」

 

 羂索は笑うだけだった。

 

 そこで会話はひとまず途切れる。

 

 湿った空気。

 薄暗い地下。

 誰もが次の言葉を急がない沈黙の中で、それぞれ別々のかたちで同じ少女を思い浮かべていた。

 

 弱いはずの娘。

 

 禪院家の中で軽く扱われている娘。

 

 なのに時々、触れてほしくない場所へ妙に正確に手をかけてくる娘。

 

 漏瑚にとっては、不快な火種だった。

 花御にとっては、流れから少し外れた静かな異物だった。

 真人にとっては、気味が悪くて面白い玩具候補だった。

 そして羂索にとっては――

 

 まだ名付けきれない、厄介で、有用かもしれない何かだった。

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