どうやろ真依ちゃんに聞いてみよか 作:人の心とかない。AIだから
「正座」
「ちゃんとやったやん」
「やりすぎ。正座」
間があった。
短い沈黙。
だが、その沈黙の時点で、この場の優先順位はもう決まっていた。
直哉は立ったまま、わずかに目を細める。
目の前には真依。周囲には距離を取った人間たち。
そして──
床に残る血。
引きずられた跡。
さっきまでここにあったものの名残だけが、妙に生々しく残っていた。
「……何がやりすぎなん」
直哉が言う。
「分かってるでしょ」
真依は即答した。
「いや、分からんから聞いてんねんけど」
直哉は肩をすくめる。
「方法としては間違ってへんやろ」
軽く言う。
「百人まとめて目隠しして捕縛。一人だけ選んで痛めつける」
「うん」
「裏切り者はおるって前提で圧かける。そんで全員に恐怖植え付ける」
そこで少しだけ笑う。
「解放した後、動き変わるやつだけ見ればええ」
理屈は通っている。
個別に詰めるより効率がいい。証拠がなくても、行動変化で炙り出せる。
「しかもな」
直哉は続ける。
「これやったの一回やない」
「五回でしょ」
真依が先に言った。
「……せや」
「躯倶留隊にもやってる」
「……せやな」
そこまで把握されていることに対しては、もう驚かない。
「ほなあとは分かるやろ」
直哉は言う。
「一回だけやったらただの見せしめや。でも回数重ねたら、“いつ来るか分からん圧”になる」
「うん」
「裏切ってるやつがおったら、絶対どっかで動き変わるやろ?」
少しだけ声が低くなる。
「外と繋がってるやつも同じや。俺が動いてるって分かった時点で、慎重になるか、焦るか、どっちかや」
そこまで言って、少しだけ顎を引く。
「そのズレを拾えばええ」
理屈としては、かなり完成されている。
乱暴だが、目的には合っている。
真依は少しだけ黙った。
「理屈は合ってる」
「やろ?」
直哉はすぐに返す。
「だけど、やりすぎなのよ」
即座に続いた。
「……は?」
「やりすぎ」
「何で」
「範囲が広すぎる」
「広い方がええやろ」
直哉は言う。
「母数増やした方が引っかかりやすい」
「でも、ノイズも増える」
「……」
「関係ない人の反応が混ざるのよ。恐怖で変わる行動と、裏切りで変わる行動の区別がつかなくなる。その差異を拾うのも難しくなる」
淡々とした説明。
直哉は少しだけ黙る。
「でもな」
すぐに返す。
「そこは回数で見る」
「無理よ」
即答だった。
「何でや」
「もう壊れてる」
その一言で、空気が少しだけ変わる。
「……壊れてる?」
「うん」
「誰が」
「ほぼ全員」
短い断定。
「恐怖の方が強くなりすぎてる。裏切りかどうか関係なく、行動が歪んでる。視線の動きや足運び、それらが前と変わってしまっている。しかも、均一に」
「……」
「だから区別できない」
そこで、直哉は完全に黙った。
視線だけ動かす。
さっきまでここにいた連中。
怯えきった目。
呼吸の浅さ。
視線の逃げ方。
──確かに、均一すぎる。
「……」
小さく息を吐く。
「それでもな」
直哉は言う。
「ゼロよりはマシやろ」
「ゼロよ」
真依は繰り返す。
「今はゼロ」
「……は?」
「このやり方だと、誰も拾えない」
断言だった。
「外の人間と繋がってるやつも?」
「うん」
「何で言い切れるん」
「もう動き止めてる」
またそれだった。
過程がない。
「……どこにおる」
「ここにはいない」
即答。
「……逃げた?」
「違う」
「ほな何やねん」
「様子見てる」
短い。
「あなたのやり方、目立ちすぎるから」
そこで、直哉は少しだけ目を細めた。
「……目立たせるためにやってるんやけど。真依ちゃんも言ってたやんけ」
「やりすぎ。父の一件に協力した人物を探してるって騒ぐだけでよかった」
「……」
「本腰入れて探しているって知らせるのはいい」
「やろ?」
「でもやり方まで読まれてる」
淡々と続ける。
「次に何するか、だいたい分かる状態になってる」
「……」
「だから動かない」
結論だった。
「結果、拾えない」
そこで、完全に沈黙が落ちた。
直哉は何も言わない。
理屈は崩れていない。
だが、結果が否定されている。
「……腹立つなあ」
小さく言う。
「一応言っとくけどな」
視線を上げる。
「このやり方自体は間違ってへんで。条件が合ってへんかっただけや」
「うん」
「もうちょい絞れば使える」
「うん」
全部肯定される。
だが結論は変わらない。
「でも、やりすぎ。正座」
もう一度言われた。
「……そこ戻るんかい」
「戻る」
「納得はしてへんねんけど」
「しなくていい」
「ええんかい」
「今は止める方が得」
その一言で、完全に流れが決まる。
直哉はしばらく黙る。
それから、小さく息を吐いた。
「……はあ」
膝を折る。
畳に座る。
正座。
「これでええんやろ」
「うん」
「ほんまに納得はしてへんで」
「知ってる」
「……腹立つなあ。見下すなや」
「そういう顔してる」
ほんの少しだけ、空気が緩む。
さっきまでの張り詰めたものが、わずかにほどける。
それを見て、真依は何も言わない。ただ一度だけ視線を巡らせる。もう、このやり方では出てこない。そして視線を戻す。やるべきことは終わった。そういう顔だった。
襖の向こうで、足音が止まった。軽くも重くもない、一定の歩幅。ためらいのない止まり方だった。
「入るぞ」
声がかかる。返事を待たず、襖が開いた。入ってきたのは当主の直毘人だった。
視線がまず部屋の中央をなぞる。血の跡。引きずられた痕。正座している直哉。
それから、真依に向く。
「随分とやっているな」
軽い調子だった。だが、その目は笑っていない。
「してるのはそっちの方」
真依が直哉を方を指して言う。
「私は止めただけ」
「そうか」
直毘人はわずかに口元を上げる。
「直哉、お前の趣味もいささか行きすぎているな」
「趣味ちゃうわ」
直哉が言う。
「必要やからやっとるだけや」
「必要、か」
直毘人は畳を踏み、ゆっくりと中央まで来る。
しゃがみ込み、血の跡を指先で軽くなぞる。
「報告によるとこの拷問を五回もやったようだな。しかも、最後の方には躯倶留隊まで巻き込んで」
「……せやな」
「つまり、一時の思いつきではないということだ」
直毘人は立ち上がる。
そのまま、視線を真依に向けた。
「それで」
短く言う。
「お前達は何をしている」
問いは直哉ではなく、真依に向けられていた。真依は一瞬だけ黙る。
「怪しいのがいる」
「誰だ?」
「ほぼ全員」
直毘人はそこで、わずかに目を細めた。そこで直哉を見る。
「要はみんな容疑者ってことやね」
「いつからだ」
「この間の父の一件から」
間。
直毘人は軽く息を吐いた。
「前から違和感はあった、ということだな」
「違和感というより、誰かは分からないけど確実にいる。この家に裏切り者が」
断言だった。直毘人はすぐには返さない。数秒、思考する。
「……扇の件とは別か」
「別だけど、重なってはいる。あれは父が単独でやったものじゃない。誰かにそそのかされてる」
空気がわずかに変わる。直哉が視線を上げた。
「……それ、確定なん?」
「推測ではあるけど、ほとんど確定」
「何でや」
「そう見える」
いつもの言い方。だが、精度は高い。
「もっと具体的に言うなら、父は馬鹿だけどここまで愚かじゃない。実際、あれまで目立った騒動を起こしてはいない」
「……」
直毘人は否定しない。
「続けろ」
「タイミングがおかしい。別に当主が変わるタイミングでもなければ、何か他に大きな変化がある訳でもない。なのに、行動を起こした」
「家宝は取り戻せたが、それ以外に目的にあったと言うのか?」
「低級の呪物と術式の記録。いくつか、なくなってる」
短い説明。直毘人の目が、わずかに細くなる。
「帳面は見たか」
「見てない」
「……では、なぜ分かる」
「減ってるから」
簡潔な答え。直毘人は、今度は否定しなかった。
「忌庫を見たということか。……誰も気づいていないのに」
「みんな家宝の方に注目しているから。でも、私はそこに興味はない」
直毘人は小さく笑った。
「厄介だな、お前は」
「そこの男にもよく言われる」
「だろうな」
軽く返す。だが思考は続いている。
「では、その“誰か”は」
直毘人が言う。
「何をしている」
「目的はまだ分からない。でも、外に持ち出してる」
直毘人は腕を組む。
数秒、黙る。それから、ぽつりと言った。
「なるほど」
その一言で、直哉が反応した。
「……何がなるほどなん」
「お前の動きの理由だ」
「は?」
「外と繋がっている人間を炙り出そうとしたんだろう」
「……せやけど」
「筋は通っている」
あっさり言う。
「やり方は荒いが」
「……やろ?」
直哉は少しだけ口元を上げる。
「ただし、タイミングが悪い。相手はすでに気づいている」
「……」
「お前が動いていることも、どう動くかも」
直哉は黙る。
「だからしばらく動かんだろうな」
「パパ、それもう真依ちゃんにも言われた」
「そうか」
「ただし、今だけ」
真依が言う。直毘人は軽く頷き、真依に向けて言う。
「聞こう。お前はもう目星がついているのか」
少しの間。真依は答える。
「ついてる」
「誰だ」
「長寿郎さん」
静かに言った。空気が止まる。直哉の目が細くなる。
「……長寿郎さんやて?」
「うん」
「何でや」
「動き」
それだけ。
「……説明せえや」
「細かく言う必要ある?」
「言え」
真依は淡々と続ける。
「父が動いた後、長寿郎さんの反応がおかしかった。炳を中心に躯倶留隊も動いていたのに、長寿郎さんは探す動きが少なかった。まるで、他のことをしているみたいに」
「……」
「あと、帳面の改竄の痕跡。忌庫の中身は多すぎて、ほとんど誰も全部は把握できていない。でも、長寿郎さんは誰よりも前からこの家にいる。だから、どの程度まで改竄しても不自然じゃないか知っている」
断定。
「……」
直毘人は黙る。
「それと、なくなってるものの種類。あれらは単体じゃ意味ないけど、組み合わせると使える」
直毘人は小さく息を吐いた。
「なるほどな」
今度は重い。
「扇は目立つ役だ」
「うん」
「その裏で、持ち出している者がいる」
「うん」
「……長寿郎か」
ゆっくり呟く。
「たぶん、しばらくしたら動きを見せると思う。タイミングを見ている。今は直哉のおかげで、家全体に緊張が高まっているから」
直哉はそこで、小さく笑った。
「……ほな、俺のやったことも無駄やなかったってことやな」
「無駄ではない」
真依が言う。
「……せやろ?」
「ただし」
間。
「やりすぎ」
「……」
「もう少しで壊れてた」
淡々と。
「使える範囲も壊れるところだった」
直哉は少しだけ黙る。
それから、ふっと笑った。
「……ほんま腹立つな」
「よく言われる」
「だろうな」
直毘人が軽く言う。
「まあいい」
手を振る。
「話は分かった」
直哉に視線を向ける。
「お前はしばらく動くな」
「は?」
「長寿郎は俺が見ている。その方が確実だ」
その一言で、役割が決まる。直哉は舌打ちした。だが、否定はしない。
「……ほな、次どうすんねん」
真依に向けて言う。
「あえて隙を作る。しばらくして、犯人は見つかったって言う」
「でっち上げるん?」
「ううん。父に協力したのはこの人とこの人」
そう言って、真依は術式で作った紙と筆に名前を書いていく。
「なんや? 最初から実行犯が誰か知ってたん?」
「知ってた」
「じゃあ、俺の行動はなんだったん?」
「真犯人を追いつめるための布石。その後、何もしてない状態に戻したように見せる」
「……」
「そうすると動く」
短い。
「今度は拾える」
それだけ。
直毘人は一度頷く。
「いいだろう」
そう言って、踵を返す。
「直哉」
「何や」
「正座は続けておけ」
「……は?」
「やりすぎだからな」
軽く言い残して、出ていく。
襖が閉まる。
静けさが戻る。
「……」
直哉はしばらく黙る。
「……はあ」
正座のまま、視線だけ動かす。
「……ほんま気持ち悪いな、お前」
「よく言われる」
同じやり取り。
だが今度は、少しだけ力が抜けていた。空気は、もう張り詰めていない。次に動くのは、向こうだ。