どうやろ真依ちゃんに聞いてみよか   作:人の心とかない。AIだから

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【第8話】

 

「正座」

 

「ちゃんとやったやん」

 

「やりすぎ。正座」

 

 間があった。

 

 短い沈黙。

 

 だが、その沈黙の時点で、この場の優先順位はもう決まっていた。

 

 直哉は立ったまま、わずかに目を細める。

 目の前には真依。周囲には距離を取った人間たち。

 

 そして──

 

 床に残る血。

 

 引きずられた跡。

 

 さっきまでここにあったものの名残だけが、妙に生々しく残っていた。

 

「……何がやりすぎなん」

 直哉が言う。

 

「分かってるでしょ」

 

 真依は即答した。

 

「いや、分からんから聞いてんねんけど」

 

 直哉は肩をすくめる。

 

「方法としては間違ってへんやろ」

 

 軽く言う。

 

「百人まとめて目隠しして捕縛。一人だけ選んで痛めつける」

 

「うん」

 

「裏切り者はおるって前提で圧かける。そんで全員に恐怖植え付ける」

 

 そこで少しだけ笑う。

 

「解放した後、動き変わるやつだけ見ればええ」

 

 理屈は通っている。

 

 個別に詰めるより効率がいい。証拠がなくても、行動変化で炙り出せる。

 

「しかもな」

 

 直哉は続ける。

 

「これやったの一回やない」

 

「五回でしょ」

 

 真依が先に言った。

 

「……せや」

 

「躯倶留隊にもやってる」

 

「……せやな」

 

 そこまで把握されていることに対しては、もう驚かない。

 

「ほなあとは分かるやろ」

 

 直哉は言う。

 

「一回だけやったらただの見せしめや。でも回数重ねたら、“いつ来るか分からん圧”になる」

 

「うん」

 

「裏切ってるやつがおったら、絶対どっかで動き変わるやろ?」

 

 少しだけ声が低くなる。

 

「外と繋がってるやつも同じや。俺が動いてるって分かった時点で、慎重になるか、焦るか、どっちかや」

 

 そこまで言って、少しだけ顎を引く。

 

「そのズレを拾えばええ」

 

 理屈としては、かなり完成されている。

 

 乱暴だが、目的には合っている。

 

 真依は少しだけ黙った。

 

「理屈は合ってる」

 

「やろ?」

 

 直哉はすぐに返す。

 

「だけど、やりすぎなのよ」

 

 即座に続いた。

 

「……は?」

 

「やりすぎ」

 

「何で」

 

「範囲が広すぎる」

 

「広い方がええやろ」

 

 直哉は言う。

 

「母数増やした方が引っかかりやすい」

 

「でも、ノイズも増える」

 

「……」

 

「関係ない人の反応が混ざるのよ。恐怖で変わる行動と、裏切りで変わる行動の区別がつかなくなる。その差異を拾うのも難しくなる」

 

 淡々とした説明。

 

 直哉は少しだけ黙る。

 

「でもな」

 

 すぐに返す。

 

「そこは回数で見る」

 

「無理よ」

 

 即答だった。

 

「何でや」

 

「もう壊れてる」

 

 その一言で、空気が少しだけ変わる。

 

「……壊れてる?」

 

「うん」

 

「誰が」

 

「ほぼ全員」

 

 短い断定。

 

「恐怖の方が強くなりすぎてる。裏切りかどうか関係なく、行動が歪んでる。視線の動きや足運び、それらが前と変わってしまっている。しかも、均一に」

 

「……」

 

「だから区別できない」

 

 そこで、直哉は完全に黙った。

 

 視線だけ動かす。

 

 さっきまでここにいた連中。

 怯えきった目。

 呼吸の浅さ。

 視線の逃げ方。

 

 ──確かに、均一すぎる。

 

「……」

 小さく息を吐く。

 

「それでもな」

 

 直哉は言う。

 

「ゼロよりはマシやろ」

 

「ゼロよ」

 

 真依は繰り返す。

 

「今はゼロ」

 

「……は?」

 

「このやり方だと、誰も拾えない」

 

 断言だった。

 

「外の人間と繋がってるやつも?」

 

「うん」

 

「何で言い切れるん」

 

「もう動き止めてる」

 

 またそれだった。

 

 過程がない。

 

「……どこにおる」

 

「ここにはいない」

 

 即答。

 

「……逃げた?」

 

「違う」

 

「ほな何やねん」

 

「様子見てる」

 

 短い。

 

「あなたのやり方、目立ちすぎるから」

 

 そこで、直哉は少しだけ目を細めた。

 

「……目立たせるためにやってるんやけど。真依ちゃんも言ってたやんけ」

 

「やりすぎ。父の一件に協力した人物を探してるって騒ぐだけでよかった」

 

「……」

 

「本腰入れて探しているって知らせるのはいい」

 

「やろ?」

 

「でもやり方まで読まれてる」

 

 淡々と続ける。

 

「次に何するか、だいたい分かる状態になってる」

 

「……」

 

「だから動かない」

 

 結論だった。

 

「結果、拾えない」

 

 そこで、完全に沈黙が落ちた。

 

 直哉は何も言わない。

 

 理屈は崩れていない。

 

 だが、結果が否定されている。

 

「……腹立つなあ」

 

 小さく言う。

 

「一応言っとくけどな」

 

 視線を上げる。

 

「このやり方自体は間違ってへんで。条件が合ってへんかっただけや」

 

「うん」

 

「もうちょい絞れば使える」

 

「うん」

 

 全部肯定される。

 

 だが結論は変わらない。

 

「でも、やりすぎ。正座」

 

 もう一度言われた。

 

「……そこ戻るんかい」

 

「戻る」

 

「納得はしてへんねんけど」

 

「しなくていい」

 

「ええんかい」

 

「今は止める方が得」

 

 その一言で、完全に流れが決まる。

 

 直哉はしばらく黙る。

 

 それから、小さく息を吐いた。

 

「……はあ」

 

 膝を折る。

 

 畳に座る。

 

 正座。

 

「これでええんやろ」

 

「うん」

 

「ほんまに納得はしてへんで」

 

「知ってる」

 

「……腹立つなあ。見下すなや」

 

「そういう顔してる」

 

 ほんの少しだけ、空気が緩む。

 

 さっきまでの張り詰めたものが、わずかにほどける。

 

 それを見て、真依は何も言わない。ただ一度だけ視線を巡らせる。もう、このやり方では出てこない。そして視線を戻す。やるべきことは終わった。そういう顔だった。

 

 襖の向こうで、足音が止まった。軽くも重くもない、一定の歩幅。ためらいのない止まり方だった。

 

「入るぞ」

 

 声がかかる。返事を待たず、襖が開いた。入ってきたのは当主の直毘人だった。

 

 視線がまず部屋の中央をなぞる。血の跡。引きずられた痕。正座している直哉。

 

 それから、真依に向く。

 

「随分とやっているな」

 

 軽い調子だった。だが、その目は笑っていない。

 

「してるのはそっちの方」

 

 真依が直哉を方を指して言う。

 

「私は止めただけ」

 

「そうか」

 

 直毘人はわずかに口元を上げる。

 

「直哉、お前の趣味もいささか行きすぎているな」

 

「趣味ちゃうわ」

 

 直哉が言う。

 

「必要やからやっとるだけや」

 

「必要、か」

 

 直毘人は畳を踏み、ゆっくりと中央まで来る。

 

 しゃがみ込み、血の跡を指先で軽くなぞる。

 

「報告によるとこの拷問を五回もやったようだな。しかも、最後の方には躯倶留隊まで巻き込んで」

 

「……せやな」

 

「つまり、一時の思いつきではないということだ」

 

 直毘人は立ち上がる。

 

 そのまま、視線を真依に向けた。

 

「それで」

 

 短く言う。

 

「お前達は何をしている」

 

 問いは直哉ではなく、真依に向けられていた。真依は一瞬だけ黙る。

 

「怪しいのがいる」

 

「誰だ?」

 

「ほぼ全員」

 

 直毘人はそこで、わずかに目を細めた。そこで直哉を見る。

 

「要はみんな容疑者ってことやね」

 

「いつからだ」

 

「この間の父の一件から」

 間。

 

 直毘人は軽く息を吐いた。

 

「前から違和感はあった、ということだな」

 

「違和感というより、誰かは分からないけど確実にいる。この家に裏切り者が」

 

 断言だった。直毘人はすぐには返さない。数秒、思考する。

 

「……扇の件とは別か」

 

「別だけど、重なってはいる。あれは父が単独でやったものじゃない。誰かにそそのかされてる」

 

 空気がわずかに変わる。直哉が視線を上げた。

 

「……それ、確定なん?」

 

「推測ではあるけど、ほとんど確定」

 

「何でや」

 

「そう見える」

 

 いつもの言い方。だが、精度は高い。

 

「もっと具体的に言うなら、父は馬鹿だけどここまで愚かじゃない。実際、あれまで目立った騒動を起こしてはいない」

 

「……」

 

 直毘人は否定しない。

 

「続けろ」

 

「タイミングがおかしい。別に当主が変わるタイミングでもなければ、何か他に大きな変化がある訳でもない。なのに、行動を起こした」

 

「家宝は取り戻せたが、それ以外に目的にあったと言うのか?」

 

「低級の呪物と術式の記録。いくつか、なくなってる」

 

 短い説明。直毘人の目が、わずかに細くなる。

 

「帳面は見たか」

 

「見てない」

 

「……では、なぜ分かる」

 

「減ってるから」

 

 簡潔な答え。直毘人は、今度は否定しなかった。

 

「忌庫を見たということか。……誰も気づいていないのに」

 

「みんな家宝の方に注目しているから。でも、私はそこに興味はない」

 

 直毘人は小さく笑った。

 

「厄介だな、お前は」

 

「そこの男にもよく言われる」

 

「だろうな」

 

 軽く返す。だが思考は続いている。

 

「では、その“誰か”は」

 

 直毘人が言う。

 

「何をしている」

 

「目的はまだ分からない。でも、外に持ち出してる」

 

 直毘人は腕を組む。

 

 数秒、黙る。それから、ぽつりと言った。

 

「なるほど」

 

 その一言で、直哉が反応した。

 

「……何がなるほどなん」

 

「お前の動きの理由だ」

 

「は?」

 

「外と繋がっている人間を炙り出そうとしたんだろう」

 

「……せやけど」

 

「筋は通っている」

 

 あっさり言う。

 

「やり方は荒いが」

 

「……やろ?」

 

 直哉は少しだけ口元を上げる。

 

「ただし、タイミングが悪い。相手はすでに気づいている」

 

「……」

 

「お前が動いていることも、どう動くかも」

 

 直哉は黙る。

 

「だからしばらく動かんだろうな」

 

「パパ、それもう真依ちゃんにも言われた」

 

「そうか」

 

「ただし、今だけ」

 

 真依が言う。直毘人は軽く頷き、真依に向けて言う。

 

「聞こう。お前はもう目星がついているのか」

 

 少しの間。真依は答える。

 

「ついてる」

 

「誰だ」

 

「長寿郎さん」

 

 静かに言った。空気が止まる。直哉の目が細くなる。

 

「……長寿郎さんやて?」

 

「うん」

 

「何でや」

 

「動き」

 

 それだけ。

 

「……説明せえや」

 

「細かく言う必要ある?」

 

「言え」

 

 真依は淡々と続ける。

 

「父が動いた後、長寿郎さんの反応がおかしかった。炳を中心に躯倶留隊も動いていたのに、長寿郎さんは探す動きが少なかった。まるで、他のことをしているみたいに」

 

「……」

 

「あと、帳面の改竄の痕跡。忌庫の中身は多すぎて、ほとんど誰も全部は把握できていない。でも、長寿郎さんは誰よりも前からこの家にいる。だから、どの程度まで改竄しても不自然じゃないか知っている」

 

 断定。

 

「……」

 

 直毘人は黙る。

 

「それと、なくなってるものの種類。あれらは単体じゃ意味ないけど、組み合わせると使える」

 

 直毘人は小さく息を吐いた。

 

「なるほどな」

 

 今度は重い。

 

「扇は目立つ役だ」

 

「うん」

 

「その裏で、持ち出している者がいる」

 

「うん」

 

「……長寿郎か」

 

 ゆっくり呟く。

 

「たぶん、しばらくしたら動きを見せると思う。タイミングを見ている。今は直哉のおかげで、家全体に緊張が高まっているから」

 

 直哉はそこで、小さく笑った。

 

「……ほな、俺のやったことも無駄やなかったってことやな」

 

「無駄ではない」

 

 真依が言う。

 

「……せやろ?」

 

「ただし」

 

 間。

 

「やりすぎ」

 

「……」

 

「もう少しで壊れてた」

 

 淡々と。

 

「使える範囲も壊れるところだった」

 

 直哉は少しだけ黙る。

 

 それから、ふっと笑った。

 

「……ほんま腹立つな」

 

「よく言われる」

 

「だろうな」

 

 直毘人が軽く言う。

 

「まあいい」

 

 手を振る。

 

「話は分かった」

 

 直哉に視線を向ける。

 

「お前はしばらく動くな」

 

「は?」

 

「長寿郎は俺が見ている。その方が確実だ」

 

 その一言で、役割が決まる。直哉は舌打ちした。だが、否定はしない。

 

「……ほな、次どうすんねん」

 

 真依に向けて言う。

 

「あえて隙を作る。しばらくして、犯人は見つかったって言う」

 

「でっち上げるん?」

 

「ううん。父に協力したのはこの人とこの人」

 

 そう言って、真依は術式で作った紙と筆に名前を書いていく。

 

「なんや? 最初から実行犯が誰か知ってたん?」

 

「知ってた」

 

「じゃあ、俺の行動はなんだったん?」

 

「真犯人を追いつめるための布石。その後、何もしてない状態に戻したように見せる」

 

「……」

 

「そうすると動く」

 

 短い。

 

「今度は拾える」

 

 それだけ。

 

 直毘人は一度頷く。

 

「いいだろう」

 

 そう言って、踵を返す。

 

「直哉」

 

「何や」

 

「正座は続けておけ」

 

「……は?」

 

「やりすぎだからな」

 

 軽く言い残して、出ていく。

 

 襖が閉まる。

 

 静けさが戻る。

 

「……」

 

 直哉はしばらく黙る。

 

「……はあ」

 

 正座のまま、視線だけ動かす。

 

「……ほんま気持ち悪いな、お前」

 

「よく言われる」

 

 同じやり取り。

 

 だが今度は、少しだけ力が抜けていた。空気は、もう張り詰めていない。次に動くのは、向こうだ。

 

 

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