どうやろ真依ちゃんに聞いてみよか 作:人の心とかない。AIだから
禪院長寿郎は、静かな男だった。
そう見られていた。
声を荒げることはない。
家中の争いにも深入りしない。
表に出ることも少ない。
長く生きた老人。
それ以上でも、それ以下でもない。
――そういう評価だった。
だが、それは表面に過ぎない。
長寿郎は術師として優れていた。
禪院の中でも上位に入る。
だが、頂点には届かなかった。
いつの時代も、その上がいた。
あと一歩。
それが届かない。
評価はされる。
だが選ばれない。
その繰り返し。
「欲がない」
そう言われたこともある。
出世に興味がない。
争いを避ける性格だと。
――違う。
長寿郎は静かに息を吐く。
己の手を見る。
老いた手。
だが、その内側は変わらない。
欲はある。
ただ、無駄に動かなかっただけだ。
見ていた。
誰が上がり、
誰が落ちるのか。
何が残り、
何が切り捨てられるのか。
九十を越えた今。
禪院を最も理解しているのは、自分だと確信している。
直毘人でもない。
直哉でもない。
――自分だ。
準備はしていた。
倉から、少しずつ。
呪具。
呪物。
術式の記録。
単体では意味の薄いものを選び、
組み合わせれば使えるものを抜く。
時間をかけて。
気づかれないように。
だが――
「……」
問題は、時間だった。
九十。
肉体は衰える。
当主になれても、その先は長くない。
それでは足りない。
その時だった。
「失礼」
声がした。
振り向く。
そこにいたのは、男だった。
袈裟姿。
落ち着いた立ち居振る舞い。
見たことはない。
だが、不自然でもない。
「初めまして」
男は軽く頭を下げた。
「夏油傑といいます」
長寿郎は数秒、相手を見る。
呪力に不審はない。
立ち方も自然だ。
「……何の用だ」
「少し、協力をお願いしたくて」
あくまで普通の口調だった。
踏み込みすぎない。
「内容次第だな」
「もちろんです」
夏油は頷く。
「いくつか、物を融通してほしい」
「……物?」
「ええ。呪具や記録の類です」
具体的すぎず、曖昧すぎない言い方。
長寿郎の目がわずかに細くなる。
「なぜ私に」
「あなたが一番話が通りそうだったので」
あっさりとした理由。
嘘でも、本当でも通る。
「……」
「もちろん、ただとは言いません」
少しだけ間を置く。
「こちらからも提供できるものがあります」
長寿郎は何も言わない。
続きを促すように見る。
「術式です」
夏油は言う。
「肉体の状態を調整する類のもの」
「……」
「簡単に言えば、若返りに近い」
説明は短い。
必要最低限。
「記憶や経験はそのままに、身体だけを戻す」
長寿郎は黙る。
表情は変わらない。
だが、思考は動いている。
「……本当に可能なのか」
「条件はありますが、可能です」
即答ではない。
現実的な返し。
「……」
「すぐにとは言いません」
夏油は続ける。
「ただ、協力関係を築ければと思っています」
押しつけない。
選択を委ねる形。
「……」
長寿郎は考える。
提案としては、悪くない。
自分が欲しているものに近い。
そして、相手もこちらに無理な要求はしていない。
「……縛りを結ぶ」
長寿郎は言った。
「約束は守る」
「それで十分です」
夏油は頷く。
「こちらも同様に」
自然なやり取りだった。
どこにも無理はない。
ただ、利害が一致しただけ。
「……いいだろう」
長寿郎は言う。
決断は早い。
迷う理由はない。
「成立だ」
夏油はそう言った。
特別なことは何もない。
ただの取引。
それだけだった。
だが――
その選択が、後に何を引き起こすかまでは、
長寿郎はまだ知らない。