ラブライブ! School idol liberty ~ 苺の木の詩 ~ 作:めたんはいどれーと
第一章 はやて 高校1年生 4月
少し前まで淡いピンクの花々を誇っていた桜たちも、徐々に葉桜と成り代わりつつある4月の終
盤。
晴れて高校一年生となったはやては、ようやく慣れ親しんできたクラスメイトたちとの会話を弾
ませていた。
「あ~あ。高校生になったら、もっと世界が変わると思ったのに、これじゃあ中学時代と全然かわ
んないよぉ~」
昼休み。校舎の中庭での昼食中に、はやてのクラスメイトの橘由加が突然愚痴りだす。
「ゆかっち、唐突にどうしたぁ?」
と、同じくクラスメイトの香月麻衣がヤキソバパンを頬張りながら問いかけた。
「だってサァ~。あたしたちいわゆるJKだよJK。JKっていえばサァ、言ってしまえば女子の
ブランド価値マックスじゃん。だのに入学して早々、すでに変化に乏しいありきたりな日常を過ご
しつつあるわたしたちのこの現状ってどうなの? なんかすっごく損してる気がするんですけど!」
「だったらさっさと部活動を何するか決めて、ありきたりな日常とやらに変化をつけろ!」
麻衣の言葉に頭を抱える由加。
「ああ~そうだよね~! 麻衣の言う通りだよね~。ホント部活動どうしよう~。もうすぐ仮入部
期間が終わっちゃうよ~」
「気の早い子はさっさと本入部して、もうバリバリやってるもんね~」
と少し高めの位置から結い上げたサイドテールを揺らしながら、苦笑を浮かべるはやて。
「だよね~。アセるな~。5月のゴールデンウィーク明けにはどこのクラブに入るか決まってなき
ゃいけないのに~」
はやての言葉に、頭を抱える由加。そんな由加を放っておいて、麻衣ははやてに問いかける。
「ところで、はやてっちは部活なにすんの?」
「あ、あははー。マイマイはもう決めてるの?」
「わたし? わたしはマァ中学の時やってたテニス部にそのまま入部しようかなぁ…はやてっちも
そんな感じ?」
「こら、ちょっとマイ!」
「あ、そか。ゴメン」
「ううん。いいの気にしないで」
そう言ってはやては少し気恥ずかしそうに両手を振った。
「お~い。あんたたち~。午後イチの授業は
と、そのとき同じく中庭で昼食を摂っていた同じクラスの別グループの女子が声をかけてくる。
「おあ! 次の授業はティターニアかぁ!」
女子の言葉に、由加は少し焦った表情を浮かべた。
というのも、皇先生というのは先週から来校している実習生のことなのだが、両親のどちらかが
ハーフかなにかで、気品溢れる容姿に、実習生にも関わらず物怖じしない毅然とした態度。それで
いてどこか妖精を思わせるような愛くるしさを併せ持つことから、生徒たちの間では密かに皇先生
のことを、妖精の女王の名を指す『ティターニア』という愛称で呼んでいた。
その愛称故、皇先生の授業では、実習生相手だというのにもかかわらず、いつも妙な緊張感があ
るのだ。
「ヤバ! 先生に次の授業が始まる前までに、資料を職員室に取りに来るように言われてたんだっ
た」
「私も昼休みの間に購買部で買わないといけないものがあるんだった! 早く行かなきゃ。はやて
はどうする~?」
「あ~、あたしはもうちょっとここで休んでから行くよ」
「あいよ。じゃ教室で!」
「く~急いで職員室に行かなきゃ――って、そういやティターニアの本名って、皇……なんだっけ?」
「確か、
そんなことを話ながら、由加と麻衣は去って行った。
中庭に一人取り残されたはやて。
はやては座っていた芝生の上に、さらに両手を後ろ手に預け、空を仰ぐ。
「部活動、か……」
つぶやくと、はやての脳裏に「あの悪夢」の記憶が甦ってきた。
去年のあの中学時代最後の決勝戦。
迎えた最終回裏のマウンドに上がったはやて。スコアは1-0。ランナーなし。アウトはすでに
2つ取っている。あとバッターを一人打ち取れば念願の全国へ行ける。
キャッチャーの
初球、ストライク。いい感じだ。球はまだ走っている。続いて二球目、外角少し高めのボール。
惜しい。相手バッターは手を出しかけていた。あの球に手を出せば、確実に討ち取れていたはず
だ。三球目、今度は莉曜が内角に要求する。はやては渾身の力で投げる。ボール。少し力を入れす
ぎたか。
四球目、莉曜の指示は再び二球目と同じ高めの外角。莉曜のミットだけを見つめて投げ込む。今
度はたまらず手を出すバッター。
かすれた打球音、歓声、三塁戦上に打ち上げられる白球。だが、打球には勢いがまるでない。あ
きらかな打ち損じのファールフライ。
そこからはすべてがスローモーションのように流れていった。
打ち上げられた白球に向かってダッシュするはやて。叫ぶ莉曜。ギリギリだけど捕球できると確
信するはやて。だがここにきて疲れのためか、もつれ出すはやての足下。転倒。転がる白球、そし
て――激痛。
そう、あの最終マウンドで、はやては相手バッターが打ち上げたファールボールを無理な体勢か
ら強引に捕球し転倒。結果、右手首に大けがを負い、続投が不可能になってしまった。
その後、土壇場でエースピッチャーを失ったチームは、逆転負けを許し敗退。
はやての全国出場への最後の夢は、悪夢のようにあっけなく終わってしまった。
だが、あっけなく終わった悪夢には、まだ続きがあった。
(残念ですが、娘さんは……)
(今後、どれだけリハビリを続けて回復しても、以前の半分くらいの握力しか……)
(日常生活を送るのには支障は無いでしょうが、ソフトボールはもう……)
偶然立ち聞きしてしまった医師と両親との会話。その内容は、はやてにとって最早悪夢そのもの
であった。
幼いころからソフトボールに夢中だった。
ソフトのない生活なんて考えられなかった。
中学になって知り合った
それを誇りに思っていた。だけど――
もう自分は半分死んでしまったのだ。
「……?」
ふと気がつく。するといつの間にか、はやてのいる中庭に数羽の雀たちが遊びに来ていた。
まだ巣立ちしたばかりの小鳥であろうか。よく見ると普段目にする雀たちより一回り小さい気が
する。
同時にはやての脳裏にあのときの光景が思い浮かぶ。それは中学最後のあの試合。
そういえばあのとき、相棒であるキャッチャーの莉曜は、何か音楽を聴いていた。あの歌にあったのは、確か雛たちが大空に飛び立つ歌詞……
「♪…ぶ毛の…鳥たちも……」
そう、確かこんな感じだ、そうと思うと、はやては続けて口ずさむ。
「♪…空にはばたく 大きな…翼で――飛ぶ……」
そこまで口ずさんでから、はやては突然歌うのをやめ、力なく両膝を抱え込むとその膝に顔をうずめる。
「アタシの翼は――もう折れちゃったよ……」
つぶやくはやて。同時に色々な思い出がよみがえり、溢れる思いに目頭が熱くなりかけたそのとき――
「♪…しみに閉ざされて、泣く……キミじゃない ♪熱い……未来を切り開くはずさ!」
その歌声に、はっと顔を上げるはやて。するとそこには――。
「ティターニア! ……じゃなかった皇先生っ」
いつの間にか渡り廊下にはティターニアこと皇先生がいて、明るい表情で颯に声をかけてくる。
「確か宮永さん、だったわね。何をしているの? そんなところで」
「えっと、その」
ティターニアからそう声をかけられ、はやてはこぼれ落ちかけていた涙を慌ててぬぐった。
「にしても4月に、それも三回生が実習に来るなんて珍しいですね」
その後、ティターニアとはやては少し談笑することになった。
「ええ、無理を言って許可してもらったの。これまでで最速の実習生みたいよ」
「それを許可してもらえるなんて、皇先生って優等生なんですね!」
と、笑顔を浮かべながら明るい髪色のサイドテールを揺らすはやて。
「アハハ、そんなことないわよ。だって呆れられたもの。前代未聞だって」
ティターニアもまた、鮮やかな色のセミショートのストレートヘアを揺らし笑った。
そんなティターニアの笑顔に見とれながらも、はやては先ほどから気になっていたことを口にする。
「ところで皇先生、さっきの歌…もしかして『μ's』のこと知っているんですか?」
「ええ、知っているわよ。私、こう見えても結構詳しいんだから。ちょっと前に有名だったスクー
ルアイドルでしょ」
「そうですそうです。友達がさっきの歌が好きで、あたしもそれで結構気に入っちゃって。大事な
試合の時、二人で聴いてたりもしてたんですよ」
「大事な…試合?」
「あ、あたしその友達と一緒に中学の時にソフトボールをやっていたんです。エヘヘ、これでもこ
こらじゃちょっとは有名な選手で、その友達と二人合わせて『里賀のレジェンド』、なんて呼ばれ
てもいたんですよ」
「へぇ~すごいじゃない。じゃあ、高校でもソフトを?」
「いえ、もうできないんです……」
少し力なくそういうと、はやてはティターニアに自分の身に起こった出来事を語った。
「それでも本当はあたし、右手が使い物にならなくなってもいいからソフトを続けるつもりだった
んです。だけどある日、お母さんに泣かれちゃって……」
そう、はやての母親は娘の将来を思い、ソフトを辞めるように泣いて懇願した。初めて見る母親
の涙に、その日以来、はやてはソフトを続けることを断念したのだ。
「ごめんなさい。辛いことを思い出させちゃって……」
はやての話に、心底申し訳そうな表情を浮かべるティターニア。
「わわっ! いえ、いいんです! こっちこそゴメンなさい! 湿っぽい雰囲気にしちゃって…ホ
ント、気にしないでください。あ痛!」
お辞儀をした拍子に、手にしていたペットボトルに頭をぶつけるはやて。そして照れ笑い。つら
れてティターニアも笑った。
「スクールアイドルか……」
遠くに見える青空をまぶしそうに見つめながらはやてはつぶやく。
「みんなキラキラしていて、あんなふうにあたしもなれたら」
そう、ソフトボールをやっていたあの頃のように。
リーン、ゴーン……
そのとき、予鈴が鳴り、はやては慌てて立ち上がる。
「あ、予鈴が鳴っちゃった。もういかないと……」
アセるはやて。だが対照的にティターニアはゆっくり立ち上がり、優しい笑みを浮かべながらま
っすぐにはやてを見つめた。
「やってみれば?」
「え?」
「やってみればいいじゃない――特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる。本当にやり
たいことって、そんな感じで始まるものなのかもよ?」
「そんなぁ~。あたしにはムリですよぉ」
と、ティターニアの言葉に、はやては照れ笑いを浮かべた。
「あ~すみません!」
「ドンマイ! 北見里」
その日の放課後。
学校のグラウンド内で、
だが今日はどうもミスが多い。おそらく高校に入って新調したキャッチャーミットが、まだ手に
馴染みきっていないのだ。
「へ~めずらしいね。北見里がボールをそらすなんて」
「すみませんキャプテン。買ったばかりのミットがまだ馴染んでないみたいで……」
申し訳なさそうな表情を浮かべる莉曜を、キャプテンは豪快に笑い飛ばす。
「いいっていいって。気にしなさんな。そうそう、もうすぐ今日の練習は終わるけど、あんたは一
年生で唯一のレギュラー候補なんだから、新入部員がやるグラウンド整備とかの雑用はやんなくて
いいからね」
「えへへ~すみません。そう言ってもらえると助かりマス。でも雑用はわたしもちゃんとやります
から」
「ふーん。真面目だねぇ。こりゃレギュラー候補どころか、将来のキャプテン候補の逸材かもしれん」
「そ、そんな! わたしはキャプテンなんて器じゃないですよ~」
「やめてよね~そのせりふ。こっちが自信無くしちゃうじゃない。あんたが器じゃないってんなら、誰ならいいのよ」
「それは……」
莉曜は中学時代の相棒の顔を思い浮かべた。
「ねえ、はやて」
その日の夜。夕食後にリビングで眺めるようにしてテレビを見てくつろいでいたはやてに、母親
であるリカコが話しかけてくる。
「なぁに~? お母さん」
「高校にはもう慣れた?」
夕食時に使用した食器を洗いながら、そんなことを聴いてくるリカコ。そんな母親の言葉にはや
ては気のない返事をする。
「ん~ボチボチかなぁ」
「部活は? どこか入るの?」
「うーん。まだ決めてな~い。どうして?」
そこでリカコは洗い物をしていた手を止める。
「あのねはやて、お母さんね」
「うん?」
「次にはやてがやりたいことを見つけたら、お母さん全力で応援するから、だから――だからソフ
トボールのこと、ゴメンね」
突然のリカコの謝罪に、ぢくん、と胸が痛むはやて。そう、リカコもまたはやてと同じようにい
まだにあの悪夢に捕らわれているのだ。
「いやだお母さん。謝らないでよ~」
「はやて…」
「ソフトってすっごく疲れるから、案外やめてよかったのかも」
わざと明るくそう言うと、「じゃああたしお風呂入ってくる~」と、はやてはリビングをあとに
した。
その後入浴を済まし、はやては自室でベッドの上に横になっていた。
(次にはやてがやりたいことを見つけたら、お母さん全力で応援するから、だから――だからソフ
トボールのこと、ゴメンね)
リカコの言葉が思い出される。いつからお母さんはあんな哀しげな表情をするようになったのだ
ろう。
そんな思いから逃げるように、はやては首を巡らせる。
すると、目についたのは中学校の時のソフトのとある試合後の集合写真。
この日の試合は確か負けたはずだ。だけど、はやてや莉曜たちチームの全員が誇らしげな笑みを
浮かべている。そしてそれを取り巻く、リカコを初めとする保護者たちも楽しげな笑顔に溢れていた。
ふと鏡に映る自分を見つめる。いつから自分はお母さんにあんな表情をさせるようになっていたのだろう。そしていつから自分はこんな表情をするようになったのだろう。
「あたしの、やりたいこと……」
(特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始
まるものなのかもよ?)
昼間のティターニアとの会話を思い出す。
ソフトボールを始めたときは、まさにそんな感じだったかもしれない。
単純に、先のことなどまるで考えず、ただ「やりたい」と思った。それだけだ。
そしていま。ソフトボールはもう出来なくなってしまったけど、あのときに似た思いが、自分の
中に確かにある。
「よし!」
はやては立ち上がった。そのまま自室を出ると階段を駆け下り、玄関へと向かう。
「はやて、どこへ行くの? こんな時間から」
「ちょっとコピー用紙買いにコンビニ行ってくる~」
「コピー用紙? 前に買ったのがまだ少し残ってるんじゃないの?」
「うん。でもたくさん要りそうだから。あ、お母さん、戻ったらパソコン使ってもいい~?」
「それはいいけど、どうしたの突然?」
「えへへ~。ナイショだよー!」
そういって玄関から飛び出していったはやての脳裏には、いま「あの歌」が鳴り響いていた。
その歌とは、何か新しい始まりを予感させる「μ's」のあの歌。
そしてその歌のタイトルは――
「START:DASH!!」
続く。