ラブライブ! School idol liberty ~ 苺の木の詩 ~ 作:めたんはいどれーと
その翌日から、エリが練習に来なくなった。
事前に一応、大学の用事で一週間ほど顔を出せなくなるという内容のメールが、はやてたちには届いていたし、音ノ木坂学院のOBで、はやてたちアイドル部の顧問も引き受けてもらっていたマコト先生からも、エリからのその旨を伝えられていたのだが、先日の初恋フェスでの出来事もあり、はやてと莉曜の二人は心なしか元気のない悶々とした日々を送っていた。
「ん~? なんだお前ら、エリがいなくなって寂しいのかぁ?」
ある日、はやてと莉曜がいつものように中庭でステップの練習をしていると、様子を見に来たマコト先生からそんな指摘が飛んでくる。
「そんなっ。私たちは別に寂しがってるわけじゃありません!」
とは言ったものの、
そんな莉曜の言葉にマコト先生は「カカッ」と笑うと、
「スネるな、スネるな。にしてもエリのヤツだって心配してたんだぞ。直前にお前たちに、ちょっと不安を感じさせてしまうような出来事があったから、最後まで時期をずらせないかって大学側に頼んでいたみたいだし」
黙っていれば十分美人で通るマコト先生だが、ベリーショートというボーイッシュな髪型と、何よりがさつな性格のため、へたな男性教師より、女子生徒たちの人気が高い、を通り越して、もはやセクハラ教師よばわりされるほどの存在である。
「まぁ心配しなさんな。エリのヤツはすぐにまた顔を出すさ――なんならそれまで、このマコトおねーさんが、エリの代わりに可愛がってやろうかぁ?」
そういうと、マコトは二人に抱きつき、全身をぐりぐりとまさぐり始める。
「あははっ、先生、くすぐったいですってば!」
「きゃあっ! や、やめてくださいよ~マコト先生。セクハラで訴えちゃいますよ!」
「か~。最近の女子高生は冗談が通じねぇなぁ。こんなの教師と生徒の軽いスキンシップじゃねえか」
「半分男みたいなマコト先生が、女子高生の体におさわりしまくったら、はたから見れば十分犯罪です!」
「アタシのドコが半分男だ!」
そうツッコんだあと、「けどまぁ、そのなんだ」と少し表情を引き締めるマコト。
「エリのヤツは、お前らが思っているほど強くないんだ。けどアイツは意地っ張りだから、つい平気な顔でがんばっちまう。なんでサ、まぁ色々と長い目で見てやってくれ」
「マコト先生……」
「ちょっとお節介がすぎたかな。アタシはもう行くわ。お前らも練習がんばれよ」
そう言って去って行くマコトの背中を見送りながら、はやては力なさげにつぶやく。
「エリさん、本当に大学の用事で来ないだけなのかな……」
「マコト先生はああ言ったけど、正直これじゃあ練習に集中できないよ……」
莉曜もまた、不安げな表情でそうつぶやいた。
「もしかしてエリさん、私たちのことを見捨てちゃったのかな……」
そんな言葉とともに、一様に暗い表情を浮かべる二人であった。
それから数日後。
「ホーラ、お前たち、マコトおねーさんからのプレゼントだぞ!」
ここ最近のはやてたちのもうひとつ身の入らない練習中、そう言って姿を見せたマコトとともに現れたのは――
「エリさん!」
少々バツの悪そうな表情ではやてたちの前に姿を見せるエリ。
「……ただいま。しばらく留守にしちゃってゴメンなさい」
と、開口一番、はやてたちに頭を下げるエリ。そんなエリを見て、マコトは「カカッ」と笑い声を上げる。
「知ってるか? コイツ、さっきまでずっと校舎の影に隠れて、お前たちのことを見てたんだぜ」
「そっ、それは二人が練習中だったから、邪魔しないように出るタイミングを計っていたんです!」
マコトの言葉に、少し気恥ずかしそうに顔を赤らめるエリ。だがそれ以降――
「………」
「………」
「………」
エリ、はやて、莉曜の三人とも言葉は続かなかった。
と、そんなとき――
「エリ~。なんだぁその不景気そうな顔は。まぁた昔みたいに、アタシがじっくりと可愛がってやろうかぁ?」
がしっと、エリの背後から強引に抱きつくと、マコトがそんな言葉を口にする。
「ひゃ、ひゃあっ! ド、ドド、ドコ揉んでるんですかっ! 大体あれは、私が音ノ木坂の一年生のときに、マコトさんが一方的に苛めてただけじゃないですかっ!」
耳たぶまで真っ赤にしながらの滅多に見られないエリの悶えぶりに、思わず「ハラショー…」とつぶやく、はやてと莉曜。
「ま、アタシはドSだからな」
そう言って「カカッ」と笑うと、「じゃ、仲良くやるんだぞ~」という言葉を残してマコト先生は去って行った。
「まったくもう、マコトさんは変わらないんだから……」
憤然としつつも、マコトの背中を見送る表情にどこかしら柔らかさをにじませているエリ。そんな彼女に向かって、はやてがおずおずと語りかける。
「あのエリさん、あたしたち……」
だがそれ以上の言葉が出せずに、うつむき黙り込んでしまうはやてと莉曜。そんな二人を見て、エリはほんの少し沈んだ表情を見せたあと、小さく笑む。
「先に、話しておいた方がいいことがありそうね」
それから三人は中庭のベンチに移動し3人並んで腰をかけた。しばしの沈黙。だが、やがてエリがその沈黙を打ち払うかのように語り出す。
「――先日の『初恋フェス』でアリサが言ったことは本当よ。以前、私はラブライブに疑問を感じていた時期が確かにあって、ラブライブを終わらせようと考えていたわ」
その言葉のあと、ぎゅっと膝の上で両手を握りしめると、エリは続ける。
「楽園でイブが口にした知恵の実。その実を食べた結果、楽園を追い出されたイブは思ってしまったの。楽園は実は本当に楽園なんかじゃなく、ただの悪い夢だったんじゃないのかって。だからイブは楽園を壊すことを考えた……」
そう、それはあの初恋フェスのとき、エリが語ったことだった。
「……確かにそんなことを考えた時期もあった。でもそれはもう3年近く前の話で、ここ最近の私は、そんなことを考えていたことすら忘れていた――ううん、少し違うわね。正確には忘れようとしていた、かしら。けどそんなとき、あなたたち二人に出会って、私は思い出したの」
「思い出した…って、ラブライブを終わらせることを…ですか?」
「いいえ。違うわ。あなたたちに出会って私が思い出したのは、それよりももっと以前の思い――それは、私が
そうして、はやてと莉曜の二人の顔を真摯に見つめるエリ。
「ゴメンなさい。正直に告白するわ。アリサの言う通り、私は自分の過去と対峙するためにあなたたちを利用しているだけなのかもしれない。けど少なくともそれ以上に、私はあなたたちの成長を見てみたいと心の底から思っている。だからお願い。もう少しの間だけ、私をあなたたちのコーチでいさせてくれないかしら?」
そう言って頭を下げるエリ。
「エリさん……」
そんなエリを前に、言葉を失うはやてと莉曜。
まるで時が止まったかのような空気のなか、柔らかな風が3人のいる中庭へと吹き込んでくる。
その風に頬を撫でられ、莉曜ははたと気づくと、慌てて声を上げる。
「そ、そんなっ! 私とはやては
そんな莉曜の言葉を耳にしながら、はやては考えていた。
エリは自分たちのことを見捨ててなどいなかった。エリはきっと自分たち以上に、思い、悩み、葛藤を繰り返しながら、それでも自分たちのことを考えてくれていたのだ。
それに対し、この一週間ほどの間、自分たちは何をやっていたんだろう。
エリに見捨てられたと不安がり、練習にもロクに身が入っていなかった。
そう、すべての原因は、エリのことを信じ続けることのできなかった自分たちの弱さなのだ。
「うわああああああああああああああああ!!!」
叫び声とともに、唐突にベンチから立ち上がるはやて。それはまさに咆哮としか呼びようのない叫びだった。
「は、はやて!?」
暴挙とも思える親友の突然の行動に、莉曜は目を丸くする。
「やろうよ、りょうちん! エリさん!」
まっすぐな瞳で、二人を見つめるはやて。
「
そして言った。
「それでもアタシたちは、ラブライブ優勝を目指してる!」
それからはやては、校舎すべてに響き渡るような大声で叫ぶ。
「目指してるんだーーーっっ!!!」
「はやて…」
そんなはやてに、エリは一瞬呆気にとられた表情を浮かべながらも、すぐに優しげな笑みを浮かべる。と、エリは自分のポーチの中から、あるモノを取り出した。
「渡すタイミングをずっと逃していたんだけど……」
そう言ってエリは、ポーチから取り出したモノ――USBメモリを二人に差し出す。
「なんですかこれ?」
「あなたたちの、歌よ」
「歌を…作ってくれたんですか?」
「私じゃないわ。知り合いに頼んで作ってもらっただけ。でも曲だけだから、歌詞は自分たちで考えてね」
そう言ってエリは悪戯っぽく笑った。
「エリさん……」
そう、やっぱりエリは自分たちのことをずっと考えてくれていた。そんなエリに何かお返しが出来るとすれば……。
エリも笑顔にしたい、はやてはそう願った。
「あたしたち欲張りなんです!」
「はやて?」
「エリさんの笑顔も、アリサさんの笑顔もあたしたちはみたい。だからエリさん! お願いがありますっ!」
「な、なに? 突然。か、歌詞はダメよ。ちゃんと自分たちで考え――」
「エリさん、あたしたちに名前をつけてください!」
「え?」
その言葉に心底驚いた表情を浮かべるエリ。そう、はやてはエリに自分たちのグループ名をつけてくれと言っているのだ。
はやての思いを理解し、即座に同調する莉曜。
「私からもお願いします! エリさんが決めてくれたのなら、例えソレが『すっとこ ひょうたんガールズ』とかでも受け入れますから!」
「ど、どこからひょうたん?」
そう苦笑いを浮かべつつも、二人の必死な表情に、エリはすぐに表情を引き締める。
「わかったわ。気に入ってもらえるかわからないけど、私なりに精一杯考えてみるわね」
「「やったーっ!!」」
エリの快諾の言葉に、はやてと莉曜の歓喜の声が、校舎の中庭を一杯に満たした。
その晩、エリは自宅でノートパソコンのディスプレイとにらめっこをしていた。
昼間、はやてたちの勢いに押され、彼女たちのグループ名を考えることを思わず引き受けてしまったが、いざ名前を考えようとしても何らいい案が浮かんでこない。
未だに一文字も浮かんでこないパソコンのディスプレイに、エリが半ば途方に暮れていたとき、スマホの着信音が鳴り響いた。
「あら、にこ。こんばんは。どうしたの?」
電話をかけてきた相手はにこだった。
「あんた、あの子たちの名前をつけてあげるそうじゃない」
開口一番にそういったにこに、エリは思わず呆れたような笑みを浮かべる。
「誰から聞いたの? よく知っているわね」
「りことみこからよ。あのこたち全員、ラインでちょくちょく情報交換してるみたい」
「なるほど」
「で、どうなのよ」
「ハハ、苦戦中……」
と、エリは一文字も打ち込まれていないノートパソコンのディプレイを見ながら言った。
「ねえ、にこ」
「なに?」
一瞬の間。だがエリはすぐに口を開く。
「あのとき私たちはどうすればよかったと思う? 何が足りなかったのかしら?」
「知らない」
「え?」
「そんなの知らない。けどね」
「けど?」
「エリ、『初恋フェス』のとき、あんた言ったわよね。イブは知恵の実を食べて楽園を追放されたって」
「ええ、そうね。確かにそう言ったわ」
「――あんたの言う通り、イブは確かに知恵の実を食べて、楽園から追放されたわ。だけどだからこそ、イブは手に入れることのできた実があったと、私は思うの」
「追放されたからこそ…手に入れることのできた実?」
おうむ返しのエリの問いかけに「ええ」とつぶやくと、にこは続ける。
「そう、イブは手に入れた。それは知恵の実ではなく、楽園の外でも笑顔で頑張り続けるために必要な〈名も無き果実〉。その実にあえて名前をつけるとすれば……それはそう、たぶん――『勇気の実』よ」
「勇気の実……」
その後もしばらく話をしてから、にことの通話を終了するエリ。
それから小一時間。
ノートパソコンのディスプレイにずっと向かっていたエリは、大きくノビをする。
「んー! さて、と。シャワーでも浴びてこようかな」
そう言って小さく笑むと、席を立つエリ。
そんな彼女が去ったあと、残されたノートパソコンのディスプレイには、次のような文字が浮かび上がっていた。
〈挑戦し続ける勇気の果実〉『ブレイブ・ベリーズ』
と……。
続く。