【仮題】私の中の響け!ユーフォニアム   作:alc

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2016年2月某日。
黄前久美子は悩んでいた。幼馴染の塚本秀一とめでたく恋人関係になることはできたのだが、「恋人同士ってイベントごとどう過ごすべきか」と。
家族同然の幼馴染から恋人へ。きっとその関係の切り替わりをどうするべきかって悩んだと思うんですよね。それがうまく描けていればよいのですが。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27282636


少しだけ、冒険_2016/2/1

 きっかけは、昼休みの何気ないおしゃべりだった。

 

「そういえば、吹奏楽部って男子に義理でバレンタインのお菓子あげたりするの?」

 

 中庭にある東屋でいつも通り4人でお昼ご飯を食べていた時、葉月がふと言葉にした内容に、他の3人はきょとんとした。そんな様子を見て、葉月は言葉を続ける。

 

「中学の時、私テニス部だったからさ。バレンタインの時は女子が男子に義理でお菓子を渡して、逆にホワイトデーの時はお返ししてもらう風習があったんだよね。そういうのが吹奏楽部だとあるのかなーって思ったんだけど……」

 

 どうだったかな……と久美子は中学1年、2年の2月のことを思い返してみた。が、思い出すのは「練習しないと定期演奏会がやばい!」と、必死に練習していた記憶だけだ。

 

「北中は、部活内ではやってなかったかな。友チョコ~みたいにやっていた子はいたかもだけど、私は知らないかなぁ。麗奈はどう?」

「私?私はもちろん知らないけど」

 

 久美子の問いかけにノータイムで麗奈は返答した。そして久美子は思い出す。

 

「あ、そうだ。麗奈ってそういう感じじゃなかった……」

「――なんか言った?」

「おっと」

 

 心の中で言ったつもりだったが、思わず口から言葉を漏らしてしまった久美子。麗奈から、鋭く冷たい目線が向けられている。直さなくてはと思っていても、なかなか思ったことをつい口にしてしまう癖は直せない。

 

「聖女はそもそも女子校なので、男女間のバレンタインはもちろんありませんでした。あっ、でもやっぱり、女の子同士でお菓子の交換はやっている人はいました。」

「そんなもんかー。じゃあ今年はラクできる!……お菓子のお返しを楽しみにすることはできないけど……」

 

 少し落ち込むような気配を見せる、現金な葉月を「まぁまぁ」と久美子はなだめた。

 そもそも、吹奏楽部は男女比に圧倒的な偏りが現れる部活だ。仮に女子から男子にお菓子を渡したとしても、今度はそのお返しが大変だ。人数差を考えたら、男子はとんでもない量を用意することになる。

 だからきっと、吹奏楽部では部活単位でバレンタインはやらないのだろう。そう4人は納得することにした。

 

「ところで、久美子ちゃんは塚本君にチョコ渡すんですか?」

「たしかに!気になる!」

「う~ん……中二くらいまでは渡していたけど……ってちょっと!」

 

 突然話題が振られ、久美子はたじろいだ。

よく一緒にいるこの3人には、秀一と付き合うことになってから生まれた微妙な関わり合い方の変化――部活中は意識的に今までより話さないようにしていた――を追究され、付き合い始めたことを話していた。みんなもその出来事を祝福してくれたし、華の女子高生にとって、コイバナが話題になるのもわかる。

 とはいえ、世間が想像する恋人同士がするようなことは何もなく、幼馴染の異性という関係の延長線のような状態だ。カップルがよくやるイベント、というようなこともあまり意識をしていなかった。

 

「幼馴染の定例イベントとしては今までやってたよ?お母さん同士が友達だから、『同い年だし――』みたいな感じでやっていたんだけど。だから、今年も同じような感じでいいかなぁ、なんて」

「あれ?中二までってことは、去年は渡さなかったの?」

「あー……去年はちょっと、ね……」

 

 久美子の脳裏に浮かぶ、あの鋭利な一言。今となっては笑い話ではあるが、あの時かなり傷ついたことを思い返すと、当時からそれなりの好意を秀一に対して抱いていたのかもしれない。そんなことを話しても仕方がないので、久美子はもごもごと理由をぼやかした。

 

 

§

 

 

 その日の放課後、特に何事もなく部活を終えた後。

 黙々とユーフォニアムを楽器ケースにしまいながら、久美子はまだ今年のバレンタインのことを考えていた。

 やはり、何か特別なことをした方が良いのだろうか。秀一は何も言わないし態度にも出さないが、今までとは違う何かを期待をしているのではないか。

 幸いなことに、まだバレンタインまでは1週間ある。いや、もう1週間しかない。時間は一瞬で過ぎ去ることを、久美子はコンクールの練習で学んだ。

 特別なことをする。としたとしても、久美子にはどうすればいいかわからない。昔から秀一に好意を持っていたのは事実だが、距離が近すぎて家族愛に近い感情になっているせいかもしれない。だからこそ、いまいち「普通の恋人」なことをする自分が想像がつかない。

 

 ――自分で想像がつかなければ、想像できる人に聞けばいいのか。

 

 久美子は同じように楽器を片付けている、「想像できる人」に声をかけ、この後相談する約束を取り付けるのだった。

 

 

 

 昨年7月のコンクールメンバーオーディションの後、夏紀とともに訪れたハンバーガーショップ。北宇治高校を出て、最寄り駅である六地蔵駅に向かうのとは逆方向に坂を下りて行った先にあるそのチェーン店だ。六地蔵駅周辺には高校生が集まれるようなお店がないため、少し遠くはなるが北宇治高校生がよく帰宅前のおしゃべりスポットとして使用している。

 

「お待たせ久美子ちゃん。シェイクでいいんだよね?」

「すみません……ありがとうございます」

 

 久美子が相談相手として選んだのは、同じ低音パートの長瀬梨子だ。彼女を選んだのはほかでもない。彼女が「普通の恋人がすることを想像できる人」だからだ。ありていに言えば、恋人がいる人物だ。

 久美子は、梨子からシェイクを受け取りながら、少し肩身が狭い思いをしていた。自分から「相談がある」と呼びだしたにも関わらず、「後輩にお金払わせたら示しがつかないでしょ」と、梨子がシェイク代をおごってくれたからだ。

 そんな引け目を感じている久美子のことは気にせず、梨子は話を進めた。

 

「それで?相談って何かな?」

「えーっとですね……」

 

 どういう風に相談を始めればよいだろうか。そのまま話せばよいだけの話なのだろうが、何となく、自分の恋愛事情を話すことは気恥ずかしい部分がある。

 久美子のした選択は、昔から使われている例え話を使うことだった。

 

「友達の話なんですけど――その友達、少し前に、幼馴染に告白されて付き合うようになったらしいんです。そろそろバレンタインなので何か準備を――と思っているんですけど、今まで家族同然で過ごしていたので、その延長線上の無難な対応をしてしまいそうで不安なんです」

 

 そこまで一気に話し、梨子の様子をうかがう久美子。梨子は柔和な笑みを浮かべており、久美子が「友達の話」と称して相談していることにはまだ気が付いていない様子だ。

 一口シェイクを飲み、久美子は話を続ける。

 

「やっぱり、恋人になったからには、これまでのようにコンビニで買ってきた安いお菓子をあげる、とかじゃなくて、手作り……とまでは行かなくても、少しお高めのものを買って渡した方がいいんでしょうか?」

「う~ん……そうだねぇ」

 

 どういう風に伝えるのがいいだろうか。梨子は顎に手を当てながら考えた。梨子自身の考えをそのまま伝えるのは簡単だが、それだと考えを押し付けたような形になってしまう。押し付けるような言い方にはしたくなかった。

 

「……その人がどうしたいかというのが一番だと思うんだけれど、なにかその辺聞いてないかな?」

「そうですね……やっぱり今まで通りはちょっと違うかなって思うんですけど、突然力の入れ方が変わるのもちょっと引かれないか心配でもあり……」

「私だったら、今までと違うことしてくれたら『少しはちゃんと意識してくれたのかな?』って嬉しくなるんだけれど。その相手の人は違うのかな?」

 

 どうですかねぇ、と悩む久美子。秀一のことだ。どんなものだとしても喜んでくれるはず。だけれども、以前姉からも、秀一の優しさを「蛇口をひねれば水が出るみたいに思うな」というように言われたこともある。

 

「もし今、『きっと喜んでくれるんだろうな』っていう考えがあるんだとしたら、私はそのまま挑戦してみるのもいいと思うな。せっかく関係も変わったんだし」

 

 梨子は変わらず優しい笑みを久美子に向けてくれている。久美子は、シェイクの残りを飲み干して梨子に告げる。

 

「相談に乗ってくださり、ありがとうございました。少しだけ、冒険してみようと思います」

「うん。その “お友達” にも、よろしくね」

「あ……そうでした!友達に伝えておきます!」

 

 自分で設定していた “友達の話” のことをすっかり忘れていた久美子。梨子はあえて深くは突っ込んでこなかったがばれてしまったかもしれない。

 

 

 

 梨子と別れ、一人で京阪宇治駅に向かう電車の中。久美子はスマートフォンで京都にある百貨店の催事イベントを調べていた。ちょっと高校生の自分には高すぎる気もするけれど、今まで通りの「スーパーやコンビニで買ったチョコ菓子」を越えるとしたらそのあたりになるのだろうか。

 

「しゅーいち、喜んでくれるかな……」

 

 バレンタイン用のカタログを眺めながら、久美子は微笑むのだった。

 

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