残虐皇帝はドアマット令嬢に転生しました。平和な理想世界には、ゴミが多すぎて処分が大変です!   作:底辺作家

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第1話 悪役令嬢、覚醒する

 ──痛みに目を覚ますと、極度の空腹で朦朧としていたはずの意識が妙にはっきりしていた。

 

 まったく別の世界のものと思われる記憶と自我。濁流のような映像が私の中に流れ込んできて、私であって私でない私によって塗りつぶされていく。幸か不幸か、元々の心はまるで真っ白なキャンパスのようであったため苦痛などはまったくなかった。

 

「これが前世の記憶というものか──存外、悪くないな」

 

 むしろ、刻み付けられた忌々しい不幸な記憶の数々を塗りつぶしてくれたことに感謝しかない。記憶は思い起こすことこそできるものの、まるで別人のもののように感じられた。もはや心的外傷(トラウマ)に悩まされることもないだろう。

 

「ふむ──今の名前はフィリス・スカーレットというのか。家名が同じというのは奇妙な偶然だな」

 

 前世ではカイザー・スカーレットという名だった。広大な大陸を圧倒的な武で支配した皇帝であった。その転生先が非力な少女、しかも虐待されていたとは笑えない話だ。だが──。

 

「虐待のせいでだいぶ弱っているが、遜色ない程度に覇気は使えるようだな」

 

 魔力とは別の原理を持つ力。原理こそ違うが武を得意とする者の魔力と同じようなものだ。覇気を全身に巡らせると、体のあちらこちらに付いていたアザが消えていく。

 

「完全回復とはいかぬか。だが十分だろう」

 

 今の体力ではこれが限界だろう。ダメージの回復や身体強化は覇気によって可能でも、そもそも体力を回復しなければ効果が薄い。

 

 ──ドンドン。

 

 ノックとは到底呼べない勢いで扉が叩かれ、きつい目の侍女が中へと入ってきた。彼女の手にはトレーがあるが、その上に載っているのは乾いて硬くなったパンと塩水のようなスープだった。

 

「まだ生きてたんだ。キャハハ、ほら、今日のエサだ。感謝して食べな! 残したら殴るだけじゃ済まないからね!」

 

 トレイを置きながらにらみつけてくる。

 

「なんだ、その目は!」

「使用人の分際で頭が高い、王の御前であるぞ」

 

 立ち上がろうとする侍女の頭を上から掴んで下に向かって体重をかける。普通なら、そのまま立ち上がってしまうだろう。しかし覇気をまとった力の前には無駄だ。

 

 侍女の頭をスープの皿に落とす。顔を上げようと必死でもがくも、侍女程度の力ではピクリとも動かせなかった。

 

 ──ごぼ、ごぼ。

 

「がはっ、おえっ! ぜえぜえ……よくも、やりやがったわね!」

「ふん、私に塩水を出したのだから、当然の罰だろうが! それとも──」

 

 トレーに置かれたスプーンを手に取り、頭を折り取る。尖った柄の部分を侍女の首筋に当てがった。

 

「このまま喉を一突きにしてやろうか?」

「ひいっ!」

 

 冷たい金属製の尖った感触を首筋に感じて、侍女は短く悲鳴を上げる。身の危険を感じて、さすがに強気ではいられなくなったようだ。この程度で折れるようなら、最初から強気になどならなければいいものを。

 

「いいか、今度は食えるものを持ってこい。もし、10分以内に持ってこれなければ、料理人も連帯責任だ。わかったな?」

「わ、わかった! わかったから!」

「いいだろう。行くがいい」

 

 侍女を離して距離を取る。忌々し気ににらみつけてくるが、私がスプーンの柄を握る手に力を入れると、「ひいっ!」と短い悲鳴を上げながら、前のめりに倒れる。そのままの体勢で這うように部屋から出ていった。

 

 

「お、お食事を、お持ちいたしましたっ!」

 

 10分後、震える手でトレーを持ってきたのは、気弱そうな少女だった。ボロボロの給仕服の隙間から覗く痛々しいアザには見覚えがある。

 

「えっと、お食事はどちらに……?」

 

 少女は部屋の中をキョロキョロと見回すと、伏し目がちに訊ねてきた。食事を置くためのテーブルを探していたようだ。

 

「床の上でいい。何しろ、この部屋には家具などないからな」

「あ、はい!」

 

 恐る恐る、トレーを床に置くと、少女は立ち上がって静かに一歩下がった。トレーの上には、パンとスープ、小さいながらもソテーされた肉が置かれていた。

 

「食えるものと言ったんだがな」

「えっと……何か問題でもありましたでしょうか?」

「ふむ、お前の名は?」

「えっと、エリーと申します」

「エリーか。これを食べてみろ」

「えっ?! でも、これはお嬢様のお食事……」

 

 食事をエリーに差し出すと、彼女はあからさまに狼狽する。しかし、それはやましさによるものではなく、純粋に主人の食事に手を付けるという罪悪感によるものだった。

 

「かまわぬ。私が良いと言っているのだ」

「えっと、それじゃあ、いただきます!」

 

 おそらく、私と同じように碌な食事をもらえていないのだろう。温かく豪華に見える食事に目を輝かせながら口に運ぶ。彼女が料理を口に入れる直前、私は彼女の手を叩き落とした。

 

「えっと、お嬢様……? あっ、も、申し訳ありません! なにとぞお許しを!」

「頭を上げろ。もしかして気付いていないのか?」

「えっと、何の話でしょうか?」

 

 主人の食事に手を付けた罰を恐れて土下座をするエリーの頭を上げさせ、疑問をぶつけるとエリーは不思議そうに首をかしげた。

 

「まあいい、エリー。お前はこれを食べてはならぬ」

「えっと、お嬢様のお食事ですよね

「いや、これは薄汚い豚どものエサだな。エリー、行くぞ。向こうがそのつもりなら、力で奪い取るだけだ」

「は、はい、お嬢様!」

 

 トレーを持って、私はエリーを連れて厨房へと向かう。

 

 厨房には、父と継母、そして継子のための晩餐の食事の用意がされていた。それとは別に、使用人の立場としては贅沢でしかないワインやつまみの類がテーブルに並んでいた。

 

「おい、貴様」

「なんだよ。食事は出しただろ?」

「ハッ、これが食事だと? 私は食えるものを持ってこいと言ったんだが」

 

 そう言って、料理長をにらみつけるとわずかに目を逸らした。

 

「10分で用意したんだ。これ以上のものなんか出せるわけがねえだろ!」

「私は『食えるもの』を持ってこいと言ったんだが」

 

 あえて強調して繰り返すと、料理長は勢いよく立ち上がって上からにらみつけてくる。

 

「俺の料理が食えねえってのかよ!」

「そこまで言うなら、お前が食え!」

 

 足払いをかけて料理長を転倒させ、仰向けになった彼に馬乗りになった。

 

「な、何をする!」

「なに、お前の作った料理を食べさせてやるだけだ」

「なんだと! そんなもの──」

「食えるもの、なんだろう? 遠慮はいらん」

 

 料理長の口を強引に開け、パンとスープを放り込んだ。

 

「やめ、ごぼっ──」

「うるさい、黙ってろ!」

 

 今度は逆に強引に口を閉じて、吐き出せないように押さえておく。

 

 料理長は飲み込まないように必死で抵抗していた。しかし、逃げ場のない料理は彼の胃袋の中に収まっていった。

 

「なんだ食えるじゃないか。お前の仕込んだ隠し味はどうだ?」

 

 もう十分だと判断して、彼の体から降りて距離を取った。

 

「おえぇぇぇ、ぢぐぢょぉぉぉ!」

 

 料理長は必死で料理を吐き出そうとするけど、焦っているせいで空回りしていた。自分で作った料理を吐き出そうという滑稽な姿に失笑してしまう。

 

「うっ、ごばぁっ!」

 

 しばらく滑稽な姿をさらしていた料理長は、大量の血を吐き出した。何度も何度も吐き出された血によって彼の周りには赤い水たまりができていく。ついには、水たまりの中心で白目を剥いて絶命していた。

 

「やっぱり食えないものだったじゃないか。これは罰が必要だな」

 

 料理人の方に目をやると、先ほどの凄惨な光景の余韻からか声も出せずに揃って委縮していた。

 

「お前たちも、くれぐれも食えないものを出すんじゃないぞ。こいつと同じ運命を辿りたくなければな」

 

 そう言いながら、父たちの料理が置かれたカートを押していく。エリーの方を見ると、目の前に繰り広げられた惨劇を見たショックから、足が震えて顔面蒼白になっていた。

 

「よし、料理は調達できた。エリー、帰るぞ」

「は、はい、お、お嬢様!」

 

 私の言葉を聞いて、少しだけ冷静さを取り戻したエリーが素早く私の左側に移動する。冷静になれたのは、料理に対する期待も少なからずあったのかもしれない。

 

 二人でカートを押して厨房を出ようとすると、料理人の一人が追いすがってきた。

 

「お、お待ちください。それは旦那様の──」

「これしか料理が無いのだから仕方ないだろう? 足りない分は新しく作ればいいだろうが」

「ですが、ざ、材料が──」

「材料なら、そこにあるではないか。料理人なら材料を無駄にしてはいかんな」

 

 料理長を指差すと、料理人たちは呆気に取られていた。その隙にカートを押して部屋へと戻る。部屋には、これまでに見たこともない豪勢な料理が並んでいた。

 

「エリーも食べろ。こんなものなかなか食べられるものじゃないぞ」

「ですが……大丈夫でしょうか?」

 

 料理を手に取って口に運びながらも、エリーは不安そうに厨房の方を見ていた。これまで虐げてきた連中まで気遣う優しさは美点でもある。一方で付け込まれる可能性もあるが、私が目を光らせておけば問題ないだろう。

 

「私たちが気にするようなことじゃない。何とかするのがヤツらの仕事だからな」

 

 あくまで想像ではあるが、食事を出せなければひどい目に遭わされるのを知っている以上、料理長を材料にしたのは間違いないだろう。それを美味いと舌鼓を打っている姿もまた滑稽ではあるが、私には関係のないことだ。

 

「仕事に誠実でない人間だったんだ。遅かれ早かれ、似たようなことになっていただろう」

 

 あえて食えない料理を出してきたのだから、その時点で料理長としての価値はゼロだ。それでも、エリーは納得しきれていないように見える。

 

「気にしても無駄だ。どうせ手など届かないのだからな」

「そうですか……」

「それより、これも美味いぞ。食ってみろ」

 

 今はまだ。もっとも私の手が届いた瞬間、彼らに待っているのは破滅の二文字でしかない。エリーと共に料理に舌鼓を打ちながら、口角を上げて微笑んだ。

 

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