残虐皇帝はドアマット令嬢に転生しました。平和な理想世界には、ゴミが多すぎて処分が大変です! 作:底辺作家
グローザが庭で身包み剥がされた日の夜、彼女は父であるワイリー・クリムゾン子爵の帰宅を待って書斎へと駆け込んだ。
「あなた、聞いてくださいませ!」
普段とは違う質素なドレスにわずかな宝飾品を身に着けただけ。珍しく落ち着いた装いのグローザにワイリーは見惚れてしまう。
「な、何だね?」
「あの出来損ないの前妻の娘に公衆の面前で身包み剥がされたんです!」
「なんだと……?」
ワイリーは、「落ち着いていて、よく似合っている」という感想をギリギリのところで飲み込んだ。落ち着いた装いが身包み剥がされた結果だということに気付いたからだ。
もっとも、グローザは公衆の面前と言っているが、見ていたのは屋敷にいる人間のみ。誇張表現もいいところだが、ワイリーには知る由もない。ただ『公衆の面前で妻が辱められた』という事実だけが、彼の心の中に影を落とす。
「しかも、酷いことに無駄遣いだからとドレスも宝飾品も売り払ったんです!」
「そ、そうか……」
はっきりと言ってはいないが、ワイリーもグローザとハイネの浪費癖には頭を悩ませていた。下げたくない頭を下げて、寄親である伯爵に支援というなの借金を依頼するほどには。
しかし、そんな事情など知ろうともしないグローザは、一方的にフィリスがいかに酷いかを語っていく。愛する妻を辱めたという事実には憤りを覚えるものの、ドレスなどを売り払ったお金を自分のものにしているという事実の方が許せなかった。
「あいつには一度、きっちり言ってやらなければならないな!」
「あなた……」
強気の姿勢で言い切るワイリーをグローザは頼もし気にうっとりと見つめる。その心中は、愛するグローザを辱めたことに対する怒りではなく、売り払ったドレスの代金を着服したことに対する怒りであった。
すれ違いに気付かず、グローザは「これであいつもお終いだわ」などと考えながらほくそ笑む。だが、それで満足するようなグローザではない。
「それで──売り払われたドレスや宝飾品の代わりを買いたいの。いいでしょ?」
「えっ?! それは──」
グローザは代わりに新作のドレスや宝飾品をねだろうとワイリーにすり寄った。瞳を潤ませ、上目遣いで見上げながら哀れな自分を演出する。ワイリーもすぐに首を縦に振るだろうと思っていたが、返ってきたのは戸惑いの表情だった。
「ま、まあ。そのドレスも悪くないし、しばらくは新しいのはなくてもいいんじゃないかな」
「そんなことありません。しっかり着飾らないと、侮られるのは我が家なんですからね!」
「それはそうかもしれんが……我が家は子爵だし、上の貴族ににらまれないためにも派手なのは避けた方が良いと思うのだが……」
財政難に陥っている子爵家の当主であるワイリーとしては、何とか浪費を阻止したいと思っているがプライドが邪魔して歯切れが悪い。
これまでの出費を考えると、ドレスや宝飾品を買い直したら、ひと月と経たずに破綻するのが目に見えている。そこまで追い詰められていても貧相なプライドだけは捨てることができなかった。
「全て新しく買い直します。いいですね?」
「あ、ああ……しょうがないな」
「明日にでも服屋と宝石屋を手配してくださいね」
「ああ。わかった……」
愛したがゆえの弱みに付け込まれたワイリーがうなずくと、グローザはニッコリと微笑み、踵を返して書斎から出ていった。まるで、新しいドレスと宝飾品が手に入れば、用なしだと言わんばかりの態度にワイリーは頭を抱えた。
認めてしまった以上、どうやっても撤回するのは不可能だろう。ワイリーには天変地異が起きて服屋と宝石屋が来れなくなることを祈ることしかできなかった。
◇
そのころ、私はエリーに持ってきてもらった予備の侍女服を着て姿見の前でクルクルと回っていた。
「ピッタリじゃないか。これなら侍女として押し通せる気がする」
「無理です。お嬢様の風格が出てしまって、ぜんぜん侍女っぽく見えないです……」
「見たところエリーと変わりないんだが……」
どうやら駄々洩れになっている覇気によって、エリーのような一般人から見ると謎の風格が出ているらしい。
「まあ、見つからなければどうってことはないだろう。このまま行くぞ」
何で私がこんな格好をすることになったか。その発端は、グローザとハイネからはぎ取ったドレスや宝飾品が思いのほか高値で売れていたからだ。
しかも中古品の質入れであるにも関わらず。もし新品であれば絶対に子爵家の予算で買えるような代物ではない。家計は火の車か、あるいは借金まみれだろう。
私の子爵家をこれ以上好き勝手にさせるわけにはいかないと、実態を掴むべく帳簿を拝借するために侍女のフリをしてワイリーの書斎へと忍び込むのだ。
「存在感がありすぎますけど」
「バレたら眠ってもらえば問題ない」
「それなら侍女の格好する意味もなくなりますけども!」
エリーのツッコミの浅はかさに、思わず笑みがこぼれる。
「ふふふ、そんなことはないぞ。一瞬でフィリスだとバレるか、侍女だと思われてからバレるかでは大違いだ」
「そうですか……」
かつては女装して大将首を獲ったこともある。あのときも「ん……女?」という一瞬の隙がなければ失敗していた。しかし、経験の浅いエリーには今ひとつ理解できないようだった。
「というわけだ、さっそく行くぞ」
「はい、お嬢様!」
慎重に屋敷の廊下を進んでいく。潜入だからといって、暗殺者のように忍んだりはしない。あくまでも私はエリーに付き添う見習い侍女という立ち位置で同行しているだけだ。
何人かの使用人とすれ違うも、とっさに振り返りはするものの怪しんで声をかけてくる者は一人もいない。
「ふふふ、見事に紛れ込めているではないか」
「いえ、どう見ても見て見ぬふりをしているだけですよね」
「なぜだ? 怪しいなら声をかけると思うが──」
「護衛とか騎士じゃないんですから、関わって危害を加えられたら嫌ですからね」
そう言われて、エリーの言葉にも一理あると納得する。しかし、だとすると不審者だと思われているとすれば騎士を呼ばれてしまう可能性もある。そんな懸念を考えていると、エリーはまるで心の中を見通したかのように首を横に振った。
「騎士を呼んだりもしませんから、安心してください」
「そうなのか?」
「ええ、危害を加えられそうになったならともかく、放置している限りはお嬢様だとバレない限り問題ないでしょう」
「ほぅ……」
「ただ、お嬢様の顔をよく知っている侍女長あたりは注意してください。素通りしてから騎士に通報しに行くでしょうから」
エリーの言葉を信じるなら、やはり変装してきた意味があったというものだ。もちろん油断はできないが、エリーの助言によってあらかじめ心構えができていれば全然違う。
結局、幸運にも厄介な使用人に遭遇することなく、ワイリーの書斎へとたどり着いた。
「やはり騎士が守っているか」
私の予想が正しければ、騎士など雇う余裕などあるはずがない。それが逆に書斎が怪しいと言っているようなものだった。
「お嬢様、どうしましょう?」
「案ずるな、すぐに片付ける」
「ちょっと、殺すのはマズい──」
「物騒なことを言うな。眠ってもらうだけだ」
殉職などさせたら余計にお金がかかる。これ以上、私の資産にダメージを与えないためにも、殺すわけにはいかない。
私は侍女のフリをしてゆっくりと近づいていく。騎士はそこそこ優秀なようだが、私に比べれば大したことはない。近づけば簡単に眠らせられるだろう。
「ぬ、おま──ひぃぃぃ!」
「うるさい、大声を出すんじゃない!」
「もがっ!」
だが私の姿に気付いた騎士は、あろうことか速攻で腰を抜かしてへたり込んだ。しかも、大声で悲鳴を上げ出したため、慌てて背後に回り込んで口を押えながら気絶させた。
「まったく、大の男が悲鳴を上げるなんて──」
「だから言ったじゃないですか。隠しきれてないって!」
「まあいい、さっさと目的のブツを回収するぞ」
難なく鍵をこじ開けると、エリーを連れて書斎へと入っていった。