残虐皇帝はドアマット令嬢に転生しました。平和な理想世界には、ゴミが多すぎて処分が大変です! 作:底辺作家
ワイリーの書斎をくまなく探してみたものの、帳簿は影も形もなかった。
「お嬢様、ここには置いていないのではありませんか?」
「いや、それはないな。ここ以外だと人目に触れやすくなる。わざわざ見張りまで付けて見られたくないものを、他の部屋に持っていくとは考えられん」
おそらくは隠し金庫のようなものがあるはずなのだが、なかなか見つからなかった。
定番と言われる本棚の裏や植木鉢の下、机の引き出しの二重底あたりを疑ったが、いずれもハズレだった。
「この部屋にあるのは間違いないはずなんだけどな。一体、どこに隠した?」
「お嬢様、隠す場所はどのように決めるのでしょうか?」
「そうだな。一概には言えないが取り出そうとする行為が不自然にならない場所、それでいて他人には詮索されないような場所だな」
もし、取り出している最中に誰かに見られたとしても、隠し場所だと疑われない場所。本棚の裏に隠すことが多いのは、本を探しているようにも見えるからだ。理由もなく他人の部屋の本棚から、本を取り出すようなことはしない。
まさに隠し場所としての条件を揃えている。
「それなら、ここはどうでしょうか?」
「ワインセラー?」
たしかに条件には当てはまる。しかしワインセラーの中は、ワインの瓶がびっしりと詰まっているだけで、書類など隠すような場所は──。
「ご当主様は、お酒が苦手だったと記憶しております」
「なるほど、このワインはブラフということか!」
ワインは光に弱い。だからワインセラーは日陰になる場所に置く上に、ガラス窓も色付きになっている。外からでは瓶の輪郭が薄っすらと見えるだけで、瓶の中身までは判別ができなくなっている。
「これは盲点だったな。なまじ瓶が見えているだけに、何かを隠しているとは思わないだろう──ほら、当たりだ」
ワインセラーの中から瓶を一つ取り出す。思っていた以上に軽い瓶のコルクを抜いて逆さまにする。すると、中から細い筒状に丸められた紙が出ていた。
「なるほどな、ワインの年代からいつの帳簿かわかるようになっているようだな」
どの帳簿もワインの製造年から五年後の日付になっていた。そのルールに従って、過去三年間の帳簿だけを抜き取る。開いてざっと目を通しただけで、家の惨状がはっきりとわかる。
「これはひどいな。下手したら使用人の給料が支払われるかも怪しいぞ」
「そ、そんなこと言われても困ります!」
「エリーは心配する必要はない。私の専属使用人だからな」
私が給料が払われない可能性を口にすると、エリーが激しく動揺する。しかし、専属使用人として動いてもらう以上、私が彼女の生活を保障しなければなるまい。
そう告げると、エリーは安心して胸を撫で下ろした。使用人の中にはエリーと同じような状況の者も少なくないだろう。もし払えなければ、訴えられる可能性すらある。
家にとっては危機的状況だが、一方で私にとっては使用人たちを引き込む好機でもあった。
「これは少し頑張って稼がないといかんな──おっ、これは?」
帳簿に混じって借用書の控えもあった。寄親のサフィア伯爵家から鉱山を担保に金貨五千枚を借りているようだ。
「アイツは自殺願望でもあるのか? うちの領で鉱山がなくなったら破綻一直線だぞ」
クリムゾン子爵家の収益には観光業もある、だが安定した収益を見込めるのは、鉱山採掘による収入だけだ。そこを借金のカタに奪われれば、今のやり方では落ちていくだけだろう。
サフィア伯爵家の目的はクリムゾン子爵家の領地だろう。鉱山を奪えれば、領地の価値は大きく下がる。あとは雀の涙の借金を押し付けて、領地ごと丸々奪い取る算段に違いない。
「そうして手に入れた資金を浪費で溶かすとは──これは一刻も早くアイツから奪い取らねばな」
めぼしい書類を懐につっこみ、書斎を後にしようとした瞬間、部屋の外から悲鳴が上がった。
「きゃあああ、し、死んでる?!」
どうやら書斎の前を通りかかった侍女が倒れている騎士を姿を見つけてしまったようだ。このままでは、遠からず書斎の中にも入ってくるに違いない。
「あわわ、どうしましょうか。お嬢様」
「心配するな」
私は窓の方へと歩いていき、窓から下を見下ろす。周囲に人がいないことを確認すると、エリーを手招きして呼び寄せた。
「お嬢様、何を?」
「ここから出る。しっかり口を閉じておけ」
エリーを抱きかかえると、窓から身を乗り出し、そのまま地面に向かって飛び降りた。それなりに高さはあるが、この程度の高さは私にとっては何の問題もない。キレイに着地してエリーをゆっくりと下ろす。
「お嬢様、今度は何を?」
「ちょっと窓を閉めてくる。周りを見張っておいて、誰か来たら注意を逸らせ」
「あ、お嬢様!」
呼び止めるエリーを無視して壁をよじ登る。書斎の窓までたどり着くと窓を閉めて、ふたたび飛び降りた。
「これで窓から出たとは思われないだろう」
「そもそも、あの高さから飛び降りたなんて誰も思いませんよ!」
「念のためだ。目的は果たしたし、さっさと戻るぞ!」
書類を手に自室へと戻る。先ほどは大雑把に見ただけだったが、部屋で改めて細かく見直すと、さらに驚くべき事実が判明した。
「入ってきた金額が金貨二千枚分しかないわね」
借りたはずのお金が四割しか入ってきていないことに眉をひそめる。すると、私の言葉に反応して、借用書を精査していたエリーが声を上げる。
「もしかして、残りは鉱山労働者の給与に当てられているのかもしれません」
「そんなバカな!」
思わず叫んでみたけれども、借用書には『鉱山開発の諸経費に関しては、当面10年分を担保として負債に含めるものとする』と書かれていた。改めて調べると、確かに子爵家から鉱山労働者への給与が支払われていない。そして恐ろしいことに、契約直後から鉱山の収入が激減していた。
「何よこれ──借金のカタどころか、ほとんど乗っ取られてるじゃない!」
「この契約自体も問題ないのでしょうか?」
「用途を限定してお金を貸すことは違法ではないはず。だけど鉱山の収入が落ちているのが不自然だな」
主要産業である鉱山開発に対する融資と考えれば違法性はない。しかし、従事者が伯爵家の子飼いで横領して横流ししているとなれば話は別。
「あまり放置はできんが、近いうちに搾り取ってやろう。それよりもまずは浪費の元である商人どもに速やかにお帰り願うとしよう」
「帰らせるって言っても、簡単には……」
「手違いだったと説得すれば問題あるまい」
不安そうに私を見つめるエリーに、口角を上げて笑みを浮かべた。それでもエリーの表情は不安そうなままだった。心配性が過ぎるな。
翌日、商人たちの馬車が子爵領の街中を越え、領主の館へと走っていた。
「おっと、ここでお帰り願おうか」
「なんの真似ですか?」
「今の子爵家はお前たちの商品を買う余裕などない。わかったら、大人しく引き返せ」
「それはできない相談だ。私たちは商売人。依頼があればどこにでも駆けつけるというもの」
「ふん、カモだとしか思っていなくせに、よく回る舌だな」
私の言葉に商会主は涼しい顔をして受け流していたが、一部の表情が曇るのを見逃さなかった。どうせ伯爵の指示で、ダメ押しとしてグローザとハンナからお金を巻き上げるように言われているのだろう。
「どうやら図星のようだな。さあさあ、今日は店じまいだから帰れ」
「ガキの分際で我々の邪魔をするなど、身の程知らずめ」
商会主が手を挙げると、護衛たちが私を取り囲む。
「このガキはお前たちに任せる。捕まえて売りさばくのも自由だ」
「ほぅ、奴隷が禁止されている国で、堂々と奴隷にすると公言するとは愚かな」
「言ってろ。すぐに何も言えなくなるのだからな」
周囲を取り囲む男たちを見回す。それなりに腕は立つようだが、護衛と言う割には覇気どころか魔力もほとんど感じられない。この程度の力量で護衛を名乗るとは悪い冗談としか思えないのだが。
「はあ──しかたない、相手をしてやる」
「舐めやがって、ガキが!」
面倒極まりないが、ため息交じりに宣戦布告をすると、激昂した護衛たちが一斉に襲い掛かってきた。