魔法少女ノDr.STONE   作:ゴータロー

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初めから変な人だと思っていたのです。

だいたい、いきなり白い粉がどうのなんて言う人を信用できるわけがありませんわ。

私たちの中に一人だけ殿方がいる。

そんなのどう考えても怪しいに決まっています。

だのにあの方は何も気にしていらっしゃらないのです。

それに、少なくとも、魔法が使えることを馬鹿にしませんでしたわ。

子供のように無邪気にはしゃいで、私を褒めてくださった。

そんなの、私にとって生まれて初めてのことでしたのよ。


ーー遠野ハンナ



#0『白菜頭の少年』 #1『魔法の白い粉』

『白菜頭の少年』

 

「今回は、大魔女様はいらっしゃるのでしょうか……」

 

一人きりの牢で私は身体を起こして、期待を隠しきれず独りごちた。

私の名前は氷上メルル。魔法が使える、魔女だ。

普通の人間ではないし、普通の生を送ることはない。

私は、親愛なる大魔女様を見つけるために、もうずっと何人もの少女たちを集め、この牢屋敷に連れてきている。

大抵は途中で死んでしまったり、殺されてしまったり、はたまた魔女のなれはてになってしまったり、なかなかうまく行くことはない。

どんな苦労を重ねても、大魔女様が現れて、私ににこりと微笑んでくれることはない。

それでも私は長い間めげずに、敬愛する大魔女様を探し続けている。

私の下僕である異形の看守に連れられて、少女たちがのろのろと牢獄を出て歩いていく。

ひい、ふう、みいと数えて十一人。私も入れて十二人。

一人足りない。

横を見ると、指示を無視して牢の中でカラースプレーを噴射している少女がいる。

これで十三人と、ため息を吐いた。

 

そのはず、だった。

すたすたと少女たちの最後尾を歩く、裾の長い白衣を纏った男の子がいた。

彼はきょろきょろと辺りを見回し、不敵に微笑んでいる。

少年は、縦に伸びた白菜のようなヘアスタイルをしている。

 

これは、なんだろう?

 

この場所に女の子以外が集められたことは、ない。

そもそも、この男の子はどこから現れて合流したのだろう?

前を行く少女たちは、誰も気付いていないようだ。

私だけが動悸している。

この心の動揺は、良いことなのだろうか。

それとも……到達してはならない破滅への前触れなのだろうか。

私にはわからない。わからない。

 

「うあっ!」

 

黒髪の女の子に突き飛ばされて床に転がる少女、確か彼女は桜羽エマという名前だ。

私が声をかけるよりも早く、白菜の彼はエマの手を取って立たせてしまった。

少年に助けられたエマは、ぽかんとして口を開けている。

エマを突き飛ばした少女も、場違いなその男の子の存在に気付いてギョッとした様子だ。

彼は二人の視線を気にした風でもなく、白衣のポケットに手を入れて歩き出してしまった。

 

ーー本当に、なんなんでしょうこれは?

 

 

 

 

『魔法の白い粉』

 

 

「ここではあなた達に囚人として共同生活を送ってもらいます。規則を守り、正しく過ごしてくださいますようーー」

 

ゴクチョーと名乗った喋るフクロウを遮り、長い黒髪の少女ーー二階堂ヒロがラウンジに居並ぶ少女達の前に進み出た。

 

「正しくない。この場所に囚われる謂れが私たちにあるとでも?」

 

ヒロは暖炉の傍らに置かれた火かき棒を手に取って、異形の看守に歩み寄った。

彼女が剣呑な雰囲気を身に纏っているのは、否が応でもその場の全員に伝わった。

一触即発。

看守は大振りな鎌を持って静かに立ち尽くしている。

ヒロはその威圧的な姿にも怯まなかった。

 

「正しくないものは、私がこの手で正さねばならないーー!」

 

ヒロが看守に向けて火かき棒を大きく振りかぶった瞬間、彼女の動きを遮るものがいた。

 

「ああ、そりゃ正しくねえ。全っ然正しさのカケラも感じねえな」

 

肩を並べた少女たち、一羽のフクロウ、一体の異形。そのどれでもない、招かれざる客。

この場にいてはならない、十四人目のプレイヤー。

白菜の髪をした少年は、ヒロが振りかざした火かき棒を握りしめて止めていた。

 

「なっーー離せ! 正しく無いものは、消す!」

 

ともすればヒロは、殺意をその少年に向けかねない勢いで告げた。

 

「離さねえ。この場で暴れて何になる。つまり、合理的にやめろって言ってんだ」

 

彼の直接的な物言いに、ヒロは鼻白んだ。

ぎりりと歯を食いしばり、憎々しげに少年を見下ろす。

「相手は不明、少なくとも俺たちを知らず知らずのうちに誘拐する力はある。目の前の得体の知れないバケモンに、喋るフクロウ。ぜんぶ分からねえことだらけだ。分からねえから、今ここで、慎重に考えなくちゃならねえ。違うか?」

少年の言葉を耳にして、割れそうなほどに歯を噛むヒロの瞳は、狂気の色に染まっていた。

二人に漂う険悪な空気に助け舟を出したのは、桜の少女。

 

「そ、そうだよヒロちゃん! こんなことしたら、危ないかも、しれないよ」

 

エマの声はおどおどとした声色だったが、ヒロに対する心配には偽りの色がなかった。

忌々しげに二人を見遣ったヒロは舌打ちをして、火かき棒から手を離す。

床に落ちた鉄製の棒が、がらんがらんと大きな音を立てた。

ヒロはエマと視線も合わせようとしなかった。

看守は無言で三人を見つめていたが、興味が薄れたのか、部屋の隅へと移動していった。

 

「えー……こほん、まあとにかく、あなたたちはここから逃げられません。せいぜい仲良く過ごしてくださいね。もし、殺人事件が起きちゃったら、誰かを処刑しなければなりませんので……」

 

ゴクチョーは面倒くさそうにそれだけさっさと告げて、ぱたぱたと羽ばたいてラウンジを後にしてしまった。

後には十二人の少女と、一人の少年が残される。

 

「……君たち! いいかな!」

 

声を張り上げた背の高い美形の少女は、蓮見レイア。皆の前に進み出て、演技のように仰々しく、胸に手を当てて撫で下ろした。

 

「まったく。無事だったからいいが……あまり、先ほどのような大立ち回りは賢い振る舞いと言えないな。特にきみ、ヒロ君と言ったか。気をつけたまえ」

「……余計なお世話だ。私は私が正しいと思ったことをしただけだよ。そこの彼に邪魔されてしまったけれどね」

 

ヒロは鬱陶しそうに視線を横に向けた。

 

「ああ、邪魔するぜ。テメーの行動は全員にとってリスクしかなかったからな。合理的じゃねえ」

 

少年はきつい視線をものともせず、ヒロと向かい合った。

少女たちの注目を、険悪な空気を醸し出すレイア、ヒロ、少年の三人が集めていた。

 

声を発したのは、胸元が大きく開いた服を着た、金髪の少女ーー佐伯ミリアだった。

「あ、あのさ! 会ったばかりでお互いのこともよく知らないのに、ケンカするのは、よくないと思うな。おじさんは……うん。すぐみんな仲良くするのは、難しいかもしれないけど……」

 

そうですよ! と声が上がった。

青髪の少女、橘シェリーだった。

「今はわからないことばかりですし、私はこの屋敷のことをもっと調べるべきだと思います! あなたもそう思いませんか?!」

 

シェリーの隣にいた、ツインテールに髪を括った少女ーー遠野ハンナは、急に話を振られたことに気付いてしどろもどろになった。

「はいっ?! わ、私は……まあ、そうですわね……争うよりは、やるべきことがあるのは確かだと思いますけれど……」

 

残りの少女たちは、どうしたものかと答えあぐねている様子だ。

その中から、蝶のリボンが付いたドレスを着た、大人びた雰囲気の少女ーー宝生マーゴがゆっくりと口を開く。

「この状況は飲み込めないけれど……不自然なことはあるわ。それはもちろん、白衣のきみ、あなたのことよ」

 

マーゴに続くように、人の背ほどもある銃を抱えた少女ーー黒部ナノカがぼそりと呟いた。

「そうね。私たち女性の中に、一人だけ、男性がいる。このことが何を意味するか、ぜひ聞かせてもらいたいものだわ」

 

一人、また一人と視線が少年に向いて行く。

「そうだよ! 何で男がいんだよ! それだけでもめちゃくちゃ怪しいだろ!」

敵意を剥き出しに声を荒げたのは、猫耳型のヘッドフォンを着けた少女ーー沢渡ココだった。

 

[その男が仕掛け人ではないのか?]

無言でスケッチブックに文字を書いて、掲示した女の子は夏目アンアン。黒に近い濃紺の、ふわりとしたロリータ調のドレスを着飾っている。

 

マスクを身につけた少女ーー紫藤アリサは端から見える吊り上がった視線だけで、この場の全員を威嚇しているようだ。

この場の対応に逡巡しているのは、シスター服を着た氷上メルル、そして先刻少年を庇った桜羽エマだった。

 

次々と疑惑、疑念、疑問の視線が少女たちから投げられる中、少年ーー石神千空が口を開いた。

 

「ああ。疑われるのは無理もねえ。俺もこの状況は意味がわからねえ。デスゲームにぶち込まれたって言われる方が、一億倍理解も進む。お残念ながら、テメーらの言う通り、俺が怪しくないことなんて、何も証明出来ねえってことだ」

 

だけどな。と千空は続けた。

 

「人が死ぬのは気に食わねえ。殺人なんて絶対にさせねえ。科学の時代に処刑だの何だの、そんなの絶対に認めねえ。だから俺はここから脱出する。脱出不可能と言われても、全員死なずに逃げおおせてやる。科学の力で、人殺しなんて考えさせねえ」

 

千空はさらに、誰にも聞こえないよう呟いた。

 

「唆るぜ、これは……!」

 

 

 

 

ぷるぷると震えて、遠野ハンナは宙に浮いた。

 

「なにいーーっ?!! マジで空飛んでやがる! それが魔法かよ!! わからねえことだらけで、唆りまくるじゃねえか!」

 

間近に浮かぶハンナを見て大興奮しているのは、この牢屋敷で異質なただ一人の男、石神千空だ。

ふわりとハンナが床に降り立つと、千空は手放しで彼女を褒めた。

不躾な視線に、ハンナが頰を朱に染める。

「あのフクロウが言ってたこと、とても信じられなかったが、こうやって魔法の実物を見たら信じるしかねえ。原理も気になるところだが、何より外の誰にも共有できないのが残念だな」

「ふ、ふん。千空さんはなかなか見所があるお方ですわね。お望みなら、もっと私の魔法を披露してあげても構わないことよ?」

ハンナは顔を紅潮させていた。いささか照れくさそうではあったが、自信げに胸を反らす。

「はいはい! 私だって使えますよ、魔法!」

橘シェリーが千空とハンナの間に割り込んだ。

彼女の手には、手頃な大きさのリンゴが握られている。

「そ、それボクの……!」

果実を掴まれ慌てふためいたエマの叫びにも、シェリーは躊躇うことなく、リンゴを手のひらの中でぐしゃりと握り潰してしまった。

「ん、おお……それで?」

「千空さん反応が薄いです! 私の魔法は怪力なのに! リンゴを握り潰せる女の子なんて、そうそういませんよ!」

千空は困ったように頭をかいた。

「ああ、すげえよシェリー。それは間違いねえ。間違いねえんだが、テメーの魔法、まだ物理的に説明がつくレベルで、正直に言やあ拍子抜けしたってところだ。どのくらいまで力が出せるんだ?」

「それはですね……おっと、ヒロさんが怖い顔で私たちを睨んでいるので、ここらでやめておきましょう!」

一人で黙々と食事をとっていたヒロが、騒がしい一画を不快そうに睨み付けていた。

千空たち三人は、決まりが悪そうに席につく。

食堂における少女たちの席順はバラけていた。

一人でいるのがヒロとアリサ、アンアンにナノカ、そしてココ。

同席しているのがエマとメルル、その近くに千空とシェリーとハンナ、離れたところには、レイアとミリアとマーゴが三人で座っていた。

千空はこの場で明らかに浮いた存在であったが、シェリーはそんな彼に興味を示したらしく、あれこれと話しかけに来たのである。

「そ、そうだ。エマさん、傷が……」

メルルが思い出したようにエマに歩み寄り、跪いた。擦りむいて血が滲んでいたエマの膝にメルルが手を当てると、患部と手がぼんやりと光りだす。

数分もしないうちに、その傷は塞がってしまった。ざらめの様になっていた血の跡も消えている。

エマは目を白黒させた。

「すごい……! もう全然痛くないよ、メルルちゃん!」

「うおお?! そりゃなんだ? 治癒……か? ますますとんでもねえじゃねえか、魔法ってのは」

メルルの治癒を受けたエマ以上に、その様子を見ていた千空が驚いていた。

急に注目を集めたメルルは、居心地が悪そうにしている。

「千空さん、あなた何にでも驚きますわね……」

子どものように目を輝かせている千空に、ハンナは呆れ顔だ。

「千空さんは何か魔法が使えるんですか? だってここにいるからには、魔女じゃなくて魔男ってことですよね?」

シェリーの口から飛び出た耳慣れない単語に、ぷっとエマが吹き出した。

千空は不敵に笑ってシェリーに答える。

「いや、魔法なんて使えねえ。ちーっとばかし科学オタクなだけの、ただの高校生だ。他にできることと言ったら……シェリー、そのスマホって電卓あるか?」

「はい、ありますよ!」

シェリーは懐からごそごそと、この牢屋敷の支給品のスマホを取り出した。少女扱いされていない千空にはスマホが支給されていなかった。

「四則演算、何でも何桁でもいいから出してみろ」

「はあ……それでは、667×1234÷987×456は?」

千空は二、三秒額に指を当てて考え込んだ。

「380267.039514。つーかシェリー、もっと難しくても良かったんだがな?」

早々と結果を答えた千空に、周囲がざわつく。

ハンナは唖然としていた。

「あ、暗算? 合っていますの、シェリーさん?」

「……合っています。ははあ、なるほどー。これも一種の魔法のようなものですね」

少女たちが変なものを見る視線で、千空のことを見る。

「クックッ、まあ、電卓があるんだから、暗算なんてできてもあまり意味がねえ。それよりテメーらの魔法の方が百億倍やべえわ」

 

何のエネルギーもないはずの無から、有を生み出してるんだからな。

 

千空は興奮と興味を隠しきれない様子で呟く。

 

 

 

 

「……付き合っていられないな」

席を立ったのはヒロだった。

その手には食事の入った膳を持っている。

「ヒロ君、それは……?」

レイアの問いかけを訝しがるでもなく、ヒロは答えた。

「ノアという、ここに来ていない女の子が一人いるだろう。その子に届ける」

「ああ! それはいい考えだね。よろしく頼むよ」

食事を載せたトレーを持ったヒロが食堂を後にすると、少しばかり重くなっていたその場の空気が緩んだ。

「千空さん、ごめんなさいぃ……」

メルルが涙目になりながら、千空に謝罪する。

はっ、と千空は笑った。

「あー、俺が寝る場所の話な。外でもいいって言っただろうが」

「で、でも……規則がありますし、千空さんには、懲罰房で寝泊まりしてもらうことになってしまうなんて……」

十三人の少女たちは、二人一組で地下の牢獄に囚われている。

メルルだけがこの中で一人部屋だった。しかしながら、男である千空を当然相部屋にするわけにもいかない。

千空は死ぬほど面倒くさそうに、雨風がしのげるならどこでも構わないとのたまっていたので、女性陣から離れた、最も奥の地下の懲罰房を、当面の彼の寝床とすることに決まったのだった。さらに、房の鍵は少女たちが管理するという条件付きで。

やむを得ない反対給付だと言えば、そうだろう。

年頃の少女たちには、多かれ少なかれ、そういうところがあるものだからだ。

「いや……あんなブキミなとこに平然と寝泊まりできるってやべーだろ。センクー、どうかしてるっしょ」

ココはゲテモノを見るような顔で、千空に悪態を吐いた。マーゴやミリアも似たような反応だ。

「いいや? 案外中には面白れーモンもあったし、それを持ち出せば色々試せそうだ。まあ、趣味が悪りいってのは、完全に同意だけどな」

千空は本当に、本来罰されるべき対象に課される部屋に閉じ込められることを、意に介していないようだった。

必然的に、というべきか。千空にはこの場に残った少女たちの好奇の目が向いた。

「ね、ねえ。千空くんは、ここから出られる方法、何か考えついてるの?」

エマが熱のこもった視線を向ける。

「さあな……まずは情報を集めねえとわからねえ。なんせ魔法が出てくるファンタジーだ。どこまで俺の知ってる科学が通用するかなんて、考えるだけでワクワクするわ」

少女たちからため息が漏れた。露骨に残念そうな表情を浮かべる者もいる。

アリサとココは千空の敗北とも取れる宣言を聞いて、食堂からさっさと出ていってしまった。

「でも……千空。あなたは無策ではないように見えるわ。何かを考えているのね?」

マーゴは慎重に言葉を選びながら、千空に語りかけた。自身の真意を読まれまいと隠している様子だ。

「もちろん、今日になって最初にやるべきことがはっきりした。それはな……」

わざとらしく千空が次の言葉を溜めたので、ハンナが食い気味に問いかける。

「もう、なんなんですの?!」

イッヒッヒ、とどこからどう見ても悪役の笑みを満面に浮かべる千空。

 

「魔法の白い粉作りだ!!」

 

居並ぶ少女たちは、今度こそ千空の言葉に呆気に取られて、目が点になった。

 

 

 

 

アリサがバタバタと足音を立てて、昼下がりのラウンジへと入ってくる。ソファに腰掛けていたミリアとアンアンは驚いた様子で、彼女にどうしたのかと問いかけた。

 

「石神の野郎はどこ行きやがった! アイツ、何考えてやがる!」

 

今にも弾丸のように飛び出していきそうなアリサの剣幕に気圧されながら、ミリアはおずおずと答えた。

「千空くんなら、メルルちゃんたちと湖のほうに行ったよ。なんだか、取りに行くものがあるとかって……」

[森を探すと言っていた]

アリサはここにいない千空を悪し様に罵った。

「あんな奴にホイホイついていって、氷上も桜羽も、何考えてんだよ……!」

駆け出そうとするアリサを、ミリアがやんわりと諌めた。

「わ、私は、彼はそんなに悪い人には見えなかったけどな……いきなり変なことを言い始めたなとは、思ったけど」

[ミリアは甘い。千空は信用できない]

辛辣な態度を取るアンアンに、ミリアはうーんと苦笑いを浮かべる。

はあ、とアリサは溜息を吐いた。

「ロクなことにならねーに決まってんだろ……」

気勢を削がれたアリサは、ミリアたちを残し、のろのろとした足取りで牢屋敷の外へと出ていった。

 

一方ここは、湖の畔の森の中。

「せ、千空さん……どうしていきなり、こんなものを……?」

「そうですよ。お腹でも空いてるんですか?」

メルルとシェリーの問いかけに千空は答えず、彼は茂みをかき分けかき分け、地面にしゃがみ込んで、下生えから伸びるものを吟味していた。

「ああそうだ。素材集めは、人手があればあるほどいいからなあ。っと、ハンナ、倒木に印をつけんのも忘れんなよ〜」

「もう〜〜〜人使いが荒いですわね! いい加減に目的と理由を説明してくださいまし!」

それでもハンナは、千空に言われた通りに枯れ木の倒木に布の端切れを巻いていく。

「決まってんだろ、食べるためだよ。厳密に言えば、食べられるようにするため、だ」

千空は続けた。

「テメーら、あのクソ不味い飯に毎日三食耐えてられるか? 食えるだけありがてえ? 俺はとてもじゃねえが、黙って口を開けてるのは勘弁だ。ここの調査には時間がかかる。長期戦を見込むなら、足場から固めていかなきゃなんねえ」

「それは……ボクも、そう思うけど……」

彼らが抱えたカゴには、山盛りのキノコが入っていた。明らかに毒を持つものや食べられないものは、植物に詳しいと話したメルルと、ヤバいものには大体詳しいと自負する千空が取り除いている。

いちいち猛毒のキノコを嬉しそうに千空が解説するので、エマとハンナは辟易としていた。

「でも、千空さん。一日や二日なら、このキノコでも食卓は豪華になるかもしれません。ですが、キノコなんて、この人数で食べてしまえば、それまでではないのですか?」

シェリーは腑に落ちないと言った顔で千空を見る。他の少女も同様の気持ちのようだ。

「だから、魔法の白い粉なんだよ。日本人が発明した世界最強の調味料、それをキノコを使って、一から作ろうってことだ」

「あ……もしかして!」

エマが得心したように、ぽんと手を打った。

 

「そうだ。この大量のキノコからグルタミン酸ナトリウムとグアニル酸ナトリウムの結晶、別名ーー味の素を作る!!」

 

 

 

 

うま味調味料こと味の素。

魔法の粉の正体も、気付いてしまえは意外性は少ない。

ハンナとシェリーも納得した様子だ。

「つまり、キノコからお出汁を取るということですのね?」

「簡単に言えばそうだけどな、普通の出汁なんかじゃねえぞ? 白い粉の純度が高ければ高いほどキマるはずだ。そのためには、ある程度しっかり精製する方法と手順を考えねえとな」

「あ、あの……その言い方は……なんか、よくないので……やめませんか……」

メルルは千空の露悪的な言葉選びに半泣きだ。

ククッ、と千空は含み笑い、冗談だよと言った。

「何にしたってトライアンドエラーだ。夜までに仕込みは終わらせておきてえ。帰ったら忙しくなるぞ」

「上手く……いくのかな……?」

エマの不安も無理はない。

だって彼女らは、筋金入りの科学マニアの石神千空のことを何も知らなかったのだから。

そして彼らは森から牢屋敷に戻る途中で、喧嘩腰のアリサに出会ったのだった。

 

「石神ィ! 変なモン作ってウチらに何するつもりだ! 今ここでお前ごと全部燃やしてやるよ!」

 

千空の姿を見るなり怒鳴りつけたアリサの指先から、赤色の炎が迸る。

「ア、アリサちゃん落ち着いて……!」

「そうですわ! せっかく取ったキノコが焼けてしまうなんて勿体無いですもの!」

「ハンナさん。千空さんも心配してあげてくださいぃ……」

エマとハンナに押し留められたアリサは、怪訝な顔をした。五人が抱えた山盛りのキノコを見て、その反応はますます疑いを増していく。

「はあ? キノコ? 毒キノコでもウチらに食わそうってのか?」

「あー、そうじゃねえ。それよりアリサ、テメー随分いい魔法持ってんじゃねえかぁ〜。ちょうどソッコーで燃えそうな火種が欲しかったところでなぁ〜?」

千空はなし崩し的にアリサを捕まえ、やめろやめろと叫ぶ彼女を引きずりながら、エマたち四人を置いて牢屋敷の厨房へと向かっていった。

 

再び現れた千空は、両手に大小様々な鍋と、白い粉末を抱えていた。

その後ろには、観念したアリサが、苛立ちを隠そうともせずに着いてきている。

一応、危険なものを作る集まりではないことが彼女にも伝わったようだ。

そこから、千空の指示は素早く、そして的確だった。

メルルとハンナにキノコを軽く水洗いして、鍋に水を張るように指示する。シェリーには持ち前の怪力で敷かれた石畳を破壊し、簡易かまどの材料を確保させた。

千空とエマは石レンガでかまどを組み上げ、焚き付けとして用意した枝や枯れ草をその中に設置していく。

火口に着火するのはもちろん、苦々しい顔をしたアリサの役目だった。

辺りは一瞬のうちに、ちょっとしたキャンプスペースのようになった。

「とりあえずいくつか、試してみる。どれがうまく行くかは、俺も野生のキノコから作るのは初めてだからわからねえ」

「作るの自体は初めてじゃねえのかよ……」

アリサのぼやきは完全に無視して、千空は鍋を四つのグループに分けて煮炊きを始めた。

一つは生のキノコをそのまま水から煮る鍋。

一つはかまどの炎で焼いたキノコを水から煮る鍋。

残りの二つは少しばかり手順が異なっていた。

塩焼きにしたキノコを煮る鍋と、塩焼きキノコをさらに刻んでから煮る鍋だった。

「対照実験ですね!」

「ああ、本当は塩蔵や冷凍も試したいんだけどな。塩蔵するには時間がかかるし、冷凍するには設備がねえ。だから今回は超ソッコースピード勝負で、キノコの旨みを全部引き出せる方法を探すってワケだ」

ぐつぐつと、周囲には天然のキノコが煮える良い匂いが漂い始める。

えも言われぬ匂いに誘われ、何人かの少女たちが屋敷から出てきていた。

 

 

 

 

「何をしているかと思えば……」

「お外で鍋パーティ?」

呆れ顔のヒロに連れられてやってきたのは、七色の髪を両脇でおさげにした少女ーー城ケ崎ノアだった。ノアは興味深そうに鍋の中身を見ている。

「くんくん、美味しそうだね……」

[ミリアよ、いま食べるものでは無いのだろう]

ラウンジにいたミリアとアンアンもいる。

唐突に始まった賑わいを目にしに、レイアとマーゴ、ココもその場に現れる。ココは配信のネタ探しなのか、自分のスマホで炊事の様子を撮影していた。

ナノカは警戒しているのか、その場に現れなかった。

「そう……白い粉とは、上手く表現したわね。いいえ、旨く、というべきかしら」

マーゴは微笑みながら、鍋が煮える様子を眺めている。他の面々からも、大なり小なり、奇異の目はあっても、朝にあった千空への不信感は、いくらか消え去っているようだった。

「あーあー、せっかくお集まりいただいたところ恐縮だがな。グルタミン酸が結晶化するまでは鍋を煮詰めなけりゃなんねえ。完成は、もうちょっと待ってくれ」

千空はかまどに新たな焚き木を焚べて、少女たちに言った。

千空に促され、少女たちが一人、また一人とその場から離れて行く中、ノアだけが千空の様子をずっと見ていた。

 

「ほら、味見するために残ってたんだろ」

「……バレちゃった」

数時間後、周りで絵を描きながら時間を潰していたノアに、千空は声を掛ける。

鍋の水分は殆どが蒸発していて、底面にキラキラ光る白っぽい粉末が付着していた。

煮出したキノコは焦げないように、千空が別の鍋に集めている。

「まあ、流石に毒味はさせてもらったがな。キノコは地域差があるから、万が一がないとは言えねえ。昔からとある地方でバクバク食われてたキノコが、実は毒だったなんて言われることもあるくらいだ」

「ねえ……ほんとに、食べてだいじょうぶなの?」

不穏な例え話に不安そうな顔をするノアを横目に、千空は例によって悪どい微笑を浮かべた。

「三時間前に煮汁を飲んだ俺がお陀仏にならずに生きてるからなあ。見た目と味でだいたいの同定はしたから大丈夫だ」

千空はノアに粉末を掬い取った銀のスプーンを渡す。最初は水で煮ただけの鍋から。

ノアは渡されたそれを、恐る恐る舌先で舐めとる。

びりりと舌を突き刺すような刺激に、うぇ、とノアは顔をしかめた。

「……なんか、えぐいよ」

「だろうな。そもそも旨味成分ってのは、単体で味がつくワケじゃねえ。味をつけずに煮ただけのこの鍋は、旨みもアクも全部凝縮しちまってるってことだ。貴重な感想ありがとよ」

その答えは千空にとって織り込み済みであったらしい。ノアはむーと頬を膨らませて、不満げだ。

千空は次に塩キノコを煮た鍋から、同様に結晶を掬ってノアに渡した。先程の鍋よりも、倍ほどに多い。

ノアはじろじろとその先を見て、警戒している。

「……ほんとうに。おいしいんだよね?」

ぱく。とノアがスプーンを口に含んだ瞬間、彼女は驚愕の表情を浮かべた。

千空はしたりとばかりに、会心の笑みを浮かべる。

 

「ああ。料理も、科学だ」

 

 

 

 

夕食時、千空はガラスの小瓶に詰め込んだ白い粉末を少女たちに披露した。

小瓶は医務室からメルルに調達してもらった薬瓶で、金属の蓋には小さな穴がいくつか空けてある。

「これがグルタミン酸ナトリウムとグアニル酸ナトリウムの抽出物ーーいわゆるうま味調味料の試作だ。今回は塩が多めだから、使いすぎるんじゃねえぞ?」

「……千空君の努力は認めるが、本当に調味料ひとつで、そこまで変わるものだろうか……」

レイアは小瓶を手に持って、疑念を隠しきれない眼差しでしげしげと眺めている。手伝いをした少女たちも似たようなもので、自信ありげに胸を張るのは、千空だけだった。

誰だって最初の一口は怖い。

美味しいのはいい、だが、もしも不味かったら?

みんなの努力が無に帰すような評価をせざるを得なくなったらーーその躊躇が、少女たちに少なからずあるようだった。

その空気を読まず、ノアがレイアの手から小瓶を奪い取り、ぱっぱと自分が取り分けた皿に振りかける。

得体のしれないシチューのような、内臓の煮込みのような、まるで料理とも呼べない代物。

全員の注目を浴びながら、ノアが一口、それをぱくりと口に入れーー

「ん〜〜〜〜っ!!」

「ノ、ノア君!?」

スプーンを握ってぶるぶる震えるノアに、レイアが慌てて水を差し出す。

だが、彼女の次の言葉は、

 

「おいし〜〜〜っ!!!」

 

ノアは差し出された水も受け取らずに、一心不乱に料理を食べ始める。

食堂内に呆けたような雰囲気が流れると、次にビンに手を伸ばしたのはナノカだった。

「……毒は入っていなさそうね」

自分の取り皿に振りかけ、ぱくり。

そして目を大きく見開いた。

それから一人、また一人と。

屋敷に人知れず幽閉された、絶望的な状況で、陰鬱な食事の時間を過ごしていた少女たちに、次々に笑顔の華が咲いていく。

瞳に涙を浮かべているものさえいた。

それほどまでに、食事が人に与える心理的な影響は大きい。

千空は賑わう彼女たちの輪に加わらず、一人、それを眺めていた。

取り分け皿のお代わりを盛ろうとしたアリサが、千空に問いかける。

「おい石神。どうしてこんなに味が変わるんだ。料理そのものは変わってねえんだろ。まるで……魔法みたいじゃねえか」

「あー、簡単なことだ。ここのメシの問題点は、最初に食べた時に分かったからな」

千空は頭をかきながら、そう口にした。

「俺も前に食ったことがあるんだけどな。絶望的に不味いメシってのは、全部が極端なんだよ。火の入れすぎ、生すぎ、味が全然しないか、もしくはメチャ甘だったり激辛だったり、いっそ清々しいくらいマズいってやつだ。んで、ここの料理は味付けが壊滅的だった。ま、あの看守が料理上手には見えねえしな」

それじゃ答えになってねえぞと、アリサが千空を睨みつける。けれど、その視線は昼間よりもずいぶん柔らかかった。

「それを全部解決するのが旨みっつー超絶ありがてえ成分なんだよ。クソマズの軍用レーションですら、ご馳走に変えちまう代物だ。極め付けは塩化ナトリウムーー食塩をぶち込んでキノコと一緒に煮出したことだな。普通に使うなら塩味がキツすぎるが、味のない料理に慣らされた味覚ぶん殴って頭を揺らすんなら、死ぬほど都合がいいってことだ」

クッソありがてえ魔法の粉で、やめられない、止まらない、だろ。と千空は口元を歪める。

「ならよ……あんなに苦労しなくても、塩だけでも良かったんじゃねえのか?」

千空はそんなアリサの話を一笑に付した。

「言っただろうが。極端な味付けが不味い料理の代名詞だって。塩だけ使ったところで、単調な味はいつか飽きがくる。だからこその旨味なんだよ。人間の舌を騙して付き合っていくには、脳ミソ様が勝手に錯覚してくれるお味が必要だったってワケだ」

千空は自分の皿から一口掬い、口に含んだ。

試作にしちゃ、悪くねえなと千空は独り言を言った。

「なあ、でも……」

「あん?」

アリサは次の一言を言わなかった。

訝しむ千空を無視して料理を盛り付け、自分の席に戻って行った。

 

アリサが千空に言えなかった言葉。

 

(お前が苦労したんだから、お前だけで使えばいいじゃねえか)

 

(なんでウチらを優先すんだよ)

 

アリサは頭を振って、次々に浮かんできた言葉をかき消した。

それと一緒に、千空に浮かんだ生暖かい気持ちまで振り払おうとした。

 

 

「なんか……ムカついてしょうがねえ」

 

 

 

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