魔法少女ノDr.STONE   作:ゴータロー

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不審者だな。

そうとしか言えないだろう。

知らない奴から食べ物をもらうなと教わらなかったか?

挙句の果てには風呂作りだ。

これで下心がないなどと信じられん。

だが、信じられないやつも世界にはいるのだな。

わがはいの世界が、いかに小さく見識がないものだったか。

ん、わがはいだけではない?

まあ……そうだろうな。

度を過ぎたおせっかいなのだろう。

困ったものだ、全く。


ーー夏目アンアン



#4『フランケンシュタインの怪物』下

 

「はあ……」

勢いとテンションで劇の脚本を書き上げたアンアンも、いざ舞台の練習が始まると気が気でなかった。

稽古の最中も、少女たちは完成した脚本を褒めてくれるが、それは同時に自分の功績を残酷に評価される場でもある。

少女たちにため息を吐かれたらどうしよう。

出来がよくないものだったらどうしよう。

誰も好きになってくれなかったら、どうしよう。

創作者の孤独で、アンアンが疲弊していったのも無理はない。

演者の仕草は、どんな言葉よりも饒舌に、脚本の出来具合を語る。

レイアが持ち前のパフォーマンス力とリーダーシップで全員を導いていなければ、アンアンは重圧で押しつぶされていたことだろう。

それでも、その日はやってきた。

 

牢屋敷、最初で最後の柿落とし。

華やかに、晴れやかに飾り付けられた屋敷の中庭で行われるのは、即興劇か、あるいは残酷劇か。それとも悲劇か、はたまた喜劇か。

ギャラリーに座るのはナノカ、アリサ。

それに招待されたゴクチョーと看守の姿。

「観客が必要なのはわかりますが、私たちまで、見る意味があるんですかねぇ……」

フクロウの表情にも困惑が現れているのが、舞台からだとよく見える。

看守は無言で、行儀良く座っている。

くつろいだ雰囲気を見せるナノカに比べて、アリサは不安と心配が隠しきれない、緊張した面持ちだ。

周囲には等間隔にランタンの明かりが並べられ、昼のように明るいとまではいかないが、灯明に灯された炎のゆらめきが、幻想的な雰囲気を醸し出している。

ジリリリリ! と中庭じゅうに開演のベルの音が鳴る。ナノカとアリサは驚いた。

マーゴの声真似をスマホで録音し、再生したものだ。どこからどう聞いても、機械の音にしか聞こえない。

天幕を垂らして作られた舞台の袖から、華やかに白く輝くステージ衣装で着飾ったレイアが、中央へと歩み出てくる。小さな王冠を被り、袖のスパンコールは、きらきらと光を反射していた。

 

「レディースエェンドジェントルメェェン! 今夜はようこそおいでくださいました! 私たち囚われの少女少年が作り出す一夜限りの夢のステージ! どうか皆様、最後までお楽しみくださいませ!」

 

まさに芝居そのものの立ち居振る舞いで、レイアは観客席に向かって、瀟洒に礼を落とした。

ぱちぱち……とナノカたち二人分の小さな拍手が鳴る。

礼から顔を上げたレイアの口元には透明な台形状のマウスピースのようなものが付いていた。そのせいか、声が非常に大きく、よく通っている。

「……なんだ、アレ?」

「千空とノアがガラスで作っていたのよ。音響ホーンというらしいわ」

屋外での演技は、マイクがなければ演者の声量頼みになってしまう。千空は早い段階で台詞が聞こえづらいという問題に気付いており、ガラス加工が可能とわかってから、小型の拡声器を大急ぎで用意したのだった。

「衣装だってすげえな。アレ全部、遠野が作ったってのかよ」

「本当にそうね。あなたも着てみたら良かったんじゃない?」

はあ?! とアリサは狼狽えた。

ナノカはくすくす笑って冗談よ、と言った。

 

 

 

 

レイアが袖に引き返すと、ココのナレーションが入った。ナレーションは録音のようだ。

 

『あてぃしは超有名配信者の沢渡ココ! 何でもかんでも人気にしちゃう、世界一のインフルエンサー! あてぃしが行くとこには何でも面白いことばかり! 今日は最近流行りのホラーな噂を確かめちゃうよ〜!!』

 

「メチャクチャ盛ったな」

「盛りすぎね」

あまりに現実と乖離したココの設定に、アリサたち二人から、秒でツッコミが入っていた。

木製の滑車に吊られた舞台の幕が開き、暗い墓場を模したセットの中に、ココは明かりのついたスマホを持って一人で立っていた。

夜の墓場には荒涼とした風が吹き、薄ら寒い様子だ。

スマホを鳴らして演出されているとは思えないほど、マーゴの音の作り込みは徹底していた。

 

『へ、へへ……この墓場に、怪人が出るってウワサあんだけどさぁ〜。みんなしっかり見てるか〜……? そんなのウソだって、あてぃしが証明してやるからな〜?』

 

ココが舞台の上手に向かって一歩、また一歩と歩みを進める。調子づいた声とは裏腹に、その足取りは重く、元気がない。

ココが怖がっているのは誰の目にも明らかだった。

『な、何だよ! なーんも、いないじゃん! 適当なんだよウワサなんてさ! ビビって損したっつーの!』

ココが大仰な身振りで手を広げると、舞台の下手で墓石が派手な音を立てて倒れる。

ココは突然響き渡った轟音に飛び上がった。

『ひいぃっ!? 誰かいるんか? で、出てこいよ!! あてぃしはビビってない、あてぃしはビビってないからな!』

倒れた墓石に駆け寄ったココが、スマホでおそるおそる奥を照らすとーー

 

『ほ、ほら何も、いないじゃーー」

 

上手から飛び出た影が、見えないほど素早くココの姿をさらって、舞台は無人になった。

 

『ぎゃああぁぁーーーーッ!!!?』

 

ココの絶叫が夜の闇にかき消えていく。白々と明かりのついたスマホだけが、墓場に残される。もう無人となった配信は、二度と再開されることはなかった。

袖から現れた黒い影が、血まみれのココの体を、地面にどさりと取り落としたところで幕が降りる。

ココは力なく目を開き、冷たくなった彼女が死んでいるのはもはや明らかだったーー

 

 

 

 

「いや死んでないからな!?」

「死体が喋っているわ」

「沢渡、仕事はいいのかよ」

血まみれの衣装を着替えたココは、いくつかのスマホを持って客席に降りてきていた。

「観客側から撮るのもあてぃしの役目なんだよ。最初から置いてた固定カメラはあるけど、カメラワークがないと面白くないだろー?」

ライブや演劇でも、カメラワークは重要だ。

演者の表情のアップや、細かい身振りを映しておかなければならないこともある。

アンアン、マーゴと打ち合わせた通り、ココは最初の犠牲者となることで後の自由を確保したのだった。

シーンの区切りでセットを動かす都合上、手の空いた演者は何かしらの役割を果たさなければならない。

アンアンが脚本を考えることでパンクしてしまったので、各スタッフへの細かい指示出しはヒロが取りまとめることとなったのだった。

そのため、完成度の差はあれ、この舞台は本当に全員が支えていなければ、辿り着けないステージだったと言える。

千空は科学の引き合いにしばしばマンパワーを持ち出すが、それは今日この日においても同様なのだった。

「おっ、そろそろ次のシーンが始まるんじゃね?」

「次は……レイアがミリアたち町娘に怪人の噂を尋ねるシーンね」

幕がゆっくりと上がり、舞台には四人の少女が向かい合っている。

自信満々なレイアと、対照的なアンアン、ミリア、メルルの三人。後者の三人はいかにも素朴な衣装で、普通の少女のような印象を受ける。

幕が開き切ると、マーゴのナレーションが再生された。

 

『殺人事件から数日後ーー町には国王の息子が現れました。彼は国に蔓延る噂に翻弄される民草に心を痛ませ、自ら事件を解決しようと調査を始めることにしたのです』

 

アリサは呆れたように息を吐いた。

「蓮見のヤツ、本気で自分のこと王子にしやがったのかよ……」

それが聞こえたのか、レイアは観客席に向かってぱちりと片目を瞑ってウインクする。

途端にナノカたちは彼女から目を離せなくなった。物理的に、そして精神的に。

思考を見透かすかのように、レイアから目を離したくないと思わされてしまう。

「視線誘導、レイアの魔法ね……わかっていても、回避することは難しいわ」

「ああ……舞台の上でこれをやられたら、誰だって逆らえねえ」

ゴクチョー、看守も同様にレイアを見つめるほかなかった。この魔法は、人外にも有効なようだ。

舞台では次のシーンが始まろうとしていた。

 

『美しい皆様! 私は貴女たちの顔が驟雨に翳るのを許しはしない! どうか、私に真実を話してくれたまえ!』

セットはある村の場面へと切り替わる。

 

王子服に身を纏ったレイアが、優雅な仕草で舞台中央に歩み出ていった。

アンアン、ミリア、メルルの三人は顔を見合わせた。

眉根を寄せて、いかにも不安そうに語り出す。

『怪物が出るという噂だ』

「悪い研究者が墓場で死体を集めて』

『とても恐ろしい……怪物を仕立ててしまったと……』

レイアは三人に跪き、その手のひらをそっと取った。彼女たちを見上げるように、優しい声音で語りかける。

『もしや君たちの知り合いも、いなくなってしまったのかい?』

本来は悲嘆に暮れて村娘たちが目を伏せるシーンなのだが、レイアが無自覚に魔法を使っているせいで、ミリアたちは彼女から目が離せなくなっていた。

『ノアが消えた』

『村で一番賢い子なんだ』

『もうずっと……帰ってきません……』

舞台上の少女たちを取り囲むように、色とりどりの蝶が不規則に舞い踊った。

ノアが袖から魔法で操作しているのだろう。

『ならば! 私が彼女を助けよう! 必ずここに連れ戻すと、君たちに約束するよ!』

朗々たる声でレイアは宣言する。

少女たちは胸を撫で下ろし、勇気ある王子に心からの感謝を捧げる。

レイアは舞台の上手に、ミリアたちは下手に退場していく。背景に残されたのは舞い踊る蝶だけだったが、悲劇的な効果音に合わせて、さっと溶け消えた。

 

『堂々と約束をした王子様。しかし、村娘たち三人もすぐに行方不明になってしまったのです。王子様はまだ、自分がこれから戦う相手のことを、少しも知らないままだったのでした』

 

 

 

 

舞台の裏では、出番を終えたミリアたちが汗を拭いていた。

「は〜……緊張したぁ。やっぱりレイアちゃんはすごいね、水を得た魚って言うのかな」

「わ、私……きちんと、できていたでしょうか……」

オッケーオッケー良かったよ、とミリアがメルルを励ます。

アンアンも肩の荷が降りたように、ほっと息を吐いていた。包容力を発揮したミリアが、彼女の頭を撫でて労っている。

ミリアたち三人は後半シーンまで出番がないため、しばらくは舞台裏の手伝いが主となる。

周囲ではヒロとマーゴがあれこれと忙しそうにしていた。

彼女たちがこの劇のほとんどのタイムラインを作っているので、当然と言えば当然だったが。

袖では着替えを終わらせたハンナ、シェリーが向かい合っている。

「シェリーさん、あなたボタンが外れていましてよ」

「あれ? すみません、なにせ初めて着る服なもので!」

ハンナはドレスを着た町娘風で、先ほどの三人よりは洗練された見た目の衣装となっている。本人の憧れを意識した、ちょっといいところのお嬢様、という感じだろうか。

シェリーは怪物なだけあって、パンツスタイルの男装にボロのようなマントをぐるりと纏い、土や血のりで所々を汚している。ただし、怪物のビジュアルを模した顔まわりのメイクはなく、そのままだ。

怪物役のシェリーは、背丈を高く見せるために厚底の靴を履いていた。そのため、ハンナと一緒に並ぶと頭ひとつ分ほどの身長差が生まれる。

もう一人の出演者、エマが二人を応援していた。

「ハンナちゃん、シェリーちゃん、頑張ってね!」

「任せてください! 立派な怪物になってみせますよー!」

シェリーは自信満々に胸を叩いた。

ヒロとマーゴが互いに目配せして、ハンナを舞台に誘導した。

反対側にいるノアが、魔法を使って中庭の噴水の水を操り、舞台上に小さな川を作っている。このシーンは水辺で行われるのだ。

ハンナが川べりに立つと、自らの声でナレーションが再生される。

 

 

 

 

『お屋敷を抜け出した私は、橋の欄干に肘をもたれ、一人きりで考え事をしていました。この町には王子様が訪れているそうなのです。屋敷は彼の噂にかかりきり。私にはうるさい小鳥が囀るようでした。私は狭い世界のざわめきが疎ましくて、ただ安らげる場所を探していただけなのです。きっと、その自分勝手な考えが良くなかったのでしょう』

 

ハンナが寄りかかっていた木製の欄干が折れ、彼女は川の流れに落下していく。

ずぶ濡れの衣装で天を仰ぎながら、高く腕を伸ばし、口から侵入する冷たい水に必死で抵抗し、もがき続ける。

『がっ……だ、だれか……! ごぼっ……助けて……!』

演出とは言え、溺れるハンナの悲痛な演技は堂に入ったものだった。

実際に髪を濡らし、全身を振り乱してわめくーー少女には苦しいシーンだが、ハンナは納得して過酷な演技に挑んだ。

ハンナの助けを求め、空に伸ばした手が力なく下がろうかと言うときになって、舞台袖から矢のように飛び出した影が、彼女をしっかりと抱きしめ、川の流れから引きずり出した。

襤褸のようなマントでハンナの浴びた水飛沫を拭い、彼女を抱きかかえたまま大声で叫んだ。

『はい! 私が助けに来ましたよ!』

シェリーはハンナを見下ろし、満面の笑みを浮かべている。

自分に何が起こったのかわからない様子だったハンナは、目の前の巨躯を認識して身を縮めた。

『ーーひっ! か、怪物ーー!』

『ひどいです! 助けてほしいって聞こえたから助けただけなのに!』

怪物はハンナを地面に立たせると、彼女の前に傅いた。

ハンナはますます混乱し、怪物の行動の意図を読み取ろうとする。

『あ、あなたは……?』

私はーーと立ち上がった怪物が名乗ろうとした時、甲高い一発の銃声がこだました。

 

怪物の胸から勢いよく血が吹き出し、ハンナの顔を汚していく。

シェリーは信じられないと言った表情で、赤く染まる少女を見ていた。

『は、ハンナお嬢様! お怪我はありませんか!』

大きな銃を抱えたエマが、ハンナに向けて走ってくる。

エマは屋敷の守衛役で、男装している。ハンナを守る、善意の下僕であった。

シェリーがゆらりと身を起こし、目を細めてエマに向き直った。

『い、たーーいじゃないですかぁっ!!』

『お嬢様! 怪物から離れてください! 早く!!』

エマが銃を装填し直し、再度シェリーに銃口を向ける。

『ダメよ! 撃ってはダメ!』

『ああああああっ!!』

エマが構えた二発目の銃声が鳴ることはなかった。

その前に獣のように駆け出した怪物がエマを地面に引き倒し、何度も何度も拳でその顔面を打ちつけていく。

怪物が硬いものを叩きつける鈍い音があたりに繰り返し響き、下半身を痙攣させていたエマはぐったりと動かなくなる。

その様子を目も逸らせずに眺めるしかなかったハンナは、へなへなと地面に座り込んでしまった。

『なんで……なんでエマさんを殺したの……?』

『だってこれは正当防衛です! それに痛いのは怪物の私だってイヤですし!』

顔と手のひらをエマの血で染めたシェリーが、にこりと笑った。

 

『ならどうして……あなたは私を助けてくださいましたの?』

 

どうせ私だって殺してしまうのに。

ハンナはさめざめと泣いていた。

『それは……どうして、でしょうね?』

怪物は腕を組んでうんうんと唸っている。

エマが鳴らした銃声を聞きつけたのか、屋敷の方がにわかに騒がしくなってきた。

シェリーは涙を流し続けるハンナを肩に背負って、彼方へと消えていった。

 

『王子様は嘆きました。また一人が死に、一人が攫われてしまった。早くこの怪物を止めなければ、民の心に安寧は訪れない。怪物を生み出したものを突き止めて、罰さなければならない。それが私の役目だと、さらに決意を固くしたのです」

 

 

 

 

「エマさん、ごめんなさい」

 

シェリーは拳を振り上げる前に、エマの耳元でそう囁いた。

舞台上で行われたのは当然演技で、エマは一度もシェリーに殴られてはいなかったが、シェリーが地面を叩きつける魔法の怪力は本物だった。

石を砕く轟音が頭のすぐ横で響き渡れば、たとえ演技でも恐怖を感じないはずがない。

そのため、シェリーが演じ終えたあとに意地悪くエマに血みどろのまま微笑みかけた時、エマはあまりの迫力に脱力して、腰が抜けてしまったのだった。

幕が降りても動き出さないエマを見て、心配したミリアとメルルが彼女を袖まで抱えて歩いたのである。

「シェリーさん! あなたのバカ力でエマさんに傷でもついたらどうしますの!? もっと加減なさい!」

「エマさんには当ててませんよー。エマさんの怯える姿を見ていたら、ちょーっと意地悪したくなってしまっただけです」

ほら、エマさんってそう言うところがあるじゃないですか。シェリーは悪びれもせずにそう答えた。

「ぼ、ボクは大丈夫だから……! シェリーちゃんがすごくて、ちょっとびっくりしただけだよ……!」

エマは強気な態度を口に出すが、まだその顔は青ざめていた。

少女たちの血のりを拭っていたアンアンとミリアは苦い顔をする。

怪物役はシェリーの適任に違いなかったが、彼女の心は少女たちにも計り知れないところがある。

すでに、シェリーの演技は脚本から離れ始めており、彼女はアドリブというよりも本人の直感任せで動いているように見えた。

アンアンたちが劇の進行に一抹どころではない不安を覚えたのも無理はない。

しかし、舞台は刻一刻と進んでいる。

今更途中で止めるわけにもいかない。

それに、シェリーの極端な演技にノリノリの人物たちがいた。

「はっはっは! いいじゃないか! シェリー君のアド・リブ大いに結構! 今宵限りの夢舞台! 先の展開が予想できないからこそ面白いというものだろう、千空君!」

「あー。どうせ俺たちが細かい演技をしても、誰かが採点してるわけじゃねえ。アンアンの脚本ではレイア、最後にテメーが勝つことになってたがな〜」

黒の白衣ーー黒衣に身を包んだ千空は裾を大きく翻し、ゲスの笑みを浮かべた。

「科学の力に怪物のパワーが揃えば敵なんていねえこと、教えてやるよ。今の俺は悪のマッドサイエンティストだからなァ〜!」

千空の言葉に衝撃を受けたアンアンが白目を剥いて倒れそうになるのを、慌ててミリアとメルルが支えた。

エマ、マーゴもやりたい放題の二人の様子を、こめかみをひきつらせながら見ている。

千空とレイアは暗く飾り付けられた舞台中央に歩みを進める。

どうやら、互いに譲り合う気は一切無いようだった。

 

『王子は悪の科学者と対面を果たしました。その名はドクター千空。禍々しい黒衣に身を包んだ彼は、不遜な態度を変えぬまま、屋敷を訪れた王子を出迎えました』

 

 

 

 

『君がドクター千空だね。単刀直入に聞く。死者が眠る墓場を穢し、少女たちを攫い、怪物を作り上げたのは君だろう!』

『ああ? 証拠がねえだろ証拠が。第一、死者から動く怪物を作り出す〜? そんなんできたら無限に作りまくって今頃最強のゾンビ軍団作ってるわ』

 

台本を無視して白々しくしらを切る千空に、レイアは歯噛みする。

 

『しかし! 君の卓越した科学技術なら……頭から不可能とは言えないはずだ! 攫われた人たちの捜査に協力しなければ、君には牢屋の中で、詳しく話を聞かせてもらうことになるぞ!』

『お〜おっかねえ。いいぜ王子様。できることなら協力してやんよ。でも今日は夜も遅えからなあ。帰り道がわかるうちに帰った方がいいんじゃねえか〜?』

 

夜道は何があってもわからねえからなあ、と千空はレイアにうそぶく。

本来は千空がミリアたちを攫っていることが尋問で判明するシーンなのだが、すでに改変続きでめちゃくちゃだ。

レイアはこの問答の中で、舞台の大筋を戻すよう、千空の隙を突かなければならない。

ストーリーの筋を取り戻すことは、レイアが千空に舞台上で勝利を収めることに等しい。

袖に控えるミリアたち三人の視線が、レイアに向かう。

劇の展開を取り戻すための隙を作り出せる駒は、一人しかいない。

『ここは……君が一人で暮らしているわけじゃないだろう。助手の話も聞きたい。それとも、私の前に出せない理由でもあるのかな?』

千空はレイアの詰問に鼻白んで口角を歪めた。

「……ああ。ちょっと待ってろ』

千空は舞台袖でぼんやりしていたノアに手招きする。

こんなに早く出番が来ると思ってなかったノアは愕然とした。

このままではフリすらない、丸投げだ。

ノアはぎくしゃくと步みを進めてきて、おっかなびっくり千空とレイアの間に挟まれる。

千空がノアに耳打ちした。

(いざとなったら俺が誤魔化すから、好きにやれ)

ノアが疑いの目を千空に向けると、瞳の奥に浮かぶ光で、確かな考えはありそうに見えた。

『君の名前を教えてくれるかな?』

『あ……うーん……』

まずいことになった。

レイアはノアの名前をすでにミリアたちから聞いているから、ここで自分の名前を喋ればすぐに千空が捕まってしまう。

ノアは自分から進んで劇を混沌に陥れたくはなかったので、話がミリアたちに戻るまで、間を繋がなければならなかった。

『ば、バルーン……』

結局ノアは仮の名前を答えることにする。

この屋敷では、ノアのこの名前を知っている者はまだいない、はずだ。

『バルーン? 女の子にしては随分変わった名前だね……君はこの場所で、何か見たり聞いたりしていないかな?』

レイアは当然、ノアが千空サイドの事情を承知していることをメタ情報として知っているため、自信を持ってグイグイ問いかけてくる。

ノアが困ったように千空を見ると、彼は喉の奥で低く笑った。

『おいおい大切な助手なんだ。あまりいじめるんじゃねえ。そいつは何も知らねえよ』

『く……! だが、捜査の形式上聞かねばならないことはあるのでね』

苦しくはあるが、なんとか言い逃れられそうだ。

ノアが安堵の息を吸うと、こちらを見つめる舞台袖から小さな声が聞こえた。

 

「ノアーー【言え】!」

 

アンアンの魔法による洗脳。ノアはそれをまともに聞いてしまった。

ノアの口が自らの意思とは関係なく、言葉を紡ぎ始める。

『あ、あの三人のこと、知ってる……』

レイアは勢い込んでノアの肩を掴んだ。

 

『やはりそうか! ドクター千空、彼女たちはどこだ! ここにいるんだろう!』

 

ノアは申し訳なさそうに千空に視線で謝った。

まあ魔法なら仕方ねえと千空も肩をすくめる。

自白させられたノアの案内で、ミリアたち三人が現れた。

言い逃れのできない証拠を突きつけられ、科学者と王子の対峙は佳境を迎える。

 

 

 

 

 

『ククッ、全く人質の皆さんが勝手に出てきてもらっちゃ困るなあ。ノア、テメーが裏切るとは考えもしなかったがよぉ』

レイアと相対する千空は、あくまで不敵な態度を崩さない。

『お、おじさんたちはその子の言うとおり、あの人に攫われたんだよ!』

『わがはいたちが、ここに来た時にはもう、ノアがいた! 千空が何かをしてたのは明白だ!』

ミリアとアンアンは、劇の流れを修正しようと必死だった。管制できない川の流れを傍らで見続けるほど、恐ろしいことはない。

千空は捕縛され、怪物が退治される勧善懲悪の話でなくてはならない。

この劇は究極的にはレイアのガス抜きなのだから、彼女に忖度したシナリオになっていたって良いではないか。

『ドクター千空! もはや言い逃れはできないよ! 君を少女誘拐の罪で連行する!』

『連行すると言われてホイホイついていく悪役がいるかよ、王子様ァ!』

千空は黒衣のポケットから球状の塊をいくつか取り出して、地面に投げつける。

途端に球体が弾けた地点から閃光が迸り、演者たちの目を灼いた。

 

『ぐっ……?! 目眩しか!?』

『ああ、医務室の下剤に含まれてたマグネシウムを分離して作ったフラッシュバンだ。クックッ、どうだ? 明るくなっただろ?』

千空はレイアが怯んだ隙を見逃さずに駆け出してーーレイアの腰に下げたレイピアを奪い取った。

『どうやら形勢逆転だな、王子様?』

『卑怯な……!』

千空は下卑た笑みを浮かべて、レイアの喉元に剣の切先を突きつける。

『卑怯〜? なんだそりゃ? 最近流行りの褒め言葉かぁ〜?』

このまま千空がわずかに力を入れれば、レイアは貫かれ、悲劇的な結果が待ち受けているだろう。

眩んだ目を苦しげに押さえていたレイアは、そのまま静かに笑って千空に視線を飛ばした。

『ふっ……できればこの力は君に使いたくなかったのだけどね!』

『くっ……?!』

視線誘導。

千空はレイアの目線から目が離せなくなる。

レイアは、レイピアの刃を手袋を履いた片手で掴み、自らの手元へと引き戻す。

視線を固定された千空からはレイアの手元が見えず、力のバランスを崩され、彼は前向きにつんのめった。

 

 

 

 

科学者の退場。ようやく訪れる予定調和。

(ま、こんなもんか。あとは花を持たしてやる)

レイアが刃を振るい、千空にとどめを刺そうとする。

レイピアの片刃が揺れる炎の光に煌めいた瞬間、千空はとんでもないことに気付いた。

 

(刃が潰してねえーー!)

 

間一髪、千空は床を転がってレイアの縦振りの斬撃を避ける。

本来、舞台上で使う刃物は銀紙を巻くなどして、光源の光が反射しないようにする。

女優のレイアがそれを知らないはずがない。

炎の反射がなければ、千空は気付かず、そのまま切り捨てられていたに違いなかった。

事故か、それとも故意か、今それを千空に判断する手段はない。

『千空君! 上手く避けるじゃないか! 次は決めるーー!』

『レイア、ちょっと待て! それはマジもんの刃だろうが?!』

千空の言葉はレイアに届かない。

レイアは止まらない。

その理由。

 

『レイア! 【やってしまえ】!』

 

舞台の端で興奮したアンアンが叫んでいた。

千空は青ざめる。洗脳の魔法が発動している。

致命的な剣戟が振り下ろされるまでに、自然な流れでアンアンの魔法を止めなければーー死ぬ!

千空は咄嗟に黒衣のポケットから液体の入った瓶を取り出し、観客のアリサに向かって投げた。

「アリサ! 導火線に火をつけてこっちに投げろ!」

反射的に瓶をキャッチしたアリサは困惑している。

「お、おい石神! これ演出なのかよ!?」

「いいから早くしろ! もう避けらんねえ!」

アリサは千空に言われるまま、着火した瓶を投げ返す。千空は投げ返されたそれを受け止められず、二重瓶の底が音を立てて割れた。

 

『小細工を弄しようと……これで終わりだーー!』

裂帛の気合いでレイアが叫んだその瞬間。

噴き出た大量の煙が一瞬にして中庭を包んだ。

 

 

 

 

『なっ……なんだこれは?!』

レイアの動揺した声が中庭に響く。

『科学のスモーク……地下のプロパンと風呂場の石けんを拝借して作ったプロピレングリコールだ。甘い匂いがするのはグリセリンが入ってるせいだな』

プロピレングリコールは加水して低温で燃やすことで大量の無害な煙を誘発する。

もともと舞台上の演出として使うつもりだった千空は、それを急場凌ぎの煙幕として使ったのだった。

文字通り煙に巻かれたレイアが自分を見失っているうちに、千空はアンアンのいる方へと駆け寄った。

同じく煙でレイアたちを見失っているアンアンの耳元で、素早く要点を伝える。

 

「レイアが持ってるのは本物のレイピアだ! アンアン、テメーの魔法でなんとかしやがれ!」

「ッーー?! れ、レイア! 【止まれ】!」

 

一陣の風が流れて舞台の煙が晴れると、アンアンを羽交締めにしている千空が立っていた。

『ハア……ハア……これならどうだ、王子様よぉ? 武器を捨ててもらおうじゃねえか』

アンアンには人質を取る演技の中身を伝えてある。

今この瞬間は協力してくれるだろう。

『くぅっ……ここまでか……』

肩を落としたレイアは、床にレイピアを放り捨てた。

どうやら、本人は抜き身の刃を振り回していたことに気付いていないようだ。

『そろそろクライマックスと行こうじゃねえか。出てこいよ怪物、お前がやるんだ』

シェリーはどこに隠れていたのか、ジャンプして舞台の中央に飛び込んできた。

怪物は力なく項垂れるレイアに向かって、静かに歩いていく。

『レイアさん、最期に何か言い残すことはありますか?』

『フ……楽しかったよ。好きにしたまえ』

怪物は拳を振り上げ、ぴたりと止まった。

 

 

 

 

なかなかその時が訪れない千空が、業を煮やしてわめき出す。

『おい早くしろデカブツ! 俺はこいつらを使ってテメーの二号機を作るんだ! そうすれば世界はこのドクター千空の手の中だぜぇー! ヒャァーハハハハァー!!」

あ、とレイア以外の少女たちは、これで千空の狙いを察した。こんなにわかりやすい、やられ役の演技があるだろうか。

『んー……私みたいな人が増えると。それ、ダメですね⭐︎』

『ヒャハハハ、ハーー?』

千空はシェリーに胸ぐらを掴まれ、中庭の茂みへと怪力で放り捨てられた。

頭からもろに突っ込んだが、バサバサと葉がクッションになった音がする。死んではいないだろう。

『さあ、レイアさん! これで悪は滅びましたよ!』

『は……?』

レイアは口を開けて、呆然としたままシェリーを見ている。

『これでレイアさんがここに来る理由は一つ減ったはずです。そしてあなたが私に作った借りも一つ! わかりますか?』

『い、いやーー私の仕事には、殺人を犯した怪物を捕まえるのも含まれているがーー』

シェリーはまだまだですね、と指を振った。

『私は正当防衛でエマさんを殺したんです。私が怪物でなければ、先に撃たれた私が死んでいたでしょう。つまりあの件は正当防衛です!』

『あ、ああーーだがそれだと、ココ君はどうなる? 殺したのは君じゃないのか?』

シェリーは満足そうに頷いた。

『ココさんは千空さんが車で跳ねたんですよ! ひ弱な千空さんが墓場から死体を動かすためには私の協力か、他の輸送手段が必要なはずです。私は協力していませんから!』

『そ、そうなの……だろうか?』

それはシェリーの話が真だったとして、そうなるだけのことだ。果たして証拠もなしに信じて良いものだろうか?

『死人に口なしですよ、レイアさん。それにーーいま、私があなたを殺さない理由がなければ、あなたはとっくに死んでいると思いませんか?』

う、とレイアは詰まった。

あろうことか怪物から殺人の共犯になれと持ちかけられており、提案を断れば死ぬことになる。

当然死ねば名誉も何も、あったものではない。レイアにとって、敗北よりは惨めな勝利の方がマシに思えた。

『わかった……いいだろう。どちらにしろドクター千空の極刑は免れないはずだ。君の話の真偽は、君しか知らないことになる』

『さすが王子様ですね!』

それでは、借りを返してもらうためにもう一つと、シェリーは念を押した。

『君を……見逃せ?』

『正確には、私たちです。私と貴族のハンナさん。その二人は、王子様の権限で、どこにも見つからなかったことにしてください』

冷や汗を垂らしたレイアはしばらく無言でいたが、意を察したのか、くつくつと笑った。

『わかった。それも約束しよう。君たちの好きにするといい』

『ありがとうございます!』

要件は済んだとばかりに、去ろうとするシェリーを、レイアは呼び止める。

『そうだ、君の名前は何と?』

『ああーー私、名無しの怪物なんです、てへっ』

いたずらっぽく短く答えたシェリーは、現れた時と同じように、飛び去って姿を消してしまった。

 

残された少女たちは顔を見合わせて困惑している。

この話は、どのように結末を迎えるべきなのだろう?

それらの疑問を打ち消すように、マーゴが舞台の端に立った。そして即興のナレーションを始める。

 

『こうしてーー国を騒がせた奇妙な噂は、悪の科学者が捕まったことで、一応の結末を迎えました。さんざんに疲れ果てた王子様は、もう警察ごっこはやめにすると仰いました。怪物がどこに消えたのかはーーもはや知る由もありません』

 

これでいいのでしょう、シェリーちゃん?

あとはあなたが何とかしなさい。

最初に配役が決まった時から、あなたは自分が一番楽しめるように動いていたんだものね。

 

 

 

 

『気に入りません、気に入りませんわ!』

『そうは言ってもハンナさん。あの屋敷から出たがっていたのではないですか?』

 

何も無くなった舞台で、二人の人物が並んで歩いている。腹を立てていたのはハンナだ。

 

『確かにそうよ。白馬の王子様を待ち焦がれた日もあった。でも目の前に現れたのは、見すぼらしい格好をした、怪物のあなただけ。攫われた私が不満に思うのは当然でしょう?』

『その割にはずいぶん楽しそうですけどね!』

 

肩を並べて歩いていたのは、ハンナとシェリー。交わす言葉の剣呑さとは裏腹に、二人の歩幅は広く、足取りは明るい。

 

『それに、怪物怪物としか呼ばれないのに、頑なに名前を言わないあなたも変ですわ。ドクターに決めてもらえばよろしかったのに』

『私は心がありませんから。名前がないのも楽なものです』

 

でもそれでは、不便で仕方ありませんわ。

ハンナは腕を組んで考え始めた。

 

『昔、哀しい怪物をテーマに小説を書いた方がいらっしゃいますの。こんな喜劇のような話ではなく、もっと救いのないお話ですけれど』

その方から、あなたのお名前を取って差し上げましょう。

 

『作者の方の名前はメアリー・シェリー。

 あなたはシェリー。

 今日から、シェリーと名乗りなさい』

 

『シェリー……それが、私の名前……』

シェリーは頂いた名前を、そっと自らの胸にしまい込む。

愛しいもののように大事に大事に、心のうちに刻みつける。

 

『いいですね! しっくりきます! 私はシェリー、名前がついた怪物です!』

『それではシェリー、参りましょう。私たちは、どこへでも行けるのですから』

 

ハンナはシェリーの手を引いて、駆け出した。

シェリーも負けじと前に進める歩みを早めていく。

 

『きっと、ハンナさんを助けた理由はこれなんです。心のない私に心をくれる人。名前のない私に名前を刻む人。それがハンナさんだったんですよ!』

 

「あのねえ……舞台の上とは言え、メチャクチャ恥ずかしいことを言いやがってますわよ、あなた」

「あはは、心がないのでわかりませんね!」

シェリーは笑った。

ハンナもその様子を見て苦笑する。

 

 

そうして二人は歩きます。

まだ見ぬ物語の結末へ。

幸せも苦難も、沢山あるかもしれません。

 

それでも、今はーー少女たちと少年が打ち鳴らした万雷の拍手が、彼女たちの前途を祝すかのように、島中に響いていました。

 

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