魔法少女ノDr.STONE   作:ゴータロー

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彼のおかげで私の念願が叶ったんだ!

奇想天外な発想、独創性にあふれた仕掛け……!

本当に素晴らしいよ!

惜しむらくは、壇上で決着をつけられなかったことだね。

もう一度機会があれば、ぜひ相まみえたいものだよ!

うん?

ああーー確かにそう、その役どころは嫉妬すべき対象でもあったね。

彼は私以上の、人たらしなのかもしれないよ。


ーー蓮見レイア



#5『カーテンコール』上

 

舞台が終わり、演者たちは整列した。

私はいいからと舞台裏で遠慮するヒロは、まあまあ♡まあまあ♡とマーゴに押し切られて連れ出される。

アリサとナノカを除く、総勢十二人の中央に立ったレイアが、深々と観客に向けてお辞儀をした。

「主演で総監督の蓮見レイアです! これにてひとときのカーテンコールでございます! お楽しみいただきありがとうございました!」

ナノカはレイアに向けて、律儀な拍手を送っている。

劇の展開に振り回されていたアリサも、その礼儀を無視はしなかった。

「脚本兼村娘役。夏目アンアンだ。言いたいことは色々あるが……疲れた……」

アンアンはぞんざいに頭を下げて、次の少女を促した。

「同じく村娘役の佐伯ミリアです。おじさん、もうあんなアドリブ大会はこりごりだからね……」

「村娘役の氷上メルル、でした……あの……これで良かったんでしょうか……?」

演者たちは代わる代わる一言を述べていく。

このカーテンコールは全てが身内に向けたものだ。

それ故に、演者たちが話す内容は何でもないもので良かった。

ただ全員がお互いに、一大事をやり切ったことを讃えあうための場だった。

「衣装兼貴族の娘を演じた、遠野ハンナでございましてよ。全部シェリーさんに良いところを持って行かれた気がしますわ……」

「怪物シェリー役の橘シェリーです! 皆さんのおかげで狙い通り! シェリーちゃんの総取り成功です!」

ハンナとシェリーの言葉に、周囲を囲む少女たちが苦笑いを浮かべる。

満場一致で決めた怪物役が盛大にやらかしたのだから、大きな声で文句も言えない。

「あー……、大道具兼科学者役の石神千空だ。他にもネタを仕込んでたんだけどな、披露する間もなく終わっちまった」

「演出兼スパイ役の城ケ崎ノアだよ。せんくうに同じ! でも楽しかったー!」

ナノカは千空の言葉に思い当たることがあった。確かに彼は謎の実験で製作していた、何とか亜鉛とかいう、あの粉末を使わなかった気がする。

「守衛役の桜羽エマです。緊張して何が何だかわからないうちに終わっちゃったよ……」

エマが持っていた銃はナノカのものである。

例のシーンでは実際に発砲しておらず、銃声はマーゴが録音したものだった。

「初日犠牲者兼カメラマンの沢渡ココ! あてぃしが撮った動画はあとで編集してみんなに送りつけたるからな〜!」

ぱちぱち、と一際大きな拍手が起きた。

ココの役割はこれからが重要なのである。

「音響の宝生マーゴよ。いろいろ試すことができて楽しかったわ♡」

「……助監督兼進行の二階堂ヒロだ。全員、もっと計画性を持て」

やれやれ、とヒロはため息を吐いた。

お疲れ様、ありがとう、良かったね……舞台から降りた各々が、互いを労う声が次々に交わされる。

隙を見てゴクチョーが口を開いた。

「あのう……そろそろ就寝時間なのですが……」

レイアがその言葉を遮った。

「ゴクチョー! どうか私たちにもう少し時間をもらえないか? 今はこの火照りに身を任せていたいんだ! 頼むよ!」

「そうは言いましても……規則ですし」

ゴクチョーの声音には面倒そうな色が多分に含まれている。

「あ、あの……私からも、お願いします……!」

メルルが一歩前に出て、ゴクチョーに向けて嘆願した。控えめなメルルが前に出るのは、珍しい光景だ。

メルルの姿を認めたゴクチョーは、静かに考え込むようにしてから告げた。

「……はぁ、仕方ありませんね。それでは就寝時間を繰り下げますので、皆さんは適当に過ごしてください」

ゴクチョーがばさばさと飛び立つと、側に黙って控えていた看守も中庭を後にした。

こうして、少女たちはささやかな夜会の時間を得ることができたのである。

 

 

 

 

打ち上げとは名ばかりの、即席の立食パーティーが中庭で始まった。

メルルが淹れたハーブティーと、焼き菓子が参加者たちに配られていく。

屋敷の管理者側から夜更かしの許しが出るなど、普段の暮らしの窮屈さを考えれば有り得ないことだった。

「何はともあれ、今回はシェリー君の一人勝ちだったね。いやあ、やられたよ! しかし二人が幸せそうな結末を迎えたから良かったかな!」

「シェリーちゃん、ずっと狙ってたんでしょう。私にもこそこそ話しに来てたものね」

少女たちは思い思いに語らい、笑顔を見せる。

一人、話の輪から離れてカップを啜っていた千空のもとに、ナノカが歩いてきた。

「千空、いいかしら」

「ああ? どうしたよ」

千空に対するナノカの疑問は、結局使われなかった薬品についてである。

硫化亜鉛。手間をかけて作ったあの粉末は、どこに消えてしまったのか。

「いんや? もう仕込みは終わってるんだよ。なあ、ノア」

「うんうん、ナノカちゃん。きっと驚くと思うな」

そういえば他の演者に比べて、千空とノアの衣装は黒を基調としたものだ。

二人の役回りで合わせたものだろうか。

「そうだな……ここの明かりを消すのを手伝ってくれるか、ナノカ」

「え、ええ……構わないけど」

千空とノア、そしてナノカは他の少女たちに気づかれぬよう、こっそりと中庭に灯された明かりを消していく。

一つ、二つ。三人は油に浸された灯明の芯を、次々に吹き消していった。

ゆらめく明かりが夜の帳を打ち消していた中庭に、闇がゆっくりと降りていく。

周囲の暗さに、少女たちも徐々に気付き始めた。

「あれ……? こんなに暗かったっけ……?」

「誰かが明かりを消しているようですわね……ひっ?!」

暗闇にぼんやりと浮かび上がるのは、無数の光る骸骨たち。不気味な光景に、少女たちがざわめき出した。

「なっ、なんだこれは?! 何者かの魔法……?」

レイアが剣を抜いて立ち上がる。

他の少女たちも寛いだ様子から一変して、身を固くしている。

そして、暗躍していたナノカの手で、全ての明かりが消された。

 

「クックック……悪夢のパーティの始まりだ!」

「ふふふ……本当は、のあとせんくうが最後に勝つはずだったんだよね!」

そう叫んで躍り出た千空とノアの体は、骨だけの身となってぼんやり光っていた。

中庭では、木の幹で、壁の空白で、茂みの隙間で、無数の薄気味悪く光る骸骨たちが踊り出す。

 

 

 

 

途端に少女たちは大混乱に陥った。

「きゃ、きゃあああーー!?」

「石神、城ケ崎、一体どういうことだ!」

怯えるエマたちを庇うように、レイアとアリサが前に出た。

千空は手に持ったランタンに火を点けて、ネタバラシをする。

「クフフ、こいつらの正体は硫化亜鉛だよ。暗闇で光る蓄光塗料を、あらかじめノアと二人で中庭に塗りまくっておいたんだ」

「せんくうがレイアに切られた後、本当はのあがさらに裏切って、復活させるつもりだったんだよねー」

千空とノアは下卑た笑いを上げる。

彼らの黒衣には、蓄光塗料で骨を模した線が引かれていた。

「ゾンビパーティの始まりで押し切りたかったんだがな。レイアと突っかかった時に俺の服の塗料が落ちちまってた。だから諦めたってワケだ」

「まったく……シェリー君といい君といい、監督に予告していないサプライズは程々にしたまえ……」

勘の鋭いノアだけが、千空の嘘に気付いた。

ノアは慌てて立ち並ぶ少女たちの雰囲気を窺う。

光源が足りず、彼女たちのはっきりとした表情はわからない。

「ま、こうやって準備したんだ。せっかくだからこの場でお披露目したってことだ。ノアにも苦労してもらったしな」

「う、うん……みんなの反応も見れたし、楽しかったよ」

千空はナノカに合図して、火のついたランタンで、再びガラスの容器に火を灯していく。

光源が増えるたびに、ぼやけて光る骸たちが一体、また一体と姿を消していった。

「千空君、他にも何か隠し球があるんじゃないだろうね? つくづく君には驚かされてばかりだよ」

「安心しろレイア。今日はこれで打ち止めだ。片付けは明日でもいいんだろ? 俺は早めに寝させてもらうからな」

去り際に千空が、さりげない動きでレイアとココに小さな紙片を渡したのを、ナノカは見逃さなかった。

先ほどからノアの様子も少しおかしい。

彼女の不安そうな表情からは、冷たい緊張が滲み出ている。

(千空は何かを隠している……?)

それはきっと、ナノカも含めて、この場では言えないことなのだろう。

それともまだ、今夜の舞台は完全に終わっていない、ということなのだろうか。

消えかけていく哀れな骸骨たちが、自分たちの暗い未来を暗示しているようで、ナノカの背筋に薄ら寒いものを覚えさせた。

 

 

 

 

懲罰房に繋がる廊下は薄暗く、普段は人の気配もない。

それが早朝の時間ともなれば尚更だ。

千空は閉じていた瞼を開いて、足音を殺して忍び寄る訪問者に、朝の挨拶を飛ばした。

「よう、そろそろ来る頃だと思ってたぜ」

確かにそこにいるはずの相手は、何も答えない。

千空が押し込められた房の鍵が、かちゃりと金属音を立てて開かれる。

一人の少女がそこにいた。

整った顔に酷薄な笑みを浮かべて、後ろ手には先端の尖った火かき棒を携えている。

 

「俺を殺しに来たんだろ?」

「……何のことかな」

 

千空は低い声で笑った。

まあ話くらいは聞けよと、千空は相手の返事も待たずに話し始める。

「昨夜の劇で、俺が殺されかけたことを知ってる奴は少ねえ。大多数は、あの時何が起きてたかも気付いてねえはずだ」

千空は確かな記憶を紐解いていく。

「凶器はレイアの持っていたレイピアだ。何者かが劇中の事故を装って、俺を殺そうとしたと仮定する。それが可能な人物は舞台にいたメンバーだ。観客席のナノカ、アリサは関係ねえ」

「ずいぶん、回りくどい言い方をするんだね。まぁ、君の遺言がわりに聞いてあげるよ」

部屋に入ってきた少女ーー二階堂ヒロは、冷酷な態度で千空に告げた。

「ああ、傾聴いただけるようで、お有り難え。次は当然、刃が潰してあるはずの、レイアのレイピアに細工できた奴が候補になる。この時点で人数は絞られる……そうだろ?」

「さあ? 君が何を言おうとしているのか、理解できないな」

ヒロは火かき棒を杖のようについて、それを支えに両腕を組んだ。

眼前の少年の生殺与奪の権を、自らが握っていることを疑わない態度だ。

「俺がビックリに使った硫化亜鉛な。あれは指紋を取る科学の秘密兵器でもあんだよ。そのことをレイアに伝えて、レイピアの指紋を取らせてもらった」

「ふうん、それで?」

ヒロは余裕の態度を崩さない。

「レイピアに付着していた指紋は三人分。レイア、奪い取った俺、そして助監督のヒロ、お前だ」

「その指紋が私のものだとなぜわかる?」

二人の問答は続く。

千空に焦る様子はない。

「あー、悪いとは思ったがな。ココが撮影用に集めてたスマホを借りて、指紋を集めたんだわ。あの時ココにスマホを貸してた奴の分は抑えさせてもらったぜ」

「……犯罪スレスレの行いだな。大したものじゃないか、君は」

ふふっ、とヒロが愉快そうに笑った。

しかし彼女が身体を包む緊張を解くことはない。

「だが、そんなの君がどうとでも言えることだろう? 真偽なんて関係ない。何せ科学を振りかざせば、他の少女たちを拐かすのも容易いのだから」

そう、指紋を取られていたとしても。

千空の言うことが本当であったとしても。

証拠がなければ全ては闇の中だ。

「レイアが私たち以外の指紋を拭き取っていたら? 君が疎んじた私を消すために自作自演をしているだけなら? ほら、いくらでも可能性の話なんて作れるだろう?」

仮に彼が確かな証拠を残しているとしても、おそろしく頭の切れるヒロなら、咄嗟の言い逃れすら可能にしてしまう。

問題はなかった、どちらにとっても。

「ああ、その通りだ。一人しか知らない知識に意味はねえ。だからお前にカマをかけさせてもらってんだよ」

「悪あがきに何を言うかと思えば……君が勝手に殺されるという被害妄想に取り憑かれて、君を起こしに来た私を、殺人未遂者呼ばわりしているだけだろう。まったく正しくないな」

 

クックッと千空は笑った。

「ああ、千空じゃねえ。今の俺の中身はミリアだからな」

「ーーッ?!」

 

証明できないブラフだーーヒロは直感する。

千空は昨夜、全員より早く部屋に戻っていた。

ミリアと入れ替わる時間があるはずがない。

「ああ、初めて動揺したね。『ヒロちゃん』」

「くっ……!」

心を的確に抉る効率的なやり方。

ミリアではなく、間違いなく千空のやり口だ。

しかし、千空が一度、ミリアと入れ替わりの魔法を使った事実は、少女たち全員に共有されている。

ミリアが千空と通じていて、口裏を合わせれば、このブラフを真実にすることも可能だろう。

それに、万が一ブラフでなければ、自分は守るべき少女一人を殺害することになる。

千空の賭け金にコールするには、あまりにも分が悪い。

ヒロは自らの内に生じた逡巡を悟られぬよう、ゆっくり言葉を紡ぎ出した。

「……そうか、ミリア。理解したよ。君の趣味をとやかく言う気はない。だが、見ず知らずの男には気をつけることだ。一時の優しさや甘さが、身の破滅につながることもある」

彼女の選択はドロップ。

千空に伝えてくれ、正午に一人でゲストハウスの、水精の間に来い、と。

彼が信じる信じないは勝手だが、その場所は一度に二人しか入れないんだ。

誰かに相談するのも構わない。どうせ君に聞かれているからね、ミリア。

 

ヒロは退室し、廊下を音も立てずに歩いていった。

千空はヒロが消えた空間を黙って睨みつけ、腕を組む。

彼はしばらくの間、そのままにしていたが、やがて姿勢を崩して静かに息を吐いた。

 

 

「唆らねえ結果になるかもしれねえ、これは」

 

 

 

 

千空はヒロとの約束を違えなかった。

 

彼はミリアとナノカにのみ、朝の出来事の顛末を伝えることにした。

ヒロの真意がまだ読めない以上、騒ぎを大きくし過ぎるのは得策ではないと考えたためである。

ミリアとナノカは表情を固くしたが、どうやら千空の話が冗談の類いではないと気付き、事の重大さを理解した。

そして二人は、千空の思惑通り、彼の意思を尊重した。

「千空には悪いけど、おじさんはさ……ヒロちゃんにも何か理由があると思うんだ。ちゃんと二人で、戻ってきてくれるよね……?」

ミリアは入れ替わりの一件以来、千空と呼び捨てで呼ぶようになった。心の距離が近づいたのだろう。

「当たり前だ。それにヒロは、こんなバレバレの誘いをするようなヤツじゃねえ。アイツが人殺しだったら、もっと合理的で確実なやり方を選ぶはずだ」

つまり、そうじゃねえってことだろ。千空は確信していた。

ヒロの正しさに拘る姿勢は、おそらく生来のものだ。

自らそれを打ち捨てることは、きっと彼女にとって正しくない。

「そうね。私だってヒロのことを深く知っているわけじゃないけど……今朝の行動は、彼女にしては冷静さを欠いている。きっとことを急ぐ理由があったのでしょうね」

「ああ、全くの同意見だ。それじゃ行ってくるとすっか、楽しい楽しいヒロとの二人きりデートにな〜」

千空が冗談めかして言うと、重くなっていた雰囲気がようやく、わずかにほぐれた。

千空が自ら死を選ぶことはあり得ない。

しかし、自分に確かな殺意を向ける相手に対してどのような心で受け入れるべきか、わからないでいる。

だから彼は、ひとまずヒロを疑うのでなく、信じることにした。

殺されるつもりは毛頭ないが、暴走の危機に瀕したヒロを放置することも、またあり得ないのだった。

 

「よう、待たせたな」

「いいや、正午ちょうどだ」

水精の間に入ると、ベッドなどの大きな家具がどけてあり、床に地下へと続く開口部が出現していた。

「隠し階段、か。とうとうドラクエみたいになってきたな」

「……なぜ、私が地下の存在を知っているのか聞かないんだね。君のことだから、私を問い詰めるものだと思っていたよ」

千空は鼻で軽く笑った。

「いま、なぜの部分を探っても意味がねえからな。ヒロ、テメーが何をしたいか、そのことを考えるので精一杯なんだ。わかったら早く案内しやがれ」

「ふん……君のその合理的なスタンスは嫌いじゃないが。まあ、お互い時間は限られている。行こうか」

ヒロが先に立って階段を降りていく。千空も続いた。

するとすぐに、古式な柵で区切られた大きなエレベーターが目の前に現れる。電動で動くとは思えない見た目だ。

「さあ、乗るんだ」

「一応聞くが、行き先は下だな?」

ヒロは千空に何も答えず、先に乗って行き先階のボタンを押した。

がらがらがら、と重い音を立ててエレベーターが動き出す。

「このエレベーターは二人乗りなんだ」

「ああそうかよ。いかにも推理小説のギミックにでも使われそうな設定だな」

千空は考える。

ヒロはこの場所に来たのが初めてではない。

だが、一人で?

今まで少女たちの誰にも知られずに?

可能性があるとすれば、ヒロの魔法だ。

ヒロの魔法は誰にも知られていない。

おそらく、自分を狙った理由もそれか。

 

 

 

 

エレベーターが止まった。

千空の目の前に広がったのは、屋敷とは打って変わって機械的な見た目の空間。

機械室、制御室、あるいは管理室。

そう言った現代的な呼び方が正しい施設のように思えた。

「……なるほどな。こいつは唆るぜ」

「君に見せたかったのは、こっちだよ」

ヒロが指差した扉の向こうからは、ひんやりとした冷気が伝わってくる。

さすがの千空も、その扉の先の光景には言葉を失った。

 

「おい……こいつは、一体なんだ……?!」

「私たちの死体さ。正確には、私たちのようなもの、だけどね」

 

管理室の隣にあったのは冷凍室。冷えた空気は肌に刺さるようだ。

氷塊に包まれて保存されているのは死体と、人とは変わり果てた姿となった魔女のなれはてたち。

魔法を使う少女が、逃れようのない衝動に憑かれて自我を失った時、それは人でも魔女でもない、なれはてとなる。

千空もヒロも、見知っている顔はない。

「ここで死ねば、私たちもこの部屋で永遠に冷凍されるんだろう」

「ああ……胸糞悪いぜ、いくらなんでもな」

千空は舌打ちして、氷塊の山から視線を逸らした。

死体の数は十人やそこらでは効かないだろう。

一体どれだけの期間、ここで惨劇が繰り返されたのか……千空は黙して目を伏せた。

ヒロは冷凍室の壁にある金庫に、澱みない仕草で数字を入力する。

千空が見咎める間もなく、彼女は金庫の中から美麗な装飾が施された一本の剣と、薬瓶を取り出した。

「……繰り返させるわけには、いかない」

「……ヒロ。テメー、何を見てきた?」

その時、千空は地下に降りてきてから、初めてヒロの顔を見た。

彼女の憎悪の籠った視線に、思わず千空がたじろぐ。

 

「正しくない、何もかも。全部間違っていたんだ、最初から。君がここにいることもーー!」

 

千空はヒロの気迫に気圧され、口を噤む。

しかし、彼は歯を食いしばってヒロの悪罵に耐えた。

「ーーそれだけか?」

「何……?!」

千空は怒っていた。

 

「順序が違えだろヒロ。今この状況で優先すべきは俺じゃねえ。なんで俺やお前と大してトシも変わらねえコイツらが、こんな理不尽に遭わなきゃならねえ」

 

氷に閉ざされた少女たちの亡骸は、誰にも弔われず物のように扱われ、人間としての尊厳を穢されている。

千空には魔法のことも、魔女のことも、本質的にはわからない。

それが、人としての尊厳を踏み躙られる理由となることに、絶対に納得できない。

だから彼は静かに怒っていた。激怒していた。

 

「ヒロ、俺を殺せばこいつらは報われるのか? 帰りを待っている人のところに帰れるのか? そうじゃねえだろ。こんなバカげたことを、これ以上許しちゃいけねえんだ。違うか?」

 

今度はヒロが動揺する番だった。

初めは、千空の言葉を否定しようとしていた。

何かを口にしかけては飲み込み、結局ヒロが言いかけた言葉を口に出すことはなかった。

「……ああ、君の言う通りだ。君が正しい」

「なら少なくとも、その部分では、俺とお前は敵味方じゃねえはずだ」

ヒロは冷静さを取り戻していた。

それでも、千空を見る憎悪を込めた眼差しに変わりはなかった。

「千空、私たちが救えるものには限りがある。綺麗事の理想だけでは……何も助けられない。あとは皆の前で話そう」

 

そこで伝えるよ、私の魔法を。

私が何を見たかを。

 

管理室に戻ったヒロは、壁に置かれたコンソールを操作していた。

数秒の間の後、地の底から鳴り響くような轟音が、地下を揺らした。

「なんだ? 動いてる……?」

「屋敷の裁判所の扉を開けたのさ。これから、私か君か、死ぬべき人間を選ぶ裁判をするためにね」

ヒロの決意は固そうだ。

一つ一つの行動に躊躇はなく、千空がこれ以上、言葉を差し挟める雰囲気ではない。

「何を考えているか知らねえけどな。何があったって、俺はテメーを殺すつもりはねえよ。死ぬつもりもねえ」

「……千空、一つ聞くが」

君はまだ、地下の様子を見て、この屋敷から脱出できると思っているのか。

異形と化した少女たちが、ここに永遠に囚われ続ける理由に、本当に思い当たらないのか。

「ああ、できるね。俺は脱出する。全員死なずに、その方法を必ず見つける。コイツらも可能なら家に帰す。やらなきゃならねえだろ」

 

ククッと千空は笑った。

 

「唆るぜ、これは……!」

 

 

 

 

その頃、屋敷はちょっとした騒ぎになっていた。

何せ突然、地面の下から轟音がしたかと思えば、今までずっと開かずの扉となっていた裁判所に続く道が開いたのである。

千空たちの事情を知っているナノカたちならまだしも、屋敷に残された少女たちがざわめいたのも無理はない。

屋敷を駆け回ったメルルは、ふわふわと飛んでいたゴクチョーを捕まえ、問い質した。

「あ、あのっ……なぜ急に、扉が開いたんですか……?! まさか誰かが……?」

「いえそういうことではなく……地下の操作盤が操作されたようですね。はて……どうやって気付いたのでしょうか」

ゴクチョーも首を傾げている。

メルルは踵を返して走り出した。

今から裁判が行われる?

何のために?

 

少女たちの中で、最初に裁判所に辿り着いたのはマーゴだった。

十三の証言台を順に眺め、憂いを帯びた表情を浮かべる。

「ここが……魔女裁判をするための舞台なのね」

他の少女と協力しても、図書室の本に書かれていた全ては読み解けなかった。

それでも、自分が調べた内容は全員に共有するべきだ。

やはり魔女となりうる十三人が必要なのだ。

誰も欠けてはいけない。

だが、千空。魔法の力を持たないであろう、かの少年はどうなのだろう。

「それでも……死んでいいはずがないわ」

マーゴは、裁判所が開かれた意味について、持てる知恵を振り絞って推測しようとしていた。

 

「ハンナさん! 裁判所が開いたみたいですよ!」

「何なんですの全く? それにシェリーさん、少しは警戒しなさい!」

少女が一人、また一人と裁判所に集まってくる。

誰が言い始めたわけでもない。

ただ、全員がこれから起こることに興味を示していた。

[何か始まるのか]

「そうなのかな……のあはわかんないや」

裁判所に一人でやってきたエマは、震える腕を押さえて不安を露わにしていた。

(ヒロちゃんも、千空くんもいない……一体何があったんだろう……)

「チッ……ウチらを集めてなんかしようってのか?」

「だっるぅ〜、あてぃし帰っていい?」

「ま、待ちたまえ。何か説明があるかもしれない」

アリサ、ココは不機嫌そうだ。それをレイアがなだめている。

予想外の事態が発生したストレスが、静かに少女たちに広がっていく。

遅れてやってきたのはナノカ、ミリア。

二人とも無言で険しい顔をしていた。

メルルがゴクチョーと看守を伴ってやってきて、揃わないのは残り二人。

「メルルちゃん! ヒロちゃんと千空くんは……?」

メルルは弱りきった顔でエマに答えた。

「二人ともすぐ来ます……ですが、皆さんはここにいてください……ヒロさんからの強い要望で、裁判を開くことになったんです……」

少女たちがどよめいた。

「はぁ?! 裁判って、なんのだよ?」

規則に書いてるみてえに、誰も死んでねえだろうが、とアリサが反駁した。

「つまり、例外的な取り扱いが発生した、と言うことですか?」

シェリーが顎に手を当てて、ゴクチョーに尋ねる。

「ええ、まぁ……そういうことになったようです。物好きな人もいるもんですね」

ゴクチョーの言葉を合図にしたかのように、ヒロと千空が入廷した。

 

 

 

 

ヒロは例の美麗な剣を片手に携えている。

千空は瞠目しており、その姿からは、普段の不遜な態度が鳴りを潜めているように思えた。

「ヒロちゃん……?」

ヒロは冷たい目でエマを一瞥する。そこに感情というものはなかった。

エマの心が締め付けられる。

エマはメルルの告白で、メルルがゴクチョーと共に歩いてきた理由を知っていたからだ。

 

「証言台は十三人分しかない。千空、君はどこにでも立つがいい」

「はっ、有り難え。それなら、テメーの反対側にいさせてもらうわ。そっちの方が都合がいいんだろ?」

マーゴはヒロが自分の横を通り過ぎる時、その手を見て声を上げそうになった。

彼女の両手の爪が、刃物のように鋭く伸びている。

ヒロは、魔女になりかけている。今の彼女は、抑えきれない衝動に支配されている。

マーゴはその考えを必死に否定した。

 

彼女は、まさか、これは裁判、処刑しようとしているのはーー

 

「みんな、集まっているな。これから始めるのは、将来私たちを殺す人物を処刑するための裁判だ。わかってくれるかな」

そんなもの、わかるはずがない。

それでも、誰もがヒロの異様な雰囲気に呑まれて何も言葉にできなかった。

 

「今ここで明かすが、私の魔法は死に戻りだ。私は少し先の未来で死に、記憶を持ったまま戻ってきた。私を殺したのは千空、君だ。そして君は他の少女たちも殺した」

 

ーーこの裁判の被告人は石神千空、君だ。

 

 

裁判所には、長い沈黙が訪れた。

 

 

 

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