これはいくつもの分岐から外れた、一つの結末なのです。
少女たちは死なず、世界は崩壊せず、誰にも悲劇は訪れない。
そんなハッピーエンドがあってもいいのだと、何者かが願った結果。
科学も魔法も、すべてはきっかけにすぎなかった。
今はただ、穏やかな日々に感謝を。
そして、この物語を読み遂げたあなたに、どうか幸福な呪いが訪れますように。
ーー????
「ですが、千空。あなたの望む通りの展開にはならないのです。私たちは魔女として監視されている。塀が壊れたことで、じきに人間たちがこの島にやってくるでしょう。そうなれば誰も自由になれはしません。あなたなら、とっくに気付いていたことでしょうが」
「ああ、んなこったろうとは思ってたよ。一時的に脱出したところで、いつかは捕まるだろうからな。まあでも、スペクタクルなもんも見れたし、悪くねえ気分だ」
早くも感想戦を始めたユキと千空に、あ、あのさ、とココが言いにくそうに進み出た。
「劇の編集、遅くなったけど、さっき終わったばかりなんだ。みんなに……見て欲しくてさ」
あてぃし、頑張ったからさ。
ユキも、メルルも、見てってよ。
観客は一人でも多い方が、嬉しいから。
今さら何を……とは、誰も言わなかった。
この劇だって、彼女たちがこの島で残した、大切な思い出だったのだから。
ココのスマートフォンの小さな画面を、居合わせた全員が覗き込む。
レイアの口上を見て、ユキがおかしそうに笑った。
「レイア、さすがあなたは名優です。舞台の上で輝く、あなたは素敵ですよ」
「ふふっ、そうだろう。大魔女様のお目に叶う演技が出来たこと、誇りに思うよ」
ココの場面に移ると、アリサとナノカが観客席で茶々を入れていたことを本人に告白した。
「いや!? フィクションだからありじゃん? フィクションの中でくらい、夢見させてよ!」
「限度ってもんがあるだろって話だよ。まあ、面白かったから許してやる」
レイアと、村娘のミリアたちが話すシーン。
「お、おじさん演技の才能ないなー……こんなに棒読みだったんだね……」
「目立つ役じゃなくて……良かったです……」
[わがはい、棒立ちだったな]
ミリアたちは肩を落として、がっかりとしている。そんな彼女たちをレイアが慰めた。
「いいんだよ、君たちの力も含めて作り上げた舞台なのだから」
シーンは、ハンナとシェリーが出会う場所へと移り変わる。
「全くもう……シェリーさんが台本を無視し始めた時は、どうなることかと思いましたわ……」
「まあまあ良いじゃないですか。エマさんを仕留めるシーンは無事に終わりましたし」
「あはは……あの時のシェリーちゃん、本当に怖かったけど……」
画面の中では、千空とレイアが対峙している。
「あー……まだまだいけたな、これは。やっぱり演技なんて、俺には向いてねえ」
「そうかな? 千空君、君は実に良い悪役だったよ。出来るならばもう一度、君と舞台の上でまみえたいと思うほどにはね」
みんなが懐かしがっているこの舞台から、まだ数日しか経過していないのだ。
しかし少女少年たちは、もうずっと前から記憶を共にしているかのように、感慨深くココの動画を眺めていた。
やがてシーンはカーテンコールに変わる。
演者たちが舞台の表に現れ、恭しく礼をした。
大切な思い出が、終わってしまう。
「ココ……よく、できましたね。あなたの動画は、素晴らしい出来でしたよ」
ユキが小さな拍手を打って、ココを称えた。
少女たちは劇の終わりと、自分たちにこれから起きることを重ねて思い浮かべて、一人、また一人と瞳に涙を浮かべて無言になっていった。
「あ、れ……?」
ココが小さな声を漏らす。
画面は全員が揃った、カーテンコールのままだ。
「なんだ、ココ? やり残しの編集ミスでも見つけたような声を出してよ」
「ちがうよ……そうじゃない」
ココは千空の言葉を即座に否定する。
ココは肩を抑えて、震えていた。
「わかった、そうだ。あてぃしの魔法なら見える。これでエンディングじゃない! あてぃしたちを、誰かが見てる!!」
ココは叫んだ。
「動画を見てるのは、あてぃしたちだけじゃない! あてぃしたちをよく知ってる誰かが、ずっと見てたんだ! 視えたよ! あてぃしたちはずっとーー閉じた世界の中にいたんだ!」
ユキ、千空は直感した。
千里眼の魔法を持つ、ココの言葉は真実。
ならばまだ、この絶望的な運命に抗う術はあるーー!
「ユキーーテメーなら、わかるだろ。今から何をすれば良いかがよ!」
「ええ、千空。ですがーー私の力はこの子どもの姿の通り。最初に言った通り、出来ることには限りがあります……!」
「おい、二人でわかった気になってねえで、ちゃんと説明しろよ! ウチらにバッドエンド以外の道があるってのか?!」
千空とユキ以外の全員が、アリサの言葉を肯定した。
彼女たちは息を呑んで、二人が紡ぐ言葉を待った。
「最後のヒントを、ココが見つけたんだよ。この世界じゃねえ他のどこか……それが存在してるってことにな!」
「つまり、ココは世界を改変できる可能性に、自身の千里眼の魔法でいちはやく気付いたのです。それが……可能ならば、ですが」
ユキは、エマを呼び寄せた。
エマは困惑したまま、彼女に歩み寄った。
「エマ、私があなたに授けた魔法を教えましょう。あなたの魔法は、【魔女を殺す魔法】でした。私が世界に残した呪いーー魔女因子を持つ人間たちを死に至らしめる、最悪の魔法です。私はあなたの力に相乗りして、それを行使するつもりでした。しかし、今の私にも、あなたにも、それを使うことはできません。不完全に再生した私では力が足りず、あなたは魔女とならなかったからです」
「ゆ……ユキちゃん、わからないよ。どうしてそんな魔法を、ボクに渡したの……?」
「エマ。あなたには、人を嫌いになって欲しかった。この世界を棄てて欲しかった。人との関わりを恐れて、壊れて欲しかった。全て共に歩むものを欲しがった臆病な私の、身勝手な思い込みなのです」
でもね、エマ。それはどうか忘れてください。
私のエゴが招いた、間違った願いだったのですから。
「ユキちゃん……君が何を言ってるのか、わからないよ。でも、ユキちゃんとボクは、これからも友達なんだよね……ヒロちゃんも、一緒なんだよね……?」
「そうです、エマ。あなたの魔法が、この力がーー私たちが友人でいられ続けるよう、世界を変えられるものならば良かったのにーー」
「待て! ユキ、まだ手はある!!」
ヒロが二人に向かって叫んだ。
「二人だけの力では足りないかもしれない。だが、いまや塀は壊れている。いまなら、ユキが世界中に遺した魔女因子が、全てこの島と繋がっているはずだ!」
ユキは、はっと気付いた顔をした。
「変えられるはずだ、今なら! ユキ、君とエマの魔法なら!」
ユキは居並ぶ少女たちの顔を見る。
誰もが、バツが悪そうに微笑んでいた。
ユキの選択を受け入れると、許す顔をしていた。
少女たちの様子を目の当たりにしたユキはしばらく無言のままだったが、意を決したように口を開く。
「皆に言っておくことがあります。この魔法は【魔女を殺す魔法】の概念を拡大して再定義し、世界そのものを【魔法が生まれない世界】に改変するーーつまり、ここであった記憶も、きっとあなたたちには残らない。本当に、それでもいいのですか?」
「それは寂しいけどさーーきっと、二度と会えなくなるわけじゃないよ」
ミリアは笑う。
「たぶん、これはおまけみたいな時間なんだよ。おじさんは、楽しかった。楽しかったんだ、ここの暮らしが。千空と、みんなと出会って、ナノカちゃんと仲直りできて……だから、忘れられないよ。みんなが忘れても、おじさんはきっと覚えてるから」
アリサはため息を吐いた。
「ったくよ。悪くねえ時間なんて、ウチには贅沢だと思ってたけどさ、ほんと、バカばっかだよな。知らねーよ、オメーらなんて……とっとと、忘れて、やるよぉ……っ!」
アリサは、真珠のような涙をこぼしながら、必死に震える声を絞り出していた。
シェリーはハンナの肩に手をかける。
「です! ハンナさんが私のことを忘れても、きっとどこかで会えますから! ね、ハンナさん!」
「シェリーさん……あなた、どうしてそんなに、平気そうですのよ……っ」
「だって私とハンナさんはズッ友ですから! それにエマさんも!」
変わらないですよ! どんな世界だって!
シェリーは満面の笑みを浮かべていた。
「ノアね、せんくうやアンアンちゃん、ヒロちゃんと会えなくなっちゃうのは寂しいな。実はね、本当ののあは、すっごく絵が下手なんだよ。でもね、せんくうが絵だけじゃない、のあの凄いところをいっぱい褒めてくれたんだぁ。だからのあは、自分のことをちょっとだけ好きになれたんだよ」
[わがはいは嫌だ。ノアを忘れることなんてできない。お前たちと一緒にいたい]
「アンアンちゃんは、そうだよねぇ……困っちゃったな……」
「ノア君、アンアン君。別れなんかじゃないさ。このまま何もしなければ、何かに期待することもできないまま、私たちは終わりを迎えるしかないんだ。今ここで一歩を踏み出す勇気を出さないといけない、私はそう思うよ」
ナノカも、ココも、マーゴも……心情を吐露する。少女たちの全員が、この島での出来事に感謝を告げていた。
メルルはまだ躊躇っていた。
「私は……許されないことをしてきたと思います……どんな理由があっても、この島で死なせてしまった子たちに……顔向けができないのです……」
「メルル……あなたはこの世界に残ろうとしていますね。それは違います。罪悪感があるなら、立ち向かいなさい。あなたは過去と命を背負って、生き続けなさい。私はそうすると決めました」
「大魔女様……」
「メルル。あなたに一つ逃げ道を与えましょう。私を探し出そうとしたのは、確かにあなたの罪です。ですが、魔女裁判を執り行って処刑する無垢の少女を選んだのは、この世界の過ちです。あなただけが裁きを受ける道理はない。わかりますか?」
「……!」
ユキは嘲った。
「世界が白と黒で出来ているなら、もっと話は単純だったのでしょうね。一つだけ言えるのは、あなたが何を考えていても、メルル、私はあなたに生きていて欲しい。それがどんな形であっても、です」
「……はい……っ!」
「エマ……」
「ヒロちゃん……」
「……君に、謝罪しよう。私は間違っていた。ユキのことを君に任せた気になって、全ての責任を負わせてしまった」
正しくなかった。私たちには、もっと異なる道があったのかもしれない。
「ヒロちゃん。いいんだ。ユキちゃんが全部教えてくれたから。それに、ボクだってヒロちゃんに、悪さをしたことがないわけじゃないんだよ?」
ーーおあいこにしようよ。
ボクは、ユキちゃんともヒロちゃんとも、ずっと友達でいたいんだから。
お節介な誰かさんに、欲張りでいいって、教えられたんだ。
エマもヒロも、そしてユキも小さく笑った。
これは当然、完全な解決ではない。
共犯の当事者同士が、小さな棘のような秘密を互いに抱えているだけ。
しかし、汚れを知らない純真な人間など、そもそも存在し得ないのだ。
エマたち三人は、罪の大小ではなく、各々が手を取り合って、自分自身の影に隠してきた後ろめたさと、ずっと向き合うことを決めたのだった。
「答えは決まったか?」
千空は少女たちのやりとりを、ただ黙って見ていた。
彼は、この選択は上手くいくはずだと、確信を持っていた。
根拠はない。それこそ非合理的な、勘と呼ばれるものにすぎない。
「ええ、千空。お待たせしました。ヒロの言う通り、今の私なら、エマを通して、大魔女たる力を全て行使できます。島に遺された魔法が、なれはてたちの願いが、世界に漂う呪いが、すべて、手に取るように扱えます」
ユキは両手を広げ、天を仰ぐように高く掲げた。
エマ。
ヒロ。
アンアン。
ノア。
レイア。
ミリア。
マーゴ。
ナノカ。
アリサ。
シェリー。
ハンナ。
ココ。
メルル。
そして、千空。
ユキの体が白く輝き出す。
まばゆい光は暖かな波動となって、裁判所から溢れ出し、屋敷を照らす虹色の輝きに変わり、この島を包んでいく。
「願わくば、あなたたちの未来に、どうか素敵な呪いがありますようにーー」
世界に漂う魔女因子がユキの力で形を変え、二つの世界を結び合わせた因果の鎖を捻じ曲げ、現実を改変していく。
立ち並んだ少女たちは、一人、また一人と霞のように溶け消える。
そして千空も、もはやここにはいない。
全員を見送ってから、ユキも自らの姿を、淡い雪のように消失させた。
「んお、ああ? 夕方かよ、もう……」
千空は机の上で目を覚ました。
見慣れた実験室で気付くのは、放課後の訪れ。
どうやら、知らないうちに眠ってしまっていたようだ。
目の前には科学部の怪しげな実験器具が、今か今かと火を吐く瞬間を待ち侘びていた。
「千空ー!! ここにいたのかー!!!」
鼓膜をつんざくような声量が、実験室の入り口から響く。
「うるせえよデカブツ。そんなでけえ声出さなくても、百億秒前に足音から聞こえてるわ」
学ランを着た大柄な男子の脇には、カーディガン姿の、はにかむ女子がいた。
「せ、千空くん。やっほ〜……」
彼女の頬の赤さを認めた千空は、ははんと得心した。
「あぁ〜、その様子だとデカブツぅ、上手くいったんじゃねえか〜、一世一代の告白ってやつがなぁ〜!」
「うわああーーっ!! ち、違う! 友達! まずは友達からと言うことになったんだ! 千空、誤解するなーっ!!」
それじゃ、幼馴染だった今までと、何も変わらねえじゃねえかと、千空は喉の奥で低く笑った。
賭けに勝ったばかりだ。なんか奢ってやるよと千空は二人に言った。
千空たちが夕暮れの繁華街を歩いていると、商業ビルのディスプレイがニュースを流していた。
『宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士が、滞在期間を終えて帰還する見込みとなりました。日本人の……』
「千空! 親父さんが帰ってくるんだなー!! ずいぶん久しぶりだろう。無事で良かったじゃないか!!」
「あー? まあ連絡は取ってたから、そりゃそのうち帰ってくるだろ。貴重な無重力体験記をたっぷり聞かせてもらうつもりだ〜」
世界が今日明日にでも、滅ぶわけじゃあるまいし。千空が冗談めかすと、大樹のような少年と、木漏れ日のような雰囲気を纏った少女は、おかしそうに笑った。
と。
千空たちの目の前を、同じくらいの歳の少女たちが駆けていく。
「ヒロちゃん、ユキちゃん! 今日はカラオケに行こうよ! 高校生になったら、ずっと行きたかったんだ!」
「エマ、前を見て歩け……ああ、すみません。連れが騒がしくて」
桜の少女と黒の少女。その二人を、白の少女が遅れてついていく。
「ふふ……エマ、ヒロ。まだまだ時間はあるのです。ゆっくり行きませんか……?」
すれ違った少女を、千空は思わず目で追った。
すると、彼女が振り向いた。
アルビノのように白い長髪を、優雅にたなびかせて。
「ユキ! 迷子になってしまうぞ!」
ユキと呼ばれた少女は千空の方を見てーー
ニヤリと、口角を上げて嗤った。
「なんだ千空ー!? もしかして知り合いかー?!」
千空は、誰にも声が届かないように低く笑った。
心からおかしくて、たまらなかった。
「いいやーー知らねえな」
『魔法少女ノDr.STONE』 完
謝辞
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
新天地となるハーメルンでの投稿を勧めてくださった方、pixiv投稿版からお読みいただいた方、感謝してもしきれません。重ねてお礼申し上げます。
素晴らしい両原作を作り上げた原作者の皆様にも、最大限の感謝を伝えさせてください。
魔法少女ノ魔女裁判、そしてDr.STONEという作品に出会えて良かったです。
ありがとうございました。
特に気に入った章を回答してください。
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#1『魔法の白い粉』
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#2『ガールズトーク』
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#3#4『フランケンシュタインの怪物』
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#5#6『カーテンコール』
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#7#8『サイエンスイコールマジック』