なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第111話 長谷川真昼、血肉を狙われる

 織田軍の包囲によって物資の搬入が滞り、小谷城内には淀んだ空気が漂っていた。

 ただお市の方の部屋だけは、無邪気で残酷な笑い声に満ちていた。

 

 お市は、美濃の方角から来た老婆――岩村城からの密使に向き直り、小さな声で囁いた。

 

「叔母様にお伝えして。『私は叔母様と虎繁の恋を応援しています』って」

 

 密使がゴクリと喉を鳴らす。

 

「だから教えてあげて。……『欲しいものは、古い殻を破って手に入れなきゃ』ってね」

 

 ***

 

 美濃と甲斐と三河の国境にそびえる東美濃の岩村城は、深い霧に包まれていた。

 城主・遠山景任の妻、おつやの方は、天守の窓から自身の顔を鏡に映していた。

 

「……鏡よ。私の美しさは、いつまで保たれるというの?」

 

 おつやの方は信長の叔母でありながら信長より年下であり、妖艶な美女として知られていた。

 だが、心は焦燥に焼かれていた。

 信長の隣にいつもいる長谷川真昼。

 時を超えて若さを保つ不思議な少女への、強烈な嫉妬と渇望。

 お市も真昼を欲していると聞くが、おつやも欲していた。

 八百比丘尼と噂される少女の血肉を喰らいたい……と。

 

「永遠が欲しい。……この美貌を、あの人のためだけに永遠に捧げたい」

 

 おつやの脳裏に浮かぶのは、病弱な夫・景任ではない。

 敵であるはずの武田の将。

 冷徹にして孤高、美しき狼。

 

 その夜、おつやは城を抜け出し、霧深い森の奥へと足を踏み入れた。

 そこに音もなく佇む影があった。

 武田信玄配下の猛将、秋山虎繁である。

 

「……待たせたな、おつや」

 

 虎繁の声は芯まで響く涼やかさを持っていた。

 彼の手には銀色に鋭く輝く英霊ボール『ウルフ』が握られている。

 そのボールは言葉を多用することを嫌うかのように、静謐な光を放っていた。

 

『……』

 

 ウルフは何も語らない。沈黙こそが雄弁だからだ。

 余計な言葉はいらない。結果のみで示す。それが天才の流儀。

 虎繁もまた、英霊と同じ魂を持っていた。

 

「はい、虎繁様。……待ちくたびれましたわ」

 

 おつやは虎繁の胸に飛び込んだ。

 敵同士の密会。許されざる恋だが2人の間に流れる空気は、不純な欲などではなく、研ぎ澄まされた純愛だった。

 

 岩村城は武田領と隣接する場所ゆえ、織田の窓口として武田の使者との交渉の場所であった。

 その武田の責任者が秋山虎繁であり、織田家の折衝役は病弱の遠山景任の名代として、おつやが担当していた。

 互いに才気煥発し、凡人には理解できぬ高みを目指す魂が、狂おしいほど惹かれ合うのに時間はかからなかった。

 

「夫・景任は、織田への義理に縛られた凡夫。……私の愛を受け止める器ではありません」

 

 おつやが涙ながらに訴えると、虎繁は優しく肩を抱いた。

 

「俺もだ。お館様は俺の才を認めてくれるが、戦場は退屈だ。……お前という華がなければ、この乱世は色褪せて見える」

 

 虎繁がウルフを掲げると光が霧を切り裂き、岩村城を照らし出した。

 それは獲物を狙う狼の眼光のように、鋭く、美しい直線を描いた。

 ウルフは思う。

 

(『俺はスワローズに行きたかった。引退も勝手に決められた。この無念を俺は吹っ切れていない。だからだろうか? ……この2人の行為は間違いかもしれん。それでも、俺は2人を咎める気にはなれん』)

 

 家庭の事情で、ジャイアンツに入団した。

 天才がゆえに、大人の事情に振り回されたウルフは自身の過去を思い出し、そして振り払った。

 

「……扉を開けろ、おつや。俺がすべてを受け止める。お前も、城も、罪も」

 

「はい……あなた様」

 

 ***

 

 岩村城、城主の間で病床に伏せる遠山景任は、枕元に立つ妻の姿に安堵の息を吐いた。

 

「おお、おつや……。水を持ってきてくれたのか……」

 

 景任は知らなかった。

 妻の手にあるのが水盃ではなく、鋭利な懐剣であることを。

 おつやは慈悲深い菩薩のような微笑みを浮かべていた。

 

「ええ、旦那様。……喉が渇いているのでしょう? 永遠の眠りという、癒やしを差し上げます」

 

「な……何を……」

 

 景任が言葉を発するより早く、白刃が閃いた。

 

 ――ズブリ。

 

 迷いのない一撃が夫の心臓を貫いた。

 鮮血が飛び散り、おつやの白い肌を赤く染める。

 彼女はそれを拭おうともしなかった。むしろ、その温かさに恍惚としていた。

 

「ああ……これで私は自由。古い殻は破られたわ」

 

 おつやは血に濡れた手で鏡の中の自分に問いかけた。

 まだ足りない。

 これは凡夫の血。私が真に欲するのは八百比丘尼――長谷川真昼の肉。

 虎繁様と共に織田を滅ぼせば、あの子が手に入る。

 そうすれば、私は永遠に虎繁様の隣で咲き誇れる。

 

 ***

 

 翌朝、岩村城の正門が重々しい音を立てて開かれた。

 

「城主・景任様は病没された! 織田からの援軍は来ぬ! 我らが生きる道は、武田の慈悲にすがるのみ!」

 

 女城主・おつやの方の凛とした号令に、家臣たちは平伏した。

 そこへ霧を割って秋山虎繁の軍勢が静々と入城する。

 略奪も暴行もない。

 ただ、圧倒的な格の違いを見せつける行軍だった。

 

 先頭を行く虎繁の頭上では、ウルフが銀色の孤高な輝きを放っている。

 光は城内の誰もが息を飲むほどに美しく、抵抗の意思を根こそぎ奪い去った。

 

『悪いことばかりではない。俺はシゲオさんに救われた。……ジャイアンツにいたことを誇りに思っている。岩村城の民よ、皆もいずれ思う。武田にいてよかった、と』

 

 虎繁は馬を降り、血の匂いを纏ったままのおつやの手を取った。

 

「……美しいぞ、おつや」

 

「貴方様こそ……私の狼」

 

 2人は衆目も憚らず、熱い口づけを交わした。

 それは城の陥落を告げると同時に、新たな支配者の誕生を告げる儀式でもあった。

 

 東美濃の要衝は夫だった遠山景任以外、一滴の無駄な血も流すことなく、天才と美女の純愛によって武田の手に落ちたのである。

 

 ***

 

 岩村城無血開城は、瞬く間に近隣諸国へと伝播した。

 小谷城のお市の方は、東の空を見上げて満面の笑みを浮かべた。

 

「ふふっ。叔母様ったら、情熱的。……これで道は開かれたわ」

 

 お市は手紙を書き終え、忍びに託した。

 宛先は甲斐、躑躅ヶ崎館。

 

『甲斐の虎様へ。東の門は開かれました。美濃への道はおつや叔母様と秋山虎繁殿の愛によって清められております。どうぞお通りください。その先には、兄・信長の首と……極上の果実、長谷川真昼が持つ英霊ボールたちが待っております』

 

 お市の背後で、長政の懐にある『フミオ』が、来るべき破滅を予感して激しく明滅した。

 

 武田信玄、上洛の時来る。

 戦国最強の軍団が、甲斐で雄叫びをあげた。

 




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