なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
岐阜城の執務室。外の寒さを遮るように火鉢がパチパチと音を立てる中、大和の佐久間信盛さんから届けられた報告書を、竹中半兵衛君が涼しい声で読み上げていた。
「……ということで、松永久秀殿は多聞山城を明け渡し、完全に降伏しました」
三好三人衆の敗北と将軍義昭様の追放により、完全に孤立無援となった久秀さんがついに白旗を揚げたのだ。
「フン。多聞山城をあっさり差し出し、右衛門尉(信盛)の与力に入ることで命を拾いおったか。計算高いジジイめ、生き残るための最善手を打ってきたな」
上座の信長様は、愛用の金属バットのグリップを布でキュッキュと磨きながら冷笑した。
「ええ。大和の支配権は筒井順慶と分割されましたが、ここで粘って討ち死にするより、一旦ベンチに下がって機を伺う……徹底した合理主義です」
半兵衛君も、手元のモリミチボールを指先で器用に回しながら頷く。
そんな殺伐とした裏事情などつゆ知らず、私は火鉢で温めたお茶をすすりながら、ホッと胸を撫で下ろした。
「よかったー! ふう、これで久秀さんも元通りだねえ。またお茶会でお菓子出してくれるいいおじさんに戻ってくれて、一安心だよ!」
私が能天気に笑うと、信長様が「……はぁ」と特大のため息をついた。
半兵衛君に至っては、扇子で顔を隠しながら小声で毒を吐く。
「真昼殿のお花畑な思考、ある意味、天下無敵ですね」
「ちょっと! 平和的に解決して何が不満なの! 私は争い事が嫌いな普通の女子高生なの!」
私の抗議は、2人の「はいはい」という生返事にあっさり流されてしまった。
***
そして年が明け、正月。
岐阜城の大広間に織田家の諸将が一堂に会し、新年の挨拶が行われていた。
もちろん、大和から筒井順慶さんと松永久秀さんも顔を出している。
順慶さんは信長様を前にして「ひぃぃ、粗相があっては殺される……」とガチガチに緊張していたが、久秀さんは違った。
すっかり毒気の抜けた、完全に丸くなった好々爺のオーラを全身から放っていたのだ。
「いやあ、若い者たちよ。戦でバットばかり振っていてはいかんぞ。茶の湯や教養を身につけ、心を豊かにしてこそ一流の武将。儂のような老いぼれは、もう盆栽でもいじって余生を過ごすのみじゃ、ホッホッホ」
久秀さんがニコニコと人の良さそうな笑顔で語りかけると、根が素直な権六おじさまが深く頷いた。
「なるほど! さすが年の功、深い言葉じゃ!」
「弾正殿の教え、しかと胸に刻みまする!」
秀吉さんも感銘を受けたように返している。
「おじいちゃん、すっかり丸くなったね~」
私も出されたお餅をモグモグしながら、すっかり和んでいた。
お年玉やお歳暮ってわけじゃないけど、私につるし柿をいっぱいくれたしゴチになりました。
平和な正月って最高だよね。
ただ、上座から久秀さんの様子を見下ろす信長様と半兵衛君の目は、氷のように冷たかった。
半兵衛君がそっと信長様に耳打ちする。
「……見事な演技ですね。己を無害なロートルと見せかけ、我らの警戒を解こうとしている。老齢ゆえの焦りが、あの過剰なまでの好々爺を演じさせているのかもしれません」
信長様は鼻で笑い、手元の酒をグイッと飲み干した。
「フン。なら、とっとと天下統一して、あのジジイの目を覚まさせてやるだけよ。俺の球団に、タダ飯食らいの隠居は要らんからな」
そんな不穏な密談が交わされているとも知らず、広間の入り口がドタバタと騒がしくなった。
「遅れまして申し訳ござらぬ!」
遠江から徳川家康さんがやってきたのだ。
年々、体型が真のタヌキへと完成形に近づいているね。
走ってくる姿にちょっとビクッとなったよ。
「いやはや、去年は死ぬかと思いました。今年は武田に奪われた所領を奪還する所存でございまする!」
三方ヶ原での惨敗からすっかり立ち直ったのか、無駄に元気よく挨拶を済ませた家康さんは、空いていた久秀さんの隣の席にどっこいしょと座った。
「松永殿、ご無事で何より。今年もよろしくお頼み申す」
「ああ、家康殿、今後もご贔屓に」
家康さんが慇懃に挨拶し、久秀さんは大きな椀を渡し、酒を注いで行く。
「重っ! これが噂の……。これはどの方ので?」
「長政殿と聞いている」
「儂も討ち死にしたら、こうなるのですかなあ。国宝になりたいものです」
椀を眺めながら、しみじみと家康さんが囁いていると上座から信長様の声が飛ぶ。
「家康、壊すなよ。弁済に三河一国でも足らんからな!」
「ヒエッ! そこまでの価値、羨ましや。長政殿、久政殿、義景殿」
そこで久秀さんが補足する。
「クックック、職人共が言うには、頭蓋が使える椀になったのは奇跡とか。信長様の彼らへの敬意が奇跡を起こしたのかもしれませんなあ」
「……ハア、儂も国宝になりたい」
……なんか、いい話風に家康さんが嘆息したけど、いやいや、人の頭蓋をお椀にするなんて、令和でやったら炎上じゃすまないよ?
職人さんたちも困惑していたし。
それを信長様が「俺からの連中への最大級の敬意よ、上手くできれば、国宝として一国一城の価値になるぞ!」なんて言って作らせたんだよね。
出来上がって酒を注ぎ、みんな敬意を払ってから飲んでるけど、私はお酒飲めなくてよかったよ。
「十兵衛! 俺が死んだら、もっと凄い、日の本全てを凌駕する薄濃を作れよ!」
「お戯れを。年齢的に私のほうが先に、日の本全てを凌駕する薄濃になる可能性が高いでしょう」
「ハッハッハ、なら、その後に俺が最高額を更新してやるわ!」
信長様の無茶振りに、光秀さんも真面目に答えるなっての。
センイチもモリミチも、球体なのに相変わらずベロンベロンになってやがるし。
宴も盛り上がって来た頃、家康さんの卓で酩酊している英霊ボールノムサンが、ブルリと不自然に震えた。
『……クンクン。なんや、この匂い?』
「ノムサンどうしました? もう一献注ぎますか?」
『いや、酒の匂いが強うて気づかんかったが、ここまで酔うと話は逆や。久秀、全く酔うてないで』
ノムサンが怪しむようにボヤき始める。
『……データと理屈で塗り固められた、thinking Baseballの匂いに似とるな。……おいコラ久秀! 儂の酒が飲めんのかい! ウーイ、ヒック』
「これこれノムサン、失礼ですぞ。すみません久秀殿。シンキンなんちゃらってなんですかあ? インキンなんちゃらなら知ってますよお、ヒック」
ピキッ。
久秀さんの背筋に、冷たい汗がツーッと伝った。
「おおっ、急に持病の癪が……! イタタタタ……!」
久秀さんが大袈裟に胸を押さえて立ち上がった。
「年寄りは長座に耐えられませぬな! 信長様、誠に申し訳ありませぬが、これにて失礼仕る!」
言うなり、久秀さんは見事な千鳥足で、そそくさと大広間を退出していってしまった。
「あれ? 久秀さん帰っちゃった。これからおしるこ食べるのに」
私がぽかんとしていると、家康さんも呑気に首を傾げる。
「冬の風邪ですかな? お労しい。ヒック。で、何でしたっけ、ノムサン」
『……なんやツマラン。ブレイザーがおるかと思ったわい。ヒック』
ノムサンは、納得いかないようにブツブツとボヤいていた。
大広間を離れ、雪の降る渡り廊下を歩く松永久秀の後ろ姿は、腰の曲がった哀れな好々爺そのもの。
……しかし。誰も見ていないところで表情は、氷のように冷たく、獲物を狙う猛禽類のような鋭い眼光を放っていた。
『Good job. ノムサンの嗅覚は危険だ。今はまだ、我々のデータを見せる時ではない。あの狸、酔った勢いで何を言い出すかわからなかったからな』
懐の中で青白く光るブレイザーが、冷徹な音声で囁く。
久秀は口角を不気味に吊り上げ、雪空を見つめた。
「ああ、そうだ。儂が天下を手中にするその時まで……徹底的に、大人しい隠居でいてやるさ」
再び牙を剥くその日まで、大和の梟雄は冷酷に爪を研ぎ続けるのであった。