なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

139 / 153
第139話 長谷川真昼、異世界転生勇者、富田長繁の冒険の書のセーブに失敗する

 雪混じりの越前の野で、富田長繁は笑っていた。

 目の前には地平を埋める14万の一揆勢。背後には700の兵。

 普通の将なら逃げる。が、長繁は槍を肩に担いで笑いながら言う。

 

「多すぎる? 違うな。的が多いだけだ」

 

「どうするのでございまするか?」

 

 長繁の背後で、跪いている小林吉隆が問うと、長繁は槍を天に掲げて淡々と言う。

 

「全員、蹴散らすまでよ」

 

 ***

 

 正月の余韻が残る岐阜城で、外の寒風をよそに私は火鉢にあたりながら熱々のおしるこをすすり、至福の平和を満喫していた。

 

「あー、平和って最高。久秀さんもすっかり大人しいし、今年はリーグ優勝後のオフシーズンみたいにのんびりできそう~。たまに天災のように、お市ちゃんたちに襲われてるけど」

 

 ま、まあ、茶々ちゃん、初ちゃん、江ちゃんの三姉妹可愛いし、子供と遊ぶの楽しいからいいけど。 

 そんなフラグ真っしぐらのセリフを口にした矢先だった。

 

「真昼殿。貴女の頭の中は相変わらず青空広がるお花畑のように快適そうですが、北陸の越前は今、観客がグラウンドに乱入して選手も審判も殴り倒す、最悪の暴動が起きていますよ」

 

 涼しげな顔に冷ややかな声で、半兵衛君が分厚い報告書の束を抱えて部屋に入ってきた。

 後ろからは、愛用の金属バットを肩に担いだ信長様も一緒だ。

 

「越前の暴動? ……何があったの?」

 

 私はおしるこのお餅を喉に詰まらせそうになりながら訊ねた。

 

「事の発端は、越前守護代に任命した桂田長俊です」

 

 半兵衛君が扇子を開き、淡々と語り始める。

 桂田長俊……元は朝倉家の家臣で前波吉継って名前だった人だ。

 大津の戦いで織田家の坂井政尚さんを討ち取ったけど、半兵衛君の調略で寝返り、越前統治のトップに大抜擢されたはず。

 

「実は彼、守護代に就任してすぐに重い眼病を患い、完全に失明してしまっていたのです」

 

「えっ⁉ 失明⁉」

 

「ええ。ですが彼は、目が見えないことで守護代の座を奪われることを恐れ、信長様にも僕にもその事実を隠蔽しました」

 

 半兵衛君が冷酷に舌打ちをする。

 

「そして自分の目となる佞臣の言うがままに悪政を敷いた。……ボールが見えないのに打席に立ち続けた結果、越前の民心は完全に離れました。相談してくれれば、名誉を保ったまま安全なベンチへ下げてやったものを。保身でチームを崩壊させるとは、愚かの極みです」

 

 うわあ、側近たちも自分たちに都合がいいと思ったのかな?

 主君が目を失ったら好き放題できるもんね。

 

「その長俊の悪政にキレたのが、同じく越前の武将・富田長繁です」

 

 報告書をめくりながら、半兵衛君が続ける。

 

「富田長繁は本願寺の門徒たちを扇動し、一向一揆を起こしました。その数、なんと3万3千。あっさりと一乗谷を襲撃し、長俊を殺害してしまいました」

 

「さ、3万3千⁉」

 

「はい。さらにこの騒動に乗じて、かつて主君・朝倉義景を裏切って自害に追い込んだ土橋信鏡……元朝倉景鏡が『俺も勝ち馬に乗るぜ!』とばかりに挙兵してシャシャリ出てきたのですが……」

 

「ですが?」

 

「一揆勢は『主君を売るようなクズは死ね!』と大反発し、信鏡を袋叩きにしてあっさり討ち取ってしまいました」

 

「うわぁ……」

 

 私はドン引きした。信鏡さん、自業自得とはいえ展開がスピーディーすぎない⁉

 

「これで終われば、ただのクーデターだったのですが、富田長繁の暴走は止まりませんでした」

 

 半兵衛君の声が一段と低くなる。

 

「調子に乗った長繁は、温厚で人望のあった朝倉旧臣・魚住景固まで、『なんかムカつくから』という理不尽な理由で殺害したのです」

 

「はあ⁉ なにそのチンピラみたいな理由!」

 

「これが完全に裏目に出ました。魚住を慕っていた一揆衆が『お前もやっぱりダメ監督だ!』と大反発。越前の門徒たちは、加賀から一向宗の幹部・七里頼周を『新監督』として呼び寄せたのです」

 

 うへえ……ちょっと展開が早すぎて、二時間映画に無理やり収めた感が半端ないんだけど。

 

「結果、越前各地から集結した一揆勢の数は……およそ14万」

 

 半兵衛君が提示した数字に、私は目玉が飛び出そうになった。

 

「じゅ、14万⁉ 幕張メッセの観客動員数の倍以上じゃん⁉ どこのアイドルグループのライブだよ!」

 

「この14万の暴徒が、長繁のいる府中城を完全に包囲しました」

 

 私は息を呑む。14万対、城の守備兵。絶望的すぎる。

 

「それで、長繁さんはどうなったの?」

 

「彼はたった700の兵で城を打って出て、一揆勢を強襲しました」

 

「700で14万に⁉ 狂ってる!」

 

 単純計算で、1人が200人相手にすることになる。

 チンピラレベルなら私やお姉ちゃんでも多分勝てるけど、相手は凶器を持った狂戦士。まず勝ち目はない。

 お母さんやお父さんでも生き残る確率50%割ってそう。

 

「ええ、まさに狂気。しかし長繁は、その14万を撃破しました。しかも本人は無傷で」

 

「……ほえ⁉ 異世界転生チート能力者もびっくりの無双劇じゃん! ギガ○インでも使えたの⁉」

 

 ひょっとして長繁さん、本当に神様からチート能力もらった転生者なんじゃ?

 ずるい。私にはなんの特典なかったのに。

 

「そんな長繁の異常な強さに惹かれた兵が集まり、一時は兵数を6500まで回復させ、北ノ庄城へ向けて出陣したのですが……」

 

 半兵衛君は扇子をパチンと閉じた。

 

「乱戦の最中、あろうことか味方の背後からの銃撃によって討死しました」

 

「なんで後ろから味方に撃たれてるの⁉」

 

「さて、長繁風に言えば『なんかムカつくから』でしょうかね」

 

「撃った人はどうなったの?」

 

「小林吉隆という男ですが、以降の足取りは不明です。……ですが、首のない死体、顔の焼かれた死体が多くあり、ほぼ間違いなくその中にあるでしょう」

 

 ……敵も味方もぐちゃぐちゃじゃん!

 勇者富田長繁、暁に死すってタイトル付きそうだよ。

 名前有り人物全員死亡の混乱エンド。

 しかも次から次へと、ベルトコンベアのように死体が流れてくる超ハイスピード。

 実際に公開されたら酷評レビューの嵐になりそう……。

 

「フッ、人間なんてもんは、自分にない能力を持っている者をえらく恐れるのよ」

 

 聞き終わった信長様がニヤニヤしながら言ってくる。

 

「チート能力だろうが実力だろうが、この世の者全員に好かれるなんざ不可能よ。700で14万の軍勢撃ち破ったなんざ、大方の者はこう思うのさ『こいつの敵意が俺に向いたらどうなる? 背中を向いた今が消す好機じゃね?』ってなあ」

 

「……信長様、身も蓋もないなあ」

 

 そう言いつつ、私も調子に乗らないよう気をつけなくっちゃと身を引き締めるのだった。

 

 ***

 

 摂津の石山本願寺でも棚ぼたで越前一国が手に入ったと喜ぶどころか、顕如と下間頼廉は頭を抱えていた。

 緑の座布団に鎮座する英霊ボール『ツルオカ』が、ドス黒いオーラを放って激怒している。

 

『アカン! グラウンドに暴徒が溢れかえって、試合の体裁を保っとらん! これではただの無法地帯じゃ!』

 

『喝だ、喝! どいつもこいつもサインを無視しやがって! 統制が取れてねえぞ!』

 

 ポッポボールも怒号を飛ばす。

 

「おのれ……。すぐに下間頼照を総大将として越前に派遣し、統治させよ! 七里頼周と協力して暴徒を鎮めろ!」

 

 顕如は急遽、新たな坊官として頼照を派遣した。

 だが、血と暴力の味を知り、集団ヒステリー状態に陥った14万の一揆勢は、もはや本願寺の坊官である頼照や七里頼周の指示すら完全に無視。

 

「俺たちがルールだ!」

 

 とばかりに、誰の言うことも聞かない最悪のコントロール不能状態に陥っていたのだった。

 

 ***

 

「ハハハハハ! 傑作だ! で、半兵衛。結局この暴動の首謀者は誰なんだ?」

 

 越前の惨状に、信長様は腹を抱えて大爆笑した。

 半兵衛君は涼しい顔で、静かに首を振る。

 

「おりません。全員が暴徒であり、全員が主役。ただの集団ヒステリーです。英霊ボールの干渉も確認できませんでした」

 

「であるか。……ったく、桂田の奴め。もう少しできる男だと思っていたが、俺の見込み違いだったか」

 

「の、信長様……」

 

 私はおしるこのお椀を持ったまま、震える声で尋ねた。

 

「放置してていいの? 放っておいたら、その14万の暴徒が京や岐阜にまで溢れてくるんじゃ……」

 

 信長様はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべ、金属バットを床にドスンと突き立てた。

 

「放っておけ。今の越前は、触れば大火傷する燃え盛るゴミ溜めだ。顕如の奴、棚ぼたで手に入れた領地の運営で、今頃胃に穴を空けて苦しんでいるだろうさ」

 

「えっ、助けに行かないの? とりあえず鎮圧するとか……」

 

「行くわけなかろう。奴らが勝手に内ゲバで消耗し、疲弊しきった頃合いを見て……俺が一気に、丸ごと消毒してやる。それまでは、顕如に厄介な球団運営を押し付けておけ」

 

「助けに行くといっても、向こうは助けられたとも思わない発狂状態です。誰も感謝しません」

 

 信長様と半兵衛君が冷淡に呟いた。

 敵の自滅を待ってから、一番美味しいところだけを刈り取る冷徹な計算。

 

「やっぱり……平和なオフシーズンなんて、戦国時代にはないんだね……」

 

 私の呟きをよそに、信長様の鋭い視線は、すでに次なる戦いの盤面を見据えていた。

 

『俺たちがルールやと? 儂の大学の大先輩に「俺がルールブックだ!」と叫んで荒くれ者を黙らした審判がいるが厳正にして公平じゃったぞ? ルールだと叫ぶなら、ルールを骨の髄まで染み渡らせてんじゃろうなあ』

 

『ちなみに、判官贔屓してる審判員を告発までする徹底的な漢じゃったわ。審判も命をかけるのが当然よ。だから儂らも、審判を同志として信頼していたんじゃ』

 

 センイチ? モリミチ? 戦国の凄惨な話に無理やり昭和の話を思いだすなっての。

 

 こうして越前の泥沼を背に、私たち織田軍のペナントレースは休むことなく続いていくのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。