なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

140 / 151
第140話 長谷川真昼、明知に向かう

 深い霧に包まれた東美濃の山中。

 かつて信長様の実の叔母であるおつやの方が、敵将との愛に生きるために無血開城した岩村城は、今や武田軍の最前線基地となっていた。

 

 その岩村城に、2人の武将が重々しい足音を立てて入城した。

 1人は武田の誇る赤備えを纏った猛将・山県昌景。

 もう1人は偉大なる父・信玄の跡を継いだ若き新当主、武田勝頼である。

 

「よくぞ参られた、御館様。東美濃の守り、この秋山虎繁と妻のおつやが盤石にしております」

 

 城主の秋山虎繁が平伏し、隣で妖艶な笑みを浮かべるおつやの方が恭しく頭を下げた。

 

 けれど上座についた勝頼の表情は晴れない。

 父・信玄の死は敵国はおろか味方にすら秘匿されている。

 重圧以上に、彼の胸中を激しい怒りと焦燥が焼き尽くしていた。

 

「……虎繁、山県。出陣の支度をせよ」

 

 勝頼はギリリと奥歯を噛み締めた。

 

「父上が臨終の際、共にあったはずのシゲオが消失していた。……間違いない。どんな手を使ったのか知らぬが織田信長の仕業だ。奴が父の死の間際に、シゲオを奪っていったのだ!」

 

 勝頼の懐で、眩いながらも悲痛な光を放つ英霊ボール『ワカダイショウ』が震える。

 

『シゲオさんは僕の永遠の憧れ……! 信長め、ジャイアンツの魂を奪うなど許せない! 必ず取り戻し、武田の王道を継承してみせます!』

 

 ワカダイショウの悲痛な叫びに呼応するように、山県昌景の懐からも毒々しい赤光を放つボールが飛び出した。

 

『へっ! チンタラしてんじゃねえ! マウンドの主役は俺たちだ! シゲオさんのいないベンチなんて反吐が出るぜ!』

 

 悪童と呼ばれた天才投手アクタロウが、傲岸不遜に吠える。

 虎繁の傍らに浮かぶウルフは無言だったが、静かなる闘志で2つのボールに同調し、青白い光を明滅させた。

 

「御館様。おつやの元夫の一族である遠山衆が明知城などに籠もり、未だ武田への寝返りを拒絶し、織田への忠誠を貫いております」

 

 虎繁の報告に、山県昌景がニヤリと残忍な笑みを浮かべた。

 

「シゲオさんを奪った織田の犬どもめ。……御館様、俺の赤備えで、一瞬にしてミンチにしてやりますよ」

 

「頼むぞ、山県。……信長を引きずり出し、必ずやシゲオを奪還する!」

 

 東美濃・明知城。

 霧の向こうから、赤い甲冑の群れが見えた次の瞬間、城門に取りついた兵が悲鳴を上げる暇もなく薙ぎ払われていく。

 

「援軍はまだか!」

 

 そう叫んだ城主・遠山一行の目に映ったのは、山を駆け上がる赤い津波。

 

「皆殺しにせよ。降伏せぬ者に慈悲は要らぬ」

 

 山県昌景率いる武田軍が明知城の殲滅へと牙を剥いた。

 

 ***

 

 岐阜城の私たちは明知城救援のため、出陣の儀式を行っていた。

 布陣は盤石だ。

 信長様、竹中半兵衛君、明智光秀さん、池田恒興さん、蜂屋頼隆さん、河尻秀隆さんを主力とした精鋭揃い。

 

 そこに、元服したばかりの織田信忠君(元・奇妙丸君)も初陣として加わったのだ。

 信忠君の初陣を盛りたてようと、みんな気合十分である。

 

「御武運を……信忠様。どうか、お怪我などなさいませぬよう」

 

 馬に跨る信忠君に対し、新妻の八重緑ちゃんが頬を真っ赤に染めながら、火打石でカチカチと切り火を行っていた。

 

「あ、ああ! 必ず勝って戻る! 八重緑も、留守を頼むぞ!」

 

 信忠君も顔を茹でダコのように真っ赤にして応えている。

 私はニヤニヤしながら信忠君の副官、斎藤新五郎利治君と手作りのレモン蜂蜜漬けを齧っていた。

 

「うわぁ、青春だねぇ! 出陣前なのに、ここだけ完全にラブコメ空間じゃん。信忠君、色んな意味でガンバ!」

 

「若君の才覚は信長様に勝るとも劣らず。あとは実績を積むだけ。大切な人ができた若君は強くなりますよ」

 

「うんうん、やっぱ愛だよねー」

 

『初出場は誰でも緊張するものよ。儂もルーキーの時、オヤジ(ミズハラ)に直前に言われて開幕3戦目で初出場、初先発してのう。ガチガチに緊張したぞ……ちなみに2回3失点でノックアウト。敗戦投手になったわい』

 

 センイチ? 不吉なことを思い出すなっての。

 

 そんな会話をしていると、信長様と信忠君の近習として新たに抜擢された少年たちが整列した。

 すでに顔馴染みの完璧超人・堀久太郎秀政君、冷徹な天才児・蒲生鶴千代氏郷君に加え、もう1人、知的な顔立ちの少年がいる。

 藤孝さんの息子、長岡熊千代君だ。

 

「鶴千代殿。武田軍の兵站の限界点と、明知城までの補給路の維持確率を計算したのですが……どうにも武田の行軍速度と食糧の消費量が合いません。関数に代入すると破綻します」

 

「ええ、熊千代殿。おそらく現地での略奪を前提とした短期決戦のアルゴリズムを組んでいるのでしょう。赤備えの機動力を変数Xと置けば辻褄が合います」

 

(……えっ、この子たち令和の進学塾にでも通ってたの? 戦国時代の英才教育こっわ! 絶対に重矩君の教育でしょ。重矩君、私に令和でどんな教育してるのか根掘り葉掘り聞いてきて、私が中学レベルの数学知識話しただけで数学Ⅲレベル閃いていたし!)

 

 私が信長様の側近で、近習や小姓たちの教育係を担当している、半兵衛君の弟の重矩君の顔を脳裏に浮かべながらドン引きしていると、もう1人の近習が地響きを立てて現れた。

 

「ついにこの日が来たわああああああ! 信長様と真昼様の敵は皆殺しじゃああああああ!」

 

 血走った目で特大の金属バットを振り回しながら現れたのは、あの狂犬・森勝三君。

 宇佐山で散った森可成さん、通称三左衛門さんの次男であり、かつて私のスカートをめくって千本ノックで物理的にシメられた問題児だ。

 元服し、森長可と名乗って信長様の近習になっている。

 知的でクールな信長様近習軍団で、こいつだけ異質すぎるけど、森可成の息子ということで誰も近習抜擢に反対する人はいなかったのだ。

 いや、これを側近にするの誰か反対しろよ。

 弟の蘭丸君は大人しい優等生だけど、これただの狂犬だぞ?

 

「長可殿、落ち着きなさい。陣形は鶴翼。我々は遊撃として信忠様をお守りするのです。決して陣を崩してはなりません。わかっていますね?」

 

 久太郎君が完璧な所作で冷静に指示を出すんだけど。

 

「承知しましたァァァ! 全員ぶっ殺して、敵の首でマウンドを作ればいいんでござるなァァァ!」

 

「……全く理解していませんね」

 

 返ってきた回答に、久太郎君は綺麗にため息をついた。

 

(あの狂犬、絶対に監督のサイン見落として暴走するタイプだ……。初陣の信忠君、大丈夫かなぁ……)

 

 私の不安をよそに、信長様の号令が響き渡る。

 

「出陣せよ! 遠山の者どもを見殺しにはせんぞ!」

 

 信玄亡き後の武田家との熾烈な戦いが、こうして幕を明けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。