なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
『信長様。東大寺の正倉院に蘭奢待という極上の名香がございます。古来より、これを切り取ることを許されるのは真の天下人のみ。……いかがでしょう、足利の世が終わり、織田の世が来たことを天下に示すため、切り取りの儀式を行っては?」』
久秀さんから揉み手でも聞こえてきそうな手紙が信長様に届く。
自分の本拠地だった大和の多聞山城で儀式をやらせて、自分の権威も高めようっていう見え見えの腹黒計算だ。
でも、信長様は純粋に極上の香りと天下人のパフォーマンスという点に興味を惹かれたらしい。
「ほう、極上の香りか。悪くない」
それを聞いた私も、飛び起きて賛成した。
「ランジャタイ? いい匂いのお香? アロマセラピー的な? いいね! 最近、血と泥と火薬の匂いばっかりだったし、女子力上がりそう!」
「うつけが。女子力などお前にあったか?」
「失礼な! 隠し持ってるだけですー!」
そんなわけで、私たちは束の間の小康状態の合間を縫って、大和国へと向かうことになったのだ。
***
大和国、多聞山城に信長様と一緒に入ったのは私と竹中半兵衛君、権六おじさまや長秀さん、畿内にいる塙直政さんや荒木村重さんら武将組。
それに加えて村井貞勝さん、武井夕庵さんといった事務方の重鎮に、朝廷で信長様派を公言してくれている近衛前久さんたち公家の皆々様。
さらにさらに津田宗及さん、田中さん改め千宗易さん、今井宗久さん、山上宗二さん、塩屋宗悦さんら、堺の豪商VIPたちがズラリと勢揃いだ。
「お待ちしておりました、信長様、真昼様。ささ、こちらへどうぞ」
久秀さんの案内で進んでいく私たち。
「なんか緊張してきた。面子的に文化事業じゃん、これ」
厳重な警備のもと、正倉院から多聞山城の御成の間の舞台へと、巨大な香木・蘭奢待が運ばれてきた。
漂う香りは、なんというか……古い図書館の奥に、蜂蜜と土と雨上がりの木を全部閉じ込めたみたい。
いい匂い? ま、まあ落ち着く……かも。
信長様は古来の作法に則り、ノコギリを手にして香木に刃を当てる。
ギコッ、ギコッ。
静寂の中、木を切る音だけが響き、やがて一寸八分四方の香木が切り取られた。
「見よ。これが天下人の証」
信長様が切り取った蘭奢待を掲げると、公家や僧侶、豪商たちが威光に圧倒されて平伏した。
うんうん、かっこいいじゃん信長様。
……ん? 信長様の目が香木の切り口に止まってるけど、どうしたのかな?
えっと、なんで私に振り返るのかな?
「おい真昼。お前も切れ」
「……はい?」
「俺が切った足利義政の跡の横だが、なんだか妙な違和感がある。俺がもう一度切ってもいいが、人生に一回限りというケチなルールがあるらしいからな。お前が切れ」
「なんで私⁉」
私は全力で首を横に振り続ける。
「こんな国宝級の文化財、女子高生がノコギリ入れたらコンプライアンス的に大炎上だよ⁉ 見てよ、正倉院のお坊さんたち、白目剥いて泡吹いてるんだけど!」
「……正倉院の方々、よろしいか?」
貴重な香木を管理してる人たちが、勢いよく首を縦にブルンブルンしていく。
「それ、お願いしてない! 威圧してるよ、信長様!」
信長様の眼光に逆らえるはずもなく、私は仕方なく立ち上がり、震える手でノコギリを受け取った。
「ごめんなさい、正倉院の人ごめんなさい……!」
恐る恐るノコギリを香木に当て、ギコッ、と引いた瞬間――。
――パカッ。
蘭奢待の中から、極上の香りとともに眩い光を放つ何かが飛び出してきた!
「ヒエッ⁉ 虫⁉ 香木に虫入ってた⁉」
私が驚いて尻餅をつくと、信長様は「やはりな」とニヤリと笑った。
何かが放つ光のオーラを見て、欠伸していて酒はまだかとヒソヒソ話していたセンイチとモリミチが、弾かれたように飛び出した。
2つの白球が、空中で直立不動の姿勢をとっていく。
『ぬう⁉ この静かでありながら圧倒的なオーラ、間違いない……ゴンドウさん⁉』
『なんと、よもやこんな香木の中に居たとは……!』
2球が絶句する中、何かではなく正体が白球だった光から深みのある、渋い声が響く。
『……久しいな、センイチ、モリミチ』
「えっと……英霊ボールだよね?」
恐る恐る私が訊ねると、センイチとモリミチが嬉しそうに解説してくる。
『応とも! ゴンドウ、ゴンドウ、雨、ゴンドウと流行語になるほど連日登板させられ、酷使によって選手人生は短命に終わったが、ドラゴンズの歴史に残る大エースじゃ』
『監督としても選手に監督ではなく、さん呼びを徹底させ、弱小ベイスターズを優勝させた手腕の持ち主。投手コーチとしてもイチニを争う名コーチじゃ。ちなみに、お願いして儂の下でもコーチしてくれたことがある。センイチは断られたがな』
『今それは関係ないじゃろ、モリミチさん!』
まーたわけわからん口喧嘩を始めるし。英霊ボールはいっつもこうなんだから。
「なんでまた、こんな国宝の中に?」
私が尋ねると、ゴンドウはフッとため息をついて答えた。
『雨が降ったから正倉院で雨宿りをしてな。するとこの香木の極上の香りに誘われて眠ってしまったんじゃ。気づいたら同化しておったわ。動けんから助かったぞ、小娘』
「いや、雨宿りで国宝に入り込む白球ってどういう状況⁉」
私がツッコミつつ、「何はともあれ、回収するね」と手を伸ばしたんだけど、ゴンドウはクルリと空中で身をかわす。
『待て小娘。いくら助けられたとはいえ、易々と回収されるわけにはいかん。儂にも意地がある。特にセンイチもモリミチも儂の後輩。先輩の威厳を見せねばならん』
信長様が前に出る。
「おう、面白い。勝負は何をする?」
ゴンドウは空中で少し跳ねて答えた。
『儂を、気持ちよく投げてくれ』
ゴンドウの願いを叶えるべく、多聞山城の庭が急遽グラウンドに変更され、第一回「野球蘭奢待杯」が開幕することになった。
ピッチャーは信長様、キャッチャーは私。
バッターボックスに入るのは、ここにいる全員だ。
「行くぞ!」
信長様が、ワインドアップから全力でゴンドウボールを投げ込む。
ズバァァァン!
『おおお! 身体が軽い! 酷使でボロボロだった肩の痛みが嘘のようじゃ!』
私のミットに強烈な衝撃が走る中、ゴンドウがミットの中で歓喜の声を上げた。
「いや、投げてるのは信長様だからね? あんたはただ飛んでるだけだよ? ……ん?」
私は冷静にツッコむと、試合を見ているセンイチとモリミチが、ボロボロと光の涙を流してるのが目に入ってきた。
『蘭奢待には極上の癒やしの効果があるというしのう……』
『酷使と怪我で泣いた大選手は多い。他の地でも、傷ついた英霊たちがこういう香木や温泉で癒やされていること、あったりしてな……』
過酷な酷使の歴史を知るボールたちの涙に、私も少しホロリとしてしまった。
って。いかんいかん騙されるな私。
そもそも白球になってるんだし、肩ってどこだよ?
信長様の剛腕とゴンドウの威圧感の前に、バッターたちは手も足も出ない。
「むうううう!」
「クックック」
「信長様、また球威が上がりましたね」
権六おじさまや久秀さん長秀さんも、堺の豪商たちも、バットに当てることすらできず次々と空振り三振に倒れていく。
「ふふ、半兵衛君もダメだったね」
「いやはや、あのキレは計算外でした」
私がニヤニヤ笑うと、半兵衛君は扇子で顔を隠して最後の打者に何か耳打ちしていく。さらに久秀さんも加わった。
ん? 何を考えてる? 半兵衛君、久秀さん。
その最後のバッターは、日々の激務で絶賛衰弱中の村井貞勝さんだ。
「ひぃぃ、なぜ私が……バットが重い……! 京都所司代の仕事が溜まっているのに……!」
ガクガク震える貞勝さんの脳裏に、半兵衛君と久秀さんから告げられたアドバイスがリフレインしていく。
「貞勝殿、お主では目を開けていても見えませんな。のう、半兵衛殿」
「ええ、久秀殿の言う通り。貞勝殿、目を瞑って『いち、にの、さん』のタイミングで振ってみてください」
「そ、そんな適当な!」
泣きながら貞勝さんは言われた通りに目をギュッと瞑った。
初球。信長様の剛速球に対し、貞勝さんはヤケクソで叫ぶ。
「いち、にの、さぁぁん!」
ブンッ!
――カツン。
奇跡的にバットに当たったゴンドウは、ボテボテのピッチャーゴロとなってマウンドを転がった。
『……アウトじゃな』
ゴンドウは信長様のグラブに収まりながら、満足そうに息を吐いた。
『バットに当たる感触もええのう。……ところで信長よ』
「なんだ」
『儂は監督になっても、選手に「さん」付けで呼ばせていた。なぜだかわかるか?』
信長様は少し考え、「フッ、慢心しないためか?」と答えた。
ゴンドウはグラブの中で優しく語る。
『それもある。……だがもう一つ、おのれの人生よ。監督もおのれの人生を生きている。永遠に監督でいるわけではないからな。それだけは忘れるなよ、天下人殿』
選手の自主性を重んじ、酷使を憎み、個人の人生を尊重した名監督の金言。
信長様はゴンドウの言葉に真剣な目で深く頷いた。
「……肝に銘じておくさ」
こうしてゴンドウは納得し、私の持つ英霊ボール回収ラインナップに加わったのだった。
儀式と勝負を終え、信長様は切り取った蘭奢待の一片を天下の安寧を祈って帝へと献上することにした。
さらに信長様はもう一片の小さな木片を手に取った。
「蘭奢待杯敢闘賞だ。取っておけ、吉兵衛」
「お、おおお……ありがたき幸せ!」
「よかったね貞勝さん。そのアロマの香りで少しは疲労回復して、寿命が延びるといいね!」
私が笑顔で声をかけると、貞勝さんは遠い目をして答えてくる。
「……休ませてくれるのが一番の疲労回復なのですが……」
「アハハ。……ホントそうだよね」
極上の香りと、名投手の癒やしに包まれた、戦国時代における束の間の平和な一日。
激しい戦いの合間に見つけた、アロマセラピーのような優しい時間が過ぎていった。