なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
摂津国での三好残党軍と本願寺との戦線は泥沼の様相を呈していた。
本願寺の武闘派司令官・下間頼廉と、彼が持つ英霊ボール『ポッポ』の猛攻を受け、織田軍の先鋒を任されていた荒木村重は、局地的な敗北を喫して部隊を後退させていたのだ。
ただ、村重の顔に焦りの色は微塵もない。
「……ハハハ! そろそろ門徒共が、俺ごとき雑魚は敵じゃないと思う頃合い。さあて、馬鹿を釣るか」
「どうするのですか? 村重様。下間頼廉は名将。村重様を雑魚と思ってますまい」
腹心の高山右近の問いに、村重はドス黒い笑みを浮かべていく。
「頼廉は油断なんかしてねえだろうよ」
右近は村重の声を聞き、ゴクリと唾を飲む。
「……末端は別よ」
そう囁いた村重に、その場にいた者たちは冷や汗をかいた。
村重は間者を使い、偽の噂を一揆勢の陣へと流す。
『荒木村重が敗走中に農民の落ち武者狩りに遭って死んだ。村重の死体は敗走中に放棄された陣の近くにある。村重の首を奪い、頼廉様に持っていけば恩賞が貰えるぞ』――と。
噂を聞きつけた一揆勢の反応は、村重の計算通りに動く。
功名心に目が眩み、極楽往生よりも目先の金と手柄を欲した一部の一揆衆は、指揮官である下間頼廉や、傭兵の将・鈴木孫一に報告することすらなく、我先にと村重の陣へと雪崩れ込んできたのだ。
「ヒャッハー! 村重の首は俺のもんじゃあああ!」
そんな彼らが無防備に飛び込んだ先に、村重が周到に構築した鉄砲隊が待ち構えていた。
「……撃て」
村重の冷酷な一言で、四方から一斉に火縄銃が火を噴いた。
ババババババンッ!
「ぎゃあああああ!」
「罠だ! 村重は生きて……!」
悲鳴は硝煙の中に掻き消える。
突出してきた一揆衆は逃げ道すら塞がれ、一人残らずハチの巣にされて全滅した。
「ハハハ! バカめ! どんなに将が優秀でも、英霊ボールの加護があろうとも、末端の頭が空っぽならただの的よ!」
返り血を浴びながら、村重は狂喜の含んだ声で叫んだ。
***
岐阜城でこの報告を受けた信長様の行動は、いつも通りの電光石火だ。
「村重が作ったこの好機、一気に本願寺と三好の残党をすり潰すぞ!」
信長様の号令に、動ける織田軍の全戦力が大坂・天王寺に集結。
そこを見渡した私は、思わず目を丸くして絶叫した。
「じゅ……10万人⁉ 今までで最高の人数じゃない? ねぇ、トイレとかどうすんの⁉ 野営地の衛生環境崩壊しない⁉」
私が絶句してると、光秀さんが涼しい顔して答えてきた。
「厠は風下、飲水は上流、死骸は即時処理させますよ、真昼殿」
「光秀さん、さらっと怖いこと言わないで!」
見渡す限りの人、人、人。
光秀さん、藤孝さん、権六おじさま、長秀さん、信盛さんといったいつもの主力メンバーはもちろん、大和からは久秀さんと順慶さんも駆けつけてる。
……って、久秀さんと順慶さん、陣が隣同士でバチバチ火花散らしてるんだけど。
味方同士で乱闘始めないか心配だよ……。
さらに播磨から官兵衛さんも合流し、淡々と信長様に進言する。
「信長様。この10万の暴力で、物理的に本願寺の出城をすり潰すべきかと」
隣で半兵衛君も扇子をパチンと開いて同意した。
「ええ。圧倒的な兵力を見せつけ、早々にコールドゲームに持ち込みましょう。彼らに逆転の希望など1ミリも与えてはなりません」
「……半兵衛君と官兵衛さん、挨拶もしないで阿吽の呼吸で会話始めてるよ」
私は2人の久しぶりに会った感ゼロのやり取りに、盛大にドン引きしつつ、織田軍10万の総攻撃を見ていくことなる。
「であるか。全軍出撃! 一気に高屋城まで落とせ!」
信長様の総攻撃の合図に、勝三君が敵陣へ一番乗りで突撃していく。
「ヒャッハー! 10万人いようが俺の獲物は渡さねえ! 全部の首がそれがしのものじゃあ!」
それに負けじと、権六おじさまや成政さんら武闘派たちも「若造に遅れをとるなァ!」とバットを振り回し、本願寺の出城の柵を次々と粉砕していった。
本願寺側の防御拠点、新堀砦が瞬く間に陥落する。
織田軍の圧倒的な暴力の前に、本願寺側の将たちは冷静に現実を受け止めていた。
鈴木孫一の懐で、銀色に光る『オニヘイ』が冷たく告げる。
『……相手の打線が完全に爆発している。ここは下がるのが定石だ』
「違いねぇ。10万相手に鉄砲撃っても弾の無駄だ。ったく、よくもまあ集めたもんよ」
孫一はあっさりと撤退のサインを出し、紀伊の方角へと姿を消した。
下間頼廉も、英霊ボール『ポッポ』と共に、撤退を決めた。
『喝だ喝! 門徒ども! 命令違反は儂ら英霊ボールの餌にしてやるぞ!』
「親分、本気にする門徒が出るから冗談はほどほどに。……冗談ですよね?」
頼廉とポッポも冷静に石山へと退却していった。
本願寺と雑賀衆がさっさと退却し、河内南部の高屋城にポツンと取り残されたのは、三好一族の長老・三好康長。
「あかん……完全にハシゴ外されたわ。意地張っても死ぬだけやし、降伏しよ」
康長さんは松井友閑さんの取りなしであっさりと城を開け、信長様の本陣へと単身赴いてきた。
そして、降伏の証として一つの白い英霊ボールを差し出してきたのだ。
「信長はん、堪忍したってや。手土産にこの『アマチ』を持ってきたさかい」
アマチの名を聞くや、私の懐と半兵衛君の懐からセンイチとモリミチがロケットのように飛び出した。
さらに空中で、ビシッと直立不動の姿勢をとったのだ!
『ア、アマチ大先輩! お久しぶりであります!』
『モリミチとセンイチです! ドラゴンズの!』
「えっ、センイチとモリミチがこんなにペコペコしてる⁉ アマチさんってどんな選手だったの?」
私が驚いて尋ねると、2球がブルブル震えながらいつものように解説してきた。
『アマチさんはプロ野球選手経験ゼロじゃ! じゃがな、名審判として野球のルールを骨の髄まで知り尽くし、監督として緻密な計算と温かな人心掌握でチームを頂点に導いた、唯一無二の素人上がりにして至高の智将なんじゃ!』
『ドラゴンズを初の日本一に導いた、伝説の御大じゃぞ! あのドラゴンズ草創期の大エース『スギシタ』さんにフォークボールを伝授したのもこのお方じゃ!』
2球の言葉に、アマチボールが穏やかだが圧倒的な威厳に満ちた光を放ってくる。
『おお、センイチとモリミチか。相変わらず暑苦しいな』
『『あざっす!』』
暑苦しいって褒め言葉じゃないような?
まったく、体育会系のノリはこれだから。
アマチボールは微動だにしないセンイチとモリミチから、信長様に向きを変える。
『……信長殿。どうか康長を許してやってくれ。いや、使い潰してくれ。年寄りだがまだまだ使い道があるぞ? それとも、ベテランは数に入れない頭でっかちなのかい?』
うわあ……怖いもの知らずな英霊ボールだなあ。
これから降伏する相手である信長様に、そんな試すように言うなんて。
白球が茶飲み道具ぐらいに抉られちゃうぞ?
と、危惧する私だったけど、信長様は挑発されたことが逆に面白いと思ったようだ。
相変わらず、うつけ行動する存在は人でも球体でも関係なく接するなあ。
「何言いやがる。俺は老若男女、悪鬼羅刹だろうが使える者は使うさ。逆に無害無毒だろうが、使えなければ引退勧告よ」
『フフフ、それでこそ織田信長公よ。康長が使えなければ速攻引退させればええ』
渋くて深いアマチの声に、信長様は平伏している康長さんの前に立つ。
「康長、俺に降って、それでどうする?」
「ハッ、本願寺との戦い、及び四国に残る三好残党軍安宅や十河、長曾我部攻略に死力を尽くしまする」
「そこまで言い切るのは面白い。康長、貴様の降伏、許してやる!」
こうして、名門・三好本家の血を引く康長の降伏により、長きにわたった畿内の三好家との戦いは完全決着を迎えた。
***
「ふぅー、これで大坂周辺も片付いたし、平和になったね。……この時代にたこ焼きかお好み焼きの屋台とかないのかな〜。出汁の効いたうどんでもいいや」
私が緊張を解いて空に向かって大きく背伸びをした瞬間、本陣の陣幕に、泥と汗でドロドロになった急使が転がり込んでくる。
「申し上げます! 徳川家康様より急報! 甲斐の武田勝頼が1万5千の赤備えを率い、三河へと侵攻! 長篠城へ進軍中!」
陣幕内の空気が、一瞬で氷点下に変わった。
半兵衛君がパチンと扇子を閉じ、官兵衛さんがスッと目を細める。
「……来ましたね」
「ええ。信玄の幻影を追いかける、若き虎が」
お~い2人とも、2人だけの世界に入らないように。
信長様はゆっくりと立ち上がり、三河の方角を見上げた。
「勝頼……忙しなく動くことよ。俺が河内に動いた今が好機と侮ったか」
信長様の口元が雪辱に燃える、凄惨な笑みの形に歪んだ。
「藤孝、村重、官兵衛、久秀、順慶は畿内を固めよ! それ以外は三河へ向かうぞ! 今度は逃がさぬ。勝頼の引導を渡すぞ!」
「「「おおおおおっ!」」」
地を揺らすような将兵たちの勝鬨が響き渡る。
って、10万人分の声、鼓膜が破れるかと思ったよ。
戦国最強の武田軍との直接対決が、ついに始まる。