なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第149話 長谷川真昼、史上最高の走塁を見届ける

 三河国、長篠城の周囲は見渡す限りの赤い波――武田勝頼率いる15000の赤備え軍団によって、息が詰まるほどの完全包囲を受けていた。

 

「……遅い。なぜこんな小城一つ落とすのに、これほど手間取っている!」

 

 武田軍本陣で、若き当主・武田勝頼が苛立ちも露わに軍配を叩きつけた。

 父・信玄の死後、家督を継いだ彼に常に比較してくる周囲の目が重くのしかかる。

 だからこそ圧倒的なコールドゲームで勝利し、自らの実力を天下に示さねばならない。

 

 勝頼の懐で黄金の輝きを放つ英霊ボール『ワカダイショウ』が、若々しく熱い光を明滅させる。

 

『焦るな勝頼! プレッシャーをはねのけてこその4番打者だ! フレッシュな王道スイングで、一気にスタンドまで運んでやろう!』

 

「ああ! 見ていろ父上、そして織田信長! この勝頼が武田の新しい王道を示してやる!」

 

 武田軍の猛烈な攻撃を受け、わずか500の兵で守る長篠城内の防衛網はボロボロ、兵糧庫も底を突きかけている。

 

「……もはや、これまでか」

 

 城主・奥平貞昌が唇を噛み締めた時、1人の足軽が進み出た。

 泥と血に塗れた筋骨隆々の男、鳥居強右衛門(すねえもん)である。

 

「殿! 諦めるのは早うございます! それがしが夜陰に乗じて城を抜け、家康様と信長様へ急ぎ援軍をと申しに行きます!」

 

「強右衛門……しかし武田の包囲網は蟻の這い出る隙もない。抜けるのは不可能だぞ」

 

「それがしの特技をお忘れでございまするか? それがし、打撃も守備もからっきしでございまするが、足の速さなら誰にも負けませぬ! 必ずや成功させてみせまする!」

 

「たしかに、この前の草野球でも代走に出て、1塁から一気に本塁に生還してたな」

「牽制球の反応も強右衛門はピカイチだ」

 

 他の奥平家臣が口々にすると、貞昌も覚悟を決める。

 

「頼んだぞ、強右衛門」

 

「任せてくだされ。長篠のグラウンドを武田に渡しませぬ!」

 

 強右衛門はニカッと笑うと、夜の闇という名の武田の警戒網へと、決死の走塁を仕掛けたのだった。

 

 ***

 

 信長様率いる織田軍本隊は、三河の池鯉鮒まで進軍していた。

 ちょっとした休憩中、私が陣幕でお茶を飲んでいると、ボロボロになった男が駆け込んできた。

 全身泥だらけで、かすり傷だらけ。息は絶え絶えなのに瞳だけはギラギラと燃えている。

 

「奥平家臣、鳥居強右衛門でございまする。信長様、長篠の仲間たちは信長様の到着を今か今かと待っております。どうか、殿と友たちを救ってくだされ」

 

「ふむ、書状は本物。1つ訊きたい、どうやって武田の大軍から、たった1人で抜けてきた?」

 

 信長様の問いに、強右衛門さんはただこう答える。

 

「闇に紛れ、一心不乱に走ったのみ」

 

「すご……長篠からここまで休まずに?」

 

 ここから長篠まで70キロぐらいあるのに。しかも舗装されていない道に山や谷や川だらけ。

 それなのに、フルマラソン以上の距離を走ってきたなんて。

 私は感動のあまり、用意していた特大の塩おにぎりと、スポーツドリンク代わりの冷やし飴を強右衛門さんに差し出した。

 

「ほら、食べて! 水分も補給して!」

 

「おおお! かたじけない! ありがたく頂戴いたしまする!」

 

 強右衛門さんは涙を流しながら、おにぎりを大きな口でガツガツと頬張った。

 センイチも感動して叫ぶ。

 

『ランニングは基本中の基本じゃが、これができぬ者は意外と多い。身分が足軽なのが惜しいくらいよ。信長、家康と長篠城主に伝え、こやつを侍大将にするよう伝えい』

 

「フッ、センイチも気に入ったか。俺もだ、このまま織田の将にしたいくらいよ」

 

 信長様の言葉に、強右衛門さんは口の周りに米粒をつけながら平伏した。

 

「ありがたきお言葉。ですがそれがしは奥平貞昌様の家臣でいとうござりまする。我が奥平家は人の数こそ少のうございますが、その分全員家族のような絆があるのでござりまする。信長様! どうか、どうか長篠城へ援軍を! 奥平の殿や仲間たちが、今も決死の防戦を続けておりまする!」

 

 信長様は強右衛門の泥だらけの姿と、決して折れない闘志をじっと見下ろしていた。

 やがて、手にした金属バットをドンッと地面に突き立て宣言する。

 

「安心しろ。この通り俺が自ら大軍を率いて向かう! 城の者どもに『あと3日、死んでも長篠城を守り抜け』と伝えよ!」

 

 信長様の力強い言葉に、強右衛門さんは「ははぁっ!」と深く頭を下げた。

 

「真昼様! ご馳走様でございました! それがし、一刻も早く、仲間に吉報を届けてみせまする!」

 

「気をつけて! おにぎり、もう一個持ってく⁉」

 

「お気持ちだけで十分! では、行ってまいります!」

 

 強右衛門さんは再び夜の闇へと駆け出していった。

 私以外の織田の将たちも、再び闇へと駆けていく彼の背中に感嘆の歓声を送った。

 

 ***

 

 走る走る強右衛門、流れる汗もそのままに。

 長篠にたどり着いたら、みんなを救えるだろ。

 グラウンドに忍び込んで、芝生の上寝転んで。

 星の数を数えて眠った、あの頃に戻れるんだ。

 

「ハアハアハア、ここからなら届く」

 

 長篠城の近くの山まで戻った強右衛門は、仲間に援軍が来るということを伝える狼煙を上げた。

 それを見た長篠城内から「うおおおお!」という逆転の望みを持った大歓声が上がる。

 

「……なんだ? 狂ったか? ……いや、違う!」

 

 異常な歓声に、長篠城を包囲する勝頼が気づかないはずがなかった。

 

「密偵が近くにいる! 必ず捕らえよ!」

 

 勝頼の怒号と共に武田の赤備えが蟻一匹通さぬ警備体制を敷く。

 

(ムムム、ここまでの警備。これは逆に長篠攻めの兵を少なくしてると見た。……狼煙はあげた。歓声も聞いた。なら、このままそれがしに兵を割かせる!)

 

 茂みから武田兵の様子を見ていた強右衛門だが、背後から槍の穂先が首筋に当たる。

 

「何をしている?」

 

「へ、へえ。近くの農民でごぜえます。お侍様」

 

 すっとぼける強右衛門だったが、武田兵は騙されない。

 

「そのガタイで農民? それに草鞋よ。この短期間で多くの草木と土をつけたようだな」

 

「へ、へえ。歩くの好きでして」

 

「ほう? 土に混じっている鱗、鯉の鱗に見える。この近辺で鯉で有名なのは池鯉鮒だな」

 

「……」

 

 ダッ! と強右衛門は走り出したが、左右から武田兵に挟み撃ちにされ、無数の兵に押し潰されてしまった。

 

「こいつで間違いない。御館様の元へ」

 

「クソッ……クソッ、クソッ! 草鞋に鱗がついていたとは一生の不覚……っ! ん? 鱗なんてどこにもないぞ?」

 

 呆然とする強右衛門に、騙した男はフッと笑う。

 

「悪く思うな。俺はただ、織田軍の進軍経路からデマカセで言ったのみ」

 

「おのれ! 名を……それがしをアウトにした輩なのだ! せめて名を教えてくれ!」

 

 縄に縛られる強右衛門を一瞥し、男は淡々と告げる。

 

「武藤喜兵衛」

 

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