なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第151話 長谷川真昼、設楽原に布陣する

「強右衛門さんが繋いだチャンス、絶対に無駄にしない!」

 

 私は三河の地を爆速で進軍しながら気合を入れる。

 長篠城を救うため、自らの命を犠牲にして味方に「援軍は来る!」と伝えた鳥居強右衛門さんの最期。

 あんな壮絶な自己犠牲を見せられて、燃えないわけがない。

 織田軍3万、徳川軍8000の連合軍は、かつてないほどの弔い合戦の熱気に包まれていた。

 

「ウオオオオ! 武田の赤備え、全員俺の人間無骨バットでミンチにしてマウンドの土にしてやるでござるゥゥゥ!」

 

 勝三君も、血走った目で特大バットを振り回しながら雄叫びを上げている。

 うんうん、今日ばかりは勝三君のその狂気も頼もしいよ! そのまま武田軍に突っ込んでいけー!

 

 ……と、現場の私たちは熱血スポ根マンガ全開だったのだけど、首脳陣の空気は氷のように冷徹だった。

 

「……信長様。長篠城へ真っ直ぐ向かう道は、山と川に挟まれた悪路。一列での行軍となり、武田の騎馬隊に各個撃破される危険があります」

 

 馬上で地図を開きながら、竹中半兵衛君が扇子をパチンと鳴らす。

 

「であるか。敵の得意なグラウンドで試合をしてやる義理はねえ。……半兵衛、俺たちのホームグラウンドを作るぞ」

 

「御意。手前の設楽原が最適でしょう。連吾川を堀に見立てれば、あそこなら敵をこちらが用意したケージに誘い込めます」

 

 信長様と半兵衛君の、血も涙もない合理的な作戦会議。

 こうして私たちは長篠城の目前、設楽原と呼ばれる台地に陣を取ることになった。

 

 ***

 

 設楽原に到着するや否や、半兵衛君の緻密なデータ野球による守備位置の配置が始まった。

 

「信長様の本隊は後方の極楽寺山へ。ここは全体を俯瞰できる、いわばベンチ奥の監督席です」

 

 信長様が悠然と山頂に腰を下ろす。

 

「信忠様は新御堂山に陣を。次期エースとしての存在感を、存分に示してください」

 

「ああ。勝頼と違い、冷静に対処してみせる!」

 

 長島の地獄を見た信忠君が、力強く返事をする。

 そして――。

 

「徳川家康殿は、最前線の高松山に布陣をお願いします」

 

「な、なんで儂が一番前なんじゃ⁉ 武田の赤備えの矢面に立たされるやないか!」

 

 家康さんがタヌキ顔を青くして半泣きでボヤく。

 すると、家康さんの懐から英霊ボール『ノムサン』が青白く光って飛び出した。

 

『ボヤくな家康! キャッチャーは扇の要、ホームベースを死守するのが仕事やろが! 旭ちゃんにええとこ見せたいんやろが!』

 

「うおおお! そうじゃ! 旭殿のためなら、この家康、喜んで盾となるわァァァ!」

 

 ノムサンの的確なメンタルコントロールという名の弱点突きにより、家康さんは一瞬で奮起した。

 タヌキの愛の力、恐るべし。

 

 さらに半兵衛君は設楽原が一段窪んだ地形になっていることを利用し、3万もの大軍を敵から見えないように段々に配置していった。

 

「うわぁ……これ、野球でいう隠し球のようじゃね?」

 

 私が戦慄して呟く。

 武田軍から見れば、こちらの人数は実際の半分以下にしか見えないはずだ。

 騙し討ち上等。相変わらず半兵衛君汚い。

 

 けれど、信長様の準備はそれだけでは終わらなかった。

 

「者共! 持ち込んだ木材と縄を全部出せ! 陣の前に柵を組むぞ!」

 

 信長様の号令で、兵士たちが一斉に土木工事を始めた。

 丸太と木材を縄で縛り、連吾川に沿って2kmにも及ぶ馬防柵を二重三重に建設していく。

 さらに土塁を盛り、空堀を掘る。

 するとたった半日で、何もない原野が鉄壁の防球ネットを張り巡らした姿と変貌したのだ。

 

「いいか。柵から一歩でも出て戦った者は斬首だ! ピッチャーマウンドを降りて乱闘するような真似は絶対に許さん!」

 

 信長様が全軍に対して絶対のルールを敷く。

 あっ、勝三君が口を開けて絶句してるよ。

 一応飛び出していかないように縄で縛っておくか。

 

『おうよ! 今回は気合いや根性じゃない! 追悼試合は勝ってなんぼじゃ!』

 

 いつもは「乱闘じゃあ! 突っ込めー!」と血の気が多いセンイチまでが、熱血を封印して冷徹な勝利への執念を燃やしていた。

 

 ***

 

 一方、長篠城を包囲している武田軍の陣幕では、激しい意見の対立が起きていた。

 織田・徳川が設楽原に布陣し、しかも巨大な柵を築いて待ち構えているという報告が入ったからだ。

 

「御館様! 敵は設楽原の地に完璧な要塞を築いております。あのような柵に向かって騎馬を突撃させるのは、わざと暴走してホームでタッチアウトに行くようなもの! ここは一旦、甲斐へ退くべきです!」

 

 馬場信春、内藤昌豊、山県昌景ら、信玄の代から武田を支えてきた百戦錬磨の宿老たちが、血相を変えて撤退を主張した。

 馬場信春の懐で、英霊ボール『タナベ』が「地味でも堅実に生き残るべきだ。無理な勝負は怪我の元」と淡い光を放って明滅している。

 

 それを武田勝頼は、奥歯を噛み締めて首を横に振った。

 

「……逃げてどうなる? 追撃されれば、我らは織田の鉄砲隊の的になるだけだ。しんがりは全滅するぞ」

 

「ならば、それがしが残りまする!」

「いや、それがしが!」

「それがしにお任せを!」

 

 昌景、昌豊、信春の必死の叫びに、勝頼はもう一度首を横に振る。

 

「誰かを犠牲にして生き残る気は毛頭ない。逃亡は必敗だが、攻めは勝利の道を残す」

 

 勝頼の懐で、黄金の光を放つ『ワカダイショウ』が激しく脈動した。

 

『その通りだ勝頼! 敵がこちらに策を練るのは当然。だったらこちらはその策を打ち破る策を考えるのみ! 弱気が一番の大敵だ!』

 

 勝頼とワカダイショウの熱い魂の叫びを聞き、武藤喜兵衛が進み出る。

 

「甲斐へ撤退せず、織田と正面衝突しない策がございます」

 

「言え」

 

「このまま全軍で宇利峠を越えて浜松城を強襲すれば遠江の徳川は崩れ、三方ヶ原の悪夢を持つ家康は慎重論に陥るでしょう」

 

「ふむ……」

 

 腕を組み考え込む勝頼だったが、穴山信君、武田信豊ら重鎮が顔色を変えて反対しだす。

 

「奇策すぎる。失敗のリスクが高すぎる」

「左様。浜松を落としたとして、包囲されれば甲斐へ帰れなくなるぞ」

 

「背後に高天神城、北条がおります。信長は長期化を嫌い手打ちにしてきます。さらに浜松周辺は平地。地の利は我らに味方します」

 

「馬鹿を抜かすな! 逆に躑躅ヶ崎に進軍されたらどうする!」

 

 信君の激昂に、喜兵衛の兄である信綱と昌輝が目配せで喜兵衛に下がるように合図していく。

 

「出過ぎた真似をいたしました」

 

「いや、よい。やる価値はあるが、事前準備が足らぬ。失敗すれば取り返しがつかなくなるのも事実。ここはやはり設楽原に向かうしかあるまい」

 

『喜兵衛君の策、面白いと思うよ。思い出すなあ、タイガース戦でセンターを内野守備に回して内野5人の鉄壁守備! ってしたら、センター真っ二つにボール飛ばされた時のことを……』

 

『いや、ワカダイショウ。それ失敗してるじゃねえか』

 

 アクタロウの呆れ声に、陣中の空気が少しだけ軽くなった。

 そこで勝頼は立ち上がり、諸将へ告げる。

 

「防柵とて万能というわけではなかろう。必ず死角は生まれるはずだ。そこを突くのみ!」

 

 そこまで聞いた昌景の瞳に覚悟が宿る。

 撤退も、奇策も退けられた。だがこのままだとまだ諸将に迷いが残る。

 これは危険だ。諸将が一丸とならなければ勝機は訪れないのだから。

 

「御館様がここまで申しておるのだ!俺も覚悟を決めた! 俺たちは誰のために戦っている? 過去の栄光のためか? 違うだろ? これからの栄光のためのはずだ!」

 

 昌景の叫びに諸将の目から迷いが消え、非戦論は影を潜めた。

 

『俺の剛速球なら、あんな木の柵くらい一瞬でぶち抜いてやるぜ!』

 

 昌景の持つ『アクタロウ』も、悪童めいた赤い光を放つ。

 

「……決まりだ。長篠城の包囲に一部の兵を残して設楽原へ向かう! 必ずや織田を粉砕するぞ!」

 

「「「おおっ!」」」

 

 若き虎の力強い咆哮が、武田軍に木霊した。

 

 その夜。

 昌景の陣幕に昌豊と信春が訪れる。

 昌景は黙々と、2人に酒杯を渡し、アクタロウとタナベにも酒を注ぐ。

 

 やがてボソリと、昌景は呟く。

 

「俺が時間を稼ぐ。お前らは機を見て、御館様をお連れして逃げよ」

 

「いや、昌景殿。我らもお供しますぞ。なあ、信春」

 

「そうとも。逃げる時間を稼ぐには、抵抗する時間が長くなくてはなりますまい。……それが我らの役目」

 

 昌豊と信春の返答に、昌景はフッと淋しげに微笑んだ。

 

「……バカどもが」

 

 アクタロウとタナベも、悲しげに明滅した。

 

 ***

 

 武田が軍議をしている頃、織田・徳川軍内でも本当に武田に勝てるのかという空気で震えている兵が多かった。

 勝三君ぐらいだよ、元気に素振りしてるの。

 それなのに信長様の顔に恐怖はない。

 冷静に、冷酷に、冷淡に武田の陣地を見据えている。

 

「来い、勝頼。……今度こそ決着を着けようじゃないか」

 

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