なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第152話 長谷川真昼、鳶ヶ巣山に向かう

 三河国、長篠城の目前に広がる設楽原の台地。

 そこに、たった半日で作り上げられたというのに、異様な威圧感を放つ巨大な建造物がそびえ立っていた。

 

 丸太と木製バットを頑丈な縄で何重にも縛り上げた、2キロにも及ぶ馬防柵。

 私は呆れ顔でその防球ネット……もとい柵を撫でた。

 

「こんなケージの中に武田の騎馬隊を誘い込んで、鉄砲でタコ殴りにするって……信長様も半兵衛君も、えげつないこと考えるなぁ」

 

 とはいえ、のんきに構えている余裕はない。

 背後にある長篠城は、鳥居強右衛門さんの壮絶な自己犠牲のおかげでギリギリ士気を保っているものの、武田軍の『鳶ヶ巣山五砦』――鳶ヶ巣山、中山、久間山、姥ヶ懐、君ヶ臥床という5つの砦によって完全に包囲されていた。

 兵糧も限界。城の命運は風前の灯火だ。

 

 夜になり、設楽原の連合軍本陣に織田と徳川の主力メンバーがズラリと集結した。

 信長様、半兵衛君、光秀さん、秀吉さん、権六おじさま、信盛さん、長秀さん、一益さん、それに私。

 徳川陣営からは家康さんに、水野信元さん、酒井忠次さん、石川数正さん、鳥居元忠さんたち。

 信元さん、昔は信長様と対等以上の立場だったのに、今じゃすっかり家康さんの伯父ポジションに収まっちゃってるね。

 

 まず元忠さんが謝意を述べてきた。

 

「強右衛門とそれがしは遠縁ながらも血族。亡き強右衛門に代わり、信長様たち織田の皆様の援軍、感謝いたしまする」

 

「……」

 

「ええ、墓は立派なのを建ててください」

 

 信長様が無言のままだったので、代わりに光秀さんが答えた。

 もう、信長様ったら、そんなのは勝ってからにしろオーラ出まくってて元忠さん泣いちゃいそうだよ。

 相変わらず、義理人情より実利優先なんだから。

 

 そんな張り詰めた重苦しい空気の中、徳川軍の筆頭家老・酒井忠次さんが、意を決したようにバッと進み出た。

 

「信長様! それがしに策がございまする!」

 

「ほう、小五郎(忠次)。言ってみろ」

 

「はっ! この地に土地勘のある我々が、夜陰に乗じて裏山から迂回し、武田の包囲の要である鳶ヶ巣山砦を背後から奇襲いたします! そうすれば長篠城の包囲を解き、武田本隊を大きく動揺させることができまする!」

 

 おおっ! 忠次さん、いい顔してる!

 確かに敵の後方陣地をぶっ壊せば、勝頼もパニックになるはずだ。名案じゃん!

 家康さんも、これ最高の策じゃと言いたそうに鼻息荒くしてるし。

 

 ――と思った私だったけど。

 

「馬鹿者ォォォォォォ!」

 

 ドガァァァァン!

 

 信長様が顔を真っ赤にして激怒し、金属バットを床に思い切り叩きつけたのだ。

 

「相手は武田の歴戦の将どもぞ! そのようなコソコソした小細工が通用する相手か!」

 

 信長様の怒号に、陣幕がビリビリと震える。

 

「正々堂々! 俺の剛速球で正面からねじ伏せるのが織田のやり方だ! 三河の田舎侍はすっこんでろ!」

 

(えっ?)

 

 私は心の中で盛大にツッコんだ。

 

(いつも騙し討ちとか夜討ちとか、敵の陣地に枯草放り投げて火を放つとか、容赦ない電光石火の殲滅戦とか普通にやってるのに、なんで急に正々堂々とか言い出すの⁉ 脳みそバグった?)

 

 そう私が思っていると。

 

「信長様の仰る通りじゃ! 小細工など不要! 正面から叩き潰すのみ!」

「我らのバットと鉄砲で粉砕してくれるわ!」

 

 石川数正さんと水野信元さんが、信長様に同調して声を上げる。

 

「小五郎……ここは下がれ」

 

 家康さんに言われ、大勢の前で大恥をかかされた忠次さんは顔を真っ赤にして「……出過ぎた真似をいたしました」と震え声で口にした。

 屈辱を必死に飲み込んでるようだ。

 隣の家康さんの顔色青くなってるけど、大丈夫かな?

 

 でも、ふと見ると。

 半兵衛君、光秀さん、秀吉さんが、視線だけで何やら会話をしているのが見えた。

 権六おじさまと信盛さんはそっぽを向き、長秀さんと一益さんも表情変えてない。

 

(……あ、これ絶対なんかあるやつだ)

 

「明日の朝、武田と運命を賭けた一戦ぞ! 者共、それまでしっかり寝て、万全の状態で明日を迎えよ!」

 

 信長様の解散宣言に、私はささっと自分の幕営地に戻って行く。

 寝れる時に寝ないと、本当に寝れなくなるからね。 

 

 ***

 

 私が布団にダイブして爆睡してちょっと経ったぐらいの時刻、なんか重圧を感じたので目を覚ました。

 

「ウキー」

 

 すると純日本猿の奴がいたのだ!

 

「え? なに、秀長? まさか夜這い⁉ モテなさすぎて、私で妥協しようとしてる⁉」

 

「ウキッ⁉」

 

 バキッ! ボゴッ! グフッ!

 

 とりあえず秀長を沈黙させたけど、直後に秀吉さんの声が響いてくる。

 

「真昼、信長様がお呼びだ」

 

「え? マジで? まさか信長様、またこの時間で出陣する気じゃ?」

 

 だよねえ。『明日の朝』なんて言った時点でこうなると思ってたよ。

 私は倒れて沈黙している秀長に「ごめん」と言って、慌てて身支度して秀吉さんについていった。

 

 ……秀吉さん。秀長について何も言わないの、ちょっと秀長が可哀想。

 南無、秀長。

 

 陣屋に着くと、他に家康さんと忠次さんが呼ばれていた。

 2人とも「切腹を命じられるのでは」と顔面蒼白だ。

 んなわけないのに、震えすぎでしょ。 

 

 そんな2人の目の前にいる信長様は、先ほどの激怒が嘘のように上機嫌な笑みを浮かべていた。

 

「……さっきは悪かったな、小五郎」

 

「え?」

「は?」

 

 忠次さんと家康さんが目を丸くする。

 

「あの中に、武田に通じている者が紛れ込んでいる可能性があった。だからわざと却下してみせたまでよ。……お前の奇襲策は素晴らしい。これからただちに実行せよ」

 

「なっ……!」

「あの激怒は、敵のベンチを欺くためのダミーサインでございましたか!」

 

 家康さんと忠次さんが感嘆の声を上げる。

 

『……なるほど。わざと味方を叱責して油断を誘う。大したタヌキ親父やで。家康、お前も見習わんかい』

 

 ノムサンも感心したように青い光を揺らした。

 

「しかし……裏切り者とは……信長様、それは……」

「小五郎、みなまで言うな。……信長様、それは我が徳川家の問題、お任せくだされ」

 

 忠次さんと家康さんがヒソヒソ話のような小さい声で囁く。

 

「裏切り者? 徳川陣営に?」

 

「真昼殿は深く考えなくてよろしいですよ。これは国衆が生き残るための必然な行動。武田が勝ったあとを考えているだけです」

 

 私の疑問に、半兵衛君が冷ややかな声で答えてくる。

 

「なんか納得いかないけど、いつもの信長様や半兵衛君の、敵を欺く前に味方を欺く策だったわけね」

 

 私は納得して頷く。よかったよかった。作戦部隊は忠次さん率いる徳川軍だから私は関係なかったよ。

 

「じゃあ、誤解も解けたことだし、私はお布団に戻るから! 忠次さん、頑張ってね! また宴会芸の海老すくい見せてね! 応援してるよ!」

 

 クルリと踵を返した私の襟首を、信長様がガシッと掴んできやがった。

 

「待て真昼。お前も行け」

 

「はあああああ⁉」

 

 私の絶叫が響き渡る。

 

「なんで私⁉ 奇襲部隊なら、一益さんとか服部正成さんとか忍者組がいるでしょ! 私、隠密行動とか苦手なんだけど!」

 

 すると半兵衛君が、涼しい顔で扇子を開いた。

 

「真昼殿、そうはいきません。鳶ヶ巣山砦には、武田勝頼の叔父・武田信実や三枝守友ら、約3000の精鋭がいます。忠次殿の3000だけでは、確実性に欠けるのです」

 

「……だからって」

 

「よって、織田軍から金森長近殿の鉄砲隊500、そして真昼殿というバケ……もとい武力を投入し、奇襲の成功率を百発百中に引き上げるのです。これは絶対命令ですよ」

 

 ……このドS軍師! また私を便利な重機か何かと勘違いしてる!

 まあ、呼び出された時に、こうなることはわかってたけど。

 

 私は理不尽な采配に涙目になりながらも、脳裏に泥だらけで笑っていた鳥居強右衛門さんの顔が浮かんだ。

 彼が命を賭けて繋いだ長篠城を救うタスキを、ここで落とすわけにはいかない。

 

「……わかった」

 

 私は深くため息をつき、握りこぶしをしていく。

 

「強右衛門さんの願いだもんね。任せて」

 

「五郎八(長近)、小五郎と真昼のサポート、任せたぞ」

 

 信長様の声に、陣幕の外から長近さんがゆらりと姿を現す。

 

「お任せあれ」

 

 長近さんは地味ながらも確実に結果を出す職人タイプ。

 しかも鉄砲の名手。

 今回の作戦にぴったりの人材だ。 

 

 夜の深い闇の中。

 忠次さん、長近さんが率いる私含めた別働隊3500が音を立てずに陣を出発した。

 目指すは長篠城の南東、宇連川の対岸にそびえる鳶ヶ巣山砦。

 

 長篠城の解放、この遠征の目的。

 勝頼の背後を突く決死の奇襲作戦が始まる。

 

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