なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第153話 長谷川真昼、武田の背後を強襲する

「……ちょっと聞いてないよ。増水した川を夜中に歩いて渡るなんて! これじゃ野球っていうか、完全に鉄人トライアスロンじゃん! 私のローファーがもう限界だよぉ……」

 

 前日まで降り続いた雨のせいで、豊川の水かさは私の胸のあたりまで増していた。

 私は冷たい川の水に浸かりながら、小声でぶつくさと文句を垂れていく。

 私たち3500の別働隊は、地元民の松山兄弟の案内のもと、武田軍に気づかれないように完全な隠密行動をとっているのだ。

 

「シッ! 真昼殿、お静かに! これは敵の後方陣地を叩く大事な隠密行動……いわば決勝点をもぎ取るスクイズですぞ!」

 

 私の前を歩く徳川軍の筆頭家老、酒井忠次さんが必死の形相で振り返って宥めてくる。

 

「見てくだされ。いななきを消すために、馬の口にも布を巻いておるのですから。我らの命がかかっておりまする!」

 

「わかってるけどさぁ……寒いし泥が気持ち悪い!」

 

「真昼殿、金属バットも月明かりで反射しないよう、泥を塗っておいてください。……目立ちすぎます」

 

 忠次さんの横から、冷徹で無機質な声が飛んできた。

 織田軍の鉄砲隊500を率いる金森長近さんだ。

 彼は愛用の火縄銃を、まるで我が子のように大切に抱きかかえ、水に濡らさないよう細心の注意を払っている。

 

「我ら織田鉄砲隊の火縄は、一筋たりとも濡らすわけにはいきませぬゆえ」

 

「へいへい。泥パックね、美容にいいかもね」

 

 私は渋々、ピカピカに磨き上げていたバットに川底の泥を塗りたくった。

 すると私の懐からセンイチが鈍く赤い光を放ちながら、小声で熱弁を振るい始めた。

 

『コソコソ走るのは儂の性に合わんが……包囲された長篠城はノーアウト満塁で孤高のマウンドにいるが如く。ここでマウンドに声をかけにいかないで、いつかけにいくんじゃ! 言うことはただ一つ。「無茶苦茶せい」のみ。あっ、これドンデンのネタやった。すまんドンデン』

 

 まーたセンイチしか分からんことを。

 

「はいはい、わかったから光を漏らさないでよ、センイチ。見つかっちゃうでしょ」

 

 そんなやり取りをしながらも、私たちは悪路と武田軍の監視網を見事にすり抜け、夜明け前には鳶ヶ巣山砦の背後の尾根へと展開を完了させた。

 

「……ふう、バレてないみたい」

 

 私は湿った草むらにへたり込み、荒い息を吐いた。

 眼下に長篠城を包囲する武田軍の5つの砦が、朝靄の中に浮かび上がっている。

 彼らは前方の長篠城ばかりを警戒し、背後の山など完全にノーマークだったようだ。

 

 空が白み始め、鳥のさえずりが聞こえ始めた時刻。

 

「夜明けですな」

 

 火縄の具合を確認しながら長近さんが呟いた。

 

「いざ、プレイボール! 海老すくいならぬ、武田すくいじゃあ!」

 

 酒井忠次さんが軍配を振り下ろし、奇襲の号令をかけた。

 

「敵の度肝を撃ち抜け」

 

 長近さんが淡々と命じると、500丁の火縄銃が一斉に火を噴く。

 

 ババババババンッ!

 

 静寂な早朝の空を、耳をつん裂く轟音が引き裂いていった。

 

「な、背後から⁉ 織田の兵だと⁉」

 

 鳶ヶ巣山を守る武田勝頼の叔父、武田信実が寝起きのまま陣幕から飛び出して絶叫する。

 

「馬鹿な! あの悪路の山道を大軍が抜けてきたというのか!」

 

 完全に意表を突かれ、武田軍の陣地は大混乱に陥った。

 その隙を逃す私たちじゃない。

 

「強右衛門さんの仇討ち第一弾、いくよぉぉぉ!」

 

 私は泥だらけの金属バットを構え、斜面を駆け下りる。

 

『そうじゃあ! 乱闘じゃあ! 肩を作っとる暇は与えんぞ! 走らん奴は罰金じゃあ!』

 

 センイチの咆哮とともに、私は砦の柵へフルスイングを叩き込む!

 

 ガギィィィン! メキメキッ!

 

 丸太で組まれた頑丈な柵が、爪楊枝のように木っ端微塵に粉砕されて宙を舞う。

 

「おのれ! 武田の意地を見せてくれるわ! 迎え撃てぇぇぇ!」

 

 逃げ惑う兵たちを叱咤し、武田信実は自ら槍を振るって陣頭指揮を執ろうと前に出てくる。

 それが命取りになると知らずに。

 

「ここです。全軍、照射」

 

 長近さんの無機質な声と共に放たれた一斉射撃が、信実の身体を正確に撃ち抜いていく。

 

「金属バットと火縄……か。これが……信長の戦……勝頼、早く甲斐へ退け……」

 

 武田信実は無念の表情を浮かべ、斃れた。

 

 これで終わり……かと思いきや。

 

「信実様! おのれ、この三枝守友が相手になってやる!」

 

 隣の姥ヶ懐砦から赤備えを率いた猛将・三枝守友が怒涛の猛ダッシュで救援に駆けつけてきたのだ。

 敵将の凄まじい気迫と騎馬の圧力に、奇襲で勢いづいていたこちらの部隊が押し込まれ、あっという間にこっちが不利な状況に追い込まれていってしまった。

 

「くっ、さすがは猛将と名高き三枝守友! 足腰が強靭すぎる!」

 

 忠次さんが顔をしかめた刹那。

 

 ――ウオオオオオオオオオオ!

 

 後方の長篠城から、地鳴りのような鬨の声が上がった。

 

「……長篠城の兵たちだ!」

 

 鳶ヶ巣山から上がる火の手と銃声を見た城主・奥平貞昌が城門を開き、城兵たちと共に怒涛の如く打って出てきたのだ。

 

「強右衛門が命と引き換えに伝えてくれた通り、援軍が来たぞ! 今こそ打って出る時! 挟殺の完成じゃ!」

 

 奥平さんの血を吐くような絶叫が戦場に響く。

 

「鳥居強右衛門の無念、武田の血で購えぇぇぇ!」

 

 強右衛門さんの想いに応えようとする長篠の城兵たちの気迫が、武田の赤備えを凌駕していた。

 背後からは長篠城兵、前方からは私たちの奇襲部隊。

 完全に前後を挟まれた三枝守友は、血走った目で長篠城兵へと向き直った。

 

「くっ……これまでか! が、武田の将として背は見せん!」

 

 守友は最後まで果敢に突撃を試み、長篠城兵の決死の槍衾がそれを迎え撃ち、忠次隊が守友の乗る馬の脚をすくい上げ、体勢を崩したところを再び金森隊の冷酷な射撃が浴びせられる。

 猛将・三枝守友もまた、この乱戦の中に壮絶に散っていった。

 

 ***

 

 煙が立ち昇る鳶ヶ巣山。

 わずかな時間で、長篠城を包囲していた5つの砦は全て陥落した。

 背後を突かれた武田の敗残兵たちは、恐慌状態で川を渡って逃げ延びていく。

 

「やったぞ! 長篠城、見事救出なりー!」

 

 忠次さんが感極まったようで、血と泥にまみれた陣地なのに歓喜の海老すくい音頭を踊り出した。

 あの~、忠次さん? 奥平さん、ちょっとドン引きしてるんだけど。

 

「弾薬の無駄遣い、ありませんでした」

 

 長近さんは冷静に火縄銃を手入れしているけど、誰か忠次さんにツッコんであげて。

 

 そんな空気の中、私は城から出てきたボロボロの奥平さんの元へ駆け寄った。

 荷物入れから大事に持っていた塩おにぎりを取り出して差し出していく。

 

「奥平さん、これ……食べて。強右衛門さんの思い、受け取ったよ。本当にお疲れ様」

 

 私の言葉と差し出されたおにぎりに、奥平さんと周囲の長篠兵たちは声を出して泣き崩れた。

 強右衛門さんの死は、決して無駄じゃなかったのだ。

 

『……よし。これで第一目標の長篠城救出は成功じゃ』

 

 センイチが、逃げていく武田兵の背中を睨みながら呟いた。

 

「……うん。でも、武田本隊に引く気配がないね」

 

 むしろ、どんどん熱気が昂ぶっていくのを肌で感じる。

 

『勝頼もワカダイショウも、引く選択肢はないじゃろうな。天下分け目の戦が始まる空気じゃ』

 

 そんなセンイチの言葉に、私は遠く設楽原の方角を見据えた。

 

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