なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第155話 長谷川真昼、赤備えの落日を見る

 夜が明けきった鳶ヶ巣山の尾根から、私は眼下に広がる設楽原の台地を息を呑んで見下ろしていた。

 鳶ヶ巣山の奇襲を成功させた私たち別働隊は、そのまま後方から武田軍の動きを監視するポジションにいたのだ。

 

「バカ……なんで正面から突っ込むの⁉ なんで逃げないの⁉」

 

 私の震える声が、朝の冷たい空気に溶けていく。

 眼下で地鳴りのような足音と共に、武田の赤備えが織田・徳川連合軍の馬防柵へと怒涛の突撃を開始していた。

 柵の向こうには、信長様が配置した三千丁もの火縄銃が黒々とした銃口を向けているというのに。

 

 私の隣で火縄銃を手入れしていた金森長近さんが、冷徹な声で解説を入れた。

 

「真昼殿。あれはただの網ではありません。信長様と半兵衛殿が構築した騎馬隊殺しです」

 

 長近さんの言葉の直後、織田軍の陣地から轟音と共に一斉に火が噴いた。

 

 ――ババババババンッ!

 

 白煙が立ち込め、先頭を駆けていた武田の騎馬隊が、見えない壁に激突したかのように次々と泥の中に崩れ落ちていく。

 鳶ヶ巣山から見下ろす私の目に、武田の猛将たちが次々と無残に散っていく様が映し出される。

 

 ――ババババババンッ!

 

「なっ……途切れない⁉」

 

 通常、火縄銃は一度撃てば次の弾を込めるのに時間がかかる。

 でも、柵の向こうの織田軍は違った。

 撃ち終わった者が後ろへ下がり、弾を込めた次の者が前に出て撃つ。

 先発、中継ぎ、抑えのローテーションによる間断なきマシンガン継投システムだ。

 

 武勇を振るう隙すら与えられず、武田の誇る精鋭たちが一方的に蜂の巣にされていく。

 

 戦場の最前線では、地獄のような光景が繰り広げられていた。

 武田四天王の筆頭・山県昌景が、全身に銃弾を浴びながらも、鬼神の如く突進を続けている。

 

「ひるむな! 弱点を探せ! 火縄の動きが遅れたところを突け!」

 

 昌景の懐で、英霊ボール『アクタロウ』が毒々しい赤い光を放ち、迫りくる銃弾を弾き返そうと狂ったように暴れ回っていた。

 

『クソが! 俺が弾を弾く!』

 

 アクタロウが吠え、弾丸を弾き昌景を守るが次から次へと跳んでくる無数の弾丸に、一つ、また一つと昌景の身体に鉛玉が貫通していく。

 

『ああ……っ! 昌景!』

 

 絶望的な状況を前にして、アクタロウの脳裏に、現役時代にセンイチから言われた言葉が蘇っていた。

 

『おいアクタロウ。お前はジャイアンツのV9エースじゃが、可哀想な奴よな。シゲオやワンチャンという最強のバッターと、真剣勝負する機会が一生ないんじゃからな』

 

 あの時は「味方に最強打者がいるんだからラッキーだろ」と鼻で笑っていた。

 しかし今、目の前に立ちはだかる織田の巨大な柵と鉄砲隊という絶対的強者を前にして、アクタロウは初めて悟った。

 

『……ああ、センイチさん。あんたはずっと、こういう理不尽なまでの巨大な壁に、外からたった一人で立ち向かってたんだな……。アンタの燃える気持ちが、今なら痛いほど分かるぜ』

 

 アクタロウの球体が弾丸に埋まり地面に転がった刹那、無数の銃弾が山県昌景の身体を深々と貫いた。

 

「ぐはっ……!」

 

 昌景は馬から崩れ落ちた。

 なのに采配は手から離れなかった。

 彼は手が動かなくなって采配が離れることを恐れたかのように口にくわえると、前のめりに倒れ、そして絶命した。

 赤備えの誇りを、最期まで見せつけるように。

 

『……昌景。すまん。俺の剛速球じゃ、この壁は抜けなかった……』

 

 昌景の血だらけの亡骸の横で、アクタロウの光が消えた。

 

「槍の届く距離まで来い! 臆病者どもめェェ!」

 

 土屋昌次が馬防柵に隠れる敵へ血走った目で叫ぶも、織田は出てこず、黙々と火縄を撃ち続ける。

 一つ、また一つと被弾する昌次は、もう敵陣へ踏み込む展開は不可能と悟る。

 名刀影法師で数多の敵を屠って恐れられた彼の武勇も、届かなければ意味がない。

 

「なら……こうよ!」

 

 昌次は名刀・影法師を逆手に握ると最後の力を込めて柵越しに投げ放つ。

 影法師の切れ味と昌次の膂力により、数名の織田兵が貫かれ、死んだ。

 常軌を逸した一撃に、周囲の織田兵に恐怖が蔓延する。

 ――も。

 

「怯むな! 一斉射撃で討ち取れ! 個の武勇より、チームの結束力が上と見せつけよ!」

 

 信忠の叫びに呼応し、昌次に幾重もの弾丸が放たれる。

 

「ぐはっ……」

 

 仰向けに斃れた昌次の瞳に、青空が映る。

 やがて青空は赤い夕空に変わり、漆黒へと染まった。

 

 真田信綱が織田の一角でもたつく場所を見つけ、巨大な太刀でフルスイングをかまし、馬防柵の一部をへし折り、織田兵を両断した。

 

「皆! ここだ! 俺に続け!」

 

 けれど直後に後詰の金属バット部隊により、信綱の身体が揺れる。

 

「ここ……までか。……喜兵衛」

 

 ブン! ガツン!

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ! っしゃああああぁぁぁぁぁ!」

 

 信綱を仕留めた森長可(勝三)が、雄叫びをあげる。

 

「兄者!」

 

「来いやあああぁぁぁぁ!」

 

 倒れゆく兄を庇うように弟の真田昌輝も飛び込んだが、彼もまた森長可率いる無情な金属バットの嵐に呑み込まれる。

 

「不惜……身命!」

 

 昌輝の猛勇に織田兵多数が討ち取られるも、最後は信綱の遺体の上に折り重なるように斃れた。

 

「六文銭の旗印、真田兄弟か。三途の川を渡る駄賃ぐらい渡しとくぞ」

 

 信綱と昌輝の身体の上に、長可は十二文置いて次に突破されそうな場所へ駆けていった。

 

 ***

 

「……」

 

「真昼殿、どこへ?」

 

「勝頼に降伏するように説得してくる。何で……無謀な突撃させてるってわからないの⁉」

 

 私の悲痛な叫びに隣に立つ長近さんが、私の手首を掴んで悲しげに顔を歪めながら首を横に振った。

 

「真昼殿、降伏するぐらいなら死を選ぶ。たとえ、無駄死にだとしても。……それが武田の誇りなのです」

 

 忠次さんも私の肩に手のひらを乗せて囁く。

 

「我らこの世に生まれるは死ぬ時のため。その日のために研鑽を積む。鳥よ愚かと笑うなかれ。太陽よ、我が死を照らせ。獣よ我が肉片を喰らうがいい。我が血肉は大地へ還らん。誰かに惜しまれて最期を迎える。それこそ我が望みなり」

 

 それは哀悼であり、いずれ自分に訪れるかもしれない可能性を示唆した言葉。

 欲望渦巻く戦国の世で紡がれる、儚くも残酷な思想が込められていた。

 

 ***

 

 設楽原の後方、武田軍本陣。

 次々と飛び込んでくる宿老たちの討ち死にの報告に、若き当主・武田勝頼は顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 

「昌景が……真田兄弟が……死んだ、だと……?」

 

 彼の懐で黄金に輝いていたワカダイショウは、圧倒的な現実の前に光を失い、完全に沈黙している。

 メイク・レジェンドなど起きない。ただ冷徹なシステムが、個人の武勇をすり潰していく現実だけがそこにあった。

 19年、20年と2年連続でホークスにスイーブされた悪夢のように。

 

 勝頼の側で地面に爪が食い込むほど拳を握り締め、屈辱と憎悪で全身を小刻みに震わせている若き側近がいた。

 信綱・昌輝の実の弟の武藤喜兵衛である。

 

(直球9割9分、変化球1分。しかと心に刻みました。生き残るために最後の最後まで敵を欺いて、必ずや勝利を掴んでみせる! 織田! 徳川! この恨み、必ず果たす!)

 

 この日の圧倒的な敗北と無力感を、彼は生涯忘れぬと心の中で誓った。

 

「信君と信豊はどうした! 昌景たちを見殺しにしたのか!」

 

 勝頼が怒鳴った名は、一門衆の重鎮2人、穴山信君と武田信豊。

 

「両名とも、撤退の道を切り拓いておりまする! 御館様も早く!」

 

 答えたのは勝頼の側近の一人、小山田信茂。

 

「ムム……命じておらぬのに、味方の死の隙に撤退した、だと?」

 

 武田軍の崩壊が決定的となった戦場で、勝頼は絶望に満ちた声を出す。

 

「御館様、過ぎたことは致し方ありますまい。撤退までの時間は、それがしが稼ぎましょう」

 

 そう言い残し、勝頼を逃がすため、武田四天王の副将格・内藤昌豊が絶望的な突撃を敢行していく。

 

「御館様をお逃がししろ! ここは俺が食い止める!」

 

 昌豊の決死の突撃の前に巨岩のような男が立ちはだかった。

 徳川軍が誇る最強の猛将・本多忠勝だ。

 

「内藤昌豊、見事な覚悟! だが、ここは通さん!」

 

 忠勝が愛用の特大金属バット蜻蛉切を構え、咆哮する。

 昌豊は一言も発さず、無言のまま忠勝に向かって馬を走らせた。

 武田の意地を賭けた最後の一撃。

 

 ――ガァァァァァンッ!

 

 しかし忠勝の圧倒的なスイングの前に、昌豊の武器は真っ二つに叩き割られ、彼の身体も宙を舞って泥の中に沈んだ。

 

「武田四天王が一人、内藤昌豊討ち取ったり!」

 

 忠勝の勝鬨が、設楽原に響き渡る。

 

 私は高台から全てを見ていた。

 戦国最強と呼ばれた、武田の赤備え騎馬軍団の崩壊の時を。

 

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