なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
越前一向一揆の鎮圧を完了した私たち織田軍は、本拠地である岐阜城へと帰還を果たした。
長島での泥沼の戦いから続く連戦に次ぐ連戦で、身も心もボロボロ。
やっと、やっとゆっくりできる……! と思いたいところだけど、あの信長様がそんなお休みを与えてくれるはずがなかった。
「これより論功行賞、及び越前統治の人事を発表する!」
大広間に響き渡る信長様の声に、居並ぶ諸将たちの背筋がピシッと伸びる。
上座にドカッと座る信長様は、バットのグリップエンドで床を叩き、権六おじさまを呼んだ。
「権六。貴様には越前八郡と、北ノ庄を与える。これより貴様は北陸方面軍の総司令官として、北国を平定せよ!」
おおおおっ! 広間がどよめいた。
越前八郡って、ほぼ越前一国じゃん! 権六おじさま、大出世だ!
「あ、ありがたき幸せ! この柴田権六勝家、命に代えましても、北陸の地を織田の色に染め上げてご覧に入れまする!」
権六さんは感極まって、額を畳に擦りつけた。
そんな感動的なシーンに、信長様は懐から分厚い書状の束を取り出し、権六さんの目の前にドサッと放り投げる。
「そしてこれが越前統治のための越前国掟だ。熟読し、厳守せよ」
「はっ! ありがたく頂戴いたします!」
権六さんが押し戴いた掟書。
私が横からこっそり覗き込んでみると……そこにはとんでもない文字が並んでいた。
『一、信長からのサインは絶対服従すること』
『一、信長からの使者に対する、言い回しによる抗議や言い訳の禁止』
『一、他国との勝手な交渉の禁止』
『一、在地領主への不当な課役の禁止』
『一、領内の揉め事は、全て所定の手続きを経て報告すること』
……えっと。これ、国を治める掟っていうより、完全にガチガチの管理ルールのマニュアルじゃない⁉
『うむ。強力な戦力をまとめ上げ、ペナントレースを勝ち抜くには、ヒロオカのような厳格なルールが必要じゃ! 信長め、采配だけでなく球団運営もわかってきおったわ!』
私の懐で、センイチが赤く光りながら感心しきりに唸っている。
「さらに発表する。権六の与力として、越前府中の二郡を以下の三名に与え、府中三人衆として配置する!」
信長様の言葉に、3人の武将が進み出た。
「前田又左衛門利家!」
「佐々内蔵助成政!」
「不破河内守光治!」
「「「ははっ!」」」
血気盛んな又左さんと成政さんの隣で、深々と頭を下げたのは不破光治さん。
温厚で真面目な中年武将だけど、稲葉・安藤・氏家に続く西美濃の名家の人だ。
「利家殿と成政殿とともに柴田様を支えます」
光治さん、顔も声も真面目だけど、内心大変なことになったって思ってそう。
上司同僚全部猛獣だもんね。気に入らない調教師を噛み殺しちゃうような。
おまけに人身荒廃した越前の大地。
上も下も同僚もヤバい奴だらけ。
頑張れ不破さん。明日はどっちだ。
「又左、内蔵助、光治。よろしくな」
権六おじさまが声をかけると、又左さんが満面の笑みを浮かべる。
「柴田様、これから親父殿って呼んでいいっすか?」
「お、親父殿?」
「センイチから聞いたことあるんですが、尊敬する監督を選手は親父殿って呼ぶらしい。信長様は親父っちゅうより兄貴だから呼べなかったけど、親父殿なら気軽に親父殿って呼べるぜ!」
「フン! 好きにしろ!」
そっぽを向く権六おじさまだけど嬉しそう。
よくわかんないけど、親父殿って呼ばれるの嬉しいのかな?
「相変わらず又左はアホだな。俺はきちんと監督と呼びます。柴田監督」
「んだあ? 内蔵助。喧嘩売ってんのか?」
「売ってたらどうする?」
バチバチと火花を散らす又左さんと成政さん。
ああ、もうすでに光治さんの顔が蒼白だよ。
そんな人事発表を見ながら、半兵衛君が扇子で口元を隠して私に囁いてくる。
「真昼殿。これは単なる領地の配分ではありません。信長様の真の狙いが分かりますか?」
「えっ? えーと……パワー系球団作りたかったとか?」
「違います。ベテランの柴田殿を新監督に据え、血気盛んな若手をその下で育成させつつ、同時に彼らに柴田殿を監視させる。……つまり、織田家という大組織の中に、独立した『フランチャイズ球団』を新設したのです」
信長様は自分が直接全軍の指揮を執るだけじゃなく、日本中に自分の軍団を持たせる巨大なネットワーク構想を描いている。
……信長様の経営、スケールが違いすぎる!
軍議が終わり、北陸へと旅立つ前。
又左さん、成政さん、不破光治さんが私の元へ挨拶に来てくれた。
「フン。俺のレーザービームが外野から無くなって、せいぜいエラーしないように肩を温めておくんだな、真昼」
成政さんが腕を組み、ツンデレ全開でそっぽを向く。
「たまには岐阜に顔を出してやるから、泣いて喜べよ」
「はいはい、素直に寂しいって言えばいいのに。成政さんも風邪引かないでね!」
私が笑って返すと、又左さんが豪快に私の肩をバシバン叩いた。痛いって!
「俺は北陸の雪ごとバットで吹っ飛ばして、向こうのリーグで首位打者獲ってやるぜ! 真昼、俺たちが留守の間、信長様を頼んだぞ!」
「うん! 又左さんも、怪我しないようにね。雪国での野球は滑るから気をつけて!」
そして私は青白い顔をした不破光治さんに、そっと小袋を手渡した。
「これ、センブリの根っこです。胃が痛くなったら煎じて飲んでくださいね。村井さんにも効いた特効薬ですから!」
「おお……真昼殿、かたじけない。これで北陸の冬も乗り切れそうです……」
光治さんは涙ぐみながら胃薬を懐にしまった。
***
野郎たちとの別れを済ませた私は北陸へ赴任する又左さんの妻・まつちゃんのお見送り会という名の女子会が開かれている奥御殿へ向かう。
集まったのは私、お市ちゃんにお犬ちゃん、茶々・初・江の浅井三姉妹、そして信忠君の新妻の八重緑ちゃん。
「北の地でも又左様をしっかり支えてみせます。真昼様も、どうかお元気で」
まつちゃんは見た目こそ可愛らしいロリっ娘のままだけど、挨拶は堂々としていて、すっかり立派な大人の女性、大名夫人としての貫禄が出てきてるよ。
「こちら、織田家女子労働組合が集めた古着です」
「ねねに続き、しっかり者が岐阜からいなくなるの、残念だわ」
八重緑ちゃんとお犬ちゃんから、まつちゃんに大量の着物が渡される。
「まつちゃん……。越前は寒いから暖かくしてね。まったく! 信長様も単身赴任不可って法律、わざわざ作るかなあ?」
「うふふ。どっかのタヌキが別居して不仲だからじゃない?」
「ホント、あのタヌキのせいだよ」
私が別れにホロリと涙ぐみながら家康さんに恨み言を呟いていると、女子会の空気がスゥッと冷たくなった。
背後に、音もなく奴らが忍び寄ってきたのだ。
「スーッ……ハァ……。まつがいなくなって、寂しいわね、真昼」
「ヒィッ⁉」
私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んできたのは当然ながらお市ちゃん。
「でも大丈夫。私がずっと……一生、この岐阜城にいてあげるから……うふふ♥」
耳元で囁かれるお市ちゃんの甘い声に、私の全身の産毛が総毛立つ。
茶々ちゃん、初ちゃん、江ちゃんの三姉妹も私の足にガシッと抱きついて離さない。
「まひるおねえちゃんは、私たちのおもちゃー!」
「どこにも行っちゃだめだよー!」
「逃がさないよー! キャハハハ!」
無邪気な笑顔の裏に潜む、織田の血筋特有の狂気。
母娘4人による完璧な拘束陣形に、私は顔面蒼白になった。
「ひいいいい! 誰か助けて! 信長様ァァァ! 私にも出張命令出してぇぇぇ!」
「真昼、戦場に放り込まれるフラグ真っしぐらな発言ね」
「お犬ちゃん⁉ どういう意味?」
「あっ、そういえば光秀様主導で丹波攻略が始まるとか。若君様も利治様も戦支度してますし、本願寺戦線も膠着してますね」
「八重緑ちゃん⁉ とんでもないフラグ立てないで!」
……まさか、全部に投入されないだろうな?
***
豪雪に閉ざされた越後国、春日山城。
静寂に包まれた毘沙門堂の中で、男が無音の素振りを繰り返していた。
右足を高く上げ、ピタリと静止する一本足打法。
男の名は軍神の誉れ高き、上杉謙信。
足元にあるは日本刀の銀色に光る刃。
謙信は素足で、刃の上でバットを振っているのだ。
彼の懐で黄金に輝く英霊ボール『ワンチャン』が、周囲の空気を圧するほどの圧倒的な威圧感を持って明滅していた。
『……越前が落ちたか。だが焦るな、謙信よ。信長が真に隙を見せるその時まで……天下のホームラン王は、甘い球を打席で待つのみだ』
そこへ謙信の腹心、直江景綱が入ってくる。
「御館様。武田の真田喜兵衛、本願寺の下間仲孝殿と共に来訪。目的は越中の和議ですが、真の狙いは――」
「……通せ」
一本足打法姿のまま、謙信は短く返した。
武田勝頼を破り、越前再平定した織田家に毘沙門天の化身が雪深い越後で感覚を研ぎ澄ませていく。
新たな強敵の気配が遠い雪風に乗って、じわりと岐阜へ忍び寄っていた。