なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
越前一向一揆を鎮圧し、権六おじさまが北陸方面軍司令官として越前八郡を拝領したニュースは、織田家中に大きな活気をもたらしていた。
秀吉さんも近江の長浜の築城を終え、織田家のフランチャイズ球団化は着々と進行している。
「はむっ……ん〜、冬はやっぱりこたつにみかんに限るね。戦国の世にもみかんがあって本当によかったよ」
雪が舞う岐阜城の一室で、私はポカポカのこたつにすっぽりと潜り込み、怠惰の極みのようなポーズでみかんの筋を剥いていた。
休暇を満喫してるわけじゃないぞ? 今日は城下町を除雪車みたいに雪かきしてヘトヘトなのだ。
だからこれは寝る前の駄弁りタイムなだけ。
明日も朝早くから雪かきだ~。
「権六おじさまたち北陸組も雪かき頑張ってるんだろうな~。……向こうは雪かきしながら加賀攻めって私よりヤバいけど」
私が相変わらず織田家やべえと呟くと、こたつの向かいで同じくみかんを食べていた八重緑ちゃんが頷いてくる。
「凄いですよね、柴田様たち。信忠様も『僕も頑張らねば』と触発されています」
「別に信忠君は頑張らなくてもいいのに。信長様ぐらいだよ? トップが一番働いてるのって」
「ふふっ、その通りですね。そういえば光秀様の丹波攻略も順調に進んでるそうです。あの人も大変ですね。京を守護しつつ、各地の戦線に援軍して、丹波攻略も任されてるなんて」
「……普通の人間なら死んでるでしょ。私だったら3日で溶けてなくなっちゃうよ。光秀さんて多分、ベホマ使えるんだと思う。全回復できる魔法」
「魔法ですか?」
「そっ。いっつも涼しい顔してるし、戦場で怪我してるところ見たことないし」
この前、岐阜城に定期報告しに来た時も汚れ乱れ一切無しの衣装だったもんね。
「フロイスさんも光秀さんを『法ノ番人スギマース』なんて呆れてるし」
「そういえば、フロイスさんも一緒に来たんですね」
「うん。なんか南蛮商人が問題起こすことが多くなったみたい。でもフロイスさんのカタコトのせいで、光秀さんとフロイスさんで漫才してるぐらいしか思わなかったよ」
「……真昼様。それは2人に言っちゃ駄目ですよ」
「うん、わかってるって。信長様が光秀さんとフロイスさんに任せるって言ってたし、信頼厚くてちょっと羨ましいかも」
私はみかんをポンと口に放り込む。
「またお土産に丹波栗持ってきてくれないかな~、光秀さん」
***
雪深い丹波国・黒井城の周囲は光秀率いる織田軍によって、一分の隙もないフォーメーションで包囲されていた。
「敵は丹波の赤鬼と恐れられる猛将・赤井悪右衛門直正ですが、戦力差は歴然です。もはや降伏しか手段はありますまい」
本陣で地図を見下ろしながら、光秀は淡々と戦況を確認していた。
軍議には光秀の盟友である長岡藤孝と八上城主波多野秀治、それと光秀の腹心とも言える重臣・斎藤利三と明智秀満が控えている。
「流石は十兵衛殿。包囲の陣形に無駄が一切ない。これならば、城内のネズミ一匹逃げ出すことはできまい」
秀治が感心したように頷くが、光秀の瞳の奥には自信と共に焦りが滲んでいた。
(……柴田殿は越前という大領を得た。長秀殿が若狭、一益殿が伊勢、帰蝶様も長浜で結果を出している。私は京の守護者とはいえ、拠点は坂本のみ。一刻も早く丹波を平定し、私も一国を預かる立場にならねば)
そんな光秀の心境を察せぬ藤孝ではない。
「十兵衛殿。焦るな。着実にいきましょう」
「ああ、藤孝殿。忠告、感謝する」
――その明智軍に包囲された黒井城内。
光秀が降伏目前と計算していた城の中で、丹波の赤鬼こと赤井悪右衛門直正は、まったく戦意を喪失していなかった。
「へっ! 尾張の成り上がりごときの犬が偉そうに陣を敷きやがって。丹波の冬の厳しさを教えてやるわ!」
赤井の手元で、土気色の鈍い光を放つ英霊ボールが熱気を放って明滅していた。
その名は『アクタ』。
ちなみに『アクタロウ』ではない。
『プロの管理野球だか何だか知らんが、儂らは儂らのやり方でグラウンドを守るんじゃ! 織田のような巨大ビジネス球団のルールになど縛られるな! 一球入魂のアマチュア魂を見せてやれ!』
かつて早慶戦で鳴らした学生野球の重鎮であり、プロ野球創成期に弱小・パールスを率いて苦労を重ねたアクタの熱い反骨精神が、中央集権化を進める織田に抗う地方国衆の赤井に共鳴したのだ。
「おうよ、アクタ殿! 奴らの綺麗な陣形を、俺たちの泥まみれのゲリラ戦で引っ掻き回してやる!」
赤井はアクタの加護を受け、夜襲や奇襲を徹底的に仕掛ける日々が続く。
しかし光秀は夜ごとに陣の配置を変え、物見を倍にし、囮の篝火まで用いて赤井の奇襲を潰していく。
「決まったな。降伏すればかような目に遭わなかったものを。全軍、出撃せよ。今日中に黒井城を落とすぞ!」
光秀が勝利を確信し、総攻撃のサインを全軍に出した直後――。
――ダァァァァンッ! バババババンッ!
背後の山中から、織田軍の本陣に向けて凄まじい鉄砲と矢の雨が降り注いだ。
「なっ……て、敵襲⁉ なぜ背後から⁉」
秀満が血相を変えて絶叫する。
光秀が振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「今ぞ好機! 丹波は我ら波多野のもんじゃ! 誰が織田に従うかよ!」
味方の波多野秀治の軍勢が織田の旗を掲げたまま光秀の陣に牙を剥き、怒涛の勢いで雪崩れ込んでくる姿があったのだ。
「波多野殿……⁉ なぜだ……!」
光秀は激しく動揺した。
彼はまだ知らない。波多野秀治が最初から赤井直正と裏で通じ、この時を待っていたことを。
光秀を丹波の奥深くまで誘い込み、勝利を確信させた直後に背後から挟み撃ちにする奇策、『呼び込み軍法』の存在も。
「兆候はなかったはず。いつだ? いつ波多野は織田を裏切る目算で動いていた? 私の説得に秀治殿は二つ返事で織田に降ったというのに……」
「光秀殿! 早くご決断を! 陣が持ちませぬ!」
藤孝の悲痛な叫びで、光秀はハッと我に返ったが、すでに前後を完全に挟まれた光秀軍は、大パニックに陥り、総崩れの状態となっていた。
「殿! ここはそれがしが食い止めます! どうか生き延びて、必ずやリベンジを!」
利三が全身血塗れになりながらも槍を振るって敵の壁となる。
藤孝も鉄砲隊を率いて必死のしんがりを務め、光秀を逃がすための血路を開いた。
「おのれ、秀治、悪右衛門。この恨み、いずれ必ず晴らす!」
光秀は兜を失い、自慢の装束を泥と血で汚しながら、吹雪の丹波山中を命からがら敗走した。
***
光秀さん大敗の急報を受け、岐阜から京に信長様と私が駆けつけると、光秀さんは人が変わったように暗く淀んでいた。
泥だらけで、髪を振り乱し、うつろな目をした光秀さんは床に這いつくばるように信長様に平伏していく。
「信長様……申し訳、ありませぬ。この十兵衛、一生の不覚……波多野の裏切りを見抜けず、無様な敗戦を喫しました……。いかような罰も、お受けいたします」
震える声で死を覚悟している光秀さんに対し、信長様は怒鳴ることも、バットで床を叩くこともしなかった。
「面を上げろ、十兵衛」
信長様は懐から金の入った袋を取り出すと、それを光秀さんの前にポンと投げた。
「波多野が裏切った以上、丹波の制圧は今の戦力では不可能だ。丹波はしばらく放置する。……十兵衛、貴様は軍を立て直し、しばらく京の守護に専念せよ」
「……は、信長様? 罰ではなく、金……ですか?」
光秀さんが信じられないという顔で顔を上げる。
信長様はそれ以上何も言わず、「休め」とだけ残して部屋を出て行った。
「信長様、優しくね? 報奨金なんて。明日槍降ってきたらどうしよ?」
私がキョトンとすると、センイチがふうっとため息ついてくる。
『まあ、報奨金というより、これで軍備を整えよって意味じゃがな。儂も監督の時によくやったもんよ。罰金で巻き上げるだけやないで、こういう立て直しのために金を貯めてたんじゃ』
センイチも、さらっとヤバいこと言うんじゃありません。
「……それって優しいじゃなくって、次の準備しろってこと? もう、信長様は言うこと言わないんだから」
私はムスッとして、信長様もセンイチも言わなかったことを光秀さんに告げていく。
「光秀さん! 生きててよかった! 誰だって負け試合はあるよ! また次の戦で頑張れば……」
私は笑顔で励ましの言葉をかけたつもりだ。
でも、そこで言葉を途切れさせてしまった。
「ありがとうございます、真昼殿。私は大丈夫です。次は間違えません」
いつもの光秀さんの笑顔だ。
でも瞳の奥に宿る光は今までの綺麗な光秀さんじゃない。
(……柴田殿も、帰蝶様も、結果を出しているというのに。私だけが信長様の期待を裏切った。敗北は次に活かせばよい。理では分かっている。分かっているのに……)
光秀さんが唇を強く噛み締め、血がツーッと顎を伝って落ちる。
光秀さん……。真面目すぎるからこそ、一度折れた時の反動がヤバいんじゃ……?
なんかいい方法ないかなあ。