なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
もうすぐ岩村に到着する信長様本軍で、私は不安と希望を綯い交ぜにしながら馬を歩かせていた。
「おつやさん、降伏してくれるかなあ? お犬ちゃんのように岐阜に戻ってくれたらいいんだけど」
だってあれだよ?
岐阜城の奥屋敷は茶々ちゃん・初ちゃん・江ちゃんが神出鬼没で暴れまくってるんだよ?
この幼女三連星に、私たち女子組みんな手を焼いているのだ。
お市ちゃんは怒らないどころか「私の若い頃に瓜二つね」と、満足そうにしてやがるし。
そこへ圧がエグいおつやさんが戻れば、あの幼女たちもちょっと大人しくなるはず!
しかも礼儀作法に教養、所作の一つ一つが淑女。
幼女三連星の教育にいいこと間違いなし!
「ホッホッホ。真昼はん、嬉しそうどすなぁ」
私が妄想に耽っていると、乗っている輿の簾を外して中にいる人が話しかけてくる。
岩村城攻めがそろそろ終わるということで、物見遊山で付いてきている朝廷の偉い人、近衛前久様だ。
私たちが武田や越前と、戦に次ぐ戦の日々を送っていた時に九州に旅行していて、つい最近京に戻ってきたばかり。
お公家様って、引きこもりでなよなよしてる人だけのイメージだったけど、この人は超アグレッシブ。
私のようなJKにまで、普通に話しかけてくるのだ。
「あ、分かります? いやあ、おつやさんが織田家に戻ってくれたら色々楽になると思いましてぇ」
「せやな。絶世の美女のおつやはん。織田家に都合よう使えるさかい、こちらとしても色々助かりますわぁ」
うわっ、綺麗な笑顔で何を口走ってるんだよ、このお公家様。
「前久様、女の子を野球道具のように考えてません?」
ムスッとして言い返すと、前久様は「ホッホッホ」と笑う。
「女の『子』。そりゃまたおもろいわぁ」
何に笑いのツボ入ってるんだよ、この野郎。
私が岩村攻めのどさくさ紛れに前久様闇討ちを考えていると、信忠君からの使者が信長様の許へとやって来た。
「申し上げます! 秋山虎繁、自らの自害と英霊ボールを引き換えに、おつやと城内の民の助命を嘆願! 信忠様は受理しました」
おお! 超朗報じゃん!
うんうん、信忠君、本当に立派になって涙が出ちゃうよ。
あんなに小さかったのに、もうこんな重要な任務をこなして決断できる大人になっちゃって。
……なんか、親戚の叔母ちゃんみたいになってるな、私。
「信長様、文句ないでしょ?」
私は信長様が余計なことを言わないように釘を差していく。
信長様が拒否したら全部台無しだもんね。
「文句はないさ。……いや、いっぱいあるがよ。叔母が裏切ったせいで多くの者が死んだしな」
「でも、これで東美濃は元通りだね。良かった~」
信長様の声色から、いや許さん。殲滅だって言う気配がないのを感じ取って、私は安堵の吐息を吐き出した。
終わる、これで終わるんだ。織田家身内の戦いが。
「……信忠の判断、間違いはないさ。ただ相手がおつやよ」
「え?」
信長様の意味深な呟きに、私の心臓が跳ね返る。
「半兵衛、貴様はどう見る?」
信長様の問いに、半兵衛君が馬上でモリミチボールを回転させながら冷酷に告げる。
「虎繁の失敗は一つ。降伏を告げに来た際に『ウルフ』を渡さなかったこと。信忠様の選択は間違いではありません。ですが、犠牲を出してでも虎繁と共に入城すべきだったかと」
「であるか。……俺たちが到着する頃には、すべて終わってるだろうよ」
信長様が言い終わるより先に、私は馬を走らせた。
「そりゃ困るわ。なんとかしてな、信長はん。もう先方に話つけとるさかい」
前久様の不満そうな声が遠くになりながら、私は絶対に駄目、信長様の想像通りになんかさせてやるものかと想いを乗せ冷たい風を浴び続けた。
***
虎繁が戻った岩村城内は、飢えと疲労に苦しむ兵や民たちの悲壮な空気に満ちていた。
秋山虎繁は、おつやに向き合い、織田家に降伏する手筈となったことを告げていく。
「……どうか、生き延びてくれ。ウルフがいれば信長も無碍に扱うまい」
虎繁は血の滲むような声で呟くも、おつやはやつれた顔に美しい微笑みを浮かべ、そっと夫の広い胸に寄り添った。
「虎繁様……。あなたは私をもう愛してないとおっしゃるのですか?」
「違う! 愛しているからこそだ!」
「愛しているから私に生きていてほしい、と? それは傲慢な考えではありませんか。それは愛ではなく自己満足に過ぎませぬ」
「どうせよと言うのだ! どうすれば俺の愛を証明できる!」
おつやを抱きしめる虎繁の両目から涙が零れ落ちる。
これ以上ない、愛の証明のように。
「生涯、私は虎繁様のもの。虎繁様は私のもの。容姿が衰え、老婆になっても変わらず抱きしめてくださいませ」
「誓おう。いくらでも誓おう! 俺はそなたの容姿に惚れたのではない! 魂に惚れたのだ。肉体の変遷になんぞ興味はない!」
おつやの目からも涙が滴り落ちていく。
容姿に固執していた自分の愚かさを恥じ入るように。
「このまま……逝かせて。あの世で続きを」
『待て、早まるな。虎繁を助命させればいい! この俺が暴れて織田に認めさせる!』
ウルフがオレンジ色に燃え上がるも、虎繁はゆっくりと首を横に振った。
「ウルフよ。お主は現役時代、スワローズのユニフォームを着たかったのに、ジャイアンツのユニフォームを着ていたと語ったことがあったな」
『ああ、あった』
「ならばわかるであろう? 俺は織田のユニフォームを着るつもりは毛頭ない」
『……!』
ウルフは絶句し、二の句を告げられなかった。
虎繁とおつやが深く頷き合うのを、ただ眺めるだけしかできず、呆然と永遠の愛を誓う夫婦の最期の瞬間を見つめていくしかできなかった。
***
私が岩村城に到着すると、すでに門は開いていて信忠君たちが戦後処理を始めていた。
みんなの表情を見て察するも、まだ信じたくない。
なんで間に合わないの? こういうのは間に合うのが物語のお約束でしょ? これだから戦国の世は。どいつもこいつも美学だか知らないけど、好き勝手にして!
「勝三! おつやさんは⁉ 案内して!」
「うおっ⁉ もう岐阜から着いたでござるか? あれは真昼様が見るもんじゃないでござるが……」
「いいから早く!」
見つけた勝三に案内させてたどり着いた奥座敷に広がっていたのは、むせ返るような血の匂いと、あまりにも美しく残酷な光景だった。
血に染まった畳の上で、秋山虎繁とおつやさんが、互いに寄り添うようにして息絶えていたのだ。
2人の遺体の側に、どこから摘んできたのか一輪の女郎花が手向けられていた。
もう一つ、光を失い、ただの冷たい球体へと戻った英霊ボール『ウルフ』も転がっていた。
「……バカ。生きてなきゃ、恋もできないのに……」
私は震える膝をつき、ウルフを両手で拾い上げた。
ボールからは愛と誇りを貫いた2人への静かな敬意と、深い哀愁が伝わってくる。
「……うぅっ……」
私の目から大粒の涙が溢れ落ち、ウルフの銀色の表面を濡らした。
戦国時代の愛は、どうしてこうも重くて、痛くて、悲しい結末しか用意されていないんだろう。
どのくらい時が経ったのか。やがて信忠君が信長様と一緒に現れた。
血の海に沈む、実の叔母と敵将の姿。
信長様はそれを見下ろしたまま、表情を一切崩さなかった。
怒りも、悲しみもない。
ただ、無言で一瞥し、こう口にする。
「信忠、死体の処理も総大将の仕事よ。虎繁の遺体は長良川に晒せ」
「……承知、しました」
風が吹き抜け、女郎花の花びらが一枚、血に染まった畳の上へと静かに落ちる。
東美濃の戦いは、こうして哀しい終わりを迎えたのだった。