なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第163話 長谷川真昼、徳川の内紛に困惑する

 岩村城が陥落し、織田が東美濃を奪還して一区切りついたと誰もが思っていた。

 信長様も岐阜に帰還し、半兵衛君や長秀さん、センイチ、さらに岡部又右衛門さんを呼んで何か話し込んでるし。

 又右衛門さんがいる時点で、建築プロジェクトだというのはわかるんだけど、一体何をする気だか。

 戦するよりマシだけど。

 

 でも、そんな空気が岩村城で一束の書状が見つかり、一変してしまう。

 

「佐久間様、これを」

 

 岩村城の戦後処理を担当している一人、佐久間信盛の許に届いた書状。

 それを読んだ信盛は顔色を一変させた。

 

(……なんてことだ。いや、国衆の立場なら当然。が……虎繁め、かような書状を残して自害とは)

 

 冷や汗を背中に滲ませながら、信盛は発見した以上は信長様に報告せざるをえないと、岐阜に早馬を飛ばした。

 

(誰かの策謀やも知れぬ。あとは当人の天命を祈るのみ)

 

 ***

 

 岐阜城で上機嫌にしていた信長様が、信盛さんから届いた報告に露骨に不機嫌になった。

 

「三河・刈谷城主である水野信元殿が……武田軍の秋山虎繁へ、内密に兵糧を横流ししていた証拠ですか。信元殿の押印があり、書状は本物で間違いないかと」

 

 長秀さんが嘆息して呟く。

 

「……えっ?」

 

 水野信元さんって……あの、いつも飄々としていて、お腹がポンポコリンのタヌキおじさんだよね?

 家康さんの伯父さんにあたる人で、ずっと織田家に味方してくれてたはずじゃ……。

 

「うそ、タヌキおじさんが武田に内通? なんで⁉」

 

 私が戸惑っていると、半兵衛君が淡々と告げてくる。

 

「あからさまな離間策かと。書状の中身から設楽原の前の出来事。虎繁が信元殿のだけを残していたとは考えにくく、第三者が陥落後の岩村に持ち込んだと推察します」

 

「設楽原の前……まだどっちが勝つかわからない頃だね。国衆が生き残るための必然の策、って半兵衛君言ってたっけ。なら、今の状況なら裏切らないってことだよね?」

 

 私が希望的観測を口にすると、信長様が舌打ちしてきた。

 

「ったく。右衛門尉(信盛)め。厄介なものを見つけよって」

 

「信長様、見つけた以上対応しないわけにはいきません。ここは信元殿に岐阜に来て釈明させるべきかと」

 

 長秀さんが進言すると、半兵衛君もモリミチボールを畳に置いて腕組みしながら口を開く。

 

「信盛殿に書状を発見した者が、どのように発見したか細かく問い詰めるよう指示を。……これは恐るべき一手です。水野信元殿は織田家の古くからの盟友にして、徳川家康殿の伯父。この一手で、織田徳川の亀裂まで狙っています」

 

「そこまで……? これが誰かの策謀なの?」

 

 私の確認する声は震えていた。

 えげつないことを考える人、世の中多すぎでしょ。

 

「ただの策謀家ではありません。位置的に潜り込めるのは武田の者でしょう。恐るべき策謀家が武田にいます」

 

 半兵衛君の断言に、広間が静まり返る。

 この静寂を破ったのは、当然ながら信長様だ。

 

「信元の件は家康に一任する。問題は岩村よ。右衛門尉に早急に書状発見の経緯を調べさせよ」

 

「それって家康さんが信元さんを無罪ってしたら、信長様、許すの?」

 

「許すも何も、これは三河の問題よ」

 

 私の質問に信長様は即答した。

 

『じゃな。他球団のお家騒動に出しゃばるようなもんじゃ。そんなことして感謝されたこと一度もないわい』

 

 ため息つくセンイチだけど、やったことあるんかい。

 

 信長様は立ち上がり、又右衛門さんを呼んでセンイチを手にしながらスタスタと去っていってしまう。

 

「信元さんも家康さんも、大丈夫かなぁ……」

 

 私は心配しかない。

 2人とも、タヌキらしいビビリだし。 

 

 ***

 

 信長からの折り返しの命令を受け、信盛は急ぎ書状の入手経路を確認したが、最初に発見したという兵の姿はどこにもいなかった。

 

「不味いことになった。……不覚! 書状の重さに気を取られすぎたわ」

 

 信盛が岩村城で天を仰いだ頃、その光景を察するかのように信濃への路を急ぐ男の姿があった。

 

(察したか。想像より早い。信長と半兵衛、やはり厄介よ)

 

 男の正体は武田家臣、真田喜兵衛。

 

(本願寺と上杉の和議は成立に向かっている。そこに武田と北条も支援すれば上杉は確実に西へ動く。その機まで時を稼ぐまたとない機会だったが、十分だ)

 

 次に打つ武田の一手は北条との同盟強化と見定め、喜兵衛は信濃に消えた。

 

 ***

 

 浜松城で報告を聞いた家康は顔面蒼白になり、急いで伯父信元の居城・刈谷城へと急行した。

 

「伯父上! これは一体どういうことです! 秋山虎繁に兵糧を送っていたというのは真ですか⁉」

 

「い、いや、家康よ……その、な」

 

「わかっておりまする。ただ、武田が勝ったあとを考えていただけですよね?」

 

 信元は沈黙するしかない。

 これはただの事実だからだ。

 

 信元の様子を見て、家康さんの懐から青白い光を放つ英霊ボール『ノムサン』が飛び出し、ボヤく。

 

『……やれやれ。家康、これは信元だけやないで。なのに信元狙い撃ちや。どうするんや? 信元は家康の母・於大の兄やぞ?』

 

「ムムム」

 

『その於大は家康をいないもんとして、信康を可愛がって岡崎におる。……これは、そういうこっちゃないか?』

 

 家康は、最近岡崎に信元の配下が出入りしている情報を思い出す。

 表向きは於大に贈り物だが、それに裏があったとしたら。

 

「……まさか伯父上。母と結託して儂を粛清し、信康に跡目を継がせようとしていたのでは?」

 

 信元は黙ったまま、目を瞑った。

 その様子から、家康はさらに最悪のシナリオを脳裏に浮かべる。

 

「瀬名も信康にベッタリで、本来犬猿の仲なのに、母と妻が最近仲いいのも薄気味悪かったんじゃ。五徳様を蔑ろにしていると旭殿からクレーム来てるし」

 

『於大と瀬名が家康を無視してるのも気に食わん。家康からの贈り物で礼状一つ寄越さんし。もう連中、家康を三河・遠江の主とも思ってない証拠や』

 

「織田側を蔑ろにするのは、後ろ盾があるから……それが武田? 武田側につく見返りが儂の首か」

 

 家康は目の前が真っ暗になる。

 徳川の武田側が、信康の嫁の五徳を人質にすれば織田も迂闊に手を出せなくなる。

 その実行犯が水野信元だったということだろう。

 

「な、なんということを……!」

 

 家康は頭を抱えた。

 この計画を知った以上、厳しい対処をせざるをえない。

 

「儂はどうでもいい。嫁にも母にも嫌われてるのは自覚してる。……はあ~。でもなぁ、2人とも信康を可愛がりすぎじゃ。儂、可愛がられたことないのに。愛してるよりも、愛されたいマジで」

 

『ボヤくな家康! 今すぐ行動せい! 武田側の連中を黙らせるんじゃ!』

 

「そうじゃな。伯父上、岐阜へ行って信長様にひたすら頭を下げますぞ! その後、許されたとしても隠居は覚悟していただく」

 

「……わかった。家康の言う通りにしよう」

 

 こうして家康は酒井忠次に留守を任せ、石川数正・平岩親吉らと共に水野信元を連れて岐阜へ弁明に向かった。

 が……悲劇は、道中の三河・大樹寺で一泊した夜に起きた。

 

 石川数正の兵と水野信元の兵が夜食をしていた時だ。

 

「お前らの魚、こっちより大きくね?」

 

「あ? 同じだろ? 言いがかりすんなよ」

 

「なんだと! 言いがかりとは侮辱! 家康の家臣のそのまた家臣の分際で!」

 

「んだコラァ! 信元なんて、家康様の伯父ってだけじゃねえか!」

 

 この騒動が石川数正の耳に入った時点で、双方の死傷者多数という大惨事が起きてしまったのだ。

 

 この件は致命的だった。

 信長に弁明に行く者の兵が、同盟者の家康の兵と揉め、死傷者まで出す。

 軍の規律どころじゃない。大名の資質を問われかねない。

 

 信元は覚悟を決め、すぐに刃傷沙汰の報告で気絶しかけている家康のところへ赴き、告げる。

 

「家康よ……タヌキの化けの皮も、ここまでじゃ」

 

「伯父上……」

 

「儂を恨んでくれて構わん。ただ、於大を、お前の母は恨まんでくれ。あいつはずっと人質に織田や今川に置かれた、お前の幼少時の記憶がないだけなんじゃ」

 

 家康の脳裏に、織田家人質時代に信長に肥溜めに落とされ続けた日々が蘇る。

 めっちゃいい顔で笑ってたなあ、信長様。

 あれ? 儂の幼少期、他人の笑顔の記憶って信長様だけなんじゃ?

 なんか悲しいわ。

 

「儂はここで死ぬ。お前は徳川の裏切りは儂だけだったと、信長に報告せよ」

 

 そう言い残して水野信元は自陣に戻り、見届人の平岩親吉の介錯によって自刃して果てたのだった。

 

 ***

 

 岐阜城で家康さんたちの到着を待っていた私は、信元さんの自刃を知って衝撃を受けた。

 

「魚の大きさ? それがきっかけって……嘘でしょ?」

 

 絶句するしかない。

 今まで多くの死を見聞きしてきたけど、どう反応していいのか全くわからなかった。

 

「緊張状態の者は、些細なきっかけですべてを台無しにするもんよ」

 

 信長様はそれだけ言って、半兵衛君に向き合う。

 

「右衛門尉は見つけられなんだが、見当はついたか?」

 

「はい。見た者の人相風体から、真田家当主、喜兵衛昌幸で間違いないかと」

 

「であるか。勝頼に殉ずる気か? くだらんな」

 

 信長様の興味は、死者よりも今を生きる敵に興味が移ったようだ。

 

 過酷すぎる乱世。

 命の軽さを私はまた一つ、心に刻み込まれたのだった。

 

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